2222(にし)
2026-03-25 18:51:59
3599文字
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糧となるもの

#nkzik_drawwriting【第64回】おまけ の投稿作品です。

「中在家先輩、少しよろしいでしょうか……
 本日の図書委員会の活動が終わり、皆を解散させた長次の袖が遠慮がちに引かれた。声の主は、一年ろ組の怪士丸だった。
「怪士丸。どうした」
 促すと、怪士丸はきょろきょろと辺りを伺った。長次と怪士丸以外の図書委員はすでに退室し、廊下を往く音も遠ざかっていく。他に聞かれたくない話なのだろうと察しをつけた長次が黙ったままでいると、静かになった図書室で怪士丸はようやく口を開いた。
「あの、この前も僕たちだけにボーロをくださってありがとうございました」
 丁寧に頭を下げる怪士丸に、長次は静かに頷いた。
 先日、長次は学園長先生から「茶菓子に供するからボーロを焼いてくれ」と頼まれていた。皆で食べる時は型から外して等分に切るだけだが、学園長先生とその知己にお出しするのだからとカステーラのような角形になるよう見栄えよく形を整えてお渡しした。そして切り分けた端の余った部分を、長次は怪士丸ときり丸におまけだと言って手渡した。

 図書委員会一年生の、怪士丸ときり丸。きり丸はアルバイトを優先してしまうこともあるものの、どちらも真面目に委員会活動に取り組んでくれている。ただ一つ、図書委員会委員長の長次が気になっていることと言えば、二人とも細身だということである。
 一年生の頃からよく食べ体格に恵まれていた長次に対し、二人の姿は長次の目にはあまりにも細く映った。何かの拍子に抱え上げた時は、羽でも生えているのではないかと仰天してしまった。怪士丸もきり丸も、健康に問題はなく毎日元気に過ごしているのでこれは長次のただのお節介だ。
 それでも。
 せめてもう少し、肉がついてもいいのではないか。そう思ってしまうのは、やはり委員長としての性分か、それとも単なる世話焼きか。
 長次は基本的に他人に興味がない。けれど、ひとたび懐に入れた者となれば話は別だ。
 新たな図書委員会委員長として一年生を迎えた日。本の運び方もわからず右往左往していた二人に、長次は手短に図書委員会の在り方を教えた。書物には知が詰まっている。知は一度得たら決して奪われない。学園の誰もが知を得る場所が、図書室なのだ、と。
 頭脳派を志す怪士丸は目を輝かせ、きり丸も「『奪われない』っていいですね!」と妙に嬉しそうに笑っていた。
 たったそれだけのことだ。それ以来、長次の中で二人は放っておく者ではなくなっていた。
 菓子を作る機会があるたび、長次は余りを二人に渡していた。名目は「おまけ」だが、実のところは腹の足しになればいいという、それだけの理由だ。甘味ならば食べやすいだろうし、多少は体を作る元にもなるだろうという、ほとんど自己満足に近い考えだった。

……それで、その、言いにくいのですが」
 怪士丸の言葉に、長次は身を固くする。やはり余計なお世話だったか、と自省する前に飛び込んできた言葉に、長次は耳を疑った。
「きり丸が……中在家先輩から頂いたものを、自分で食べずに街で売っているらしいんです」
……なんだと?」
 思わず低い声が出て、怪士丸が身をすくませるのが視界の端で見えた。頬の痛みとともに口角が徐々につり上がっていく。好意のつもりで渡していたものを勝手に売られていた憤りも勿論ある。しかし、それ以上に長次の腑を煮立たせるのは、きり丸の事情を慮れなかった己の浅はかさだった。
 きり丸は戦災孤児として懸命に生きている。日銭を稼ぐためなら使えるものは何でも使う。それは、長次とて知らぬ話ではないはずだった。
 少しでも腹の足しにしてほしい。肉をつけてほしい。ただそれだけを考えていた自分の浅慮に、長次は内心で舌打ちする。
……怪士丸」
「は、はい」
「その話、きり丸には言っていないな?」
「はい。まずは中在家先輩にお伝えした方がいいかと思って……
「そうか。それでいい」
 短く告げると、長次はすぐに思考を巡らせた。
 叱って済むならば簡単だ。だが、それではきり丸の事情は何も変わらない。
 ならば──。

……次の委員会活動後、きり丸と話す。怪士丸にも同席してほしい」
「はっ、はい。わかりました……
 声を一段と震わせながら同意した怪士丸をよそに、長次は淡々と段取りを決めて行った。


