尋木
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ちょっとちょうだい

ささろです。某コーヒーチェーン店の新作をどうしても飲みたい話


 躑躅森盧笙は迷っていた。女性だらけの店内に自分が入っても良いのかと。
 躑躅森盧笙は心配していた。「焦がしカラメルなめらかミルクプリンクリームフラペチーノ」という呪文みたいな商品名を噛まずに言えるのかと。
 絶対に飲みたい。なんとしてでも味わってみたい。今SNSで話題沸騰中の、魅惑的な飲み物を──

 盧笙は駅前にある世界最大手のコーヒーチェーン店の前で、入口の前を行ったり来たりしていた。
 3日前から販売がスタートしたらしい新作は相当な人気らしく、先程から店の入り口は絶えずごった返している。その層は女性ばかりで、女子高生やOLばかりだ。中には暁進高校の生徒も見かけたので、その度にコーヒーショップには興味のないふりをして、駅で誰かを待っているふうを装っている。

 早く店に入ってしまえと思われるかもしれない。けれど、あと少し、もう少し客足が引いたらと考えているうちに、最後の一歩がどんどん踏み出せなくなっていた。

 どうしよう、今日はやめてまた明日出直した方が良いだろうか。でも、休み時間に生徒が話していた「今回の新作は過去イチかもしれない」「人気すぎるから販売終わるの早いだろうな」という言葉が頭から離れない。

「あ、ロショ先やん」
「ほんまや。先生、こんばんはー」

 店から出てきたご機嫌の女子高生2人組に声をかけられる。受け持ちの生徒だ。

「こ、こんばんは。塾の帰りか?」
「そうですー、使いすぎた頭に糖分補給っていうか」
「遅くまでお疲れさんやなぁ」
「先生も新作買いに来たんですか? プリン好きですもんね」
「あー、えっと……まぁ」

 2人組は例のフラペチーノを手にしている。

「ウチ、これ飲むの2回目なんですよ。昨日も飲んで今日もリピートしちゃいました」
「そんなにうまいんか」
「めーっちゃ美味しいですよ。コレ、先生絶対好きやと思う。絶対ハマると思います」

 ゴクリ。
 絶対、なんて言われると期待値が上がってしまう。

「あ、せや。せっかくやし先生にいいこと教えてあげますね」
「いいこと?」
「注文する時、カラメルソースを増量してみてください。かなりヤバいですよ。美味しさマシマシになります」

 それを聞いたもう一人の生徒も大きく首を縦に振る。ふたりして相当なオススメカスタマイズらしい。

「マシマシ……

 なんだかラーメンのトッピングみたいだ。

「SNSでもみーんな言ってて、やってみたら大正解でした。思ったより甘ったるくなくて、いくらでも飲めちゃいますよ。ウチ、次頼むときは生クリームも追加してみようと思います」

 一瞬、カロリーという言葉が頭をよぎるが、学校で大いに体を動かし、勉強で頭を働かせまくっている若者にはいらない心配だろう。自分にとっては例外ではないが、そんなにオススメするなら一度くらいはやってみてもいいかもしれない。

「じゃあ、ウチら電車来るんで帰りますね。先生、また月曜日〜」
「ああ。気を付けて帰れよ」
「はーい」

 二人が改札の方へ向かい、姿が見えなくなったのを見計らって、とうとう意を決して列に並んだ。

 この場所で彼女達に会って助言を貰ったということは、神様が早く飲めと言っているのかもしれない。ただでさえ呪文のように長く、舌がもつれてしまいそうな商品名に追加のオプションまで付けることになったが、気合いを入れて頼んでみるべきなのかもしれない。
 列に並びながら、頭の中には「焦がしカラメルなめらかミルクプリンクリームフラペチーノ、カラメルソース追加」の呪文がぐるぐるしている。

「お待たせしました、次の方どうぞ」

 女性店員が柔らかく微笑んでくれる。

「ええっと……持ち帰りで」
「はい。どちらの商品になさいますか?」

 ここまで来たら完璧に言ってみせる。意気込んで口を開いた。
 
「こ、焦がっ……カラメル、なめらかプリンの……クリームフラペチーノをひとつ」

 噛んだ上に言葉が抜けた。一気に顔に血が昇って恥ずかしくなる。
 ヤバい、恥ずかしい、絶対に後ろの客にも聞かれた。けどきっと店員からしたらこんなのは日常茶飯事のことだろう、多分! とりあえず伝わっただろうから早く、早くあっちのランプの下で受け取りたい──

「あ、お客様申し訳ございません! こちらの商品がつい先ほど完売してしまいまして……



「と、いうわけや」
「あっはっは! なるほどなー」

 今日も今日とて家にやって来た簓は、リビングに入るなりテーブルに置いていたプラカップについて言及してきた。中に入っているのはスタンダードなアイスコーヒーが半分ほどだ。

「ほんまやったらアイスコーヒーやなくて、その焦がしなんちゃらが入ってたっちゅうことやな」
「焦がしカラメルなめらかミルクプリンクリームフラペチーノな」

 悔しくて悲しくて、あの後心の中で何度も復唱したから、もうすんなり言える。

「そうそう、それ……ほんで、それにカラメルソース追加やろ? ぶっ、くくく」
「笑い事やないで。ほんまにショックやったんやから」

 目当てのものは目の前で売り切れだったものの、じゃあいいですとは言えずにアイスコーヒーを注文した。自分の一連の注文を聞いていた後ろの列の人たちがちらほら列を抜けたので、なんだか少しずるいと思ってしまった。運が悪すぎる。

