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srsrdainagon
2026-03-24 23:48:39
3042文字
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A英ドムサブ
「表面張力」という言葉がある。化学の授業で一度は耳にした、あれだ。わざわざ説明しなくとも、多くの人が何となく想像できるだろう。コップになみなみと水を注いでも、すぐには零れない。縁ぎりぎりで、かろうじて均衡を保っている状態。だが、そこへほんの一滴を落とせば
——
たちまち溢れ出す。
英二は、まさにその“ぎりぎり”にあった。脳の奥に、水で満たされたコップがそっと置かれているような感覚。
「
……
Kneel(ニール)」
低く、落ち着いた声が静かに響く。その声音を聞いた瞬間、英二の身体は支えを失ったように、膝から崩れ落ちた。同時に、幸福と興奮が堰を切ったように溢れ出す。
——
コップの水が、たった一滴で決壊したかのように。
「あ、あ
……
」
はくはくと、呼吸が浅くなる。その様子を見下ろすように、ソファに座ったアスランが指先を伸ばし、英二の耳の後ろをやさしく撫でた。
触れられた瞬間、英二は小さく息を吐いた。深呼吸を繰り返し、ゆっくりと身体の力が抜けていくのを感じた。
「そう、いい子だ。Look(ルック)」
その瞬間、本能に従って首が引き上げられるように上を向く。アスランの、熱に浮かされたような瞳がまっすぐ英二を射抜いていた。
「っ、アッシュ
……
」
にこりと笑ったアスランは、英二の瞼にそっと口づける。そのまま耳元へ唇を寄せ、甘く囁いた。
「気持ちいいな、オニイチャン」
「ひっ
……
」
ぞわり、と背筋をなぞるように快感が駆け上がり、そのまま脳の奥まで侵食していく。英二は、快感と混乱の狭間にいた。
◇
もともと英二は、真面目でしっかりした性格の男だ。長男ということもあり、学生時代は慕ってくる後輩も多かった。思春期を迎えた頃、自分の気質からして第二の性はNaturalだろうと、疑いもせずにいた。
――
それがどうだろう。検査結果の、真っ白な用紙。
そこには「Sub」と、はっきり記されていた。ダイナミクスは、今後の人生を大きく左右する極めて秘匿性の高い情報だ。本人の意思なく、たとえ親であっても勝手に開示されることはない。
「
……
え?」
英二は、しばらく混乱したままだった。だが、日常生活を送るうえで特別困ることはなかったし、念のためと定期的に通っているダイナミクス専門の病院で処方された抑制剤だって常に持ち歩いていた。
そうして続いていた平穏な日常は、ある一人の男によって壊される。
——
それも、アメリカの地、ニューヨークで。
バナナフィッシュを巡る争いは熾烈を極め、重傷を負ったアスランは奇跡的な生還を果たした。そんな怒涛のような日々を送っていたせいか、はたまた英二の体質ゆえか
……
彼は、自分の第二性が「Sub」であることをすっかり忘れていた。
そんな折、英二とアスランは59丁目のアパートメントで、再び共に暮らし始めた。互いに仕事を見つけ、せせこましいマンハッタンの片隅に、ようやく腰を据える。
恋人同士でもある二人は、やがて思い出す。
自分たちが「Dom」と「Sub」という性質を持っていることを。
英二は、アスランを甘やかしてやりたかった
同時に、自分もまた甘えたかった。
アスランだって同じ気持ちだった。
——
ただ一つ、英二よりもわずかに強く、彼を支配したいという欲を抱いていた。
かつて男娼として生きていた頃、アスランはDomだけでなく、Subの役割すらも強いられてきた。そのすべてをこなせてしまうほど、彼はあまりにも規格外だったからだ。
心ないコマンドによって、何度も虐げられてきた。心も身体もすべてズタズタにされていた。
