雪華
2026-03-23 21:42:11
7065文字
Public オルサイ
 

【オルサイ】待ち人来たる【現パロ】

服装がいかつすぎて婚活に難航してるオルベリクが、サイラスにアドバイスをお願いする話です。某コラボでオルベリクの服がいかつくて面白すぎたため浮かんだ話でした。似合ってはいるんだけどいかんせん一般人に見えない……。

身を切るような冷えた風が吹く日が段々と減り、春の陽気とまではいかないが、日中は随分と過ごしやすくなってきた。日が長くなったお陰か人々はどことなく活発になり、夕方の駅前はそれなりに混雑している。
待ち合わせはもっと人通りが少ない場所にしておくべきだった、とオルベリクが後悔したのは、相手を見付けられるか不安だったからではない。寧ろその逆――彼が視線を集めすぎてしまうからだ。

「わっ、見て見て! あの人かっこいい!」
「ほんとだ、芸能人とか……?」
「SNSとかやってるかな? 聞いてみちゃう~?」

雑踏の中でもその整った相貌はひときわ目を引き、ある者は遠巻きながらも彼を凝視したかと思えば、ある者は下心を隠しもせずに近付こうとする。サイラスは熱視線を向けられていることに気付いているのかいないのか、のんびりとスマートフォンを眺めていた。
人混みを掻き分けるようにずんずんと大股で近付くと、今まさに彼に声をかけようとしていた少女はぎょっと目を剥く。態とらしくサイラスの肩を叩いて知人であることを示すと、彼女は視線を逸らしてそそくさと歩き去っていった。

「やあ、オルベリク」
「悪い……待たせたな」
「いや、私が早く着いただけだから。……どうかしたかい?」

サングラス越しに群衆を睨むオルベリクを、サイラスは不思議そうに見遣る。五つ歳下の友人は非常に聡明でありながら、他人からの視線や感情に妙に疎い節がある。危なっかしいと心配になってしまうのは、一種の老婆心だろうか。短くため息をつくオルベリクに対し、彼はにこにこと人懐こい笑みを浮かべている。

「お前は相変わらず、どこにいてもすぐに分かるな……
「あなたの方こそ、背が高いから見付けやすいよ。それにしても、用件も告げずに呼び出すなんて珍しい……理由を聞いてもここまではぐらかし続けていたが、教えてくれるのだろうね?」
「もちろんだ。とりあえず、店を予約してあるから移動するぞ」

サイラスは美しい容姿と柔和な面持ちが相まって自然と人目を集めてしまうが、オルベリクが隣に立てば、少なくとも迷惑を押してでも話しかけようとしてくる者はいない。意識してそう振る舞っているわけではないが、長身でかつ見た目でも分かるほど鍛え上げているオルベリクは他人から嫌厭されがちだ。これまで大して気にしていなかったことだが、実は今になって大きな問題となり目の前に横たわっている。
すぐにでも事情を聞きたいと言わんばかりに目を輝かせるサイラスを宥め、予約していた飲食店に入る。個室に通してもらい、薄手のコートを脱いでハンガーにかけた。

「へえ、態々個室を予約してくれたのだね」
「まぁな……
……あなたがそこまでして、私に話したいこととは一体?」
……

サイラスは机に肘をつき、探るような目でオルベリクを凝視した。普通の者なら謎の状況に戸惑ったり不安がったりするところかもしれないが、彼は寧ろ楽しそうにすら見える。
このままサイラスのペースに乗せられると質問攻めにされることが目に見えたため、まずは飲み物を決めるように勧めた。酒と軽く摘める食事を注文して、運ばれてきたそれで軽く喉を潤す。

……実は、折り入って相談したいことがある」

僅かに躊躇いはあったが、いつまでも本題を切り出さないわけにもいかない。サングラスを外してシャツの胸ポケットにかけながらそう言うと、サイラスは片眉を上げた。無言の催促にゆっくりと唇を開く。

「その……婚活をしているのだが、どうにも上手くいかん。客観的なアドバイスがほしい」
……婚活? あなたが?」
「そうだ」
――……

その時のサイラスの表情は珍しいものだった。呆気にとられたように目を白黒させて、唇を半開きにしていた。好む話題ではないにしろ、山程の質問を浴びせかけてくると思ったが、オルベリクの予想に反して逡巡するように視線を宙に彷徨わせている。
二人の間に落ちた沈黙を誤魔化すように酒を呷り、意味もなくスマートフォンの画面に触れて時刻を確かめる。サイラスを前にして、こんなにも静かな時間を過ごすことがあっただろうか。そう思うほど、彼の沈黙というのは珍事であった。

