窓の外にはひらひらと雪が積もっている。乱太郎はその光景を興味津々に広縁に置かれている椅子に座って眺めていると、後ろから抱きしめられる。乱太郎のことを抱きしめたのは彼の恋人である鉢屋三郎で、彼はそのまま乱太郎を後ろから抱きしめながら彼と一緒に外を眺めていた。
「雪、めちゃくちゃ積もってるなあ、さすが豪雪地帯だけある…。」
「…本当だ。道理で寒いわけだ。私があっためてあげようか?」
「ひゃっ!」
三郎が乱太郎の耳元でそう囁けば、乱太郎は頬を染めて身体を震わせる。三郎はそんな乱太郎を楽しそうに眺めながら、ぎゅっと強く乱太郎のことを抱きしめた。二人は今、雪が降りしきる雪国に温泉旅行に来ている。三郎が乱太郎を旅行に誘ったのは、今から一か月ほど前のことだった。
「乱太郎、温泉に行かないか?」
「温泉、ですか?」
「そう。たまにはゆっくり温泉に浸かって、のんびりしたいだろう?」
「したいですけど……先輩、忙しいんじゃないんですか?」
「なに、何とかするさ。それに私にとって、乱太郎といちゃつく方が優先事項だからね。」
三郎は乱太郎にそう返しながら、乱太郎の肩に腕を回した。三郎は乱太郎と同じ大学の大学院にいる四つ上の先輩で、三郎は大学院に入ってから何かと忙しく、こうしておうちデートをしたのも一か月ぶりだというのに、どこにそんな休みがあるのか?と問えば
、まあ、何とかなるさ。と微笑み、乱太郎が知らぬうちにいつの間にか旅館の予約を取ったのか予約完了しました。という携帯の画面を見せてきた三郎。
「…本当に大丈夫なんですか?無理してませんか?」
「無理なんてしてないさ。それとも乱太郎は行きたくないのか?温泉は嫌いか?」
「いいえ!私は行きたいですよ!だけど…。」
「なら問題ないじゃないか。それにどうしても休みが取れなかったら別日にするから、さ。」
「…無理しちゃダメですよ?倒れたら元も子もないですから。」
「…分かってるよ。ありがとう、乱太郎。」
そう言って三郎は、乱太郎の額に一つ口づけを落とした。そして結果的に三郎はゼミの教授や同期をうまく丸め込み、見事休みをもぎ取ってこうして雪国の温泉宿にやって来たのだ。
しかも三郎は露天風呂がある部屋を取ってくれて、この吹雪の中でも温泉に入れるように手配してくれていた。
朝から電車で二時間程度揺られて旅館についた。だが、ついてからはずっと部屋の中にいるだけだ。本当は旅館の近くにある温泉街を巡ったり、レンタカーを借りて三郎の運転で沿岸部まで行って海鮮を食べよう。と計画していたのだが、乱太郎と三郎が訪れた日が運悪く寒冷前線が下降し、大荒れの大雪になってしまったため、おかげで一日目は全て旅館で過ごすことになった。
こうなることを二人とも予想しておらず、特にやることもなかったので、二人は部屋にあるテレビや契約しているサブスクリプションをテレビに同期させて映画やアニメを見たり、外に積もっていく雪を眺めたり、一緒にソファで昼寝したりして、ゆったりとした時間を過ごしていた。
でも、ずっとテレビを見つめているのも飽きてきてこうして広縁で雪が降り積もる景色を見ているというわけである。乱太郎はふと気になって壁に立てかけられている時計を見た。時刻はまだ十三時過ぎ。露天風呂に入るにしても早い気がするし、またテレビでも見ようかなあ。なんてどうしようか悩んでいると乱太郎。と三郎から名前を呼ばれたので振り返ると、唇に柔らかい感触を感じた。
それがキスだと気づいた時には既に遅く、舌を入れられてしまい深いものへと変わっていく。歯列をなぞられ上顎を舐められ舌を絡ませてくる三郎に対してされるがままになっていると、しばらくすると満足したのか三郎は唇を離し、乱太郎の額に一つ口づけを落としてきた。
「ご馳走様、乱太郎。」
「……不意打ちは、ずるいです。」
「うん?じゃあ、こう言えばいいのか?」
今から、キスするからな。そう言って三郎は乱太郎の言葉を聞くことなく、顎を持ち上げ自分の方に向けると、もう一度口づけをしてくる。今度は触れるだけの優しいもので、啄むような軽い口づけを何度も繰り返していくうちに段々と深くなっていった。