「にしてもその焦がしカラメルなんちゃら、ほんまに人気らしいな。今日収録の時に一緒やったアナウンサーの子が飲みに行きますー言うてたわ」
「へぇ……

 そのアナウンサーは無事にゲットできたのだろうか。だとしたら羨ましい。

「盧笙、明日も店行くん?」
「土曜日やし、午前中のうちにリベンジしてくるわ。もう頭ん中そればっかりであかん。他のことに集中できへん」
「なぁなぁ、それ俺も行ってええ? 明日仕事午後からやし、そんなん聞かされたらさすがに気になるわ」

 簓が擦り寄ってくる。

「別にええけど……あ、でも注文は自分でせえよ。お前があの長い名前言うてんの聞きたいわ」

 まだ気分がむくれているせいで、ほんの少し意地悪を言ってしまう。

「俺は盧笙と違て噛んだりせえへんけどな〜。べしゃりのプロ、なめたらあかんよ」
「わ、分かっとるわ」



 迎えた翌日、午前9時。盧笙にとっては決戦の心持ちだ。

「この店、こんなに混むんか……
「すごい人やなぁ〜」

 さすがにこの時間なら売り切れることはないだろうとたかを括って来たが、そのかわり店の前には長蛇の列が出来ていた。列は長すぎて、店の角をひとつ曲がるところまで伸びている。

「しゃあない、並ぶかぁ……簓、行くで」
「盧笙、ちょっと着いてきて」
「は?」

 簓が進行方向とは真逆の方向に歩き出す。そっちは店の入口だ。列の最後尾ではない。

「お、おい」

 思わず肩を掴むと、簓はにんまりと笑みを作って腕を絡め、そのまま引っ張るようにして連れられる。

「まあまあ! 俺についてこいって!」
「はぁ? いくら芸能人やからってVIP待遇は──」

 大きな声を出してしまったせいで周りの視線が集まる。芸能人という言葉に反応したのか、あちこちから「ヌルサラやん!」「どつ本やん!」の声が聞こえてきた。騒ぎになる前にさっさと退却しなくてはならない。店を変えるか出直した方がいいか……? と頭の中で考えるものの、結局店の中に入ってしまう。

「ちょ、簓……!」

 女性が9割の店内に、腕を組んだ男二人組が入店。次々と視線が刺さる。商品受取口まで真っ直ぐ向かった簓は、スマホの画面を店員に見せながら声をかけた。

「オネーサン、すんません。モバイルオーダーのSASA_PURINですー。えーと、焦がしカラメルなめらかミルクプリンクリームフラペチーノが2つです!」
「お待ちしておりました。ソース追加の方に目印をお付けしておりますので」
「おおきに! 助かります」
「ありがとうございました」

 颯爽と紙袋を受け取り、簓はファンに笑顔を振り撒きながら愛想よく退店。右手には紙袋が、左手はいまだに盧笙の腕を掴んだままだ。

「お前……その手があったか……!」
「ちゃーんと盧笙の要望通り、商品名も言うたで」
「ぐぬ……
「んはは、そこの公園で飲んでいこ。出来立ての方が絶対美味いやろ!」



 モバイルオーダー。
 存在は知っているし、他の飲食店では同じサービスを使ったこともある。そうだ。最初からこうすれば良かったのだ。そうすれば長い列に並ぶことも、長い名前を言う必要もなかった。おかしなところにばかり目がいって頭が固くなって、その発想が浮かばなかった。

「最初っからモバイルオーダーにしとけば良かった……

 焦がしカラメルなめらかミルクプリンクリームフラペチーノは飲み始めて早々、半分ほど減ってしまった。やめられない、止まらない、美味しすぎる……

「いやー美味いなぁこれ。俺もハマりそうやわ」
「な。ビールの次にうまいかもしれん。余裕で2杯目いけるわ」
「お、いってまうか? 2杯目」
「いや、さすがに1日の摂取カロリーがすごいことになるな」
「あはは、確かに。盧笙のはカラメルソース追加しとるしなぁ。どうなん? 生徒のオススメカスタマイズ」
「追加して正解。次飲む時もこれにするわ」
「おー、そんな美味いんや」

 簓は軽く笑って、その横顔に少しの間見とれてしまう。昨日、直前で完売せずに飲めていたらこの時間は無かったのかもしれない。ならば多少恥をかいた甲斐もあったように思える。モバイルオーダーのことだって、簓のおかげで気づくことができたし。
 そんなことを考えていると、視線に気付かれて、持っていたドリンクを奪われる。

「ちょっとちょうだい」
「あ」

 俺のストローを簓が咥える。こくん、と一度だけ喉仏が上下した。
 あ、間接キスだ、と思う。

「めちゃくちゃ甘いな」
「簓はなんも入れへん方が好きか?」
「ううん、こっちはこっちで美味いわ。盧笙も俺の飲んでみる?」
「うん……

 たかが間接キスごときで頬を赤らめることなんて、もうない。ただ気づいただけだ。
 そこまで純情なお年頃でもなければ、ペットボトルの回し飲みだってしょっちゅうしているから平然と口をつけられる。

 けれど、なんとなく、ちょっとだけ嬉しいのは本当で。飲み物と同じくらい甘くて幸せなこの時間を、もっと長く味わっていたいと思った。


 一方その頃。
 SNSでは簓と盧笙が腕を組んでコーヒーショップに現れ、その仲の良さを見せつけながら退店して行ったと、写真付きでの投稿が相次いだという。