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syanpon
2026-03-25 04:24:17
2882文字
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小指のひとつもいらないわ
オトスバ
昼下がり、扉越しに急いた足音が聞こえたかと思えば大きな音を立て、執務室の扉が開け放たれた。廊下からの風が入り込みオットーの髪がふわりと揺れる。大股歩きで近寄ってきたスバルは満面の笑みを向けてくる。徹夜もしていない、窓からの採光だって十分なはずなのそれが眩しい。
「誕生日おめでとうオットー」
「ありがとうございます」
こうも正面から祝われるのは照れくさく灰色の髪に手を差し込んで頭を掻く。朝フルフーに会いに行った時彼女からも祝いの言葉をもらったしすれ違ったペトラにも声をかけられた。ロズワールからは酒と枕をもらったが祝いにかこつけた当てつけだと思う。はにかみパチパチと瞬きをしながら今日のことを思い出していれば紙切れが差し出される。
「これは」
「俺からの誕生日プレゼント。名付けて『スバルくんがなんでも言うこと聞いてくれる券(3枚綴り当日限り有効)』」
「はあ」
「なんだよその反応! 友達いない歴が長すぎたスバル君は何贈ればいいかわからなかったんですう! いいお酒とかがいいんだろうけど酒は俺まだ未成年だし購入躊躇うし」
「使用期限今日だけって短すぎません?」
拙いイ文字で書かれたそれをなぞればスバルが気まずそうに目を逸らす。
「だってそれ取っとかれて大事な場面ではい帰りますよ! とかされたら困るし」
「おやよくお分かりで。誘拐されたのにそこの人をみんな助けるとか言い出した時に使いたかったんですが」
「冗談怖いって
……
冗談だよね?」
短い眉をへにょりと下げたスバルにオットーは笑みで応える。お説教の気配を察知し、話の流れを変えるようにオットーに詰め寄った。
「と、とにかく今日だけ! 今日だけお前のわがままを聞いてやるって言ってんの!」
「ナツキさんにもらえるならなんでも嬉しかったですけどね」
「マジ? じゃゃあじゃあ今からナツミになって膝枕からの耳かきASMRとか
――
」
「あ、それは勘弁してください」
「おい」
ぎゅっと目つきを更に凶悪にした友人にオットーは笑って指を一本立てる。その見方によってはキザったらしい仕草がサマになって見えるのがほんの少しだけ腹立たしい。
「僕お腹が空いちゃって。ナツキさん食事を作っていただけませんか?」
***
「人間の食いものじゃあない
……
」
「む、失礼ですね。美味しいですよ。いつもより刺激強めなのも嬉しいです。味見します?」
「俺の尻が壊れちゃうから遠慮しとくわ」
刺激臭で目尻に涙を浮かべたスバル。オットーの皿に盛られた赤を超えて黒くさえ見えてくるパスタが顔色変えずに胃袋におさめられていく様子は感心と恐怖を同時に感じさせる。辛いと言わせるためにいつもよりバハネロを多くしたのに嬉しそうなのは普通に怖い。
「ご馳走様でした」
「お粗末さまでした
……
。今思ったけどもうちょい健康的な飯を作るべきだった気がする」
「僕の誕生日プレゼントなんですよね? 僕のことを考えて作ってくれたんですからそんな反省会しないでくださいよ
……
いたあ!?」
「オットーのくせに! オットーのくせに!」
「なんなんですか!」
「うるせえ誕生日おめでたっとー! 皿洗ってくるせいぜいソファに座ってゆっくりしてろ!」
「ええ
……
」
顔を赤くしたスバルにグイグイと追いやられたオットーは言われた通りソファに深く腰掛けスバルを待っていた。
「
……
」
考えなくてはいけないこともやらなくてはいけないことも山ほどある。
だが今この瞬間、今日この日は確かに平和な一日であった。フルフーの手綱を握るだけだったこの両手には今や抱えきれないほどのものが乗っかってしまっている。
「それを選んだのは僕なんですけどねえ。絆された方の負けと言いますか」
「なに天井に手をかざしてみてんの。お日様にすかさないと血潮は見えないぞ」
「ナツキさん」
手でスバルを招き寄せると不思議に思うこともなくオットーの前に駆け寄ってくる。遠目にはわからないが近くで見ると見えてる範囲だけでも腕や足に古傷が絶えない。そのちっぽけな体をオットーはぎゅうと抱き寄せる。布越しの腹に頬があたる。この腹部に立って切り裂かれた大きな傷があるのを知っている。
「うわぁ!? な、な、なんだよ!」
「いいじゃないですか減るもんじゃないですし」
「何かが減る!」
「じゃあもう少しだけこのままでいさせてください。それにあなたからもらった誕生日プレゼントを使用します」
「
……
いいよ。使わなくて」
そうっと、辿々しくスバルの腕がオットーの体に回される。柔らかな髪の毛に鼻先を埋めて自分よりもほんの少しだけ大きな背中を撫でる。
「俺はここにいるよ」
「
……
」
知っている。
彼はエミリアの騎士であって、ベアトリスの相棒であってレムという格好つけたい相手がいて、ペトラに恋焦がれられていて、ガーフィールに慕われていて、メイリィに信頼されていて、フレデリカに見守られていて、ラムにここぞという時信じられている。
そしてオットーの友人であることをオットー自身が知っている。
ナツキスバルに願うことなんて3つぽっちじゃ足りやしない。これ以上傷つかないでいてほしい、手の届かないところに行かないでほしい、いつだって頼ってほしい、その夜空のように煌めく瞳が曇ることがなくあってほしい。
ただきっとオットーがどれだけ願ってもそれは叶わないのだ。そしてオットーがスバルにそれを願うことは彼を縛ることであって本意ではない。
「はあ〜」
「え、なんで俺抱きつかれてため息つかれてんの?」
「ナツキさん」
「ん、なに」
「さっきの無効なんですよね。じゃあプレゼントふたつ目、
――
来年もこうして祝ってください。そうしたらまた次の年もそれを僕は願いますから」
「そんなことでいいの?」
「そんなことがいいんです」
温もりを感じながらオットーは困ったように笑う。この人はそれが当たり前だと思っているのか。
オットーの誕生日をまた来年も祝うことが、来年も自分が隣にいることが。隣にいてくれることが。
ぱ、とスバルを解放し机の上に置きっぱなしであった帽子を手に取る。「部屋の中で帽子を被るな」という文句が聞こえるが今は無視だ。
残り一枚になってしまった券をひらひらと見せつけてオットーは不敵に笑う。
「じゃあ残りの一枚のこれは担保で取っておきましょう」
「はぁ!? 使えよ!」
「忘れられていたら困っちゃいますからね」
「忘れねえって! えっ!? 待って今帽子のどこにしまったの!?」
彼にはどのくらい伝わっているのだろうか。
オットーがどれほどスバルのことを想っているのか、きっとスバルにはオットーの抱えている怒りも呆れも愛情も全部1割だって伝わっちゃいない。
ただそれでいい。
あの森の中で採算度外視の賭けに乗った時からずっとこの人はオットーよりも小さくて、弱くて、眩しいだけの人なのだから。
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