夜更かししたらフリンズさんに怒られた話


「まだ、起きてたんですか?」

 今夜の夜警を終えて地下室の居室に戻ると、まだ部屋の明かりがついていた。そのぼんやりとした明かりの方から「おかえり」と小さな声が聞こえた。明日は仕事なのだと、ソファに座っている彼女は昼間言っていたはずなのに。呆れついでに小さくため息を一つ吐く。
「この本がね、今いいところなんだ。キリのいいところまで読みたくなっちゃって」
……
 嘘をおっしゃい。彼女の手元に目線を向けてみたが、読みかけの文庫本はまだ序盤のようだ。
……そんなことをしているから、週末に寝溜めすることになるんですよ」
「あれ、フリンズって……私のお母さんだっけ?」
 貴女はまた、とぼけてそんなことを。今度はわざとらしく「はぁ……」と大きめにため息を吐いた。

 夜更かしの原因を取り上げようと、彼女に近づく。すると彼女は素直をパタンと文庫本を閉じた。……おや?
……ほんとはね、」
「はい」
「今朝ね、少し怖い夢を見たんだぁ。一人で寝ようと思ってベッドにも入ったんだけど……その、寝られなくて、ね」
 そんなことを言われて、僕は思わず目を見開いて固まってしまった。すると彼女は続けて、「寝る前まで忘れてたんだけどね、えへへ」と言う。僕はできるだけ優しい笑顔を作ることにして、彼女に伝える。
「そんなことがあったなら、早く教えてくださればよかったのに」
「忘れてたからねぇ……次覚えてたら言うね」
「是非そうしてください」
 手元の文庫本に伸ばす予定だった手を、彼女の頭に翳してポンポンと優しく撫でると、クスクスと小さく笑う声が聞こえてきた。

「フリンズ、」
「はい、どうしましたか」
「一緒に、寝よ?」
 上目遣いで彼女にそう言われた僕は、本体である腰に下げたランプの炎がボッと勢いよく燃え上がるのを感じた。努めて、努めて顔色を変えずにどのように返答するかを数瞬間で考える。
……わ、かりました。もう少しだけお待ちいただけますか? 夜警戻りなので、体を流してきます」
「うん、待ってるね」
 満面の笑みを浮かべる彼女を抱き締めたくなるが、それは我慢する。
 僕のランプを腰から外して「持っていてください」と預けておくことにした。こくりと彼女が頷いたのを確認し、急ぎ洗面所へ向かう。
 これ以上はない程の早さでシャワーを浴び、着替える。普段は疲れるから使わないのだが、自身の炎の熱で髪の毛を数秒で乾かす。髪の手入れもそこそこに、先ほど彼女が座っていたソファへ戻る、が――
 
…………居ない」
 もうここで予想はしていたが、そのまま寝室へ向かう。
……まぁそうですよね」

 到着した寝室で目にしたのは、ベッドの中央で、僕のランプを抱えたまま眠る彼女だった。
 僕のランプの炎は温かい訳ではないのだが、それをしっかり抱え込んで丸くなって寝ている彼女を目にして、今夜で何回目になるか分からないため息をついてしまう。
「せめて、毛布に入ってから寝ないと……風邪をひきますよ?」
 ベッド脇まで移動し小声でそのように伝えてみるが、スゥースゥーと寝息が聞こえるだけで返事はない。仕方ないので、抱え込まれたランプを離して貰うために腕を持ち上げる。彼女は少し唸っていたが、起きる様子はなさそう。
 そのまま僕もベッドに入る。今日はランプの中ではなく、彼女の隣で眠ることにしよう。毛布を掛けた彼女を更に僕が抱え込んで、枕代わりに腕を頭の下へ差し込む。穏やかな寝顔を眺めてから、静かに目を閉じた。



 ――翌朝。
 目覚ましをセットし忘れたらしい彼女は、しっかり寝坊したようで大慌てで飛び起きた。僕はその様子をベッドの上から眺めてクスクス笑っていたら、彼女に気づかれ怒られてしまった。
 仕方ないので、コーヒーぐらい淹れて差し上げましょうか。



『その様子では、夢見も良かったようですね』