……唐突な話ですまん。無理に頼むつもりではないが……お前しか適任が思いつかなかった」
「どうして……私なのだい? はっきり言って、私は色恋事に長けているわけではない。それはあなたも承知していると思っていたのだが」
「この話を聞いて、笑いもせず、真剣に捉えてくれて、かつ身内に暴露しない相手はお前しかいないと思ったんだ」
「ああ……なるほど……。エアハルトさんは、こういった話は酒の肴にするたちだからということか」

合点がいったかのように、サイラスが嘆息する。オルベリクと同い年である獅子の鬣のような髪の友人なら、確かに自分たちよりは遥かに女心に詳しいだろう。しかしエアハルトなら、こんな相談は聞いた瞬間に大笑いするのが目に見えている。遠慮がない関係性は気楽ではあるが、真剣な悩みを一笑に付されるのはさすがに堪える。

……テリオン君やアーフェン君は婚活の相談をするにはまだ若すぎる。プリムロゼ君は貴重な意見をくれそうではあるが、二人きりで話す状況を作るのは難しいし、彼女もそれを好まない。つまり、消去法で私にお鉢が回ってきたというわけか……

そう言ってため息をつくサイラスは、待ち合わせ場所でオルベリクを見付けた時の晴れやかな表情から百八十度変わって、鬱屈としたような面持ちをしている。これもまた、珍しい反応だった。てっきり根掘り葉掘り聞き出そうとすると思っていたが、それきりまた口を噤んでいる。
彼がこぼした消去法という言葉から、相談相手は自分でなくとも良かったと誤解してへそを曲げているのだと予想して、慌てて否定した。

「いや、それは違うぞ。お前のことを信頼して話しているんだ。お前は口も堅いし、現に笑いもせずにきちんと聞いてくれている。恋愛事に詳しくないことは知っているが、少なくとも当事者よりは冷静に物事を見てくれるだろう。その観察眼を買っているんだ」
……それはどうも」

短い返答。青い瞳はこちらを向いてはいるが、視線が交わらない。こんなにもオルベリクの言葉に関心を持たないサイラスを見るのは初めてだ。妙なプレッシャーから背中に冷や汗が滲んで、二の句が継げなくなる。すると彼は短く息を吐き、手元のスマートウォッチを一瞥してから聞いてきた。

「それで? その婚活とやらは、相談所にでも通っているのかい? それとも、アプリで?」
「アプリの方だ……。なかなか会うところまで行けないし、約束してもすっぽかされてしまってな」

未だ気まずい雰囲気は拭えないが、せっかくサイラスから聞いてくれたこの機会を逃してはならない。もう恥は捨てろと自分に言い聞かせて、スマートフォンの画面が見えるようにして机の上に置く。登録者数一位という宣伝を見て選んだ婚活用のアプリを立ち上げてプロフィールを開くと、サイラスはオルベリクのスマートフォンを手元に引き寄せて、画面を指でスクロールした。
彼の面持ちは相変わらず興味を持っているとは言い難いようなものだったが、一応、聞く姿勢は作ることにしたらしく、画面に視線を固定したまま続けて問いかけてくる。

……結婚願望があるとは知らなかったよ。はじめたきっかけはあるのかい?」
「まぁ、同僚の結婚報告なんかを聞く内にその気になったと言うか……。結婚という形にこだわっているわけではないが、人生を共に歩むパートナーがほしいと思ってな……
「そう……。もう何人か会ったりした?」
「それが、全くなんだ。だから困っているというか……お前から見てどうだ? 何か気になることがあれば、聞かせてくれないか」

するとサイラスはオルベリクにスマートフォンを返し、とんと軽くプロフィール写真をタップした。普段着で鏡越しに撮った写真は、妙にぎこちない表情をしている。これならまだ、運転免許証の写真のほうが幾分かましに見える気もした。

