長月ユウ
2026-03-22 19:18:27
1040文字
Public 拙宅での設定・考察メモ
 

うちのエディット武将設定メモ:石韜編

史実でも演義でも無双でもあまり深堀りされていないので、割とやりたい放題にしてしまった石韜の設定。
彼も話を書きながら設定を練っている感じなので、ちょこちょこ更新するかも。


※戦闘力にビームなどの術は含まれていない

名前:石韜(広元)
相手武将:考え中(8エンパでは蔡文姫)
得意武器:縄鏢(8エンパでは鎖鎌)
180cm・30歳手前(徐庶より1~2歳くらい上)
自称「徐庶の一番の友」。徐庶とは同郷の士であり、付き合いが一番長い。ちなみにバツイチ。
水鏡門下生なのだが、口調は諸葛亮や徐庶たちと違ってだいぶ砕けているし、感情表現も豊か。
文武両道なのが災いして器用貧乏。縄鏢の使い方は徐庶に教えてもらった。

・軽い言動といけ好かない顔立ちをしているために軽薄なやつと思われがちが、本質は合理的かつしたたか。しかし面倒見もいい兄貴分。
 物事を「面白いかそうでないか」で見ている節があり、「なぜ同門の3人と違い、曹操軍に士官したのか」と他の門下生に聞かれた際、
 「曹操軍の方が面子が濃くて退屈しなさそうだから」という、下手したら首が飛びかねない発言をしている。そのせいで最初の妻にも逃げられた。
 しかし、本来の理由は「天下に近いのは曹操だし、劉備は義心が仇になるときが必ず来ると思ったから」。言わないのは、そういう性分じゃないと自認しているため。
 劉備に対する考察が当たるのは、彼が曹操軍に士官してから10数年後だったりする(夷陵の戦い)。
 「やることやってりゃ、そのうち結果がついてくるだろ」。と言った通り、最終的に典農校尉まで昇進している。

・同門たちからは字ではなく「石韜」と呼ばせている。「孔明とか士元とか、声に出すと似てて俺を呼んでいるのかそうじゃないのか分かりづらい」という理由。
 徐庶は「殿」付けで呼んでいるが、これは石韜の方が歳上だから。

・徐庶の一番の友を自称する通り、彼の性格を一番知っており、悩み相談も受けている。最終的に背中を押してやることも。
 徐庶は石韜が一番の友だとは言っていないが、彼に対しての扱いは諸葛亮や龐統と少し違い、遠慮も手加減もしていない。水鏡門下時代、ガチの喧嘩に発展しかけたことがある。
 莉杏のことも徐庶から何度も聞いていたのだが、実際に顔を合わせたときは彼女の憔悴しきった姿に「女の趣味が変わったのか?」と内心心配していた。
 彼女が曹操軍に正式加入してからは妹のように可愛がり、徐庶の過去を面白おかしく話してあげている(そして徐庶に怒られるまでがセット)。

・他に曹操軍で仲がいいのは、軍師たちと李典(彼の勘の良さが過去の学びから来ているのをわかっている、数少ない人物)。