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2026-03-24 20:23:27
4661文字
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高諸
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恋とはどんなものかしら
雑←高と高←尊が入り混じってます。
いつか続きが書けたらいいなと思ってる話
「お前のそれは、恋じゃないよ」
申し訳なさそうに、それでもはっきりと告げられた言葉に、高坂の心は冷水を浴びたように一気に冷め切った。
ぐわんぐわんと雑渡の言葉が、耳の中を反響する。そのくせ、目の前の音がやけに遠く感じる。
焦りで真っ白になっていく頭の片隅で、高坂は必死に弁解の言葉を探した。だが、酸素が回らない頭では雑渡がどんな表情で自分を見ているかすらも、認識することができなくなっていた。
雑渡に心酔していた。それは家を勘当されてでも、彼の下で働きたいと言い出すほどに。
彼が自分の名前を呼べば喜びで体温が上がった。彼に褒められたら天にも昇る気持ちになった。
他人に興味を抱かない自分が、ただ一人に向けた感情。それを恋だと思い込むのに、理由はいらなかった。
だけどそれは違った。
朝の身支度の時間。
二人きりになるその時に、胸に収まり切らない想いを雑渡に告げた。
狼隊に迎え入れ、稚児として身の回りのことを任せられている、そんな奢りもあった。
冷静に考えれば、勘当され親元に帰れなくなった自分への、彼なりの配慮でしかないのに。与えられた事実に浮かれ、そこに込められた真意に気付けない自分はなんと幼稚で愚かなのだろう。
「いつかお前もちゃんと"恋"がわかる時が来るよ」
困ったように笑う憧れは、どうやったら自分が傷付かないか言葉を選んでいるようだった。
その優しさが逆に無知な自分を追い詰める。雑渡の前であるから、なんとか平静を保っているが、内心は1秒でも早くここから消えてしまいたかった。
それでも、彼の身支度をするという役目がなくなるわけではない。急かさないよう、それでも普段より幾分手際良く、普段の勤めを終えていく。
着替えを渡し、寝るときに纏っていた寝巻きを受け取る。夜色の装束を身に纏う雑渡姿をいつもはひっそりと盗み見るのだが、今日は顔を上げることすら恐ろしく思えた。
「お前が恋を知った時は、相手が誰だったか教えてね」
己の頭を撫でる、優しい手。 昨日までの自分であれば、これだけで今日一日、幸せを抱えて過ごせていたのだろう。
だけど、今はその優しさが高坂の心を何よりも惨めにさせた。
いっそのこと突き放してくれればよかったのに。
雑渡の優しさを、素直に受け取ることすらできず、そんなことばかり考えてしまうのが嫌になる。
あの後、どうやって雑渡の部屋から離れたかなんて覚えてないが、気が付けば自室に座り込んでいた。
早く朝餉をとって、忍務の準備をしないと。そう思ったが、今日が非番であることを思い出した。
いつもの休日なら雑渡の部下に相応しくなれるようにと、鍛錬の時間に充てていた。本当は今日もその予定だった。
だが、先ほどの失態を思うともう何もしたくなかった。
このまま部屋に閉じこもっていようとも思ったが、先ほどから雑渡の声がずっと耳の中で反響している
高坂は逃げるように誰にも告げず何も持たずに、忍軍長屋を後にした。
呼吸すれば冷たい空気が肺を満たす。人の気配のない、静かな山。
故郷の里の裏山にあるこの場所は、幼馴染としか来たことはない。高坂にとって絶好の逃げ場だった。
大きな木の根元に座り込むと、太い幹に背を預け立てた膝の上に顔を埋める。土の湿り気が袴に滲むが、これ以上動く気にもなれなかった。
