テーブルの上に置かれた、色とりどりの折り紙。それをとある手順で折っていくと、ルクス東山FSCで司が『司メダル』と称して生徒たちに贈っているお手製のメダルになる。
作り始めた当初は何度も折り方の手順を確認し、一つ作るのにも時間を要した。作り方を覚えた今では、折っている途中でここは表に出るところだな、なども分かるようになっていた。
作る時間は短くなっても、一つ一つに込める気持ちは変わらない。
作っている時点では誰に渡すかも分からないメダルだからこそ、折り、差し込み、裏返し、という手順を踏む毎に「凄かった」「偉かった」「素敵だった」「挑戦した」「目標クリアできたね」などの想いを込めていく。
折り紙でメダルを作り始めると、司の趣味の一つである読書とはまた違ったアプローチで頭の中を整理できるな、と気づいた。無心でやれて、完成という目に見えて分かりやすい区切りがあるのもいい。指を動かす作業は脳にもいい影響があるらしいし。
「ただいま」
廊下に続くドアが開き、司は顔を上げた。特別な挨拶ではない言葉を、人生を変えられた特別な相手から向けられる日が来るなんて、数年前の自分に言っても絶対信じないだろうな、と思う。ましてその唯一無二の相手と生活空間を共にするようになっているなんて。
今でこそ奇声や悲鳴をあげたり、固まったり、ギクシャクと不自然な動きになったりというのはなくなった。けれど時折、あの「夜鷹純」と当たり前に挨拶をし合う関係になっている今を、眩くも面映ゆくも愛おしくも感じてしまう。
「純さん、おかえりなさい」
「うん」
「煙草吸います? 灰皿そっちに置いちゃったんですけど」
「今はいい」
言いながら、純は司の横に座り込んだ。
純の目線はテーブルに広げられた色とりどりの折り紙と、司の手の横に重なっている完成品のメダルを捉えている。その目がほんの僅か、眇められた。
「これ、クラブで配ってるんだっけ」
「そうです」
「一人で作ってるの」
「一応『司メダル』なので」
「ふうん」
純の指が、無造作に置いてある折り紙の一枚を摘まみ上げた。表に、裏に、ひらひらと遊ぶようにして見ている。
何の変哲もない折り紙なんだけどな、と思いつつ、メダル作りを再開した。
純は時折、司が何かしているのを無言で眺めていることがあった。最初の頃は自分が何かしてしまったのかと戦いて、単刀直入に聞いてみたりもした。それに対する返答が「見てるだけ」だったので、その後は気にすることなく作業を続けるようにしている。
「これは使わないの」
幾つかのメダルを作り終えた後、不意に横合いからそんな言葉を差し込まれた。純の指は、机の上に置かれた折り紙を指し示している。
司が購入した徳用折り紙の束の中から抜き出された色。金色と銀色の折り紙が二枚、テーブルの端に置かれていた。
「金と銀って、ちょっと他の折り紙と違うんですよ」
そう言いながら、金の折り紙を取り純に差し出す。それからもう一枚、手元にあった水色の折り紙を渡した。
純は手に乗せられた折り紙を大人しく見比べている。
「金と銀って、白い紙にアルミ箔を貼り付けて作ってるらしいです。俺もこれ作り始めて知ったんですけど」
「これだとメダルは折れない?」
「折れますけど、シワになりやすいから少し気を遣いますね。あと……」
「あと?」
言い淀むが、純は逃がしてくれない。言葉尻を繰り返され、司は苦笑した。
純に手渡した折り紙を回収し、テーブルの上に置く。
「金メダルは、自分で勝ち獲ってほしいので」
純の目を見据えながら、そう言った。金メダルを獲得し続けてきた純に告げるには、いっそ不遜かもしれない。
けれどそれ以上に、彼ならば分かってくれる心地なのではないかとも思った。
「そう」
純は司の言葉に対し、特に思うところはないようだった。一つ頷いただけで、それ以上何かを言おうとも聞いてこようともしない。
否定も肯定もされない。けれど、正解不正解のある問題ではないのだから、きっとこれが着地点としては無難な形なのだろう。
「君のメダルって、何か頑張れば貰えるんだっけ」
「え? ああ、そうですね。目標をクリア出来たとか、そういう時に」
「一週間」
「一週間?」
「今日から一週間、煙草を一箱だけにしたら僕にもくれる?」
この折り紙メダルが欲しいんですか? オリンピック金メダリストの貴方が?
そう瞬時に考えてしまったが、懸命にも口には出さずに乗り切った。
「一箱、ですか」
「一週間で一箱」
「! いいですよ」
お互いに成人しているのだから、よほど目に余るものでなければ生活習慣に口を出すことはしていない。それでも、純が喫煙していることに多少思うところがあるのは事実だった。
嗜好品として全否定する気はないけれど、健康を損なう恐れがあると注意書きがあるものだから、減らしてほしいと密かに考えてはいたのだ。
純はヘビースモーカーと言う程消費しているわけではないが、一般的な喫煙者程度の量は吸っている。一週間で一箱なら、かなり減らしたと言っていい。
「約束してね」
「……何色がいいですか」
一も二もなく頷いた司を見て、純は更に念押ししてきた。そんなに欲しいのだろうか、と疑問に思いつつ、求められて嬉しい気持ちが沸き上がってくる。
テーブルの上に広がっている、様々な色の折り紙。今なら、どんな色でも作ることが出来る。
普段クラブで渡している『司メダル』は数を作る関係上、シンプルな作り方のものだ。けれど純個人に対して渡すなら、折り紙を複数枚組み合わせた豪華なものにしてもいいかもしれない。
司の問いかけに、純はふっと口許を緩めた。テーブルの上に乗せていた手に、するりと純が手を重ねてくる。
「君が選んで」
吐息のような声で、耳元に囁きかけられた。
「僕に、一番似合うと思う色」
そんな色、たった一つしかないのに。
テーブルの上で重なった手の下、金色の折り紙がきらりと光ったような気がした。
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