 数日後。
「中在家先輩、今日もありがとうございます!」
 委員会活動が終わり、怪士丸と共に呼び出されたきり丸はいつものように長次から甘味を受け取った。包みはまだほのかに温かい。古紙のにおいに紛れてまったりとした甘い香りがかすかに鼻をくすぐる。今日のおまけはボーロであるらしい。いつもの調子で懐にしまおうとしたところで、短い一言が降った。
「食べろ」
……えっ?」
 きり丸の動きがぴたりと止まる。
「今、ここで食べていけ」
「い、いやいや! せっかくなので後でゆっくり……
「食べろ。今ここで」
 有無を言わせぬ声色だった。苦し紛れに、図書室は飲食禁止でしょと言い訳したくても、今日に限って呼び出されたこの場所は飲食が許可されている図書準備室である。
 じっと見つめてくる長次の視線に、きり丸はじりじりと後ずさった。しかし戸口には、いつの間にか回り込んでいた怪士丸が立っていた。
「怪士丸! まさかお前、中在家先輩に伝えちゃったのか!?」
「ご、ごめんねきり丸……でもこのままじゃきり丸のためにならないと思って……
「きり丸。怪士丸は関係ない。……食べるのか、食べないのか?」
 逃げ場は無かった。
「わ、わかりました! 食べます、食べますって!!」
 きり丸は観念すると、半ば自棄のようにボーロを一気に頬張った。薄い頬がリスの頬袋よろしく膨れ、その中身が少しずつ飲み込まれていくのを長次はただ無言で見守っていた。
「はあ~……ごちそうさまでした」
 銭が腹の中に消えたとでも言いたげな、複雑な表情である。
「味は?」
「そんなのもちろん、美味かったですよ! こんな珍しい菓子、絶対売れると思って……
「それだ」
 話を遮られ、きり丸は口を開けたまま固まった。うっかり口を滑らせたことに気づき、見る間に血の気が引いていく。
「おまけで与えていた菓子は売ることを想定していないし、買った者がどのように食べるかまでは保証できない。数日経って傷んだものを食べて腹を壊した責任をきり丸に取らせようとしたら対応できるか? ……おまけで損をするのは、嫌だろう」
「損!? 嫌に決まってます!!」
「ならば、今後はそういうことの無いように」
「うっ……わかりました」
 稼ぎを一つ失くした、とうなだれるきり丸に、長次は続ける。
……そのかわり、お前のアルバイトに協力しよう」
「えっ?」
 きり丸が顔を上げる。長次は腕を組み、いつもの無表情で言った。
「甘味屋でのアルバイトがあれば、私の作ったものも置かせてもらう。きり丸は店主と交渉してほしい」
……は、えっ、あの……
「私の作ったものを売るというのならば、条件がある。……まず、私の目の届くところで売ること。売れ残りはその場で処分するか、私たちだけで食べること。そして……
 長次は一呼吸分だけ言葉を区切った。
「一番出来のいいものを、お前が必ず食べること」
「ええっ!? それじゃあ一番売れるやつが!」
「味を知らずに売るのは説得力が無い」
 きっぱりと言い切られ、きり丸はぐっと言葉に詰まった。わずかな沈黙の後、長次は最後のひと押しをした。
「原価は私が持つ。売り上げはお前に『あげる』」
「もらう~~!! ……って、いいんですか!?」
「おまけだからな」
「どこがですか!?」
 思わず素のままで突っ込むきり丸の横で、怪士丸が小さく吹き出した。
「ただし、帳簿はつけること。ごまかすと地獄の会計委員長がうるさい」
「うっ……
 ぴしりと釘を刺され、きり丸は苦い顔をする。
……でも、その……
 きり丸は頭をかきながら、少しだけ声を落とした。
「ありがとうございます、中在家先輩」
 いつもの調子より、ほんの少しだけ素直な声だった。長次はそれに気付かないふりをして、もう一人の一年生へ目を遣る。
「怪士丸、お前も手伝いを頼む」
「えっ、僕もですか?」
「そうだぞ怪士丸! お前が忠告してくれたんだから、付き合ってくれるよな? ……それに、中在家先輩の菓子だぞ? 売り子は多い方がいいに決まってる!」
「ふふっ、確かにそうだね……
 にわかに騒がしくなる二人を後ろに、長次はわずかに口元を緩めた。
 ほんの少しの「おまけ」。それが良い方に転がることを、長次は静かに願っている。

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転売は良くない、という話と、魚を与えるだけでなく魚の釣り方を教える、みたいな話。