泣き叫びたい気持ちと、そのまま沈んでしまいたい気持ち。いろんなものがごちゃごちゃと全身に渦巻いていた。
雑渡にはあぁやって諭されたものの、高坂はわからないでいた。
彼に向ける想いが恋と違うというのなら、恋とはいったいなんなんだ。これ以上の熱を上げる感情があるというのだろうか。そして、その熱を向けられる相手は、本当に現れるのだろうか、と。
ただ、唯一わかったのは自分が好意を告げたとて雑渡が喜ぶことはなかったということ。そして、自分の気持ちが雑渡を困らせてしまったこと。
そのことを自覚すると、胃がズンと沈むように重たくなったような感覚を覚え、瞳は熱くなりじわじわと込み上げてくるものを感じた。
それを押さえつけるよう、唇を血が滲むほど思いっきり噛み締めて耐えようとした、そのとき。
「あれ、何してるの?」
静かな森に不釣り合いな幼子の声。
高坂は目を見開き顔を上げた。相手も驚いたようにパチクリと瞳を瞬かせ、自分を見下ろしている。
ここを唯一知っている幼馴染が、そこにいた。
「陣兄どうしたの?元気ないね?」
「
……
」
能天気に言いながら躊躇なく隣に座ってきた幼馴染。正面に居ようが隣に座ってこようが、今の高坂は誰とも世間話をする気はないので無視を決め込む。
それでも彼は自分を無視する高坂に文句を言うどころか、嬉しそうに顔を緩めぴったりと身体が触れるように寄り添って座ってきた。
やかましいはずの幼馴染が、変に大人しくしている。
それが心に引っ掛かりを覚えるものの、やはり声をかけようとはしなかった。ただ、触れた体温が優しくて、追い返すこともできないまま、沈黙が二人の間に流れた。
緩やかな風が吹く。葉が擦れサラサラとした音だけが響いている。
冷たい風で冷える身体は、幼馴染の体温で心ごと温めてくれるような心地よさを感じた。
「
……
お前、ここに何しにきたんだ」
言葉は自然と高坂の口から溢れ出た。
ここは確かに二人にとって秘密の場所。
だけど、自然が静かなこの場所を好んでいたのは高坂の方だった。誰にも邪魔されず静かな時間を過ごせるここで、読書をしたり昼寝をするのがお気に入りだった。
一方の幼馴染は遊び盛り。ここに来ると自分に遊んでもらえないのが分かっているため、好き好んでくる場所ではなかったと記憶している。
「教えたら陣兄がここにいる理由も教えてくれる?」
「
……
わかった」
どうやら幼馴染は忍軍に入ったきり、一度も里帰りしていなかった自分がここにいる理由が相当気になるらしい。引き合いに出された条件をしぶしぶ飲み込めば、うーんとね、と宙を見ながら言葉を探していた。
「来ただけ。たまに来るの」
「はぁ?」
思わず大きな声が出てしまった。
高坂の声に驚いた鳥が、不満を言うようにバサバサと羽をバタつかせる音が聞こえる。だが、当の本人は対して気に留めない様子で、にっこりと笑顔で高坂を見上げた。
「ね、理由話したよ。陣兄はどうしてここにいるの?」
幼馴染が高坂の話を催促してくる。
側から見たら、彼は適当なことを言っているようにも見えるのだろう。だが、幼馴染が嘘を吐けないことは、他でもない高坂自身が一番知っている。
だから、彼の来ただけというのは、その通りの意味であるということ。
隣では幼馴染が好奇心を孕んだ瞳で自分を見上げている。
こうなると約束通り自分がここにいる理由を話すしかない。
…
じゃないと幼馴染はいつまでも帰ろうとしないだろうから。
だが、いざ言おうとして言葉に詰まった。
ここに来た理由など、高坂自身にもない。
ただ、忍軍長屋には居られなかった。あそこには仲間の存在があって、自分の事を気にかけてくれる上司がいて、なにより雑渡の存在が近くにいるから。
「ここは静か、だから。
……
雑渡様の言葉の意味を理解できるかもと思ったんだ」
結局のところ理解はできなかったが。だが、ここに来て、幼馴染がいたことでいつの間にか最悪だった気分がマシになっていた。
