あかねという人は一般的な人よりも酒に強いが、薬にまで強いわけではない。いつも飲み比べで酔い潰されて辛酸を舐めさせられ続けている同期たちはそれぞれ手を組み、そういった薬品を混ぜた酒でカクテルを作って飲ませることで『女のくせに生意気な同期』であるあかねを酔い潰そうという計画を立てた。
計画は成功……したかのように思えたが……。
──心音が、頭を早足に駆け抜けていた。
とろりと溶けたまなざし、涙で潤んだ瞳、端正でいて歪むことのない花の顔(かんばせ)は今にも泣きそうに崩れている。
ただいつもすました顔をしているあかねに一泡吹かせてやろうと思っていただけの同期たちは、今、酩酊状態にあるあかねを前にしてとある決断を迫られていた。
「こ、この後どうするんだよ……」
「それはこっちのセリフですよ……ちゃんとアレは混ざってるんですよね……?」
「当たり前だろ……!?
準備だって、俺たちが全部やったんだから……」
据え膳。その単語が彼らの頭を過ぎっていたのは数十分ほど前のこと。薬で泥酔状態にした後「お持ち帰り」を企んでいた同期たちの魂胆は既に粉々に打ち砕かれている。
混入された薬でうっすら青みがかったカクテルを普段のように飲みながらつんとすました顔をしていたあかねは、現在明らかに酒が回っていた。しかし奇跡か悪夢か、その状態であっても同期五人組の内の主犯格である一人とその腰巾着を酔い潰してしまったのだ。男のメンツやら何やらの前に、野口あかねという人物は人間として肝臓かどこかがおかしいのでは? と残された数人は戦慄している。
既にへろへろではあるものの、未だ泥酔状態とは呼べない意識状態のまま酒をちびりと口に運ぶその女を前に、恐れ戦く男ども。時折鼻をすすってはつまみのカシューナッツに手を伸ばしている姿は到底薬を盛られたとは思えない。
「なんで、なんでみなさんは飲んでくれないんですかぁ……」
「いや何でもヘチマも何も無いが……」
薬を盛られている自覚はなく、あまつさえ同期たちに酒を勧めてくる始末。店自体を貸切にしているわけではなく、(店員の協力はあれど)勝手にドリンクを魔改造していただけに過ぎない彼らに逃げる術はなかった。
騒がれたら、終わる。自業自得とは言えども、プライドの高い彼らに周囲からの目が冷たくなるというリスクを負う選択はできなかった。死んだ目をして乾杯した同期たちの様子に気付かず、あかねは泣き笑いをしながら彼らの手にあるグラスへと彼ら自身の作ったお手製カクテルを100%善意で注いであげた。
またいつものように彼らを酔い潰し、先に会計を済ませてふらふらと店を出て行ったあかねの行く先は、いつだってエンバーズだと相場が決まっているのである。
まともに思考回路は働かず、ただただ自分のやりたいことをやろうとする姿勢を見せるあかねはエンバーズへの道中で、元々頼んでいたお迎え(消えた姉を探しに来てたまたま見つけたちぐさ)に連行されて数日間の飲酒禁止令を出されることとなった……。
***
後日。
「……おや、あかねさん。お久しぶりですね」
「ええ、西園寺さん。お久しぶりです」
久々にエンバーズへ姿を現したあかねは、しょぼしょぼしながら普段の席へと腰を下ろした。その手には良いお値段のするお菓子が入った紙袋がある。
西園寺はそれを目に留めると、目を丸くした。
「あかねさん、何かあったんですか?」
「いえ、ほんの少し悪いお酒の飲み方をしてしまったみたいで……。
お詫びを持って行ったら巻き込んだ方からもお菓子を頂いてしまって、何故だか交換みたいになっちゃったんです。」
あかねは少し照れたようにそう言いながら、「良ければどうぞ」と紙袋ごと差し出して続ける。受け取らないわけにもいかず、紙袋の中でいくつかの箱に入った菓子類を受け取った西園寺は、ひとつだけ詫びにしてはランクの高い和菓子を見つけて若干の違和感を心に留めた。
しかし、今はちょっとお客さんも多くて忙しいし……後で開けよう、とその違和感を後回しにしたことでしばらくは仕事に勤しむこととなる。この後、あかねも退店し色々なことがひと段落したころに菓子箱を開封していると「許してください」などと書かれた紙が何枚か足元に舞い落ちてきた。
何も知らないマスターは不思議そうにしながらも、頂き物と一緒に入っていたのだからこの紙は元々の持ち主へ返した方が良いのだろうか? と少し悩み考えることがあったのかもしれない……。
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