みずあめ
2026-03-22 21:19:32
1697文字
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ゆづあい

ちょっと遅れたけど誕生日おめでとう🎂

カフェの締め作業を終わらせた篠信くんと神家が事務所に顔を出して食事に誘ってくれたけれど、俺はまだ入力途中の資料が表示されるパソコンの画面に目をやってその誘いを断った。今日中にやらなければいけないわけではないけれど、今日終わらせておけば明日以降が楽になるのは事実だから。
無理しちゃダメですよと言ってくれる二人の優しさに笑みを返して見送り、一人になった静かな事務所の中で引き続きキーボードを叩く。これだけ、終わらせたらちゃんと帰るから。
それから数分もせず、ガチャッと事務所の扉が開いた。篠信くんか神家が忘れ物でもしたのだろうかと思い顔を上げたら、予想に反してそこには逢さんが立っていた。今日は午後から打ち合わせに出ていてそのまま直帰だと聞いていたから一瞬驚いたけれど、すぐに表情を切り替える。逢さんは俺を見つけてグッと眉間に皺を寄せた。
「まだ残っていたのか、由鶴。今日はもう終わりにしろ」
「お疲れ様です、逢さん。あともう少しで終わるので、俺のことは気にせず先に帰ってください」
……夕飯は食べたのか」
「さっき賄いをいただきました」
夕方にランチの残っていたものをもらっただけだから、本当は少しお腹が空いている。だけどそんなことを言えば逢さんはすぐに俺に食事をとるように言うだろう。優しい人に余計な気を遣わせたくなかった。
「食後のデザートは」
「え?」
目を合わせたら何を考えているかバレそうで逸らしていた視線を、思わずパッと上げて逢さんのことを見つめた。目が合った瞬間、ほんの一瞬だけ逢さんは目元を緩めて、すぐにスンとした顔で言葉を続けた。
「今日あたりなら予定も合うかと思ったから、ケーキを買ってある。おまえの、誕生日の」
「え」
「それはどうしても今日やらないといけない仕事なのか」
どこか拗ねたような口調に隠しようがないほど心臓が高鳴る。そんなことを言われて、先に帰ってなんて言えるわけがない。
俺はキーボードの上で止まっていた手をさっとマウスに伸ばし、全くキリの良くないところで終わっている文章も気にせず上書き保存をしてファイルを閉じた。カチカチと素早く退勤を済ませてパソコンの電源を切る。顔を上げた先で、逢さんはじっと俺のことを待っていた。
……もう、いま、おわりました」
「それならこの後、時間をもらっても?」
「はい、ぜひ」
篠信くんや神家からの誘いだって、行こうと思えばこんなに簡単に行けたんだ。だけど他の誰でもない逢さんが、俺の誕生日を祝いたいと言ってくれるから。
「すみません逢さん、本当はちょっとお腹も空いてます」
「ふ。謝る必要はない。それならどこかで食べてから帰ろう。俺もまだ夕飯を食べていない」
「ありがとうございます。でも、今日はちゃんと自分で払いますからね」
「誕生日なのに?」
「この間もそう言ってご馳走してくれたじゃないですか。一回で十分です」
「誕生日を祝うのが一回だけだなんて決まりはないだろう」
「ケーキをいただきますので、食事は自分で」
「ケーキも食事も、俺が由鶴に食べてもらいたいんだ」
「もう……
負けず嫌いで弁が立つ、しかも俺が一番弱いその人を前にして、これ以上拒否したところで勝てる未来は見えなかった。はぁとため息を吐いた俺を逢さんは得意げな顔で見つめている。
「今日だけ、ご馳走になります」
「よし」
「逢さんの誕生日、覚悟しておいてくださいね。といっても俺はあんまり高級なものとかをご馳走することはできないんですけど」
「構わない。おまえが祝ってくれるなら、それだけで」
同じ言葉をそっくりそのまま返したいのだけれど、きっとまた上手いこと言って丸め込まれてしまうだろう。
誕生日にあなたが一言「おめでとう」と言ってくれるだけで、本当にそれだけで十分すぎるくらい幸せなんですよ。ご馳走もケーキも何もなくても、逢さんがいればいい。
それを分かっていても俺にごはんを食べさせたがる逢さんの気持ちも否定したくはない。だから今日は大人しく祝われておこう。俺が受け取ればその分だけ逢さんも幸せになるんだって、今はそれがわかるから。