そんな彼を癒し、解放したのは
——
他でもない英二だった。
恋人になり、身体も心もすぐに触れ合える環境に、最初こそ戸惑いもあった。けれど、英二の無償の愛に触れるたび、アスランは少しずつ自分のかたちを取り戻していった。
英二を幸せにしたい。
この腕に引き寄せ、片時も離したくない。
甘い言葉を囁き、ときには自分の声で翻弄し
——
懇願するような瞳で見つめられたい。
いつしか、そう願うようになっていた。
そして、それが決定的になったのは、同僚との飲み会に出かけた英二をアスランが迎えに行ったときだった。
その日、英二が連れて来られた小さなパブの店内は薄暗く、アルコールと香水の匂いが混ざり合っていた。英二はカウンターの端で、グラスを持つ手にわずかな震えを覚えた。
(
……
ちょっと、来る場所間違えたかも)
同僚に連れられて来ただけのはずだった。そんな同僚は悪酔いしてしまったのか、トイレから一向に戻ってこない。様子を見に行こうかととも思ったが、荷物を預かっている。それに、もうすぐアスランが迎えに来るはずだった。
空気がどこかおかしい。視線が、妙にまとわりつく。
「ねえ、きみ」
不意に、低い声が背後からかかる。振り向くよりも先に、ぞわり、と背筋が粟立った。
「Subだろ?」
逃げ場を塞ぐように、男が一歩踏み込んでくる。その視線には、値踏みするような、どこか粘ついたいやらしいものが含 滲んでいた。
「っ、違
……
」
否定しようとした瞬間、喉がうまく動かない。空気が重い。息が浅くなる。
「嘘つくなって。可愛がってやるからさ。ほら、こっちに来いよ」
ぐ、と顎に指がかかり、強引に顔を上げられる。
(
——
まずい)
本能が警鐘を鳴らす。視線を合わせてはいけない、と。
英二はSubではあるが、恋人でありDomでもあるアスランと、本格的なプレイをしたことはなかった。
軽いコマンドを使った、半ば遊びのようなじゃれ合いは何度もしてきたが
——
性の匂いを帯びた、重たいプレイは必要ないと思っていたからだ。
「
……
っ」
視線を逸らそうとする。けれど、身体がうまく言うことをきかない。男の瞳が、じわりと力を帯びる。相手の男
――
おそらくパートナーのいないDomなのだろう。彼からぶわりと重たい圧、グレアが溢れ出ようとした、その瞬間だった。
「
——
おい」
鋭く、低い声が割って入った。
次の瞬間、英二の視界が遮られる。ぐい、と肩を引かれ、誰かの背に庇われた。
「こいつに触るな」
その声を聞いた瞬間、全身の力が抜けた。男は舌打ちをひとつすると、英二の座っていた椅子をガン、と乱暴に蹴り上げる。
「は、先約ありかよ。萎えた」
吐き捨てるように言い、興味を失ったのかそのまま近くの女へと声をかけに行った。
その下品な捨て台詞に、アスランの怒りが瞬時に膨れ上がる。だが、触れている英二の肩がわずかに震えているのを感じ取り、かろうじて理性を引き戻した。
アスランは英二の手首をやさしく掴み、そのまま店の外へと、半ば強引に連れ出す。
薄暗かった店内を出て、夜風に当たった瞬間、英二はようやく呼吸が楽になった。
「
……
は、ぁ
……
っ」
「遅くなった」
振り返ったアスランの眉間には、何かを堪えるように深い皺が刻まれている。その美しい柳眉の下
——
グリーンの瞳には、怒りと、それ以上の何かが滲んでいた。
「大丈夫か」
そう言いながら、白い指先が頬に触れる。その温度に、びくりと身体が震えた。頬が熱い。
「
……
うん」
かすれた声で答えると、アスランは一瞬だけ目を細めた。
「帰るぞ」
低く落ちる声に、胸の奥がじんわりと熱くなる。怖かったはずなのに、それ以上に、安堵が広がっていく。
彼に触れられることを、どこかで求めてしまっている自分に気づいて、英二は小さく息を呑んだ。
続?
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