息継ぎをするために唇を開ければそこに舌が入り込んでくるので思わず逃げようとするが逃がさないとばかりに腰と後頭部に手を回されてしまい完全に固定されてしまう。
それからどれくらい時間が経ったのか分からないほど長い間唇を貪られ続けた後にようやく解放された頃にはすっかり力が抜けてしまっており三郎にもたれかかるような体勢になっていた。
「可愛かったよ、乱太郎。」
「……せんぱいのいじわる……っ!」
乱太郎は口では文句を言いながらも三郎の胸元にすり寄ってきた。その様子を見た三郎はクスクス笑いながら彼の髪を撫でつけている。そしてひとしきり笑った後で三郎は乱太郎に問いかけてきた。
「それよりも乱太郎、そろそろ露天風呂入らないか?」
「温泉入っちゃいますか?まだ早いと思いますけど……。」
「まあ、確かに早いと思うけどせっかくだし、入ろうよ。」
どうせいつでも入れるんだし、食事は十八時に指定してあるからそれまでに戻ればいいし。と言われて、今から五時間も風呂に入る予定なのかな……?とひとつの疑問が乱太郎の中に浮かんだが、そう言われてしまえば乱太郎も断ることはできず、うなずくしかなかった。
「ほら、行くぞ。」
三郎は立ち上がり、乱太郎の手を取って立ち上がらせた。そのまま手を引かれて露天風呂のあるお風呂場へと向かう。脱衣所に入るとそこには洗面台があり、そこにはバスタオルなどが並べられていた。服を脱いで、浴室に続く木の戸を開けると外の冷たい空気が一気に乱太郎の身体を襲った。
「うー……お部屋が暖まってたからめっちゃ寒いですね……。」
「そうだな……。乱太郎、滑るかもしれないから気をつけろよ?」
「はぁい。」
暖房に慣れすぎた影響か部屋の中はポカポカと温まっていた身体は、外に出るとひんやりとした空気が肌に触れていき少し寒い。
雪のせいで濡れている床を滑らないように足を動かし、寒さを絶え凌ぎながら浴槽へと近づき、顔を上げると、目の前に広がるのは一面銀世界で、乱太郎は感嘆の声を漏らした。
「わぁ……綺麗……。」
「本当だな。こんな景色、都会じゃあなかなか見れないから最高だな。」
三郎も乱太郎と同じように隣で景色を眺めている。二人とも普段見慣れた景色とは全く違う風景が目の前に広がっていることに心躍るような気持ちになりながら、乱太郎は三郎と共にシャワーで汗を流してから早速檜で作られた露天風呂の湯船に浸かる。
温泉独特の硫黄臭が漂い、体全体が温まっていき、張り詰めていた筋肉が徐々にほぐされていくのがわかる。同時に血行も良くなったのか指先や爪先も徐々に赤みを帯びてきて、外の寒い空気に晒されて冷えていた身体中がポカポカと熱を帯びてきた。
「ふぅ、気持ち良いな……。」
「本当に…あったかぁい……。」
二人して同じ感想を述べたところで互いに顔を見合わせて笑う。すると突然背後から両脇に手を入れられ持ち上げられる。そのまま膝の上に乗せられたと思った次の瞬間には後ろから抱きしめられていて、乱太郎は驚きつつもされるがままになっていた。
「せ、せんぱい?」
「んー?」
三郎は乱太郎の首筋に顔を埋めるとすんっと匂いを嗅いできたので恥ずかしくなり身を捩るとさらに強く抱き寄せられる。三郎は乱太郎の反応を楽しむかのように耳朶を甘噛みしてきたのでくすぐったくて身を捩った。しかし三郎はそれを許さず、耳に息を吹きかけてくる。ゾワリとした感覚に襲われビクッと肩を跳ねさせれば今度はペロリと舐め上げてきた。
「あぅ……っ、」
「相変わらず敏感だなぁ、お前は…。」
でも、そんなところが最高にかわいい。と耳元でささやいたかと思えば、首筋に吸いついてきたので慌てて止めようとするものの力が入らないため思うように抵抗できず、それどころかもっとして欲しいと言わんばかりに逆に三郎に擦り寄ってしまう始末だった。
「せん、ぱい……っ!」
「んー?」
「んっ、ちょっと、待って……!」
「待たない。」
