kanaco
2026-03-22 16:57:48
3870文字
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【四信】最強×最強(1Pは横書きver、2Pは縦書きver)

《四信》恋人の顔が、あまりにも良すぎる。ある朝それに気づいてしまった信一が、なぜか張り切るおはなし。

 恋人のベッドの中。窓から照らす明るさに刺激され、信一はのんびりと目を覚ました。

 顔が眩しい。ぼんやりとした脳と視界が鮮明になる。そうして真っ先に目に飛び込んできたのは、四仔の素顔であった。早朝の陽が、四仔の顔を照らす。

 マスクを外し、全てを曝け出す、恋人の無防備な寝顔。 

 まじまじと眺めた信一は、ふと、思ったのだ。

 もしかして。

「は?四仔って顔、良すぎじゃね?」

 

 その後すぐに四仔が起きて、さらに一時間。家に戻った信一は、リビングのテーブルに座り、大きな手鏡と向き合っていた。龍兄貴が朝から来ていた十二の分もまとめて、キッチンで朝食を作っている。それを待つ間、朝の重大な気づきについて思考を巡らす。やがて、深刻な口ぶりで結論を述べた。

 曰く。

 四仔の顔が良い。


 テーブルの向かいに座っている十二は、興味が無さそうな顔をした。櫛で自分の髪型を調整しながら、視線は寄こさず返事だけをする。

「今さら何を言ってんだ。マスクの下は田原俊彦似のイケメンって、お前がよく言ってるじゃん」
「そうだけど、なんか今日改めて見たら、マジ顔が完璧だった」
「ノロケか。いらねぇ~」
「そうじゃなくて、顔面が強すぎる」
「傷があっても?」
「そういう次元じゃない」
「何だよ」
「顔が、良すぎる」
 
 信一は同じ言葉を噛み締めるように言った後、叫んだ。
 
「男前なんて、見慣れているはずなのに!」
 
 鏡を熱心に見つめる信一は、至極真面目だ。
 十二がついに「ぶはっ」と吹き出した。

 己の顔の造形に自信を持っている幼馴染みが、今更になって恋人の顔について衝撃を覚えたらしい。お前らつき合ってもう半年経つだろ、素顔なんて何回見てんだ、その気づきの時間差は何だよ、とケタケタ笑う。信一が「え~」と情けない声をあげたので、十二は手を止めた。
 
「顔面で四仔とはり合ってんの?」
「俺に対抗してくるヤツがいるとは……
「なんだよ、その不毛な対抗心は」

 十二は呆れたような声を出し、首を傾げた。信一が突飛な思考にぶっ飛ぶことはさして珍しくない。それに幼馴染みにも論理はある。しかし、今回は何が引っかかって唸っているか不明だった。

「どっちがイケメンかで悩んでるわけ?」
「鏡よ鏡、世界で一番顔がイケてるのは誰」
「四仔」
「嘘じゃんっ!」

 十二がふざけて返事したのを聞いて、信一はショックを受けたような顔をした。矢継ぎ早にキッチンへ向かって叫ぶ。

「兄貴!世界で一番、美しいのは……兄貴だから!じゃぁ可愛いの誰!?」
「お前」

 龍兄貴の間髪いれない返事が遠くからする。

 「だよねっ!!」

 信一が自信たっぷりに返事したので、十二が腹を抱えて笑った。信一と龍兄貴のやりとりに「マジでこの親子、なんなの」とツッコむことは珍しくない。何やらスッキリした顔をしている信一に、十二は「自己肯定感のバケモノめ」と言った。

 信一が十二にニヤリと笑い返す。龍兄貴が三人分のマカロニスープをトレーに乗せてやってきた。
 
「四仔の顔が良いと、お前は困るのか?」
「まさか!」
 信一は首をふった。

「でも、ハッキリしたことがある」
「四仔の顔か?」
「いや、俺の好み」
 
 料理をテーブルに並べるのを手伝いながら、信一は機嫌が良さそうに笑む。
 
「だからむしろ、最高」

 信一が龍兄貴の顔を見つめながら、意味ありげにキラキラと目を輝かせた。龍兄貴が不思議そうな顔をする。十二の方は察したように面白そうな顔してから、いただきまーす、とマカロニを口に放り込んだ。
 
 

 その日の夕方。診療所を閉めた直後。

 タイミングを見計らうようにしてやってきた信一と、その後ろでニヤニヤしている十二を見て、四仔は眉間に皺を寄せた。
 嫌な予感がする……という拒否感を隠さずに全身で表現する。信一は慣れたようにまるっと無視して、手に持っていた物を机に勢いよく置いた。
 
「何だ……これは?」
「服」
「それは見れば分かるが……

 四仔は目の前でウキウキとしている信一を見た。次に黙ったまま、十二に視線を向けた。古びたソファにふんぞり返った十二は、肩をすくめるだけだ。信一に視線を戻すと、まるで何かを期待するように四仔を見つめてくる。

