かなざわ
2026-03-22 19:13:40
3311文字
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意思を伝えるところからはじめましょう

ごらく様が投稿されていたイラストが可愛すぎて書かせていたただいた、ファンタジーパラレル年齢逆転のよだつか。
獣人が存在する世界観で、🦅の純と🐶の司。

 純は、飛ぶことが好きだ。
 生まれて間もないうちに巣の中から空を見上げていたし、まだ羽根が生え揃う前から飛びたくてたまらなかった。
 羽根が生えてからは、すぐに巣から飛び出すようになった。最初のうちは風を掴む為の羽根もほとんどなく、飛ぶというより真下に落下していると表現した方が正しい有様だったけれど。
 拙いながらも飛べるようになってからは、四六時中飛ぶことばかり考えていた。
 速く、高く、旋回する、急上昇する、急降下する。どんな姿勢で、腕の角度は、枝と枝の狭い隙間を潜り抜ける時の体勢は、風に対してどう向き合うか。考え検証することは山ほどあって、その一つ一つを紐解いて行くのが楽しかった。
 ある時、特に調子が良い日があった。頭の中にある理想と寸分違わずに体が動く。風を掴んだ翼は、どこまでも純を運んでいく。
 耳元で唸りを上げる風の音が心地好く、ひたすらに飛び続けた。それこそ、食べるのも飲むのも忘れて。そんな純の高揚感とは裏腹に、身体の方は疲労し消耗していた。
 茂る木々の間を抜け、視界が開けた。森を抜けたのだ、と気づく。背の高い木が途絶え、地面を覆う草が遠くまでさやさやと揺れている。太陽の光が、純の視界を明るくした。
 今まで木の枝に遮られていた陽光が真正面から純を照らし、そのせいで目の前がちかちかと瞬く。まぶしい、と目を細めた視界の端で、何かが動いたのが見えた。
 森から飛び出した純の眼下に、人影が一つあった。純を見上げて、目を丸くしている。背の高い人影は、よく見ると頭に垂れた耳が生えていた。犬の獣人だった。
 街から離れた森の近くで、一体何をしているのだろう。
「えっ」
 声がした。眼下にいる犬の獣人の声だった。目を丸くしていたと思えば、今度は何やら焦ったような表情に変わっている。
 何その顔。
 そう考えた後、純の視界は白く染まった。

 ふわふわする。
 ゆっくりと浮上する意識の中、純はそんなことを考えた。
 空の高い場所を目指して羽ばたいている時とも、強い風に乗って飛んでいる時とも、どこか違う心地。味わったことのない心地だが、決して不快なものではなかった。
 どちらかといえば、好ましいに近いかもしれない。
「あ、起きた。大丈夫?」
 目を開けた純の顔を、誰かが覗き込んでいた。知らない顔だ、と考えて警戒をするが、ついさっき森を抜けた後に見かけた犬の獣人だと気づく。
……誰」
 誰何の声音は、あからさまに尖っていた。純の刺々しさが伝わっていないはずはないだろうに、犬の獣人はにこ、と笑った。
「俺は司。貴方はさっき森から出てきて、急に気を失っちゃったんだよ。受け止めたけど、どこか怪我してない?」
「え」
 気を失った、それはつまり飛んでいる途中で落ちた、ということだ。愕然とした純は慌てて立ち上がろうとして、ぐらりと身体が傾いだ。そこで初めて、自身が今まで寝かされていたことを知った。
 倒れる、と思った瞬間にぐっと肩を掴まれる。そのまま引き寄せられて、司と名乗った獣人の膝の上にぽすんと座り込む姿勢になった。
「おっと。うーん、軽い脱水かも。少し水飲んだ方がいいかな。飲めそう?」
……
「え、大丈夫? どこか痛い?」
 黙り込んだ純をどう思ったのか、司の声に焦りが滲んでいる。
 純はといえば司の膝の上で、その胸元にもたれかかったまま呆然としていた。座り込んだ膝の暖かさに、つい先ほどまでここに寝かされていたのだと否応なしに気づいてしまった。
 意識が浮上するとき、どう考えていたか。ふわふわとする心地を悪くないと、そう思っていた。
 肩を支える手のひらも、熱いぐらいの体温にも、不快感はない。
 顔を上げて、改めて司の顔を仰ぎ見る。
「気分悪いなら横になる? 姿勢変えられそうかな」
 日の光に照らされて、明るい色の髪がきらきらと光っているようだった。蜂蜜色の目は、まっすぐに純を見ている。
 司は黙り込んだ純を心配しているらしく、眉尻が下がっていた。
「つかさ」
「えっ? あ、うん、どうかした?」
「僕は、純だよ」
 きらきらで暖かい、司。彼になら名前を呼ばれてもいいと思った。
 覚えてね、と告げれば司は虚を突かれたように瞬きをした後に、もちろん、と笑ったのだった。