「先に言っておくと、私はマッチングアプリに詳しいわけではないし、女性との交際経験が豊富なわけでもない。そしてこの批評に私個人の感情は乗せておらず、あくまでも客観的な視線に基づくもので、あなたの人格を否定するものではない。それを踏まえて聞いてほしいのだが」
「あ、ああ……何でも言ってくれ」
「まずこのプロフィール写真には、問題点が大きく分けて二つある。一つは、鏡越しに自分で撮影している点だ。自分で撮影したから角度やライティングの調整ができていなくて、あなたの魅力を活かせていない。また、自分で撮影した写真というのは、撮ってくれる友人がいないとみなされて悪い評価を受けてしまうこともあるそうだ。こういうプロフィール写真の定番は、自然光の下で第三者に撮影してもらうか、もしくはフォトスタジオに頼むのだと思う」

詳しくないと言いながらも、サイラスはつらつらと淀みなく語った。曰く、特別に意識しなくともこの手の話は世間話として耳に入ってくるらしい。
手帳にアドバイスを書きつけていると、彼はオルベリクが手を止めるまで待ってくれる。ようやく書き終えたところで顔を上げて、話の続きを促す。

「それで、もう一つは?」
「服装だよ。私個人としてはあなたにとても良く似合っていると思っているが、はっきり言うと婚活向きではない。ただでさえあなたは体格が良くて威圧感があるのに、それを助長させている」
「む……そ、そうなのか……?」
「少なくとも、サングラスや派手なシャツはやめたほうが良いだろうね……。近寄り難い雰囲気になっていると思う」

今まさに自分が袖を通している黒地に柄が入ったシャツを見遣る。対して正面に座っているサイラスは紺色の薄手のニットに細身のパンツを合わせてあり、どことなく気品すら漂っている。
二人の格好を見比べていると、サイラスは苦笑いを浮かべた。その笑みは先程の冷めた表情よりは温もりがあり、知らず知らずの内に緊張していた体が僅かに弛緩した。

「なるほど……。そういえば、お前もそろそろ年頃だろう。こういうのはやらないのか?」
「しないよ。先程も言った通り詳しいわけではないから、的はずれなことを言っているかもしれない。あまり真に受けすぎず、一つの見方だと思ってくれたらいい」
「いや、的確だと思うぞ。まぁ、お前はこんなことなんかしなくとも、幾らでも相手が選べるか……

大学教授をしているサイラスは、とにかく女性に人気がある。彼の魅力を挙げればきりがないが――美しい容姿、清廉で穏やかな心持ち、そして輝かしい経歴。どれを取っても優れているのだから、女性から放って置かれるわけがない。そのためバレンタインシーズンには大量に菓子を受け取り、オルベリクを含めた友人達に振る舞われるのが通例になっている。
ちなみにトレサなどは菓子を食べながら贈り主と大まかな価格帯のリストを作り、かつそれに合わせた返礼品の選定までしているらしい。返礼品は彼女の父親が営むコルツォーネ商店で買い付けられるので、三方良しだと若き商人は胸を張っていた。

……買い被り過ぎだよ」
「そうか? いずれにせよ、ありのままの自分では会ってすらもらえない俺とは違う」
「そんなことはないよ、オルベリク。ほら……

すると彼は机に手を付き、オルベリクの瞳を覗き込むようにじっと見つめた。一対の青い瞳は宝石のように美しい。その至宝が抱く炎は静かに揺らめき、こちらを焦がさんばかりに射抜いて、視線を逸らすことを許さない――
自身が息を止めていたと気付いた時、サイラスは穏やかに微笑んだ。

「こうして目を合わせて話をすれば、皆あなたがとても魅力的な人だと気付くはずだ。要は第一印象を、世間一般で受け入れられやすい形に少しだけ整えれば良いんだ。会えさえすれば、あなたが優しくて、誠実で、とても素敵な人だと分かってもらえるよ」
「な、なるほど……参考になった」

喉から絞り出した声は、僅かに掠れていた。速くなった心拍数を誤魔化すために酒を呷った。いつの間にかサイラスの手元のグラスも空になっていたので、それぞれ追加で注文する。

……もし良かったら、次の休みの日にでも服を選びに行こうか。ついでに写真も撮ってあげるよ」
「願ってもないことだが……お前の貴重な休みをこんなことに費やしてもいいのか?」
「こんなこと、だなんて言わないでくれ。あなたが私を信頼して相談してくれたのだから、できる限り力になりたいんだ……

サイラスは人好きのする笑みを浮かべていて、普段通りの穏やかな面持ちを取り戻していた。安堵に胸を撫で下ろし、暫く放置していた料理を口に運ぶ。味の濃い料理は酒が進み、またここ数週間の悶々とした悩みに突破口が見えた反動か、オルベリクが三杯目の酒を注文するのは早かった。