過ぎたことにいつまでも悩んでいても仕方がない。そう思えるようになった高坂は、ようやく重い腰を上げることができた。
まだ陽も明るいから今帰れば鍛錬も少しできるだろう。その前に、里の近くまでこの幼馴染を連れて帰るのが先だが。
高坂は立ったついでに、袴に着いた土を払い帰り支度を始めようとした。
「そっか!陣兄は昆奈門様のこと、大好きだもんね」
納得したような声に、高坂は動きを止めた。
「大好き」──。
拙い言葉だが、それは高坂の心にしっくりときた。そうだ、確かに自分は雑渡が"好き"だった。
隊など関係なく誰よりも強く、忍軍の頂点に立つ姿に憧れた。
忙しいだろうに、よく里に来ては自分や幼馴染の面倒を見てくれる優しさに、力だけじゃない強さを知った。
だから彼の下で共に働きたいと思った。
強くなりたいと願った。
雑渡の近くに行けば行くほど、強さを知れば知るほど、憧れがどんどん強くなっていった。
強くなっていく気持ちに恋と名づけたのは勘違いだと言われた。だけどその思いの中には確かに雑渡への好意があった。
憧れという名の、好意が。
気づいたら隣にいたはずの幼馴染は、自分の腕の中にいた。ぎゅうぎゅうと、優しさを腕の中に閉じ込めるように、小さな身体ごと抱きしめていた。
「
…
私が昆奈門様を"好き"であることを知っててくれて、ありがとな」
瞳が熱くなり、視界が歪んだ。それが涙のせいだと気づいたときには、止まらなくなっていた。 抱きしめた腕の中、幼馴染は苦しいとでも言うようにもぞもぞと動いていたが、高坂は彼が抜け出してしまわぬように腕の力を少しだけ強めた。
高坂に抱きしめられた子どもは、その腕の中で静かに目を伏せた。
(やっぱり陣兄の一番は、あの人なんだな)
大好きな人だから、ずっと見ていたから、彼は知っていた。高坂が自分でない人に、熱い視線を向けていたことを。
高坂の言う好きと憧れの違いは、よくわからない。けど、今の自分と同じように高坂が”好き”で苦しんでいるのだけはよくわかった。
優しいこの人は、自分がした辛い思いを幼馴染の自分には、させないようにするだろう。
自分がこの人を好きだと知ったら、そうでなくてもこの気持ちに、応えてくれようとする。
だから、この気持ちに蓋をして、これから先も絶対バレないようにしないと。
じくじくと小さな心臓が痛むのは気づかないふりをして、子どもは静かに目を閉じた。年上の、兄のように慕っていた幼馴染へ向ける想いにそっと蓋をするように。
「次の休み、手裏剣の投げ方を教えてやる」
「ほんと?!約束だよ!」
高坂が落ち着くころには、青く澄んでいたはずの空は真っ赤に染まっていた。
せっかくの休みを丸々潰してしまったが、高坂の心は晴れていた。自分が雑渡を憧れという意味で慕う気持ちに、偽りはなかったから。
それを言い当てたのが自分より年下の幼馴染だったことには驚いたが、幼いゆえに物事を単純にとらえることができたのだろうと高坂は結論付けた。
「あぁ。ほら、暗くなるから早くいけ」
「じゃあね、陣兄!約束だからね!」
何度も振り返り、手を振る幼馴染。見かねた高坂が、前を見て歩けと注意をしてようやく里に向かって駆け出して行った。
遠目から、里の近くに幼馴染が帰ったことを確認してから、高坂は生まれ故郷に背を向け歩き始めた。
次の休みには、村に行ってあいつの好きな団子を土産に買ってやろう。頬を赤く染め、目を輝かせながら喜ぶ姿を想像して、思わず笑みが零れた。
心のつっかえが取れた高坂は、幼馴染がどうして”秘密の場所”に居た理由のことなど、すっかり忘れてしまっていた。
いつまでも幼い子供だと思っていた彼が、一人静かに自分への想いを殺していたなんて、知ったことではなかった。
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