そう言うと三郎は再び唇を重ねてきた。今度は最初から舌を差し入れられ口内を蹂躙される。歯列をなぞられ上顎を擽られればゾクゾクとしたものが背筋を駆け上がり身体の奥底から熱が上がってくるような感じがした。
「…ん、ぅっ、」
「はっ、……ん、」
角度を変えて何度も口づけられると息苦しさを感じ始めるがそれでもなお執拗に攻め立てられ続けるうちに酸素不足により頭がぼうっとしてくるのが分かると同時に思考力も低下していき何も考えられなくなってしまうのだ。
ただただ快楽を追い求めるだけの存在になり下がってしまう自分自身に対する羞恥心はあるもののそれを上回る快感によって理性すらも溶かされてしまいそうになる程に乱される。
そして、ようやくキスから解放された時にはすっかり蕩け切った顔になって、とろん、とした目付きになっていた。そんな乱太郎の様子を見て満足げに微笑んだ三郎は彼の頬に手を添えると愛おしげに見つめてくる。
「乱太郎、好きだよ…。」
「んぅ、わたしもすきです、せんぱい…。」
お互い見つめ合って、どちらともなく唇を寄せ合おうとしたところで、乱太郎はハッとして唇の前に手を当てる。突然の行動に驚いた様子の三郎だったがすぐにその理由が分からず、呆れた表情を浮かべる。
「……なんで止めるんだよ。」
「あ、えっとぉ、いい所だって言うのは、分かってるんです、分かってるんですけどぉ……!だって、わ、わたしこんなところでへばって夜ごはん食べられないのは嫌だし、」
それにせっかくの旅行なのに先輩と温泉満喫したいですし……。と乱太郎は顔を真っ赤にして俯いたまま小さな声で呟くように言った。その様子があまりにも可愛くて悶絶しそうになった三郎は頭を掻きむしった後、深いため息を吐く。
「……なんだよそれ……。可愛い過ぎだろ……。」
「はい?」
「…なんでもない。乱太郎の言い分もわかるっちゃわかるけど、それでも、私は続きがしたい。」
だから、このまま続けてもいいか?と懇願する瞳を向けながら聞いてくる三郎に対し、乱太郎は少し考え込んだ後、三郎の口元に自分の人差し指を当てて、こう告げた。
「…ご褒美は後のほうが良くありませんか?…今は我慢しましょ?」
据え膳のほうが先輩もきっと、満足できるのでは…?と三郎を見ながら、無意識的に彼を煽っている乱太郎。乱太郎にとっては、今そんなの急いでしなくても後でじっくりしたほうがいいのでは?という意味で言ったつもりなのだが、その言葉を聞いた瞬間、三郎の眉がぴくりと動いたのを乱太郎は見逃さなかった。
そしてすぐに彼の纏う空気が変わるのを感じて、あっ、しまった、余計なことを言ってしまったかもしれない。と後悔するがもう遅く、気づいた時には既に腰に手を回され引き寄せられていた。
「ふふ、よく言うようになったじゃないか……。」
人を丸め込むのが上手くなったのは私に似たのかな?とニッコリ笑顔で笑いながらも額の青筋を立ててこちらを見つめる三郎に湯船に浸かって熱いはずなのに額から流れてくるのは冷や汗だった。
「え、あ、あのぉ……?」
困惑する乱太郎を他所に三郎は乱太郎の身体を抱き寄せると首筋に顔を埋めてくる。チュッチュッと音を立てながら皮膚を吸われるとピリッとした痛みが走ったが、それすらも快感に変わっていくようでゾクゾクとした感覚に襲われる。
「ひゃあ……ッ♡」
「…っ、分かった。…今は我慢しておこう。だが、」
後で、思いっきり満足させてもらうからな。お前が嫌って言ってもやめないから、覚悟しておくように。そう言い残して三郎は乱太郎から離れていった。
そんな彼の姿を見送りながら、乱太郎は一人思った。もしかして、というか絶対自分余計なことを言ったのではなかろうか。と脳裏に浮かんだが、言ってしまったことをいまさら後悔しても遅いしなあ…。と思いながら、…明日、足腰立たないだろうなあ。と遠い目をしながら、とりあえず今はどうすることも出来ないので諦めて湯船に浸かることにするのだった。
了
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