erewhon
2026-03-24 08:10:15
1895文字
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はじめに(供養のための昔話)


いまから二十年近く前になりますが、ネット上の匿名掲示板である企画がありました。
平たくいうと、設定共有型のBL創作企画です。

設定は、あるアーティストの作品群のファンが、それら作品群から想起された設定を提案しあっていく、というものでした。
作品Aに出てくる○○は教師っぽい、作品Bの△△は鬼上司っぽい、作品Cの◎◎は作品Aの○○に似ているから兄弟だったら面白い、というように。

自分は企画の開始時にはおらず、数日後にたまたまその場の存在を知ったのですが、とても楽しくてすぐに参加し、設定を提案するようにもなりました。◯◯と△△がデキてたらいいとか、◎◎の職業が**だったらいい、とか。

まあそういう妄想を好き勝手並べ立てては、画面の向こうの誰かがそれを「いいね」と賛同してくれたりもしたものですから、余計に楽しくなって、その設定を使って小説もどきを書くようにもなったわけです。

その企画で小説を書いたのは自分が初めてではなく、自分は三番目か四番目だったと記憶しています。

そこでは小説を上げるときも匿名でした。「自分は誰それです」などと名乗ったりはしません。もし名乗ったら「自意識過剰乙」と言われてフルボッコです。
ですが、取扱CPと文章から「これはあの人が書いている」くらいの推測はつけられました。
自分を除く全ての方が、文章と話がおそろしく上手でした。

その時点で自分はすでに二次創作に頭まで浸かり、同人誌を出したりコミケに参加したりで十数年を経ていましたが、絵や漫画を描くほうであって、小説は書き始めたばかりでした。

話は逸れますが、自分が初めて「他人に読んでもらうこと」を意識して書いた小説は、海外映画の二次BLです。RPSですね。
RPSという性質上、また私の作画能力上、絵や漫画で描いて出すということは難しく、でも諦められずに文章で挑戦した、という経緯です。

自分の当時のリアル業務は「海外に住む顧客へ向けて、自社商品の案内文書を作成する」というものでした。
時には海外の言語に翻訳してもらう必要があるために、文書の作成にあたっては、主語と述語を明確にする、といったことを意識しなくてはなりません。そういったことを通じて「どうやら自分は文章を書くことが好きらしい」と知っていった時期でもあり、書き終えたRPS作品はいま見ればひどいものでしたが、書くことそのものは非常に楽しかった。その矢先の、冒頭の企画でした。

企画で先に小説を書かれている方たちの文章はどれも素晴らしい、お話も萌える。
後発が下手なものを書いて出そうものなら、なにを言われるかわかったものではない。そこは匿名掲示板です。褒められることはほぼ無く、無視されること、陰口を叩かれることのほうがずっと多かった。だから、「それでも」と書かれて上げられた作品は本当に尊いものだったわけですが。

それらの方々、それらの作品に並ぶことは難しくても、追いつきくらいはしたくて、企画に参加して一年半と少し、書いたものは長短とりまぜて三十作ほどになりました。

その後、私生活に大きな変化があったり東日本大震災もあったりで、徐々に足が企画から遠のき、一段落して覗いたときには、企画自体がすでに事実上の停止状態となっていました。自分がその企画に最後に小説を上げたのは十五年ほど前で、企画が最後に動きを見せたのは十二、三年ほど前のようです。

ですが、そこで知った「書く」ということは本当に楽しくて、その後はそのときハマった作品の二次小説を書くようになり、いまに至ります。
二十年近く前に書きまくった話のことをいまだ忘れられず、書くものはすべて兄弟ものか近親ものという呪いにかかったままで。

というわけで、これからここに上げていく話は、その企画で書いたものを大幅に改稿したものになります。供養ということです。

作中の登場人物名は、書いた当時のものから全て変えてあります。

前述のように、参加者が持ち寄って徐々に出来上がっていった設定(職業、血縁関係、能力等)を使用していますので、それらの中には自分が提案したものもありますが、すべてを一から創ったオリジナルではありません。

が、解釈と描写はすべてオリジナルで、当時の自分の心血を注ぎました。下手くそでしたが。
それを、いまの自分が書き直したらどうなるかな、という興味も込めて、細々と上げていけたらと考えています。

※ここに上げたものを更に改稿してpixivに上げています。その際にここのものを消したり復活したりしてます。誰も気にしないでしょうが。