「お前の写真も撮ってやろうか。そうしたら、いつでも婚活が始められるぞ」
「私はいいよ。別に、結婚したいとは思っていないんだ」
「そうか? 引く手数多だろうに、もったいない……
「はは……まぁ、あなたの婚活が上手くいったら、あやかって考えてみようかな」
「それならなおさら、頑張らないといけないな」

二人分の婚活だと思うと、もっと泥臭く足掻いてみてもいいかと思えた。
それから暫くは飲み食いしながら、二人でオルベリクのスマートフォンを覗き込んでああだこうだと話し込んでいた。プロフィール文を再考しようとしていたが、オルベリクの笑い上戸が出かけたところで止められて退店することにした。食事代は自分が払ったが、店を出たところでサイラスからほぼ半額の金を渡された。

「悪いな、相談に乗ってもらったのは俺の方なのに……
「楽しかったし、私も相応に飲んだからね。それじゃあ、また次の休みに」
「おい、駅はこっちだぞ」

最寄り駅とは逆方向に歩いていこうとするサイラスに声を掛けると、彼は事もなさげに言い放った。

「私はもう少し飲んで帰るよ」
「そうか? 俺も付き合うが……
「悪いけど、一人で飲みたいんだ。ちょうど今日発売された小説を読みたくてね」
「それなら邪魔するわけにはいかないな……あまり遅くならないようにしろよ」

オルベリクと同じだけ飲んでいたはずだがサイラスの頬は生白く、足取りもしっかりしている。仲間内で最も酒に強い男だから殊更に心配する必要はないのだが、なんとなくその様子が気にかかった。しかし結局その違和感を言語化しきれず、彼の背中が見えなくなるまで見送ることしかできなかった。

***

それから半年後の夕方。オルベリクは駅前に立ち、手持ち無沙汰に自身のスマートフォンの画面を眺めていた。暫く端末内の写真やトークアプリの履歴を遡っていたが、不意に周囲のざわめきが聞こえて顔を上げた。
艶のある黒髪を風に揺らしながら、はっと目を引くほど整った顔立ちの男が正面から歩いてくる。サングラス越しに視線が交わると彼は柔らかく破顔し、手を振る。周囲にいる女性達は自分に向けて手を振られたのかとにわかに狼狽したが、オルベリクが軽く手を挙げて応じると驚愕していた。

「すまない、待たせてしまったかな」
「ちょうど今来たところだ。寧ろ、迎えに行ってやっても良かったんだがな」
「それは次の機会に取っておこう。ふふ、遠くからでもあなたのことはすぐ分かったよ。何を見ていだんだい?」
「先週の写真だ。ほら、よく撮れているだろう」
「ええ? こんなの、いつ撮っていたの?」

オルベリクのスマートフォンを覗き込み、自分が映った写真を見てサイラスはくすくすと笑う。
数ヶ月に及んだオルベリクの婚活は、思わぬ終着点を迎えた。サイラスは熱心にオルベリクに付き合ってくれて、服選びや写真撮影から、果てはデート用の喫茶店の下見や話題作りのための映画鑑賞まで共にした。そのお陰か徐々に上手くマッチングするようになっていったが、女性と会話を重ねるごとに違和感が募り、ふと気付いたのだ。オルベリクが婚活をはじめたのは、共に生きてくれるパートナーを探すためであった。だがその相手は本当に、未だ見ぬ女性なのだろうか。たとえば――不相応に飾り立てずとも、今この瞬間、自然体で隣にいてくれる人ではないのだろうか、と。
ひとたび気付いてしまえば頭の中はサイラスのことでいっぱいになり、よく今まで平然と接していられたものだと己に呆れた。結局マッチングアプリは退会し、サイラス本人に正直に自分の気持ちを伝えて今に至る。

「じゃあ、行くか。予定通りで良いんだろう?」
「ああ。今夜はあなたの家に泊めてもらって、明日は一緒に不動産屋に行こう。幾つか目星は付けてあるんだ」

未だに信じられない思いだ。隣で機嫌良く微笑んでいるこの可愛らしい人が、オルベリクを愛してくれているなんて。面映ゆいと同時に、彼がどんな想いで自分の婚活の伴走をしてくれたかと想像すると胸が痛む。
――これから先は絶対に幸せにする、なんて。陳腐でありきたりな台詞だが、伝える準備を少しずつ進めている。気が早いと言われないことを祈りながら、人波を縫って歩くふりをしてサイラスの手を取った。





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