 司がなぜ森近くにいたのかというと、身を寄せている羊一家の母子が好む木の実を探しに来ていたらしい。
 犬の獣人である司がどうして羊の獣人と暮らしているのかまでは語らなかったし、純もそこまで知りたいわけではなかったから問い質すことはしなかった。事情はどうあれ、そのお陰で司が頻繁に森まで出向いてくるのなら、その事実は純にとって僥倖というだけだ。
 足繁くやって来る司に会いに行くのは、いつしか純の日課になっていた。
 森の浅いところにしか立ち入ったことがないという司の手を引いて、森の奥に咲く珍しい花を見せに行ったりもした。徒歩での移動など面倒でしかないはずなのに、司の暖かい手のひらに触れている間はそのぬくもりにばかり意識がいって、退屈さも感じなかった。
「今日も帰るの」
「加護さんたちに心配かけたくないからね」
「たまには泊まればいいのに」
「俺はここの生まれじゃないし、元々ここに住んでるひとが気にすると悪いから」
 そんなことない、僕を誰だと思ってるの、と。そう言いたかった純は、けれど口を噤むしかなかった。
 純はまだ成長途上だ。雛鳥というほど小さくはないが、子供と呼ばれる範疇であるのは間違いない。
 司との目線だってだいぶ違う。今の純は司の肩にも届かない背丈しかなく、隣に並んで立つと大きく見上げなければその表情を見ることが出来ないくらいだった。
 帰らないで。ここに住めばいい。
 そう告げたとしても、今の純では司を護ることも出来ないのが事実だった。
 森の外れで「純さんまたね」と手を振って帰っていく司の背中を見送りながら、純はどうすれば司とずっと一緒にいられるのかを考えていた。

 司とずっと一緒にいるにはどうしたらいいか。羊たちの元へではなく、純の隣だけが帰る場所なのだと認識させるには、何をすればいいか。
 考え抜いた結果として辿り着いた結論は「司と番いになればいい」だった。
 とは言え、今の純はまだ子供だ。番うには些か早すぎるし、小さな翼では司を護るにも頼りない。
 だからこれは、予約であり、先約であり、司には純という番候補がいるのだから他の誰かとは番えませんよ、という周囲への牽制の意味があった。
 今日のために用意した、立派な羽根。
 大きくて、ふわふわで、日の光を反射してきらきら光る羽根は、純の気持ちをまるごと詰め込んだ、特別なものだった。
 それを司の手の中に差し入れる。
 両手をぎゅっと握って、ちゃんと目線を合わせる。今日も司の蜂蜜色の目は、まっすぐに純を見てくれた。
「あげる。持ってて」
 鳥の獣人にとって、自分の特別な羽根を渡すのは求婚の意味がある。
 特別な羽根を渡す貴方は、私にとって特別な存在なのですよ、と。
 それを知っていたから、純はいっとう大きくてふわふわできらきらの羽根を、司に手渡したのだ。
 断られるわけがない、そんな気持ちで。
 司は唐突に渡された羽根に戸惑っているようだった。純の顔と、手の中の羽根とを交互に見ている。
 それでも純がじっと司の様子を伺っていると。
「あ、ありがとう」
 戸惑いと照れと嬉しさが入り交じった表情で、司はそう言ったのだった。
 渡された特別な羽根を受け取る、それは求婚に応じたということだ。断られるとは思っていなかったけれど、受け入れて貰えたのは嬉しかった。

 さてここで、一つ問題がある。獣人とは、それぞれの種族で習性が違うということだ。
 純にとっては求婚の意味合いで渡した羽根を、司がどう思って受け取ったのか。
 求婚を受け入れられたと思っている純が、この後どうするのか。
 司の手の中で煌めく羽根が「ちゃんと番いになってって言いなよ」と思ったかどうかは、定かではない。