「この服、似合うと思うんだよな」
……洛軍じゃあるまいし、服は間に合ってる」
「いやいや、恋人からのプレゼントだって!似合うの選んだから。それにお前が着やすそうなやつ」

 信一は持ってきた服を見せるように机の上にセットした。確かにトップスもボトムスも、色が黒で統一されたシンプルなデザインだった。大人びた品のよいロングスリーブニットと、カジュアルを控えめにした細身のミリタリーパンツ。遊び心もありながら、スッキリとしたシルエットだ。胸元のゴールドのネックレスが、唯一のカラーアクセントとして、さり気なく光っている。

「それで、最重要はこれっ」

 まるで宝箱からゲットした、貴重なアイテムかのように信一が掲げる。
 
 黒縁の眼鏡であった。

「視力は悪くない」
「知ってる、度が入ってないもん。これ」
「じゃぁ、なんでメガネ」
「そりゃ、決まってんじゃん」

「オシャレ!」と自信満々に信一が言う。

「絶対似合うから、かけろよ」

「そいつさぁ、メガネフェチなんだよ」
 十二がゆったりと口を挟んだ。
「ファザコンだからさ」
 
 説明を受けた信一がヘラリと笑う。
 四仔はしばらく沈黙したが。

「いらない」

 簡潔に答えた。

「ええっ!」
「かける必要性がない」
「オシャレだって言ってるじゃん」
「興味がない」
「似合うって、お前、顔が良いから!」
……突然、なんだ」
「今日の朝、突然に気がついた」
「は?」
「お前の顔、俺の好みのド真ん中」
 
 しばしフリーズした四仔が「なんだコイツは」と言いたげな表情で、再び十二を見た。十二が両手を広げて「さぁ?」というポーズをする。信一はニコニコ嬉しそうだった。なぜか圧さえ感じる。四仔は負けずに冷たくボソリ断った。

……いらない」
「ええ?じゃあ、メガネだけでいいから」
…………
 
 困惑していた四仔は、初めてムッとしたような表情をした。信一が「ん?」と気がつく。少しの間があって、四仔がポツリ、低い声を出した。
 
「それは……兄貴の代わりってことか」


 空気が止まった。四仔は思わず口走った言葉をすぐに後悔した。まるで嫉妬めいた言葉を言った気がする。四仔がバツの悪そうな表情をした。信一は心底分からないという顔で、目を丸くする。

「なんで兄貴?」

 信一は首を傾げながら、手に持っていたメガネを自分にかけた。信一の甘めのマスクに、少しシャープで大人びた印象が加わる。ほんのりとした知的な色気が、四仔の目線をより信一の目元へと惹きつけた。
 
「兄貴は世界一カッコいいし、俺はイケメンだけど……。お前の顔が俺にとって『顔がイイ』のど真ん中」

 信一は黒縁メガネを軽く2回、人差指でトン・トンと叩いた。

「これ、俺の私物のお気に入りなんだけど」

 大人っぽいフリして、子供のようにイタズラっぽく、ニヤリと笑う。
 
「俺が好きな顔に、俺が好きなメガネかかったら………最強×最強、じゃね?」

 しっかりとした黒い縁から覗いてくる、艶めいているのに無邪気そうな、アンバランスな瞳の輝き。

 四仔が「ぐっ……」と圧されて複雑そうな表情をした。納得ができるのか、嬉しいのか……瞳に飲み込まれそうな葛藤が見えたが、しかし数秒後にはまた眉間によせて、十二の方を見た。

「おい、今のは褒められてるのか?貶されてるのか?」

 十二の返事を待たずに信一が身を乗り出して、ひょいっと四仔の真正面に顔を出した。
 
「違うって」
 
 まるで芝居がかって、四仔の鼻に向かって人差し指をさす。わざとらしいウィンクでもつけそうな勢いだった。
 
「単純に、お前の顔が好きだってこと」
 
 浮ついたようなキメ言葉の割には、軽やかでのんびりとして、嫌味もない。四仔はぐぐっと言葉に詰まった。

 好意しかなさそうな顔に、四仔は一番長く黙り込む。そうして眉間に皺をよせたまま、信一の顔を眺めていたが、やがて一度下を向いて「ハァ———」とたっぷり溜息をついた。
 
 微妙な間。信一が「そんなに嫌かよー、ケチ」と文句をつけようとした直前、四仔の手が突然に動く。

 大きな手のひらが信一の目元に伸びてきて、何事かと思った信一は瞬きすら一切せずに四仔の動きを注視する。

 四仔の指はスッと信一のメガネを取ってしまった。そのまま自分の顔にゆっくりとかける。それから右手の親指と人差し指で信一の顎をつかまえると、クイっと上を向かせる。信一が息をのんでいるのに気づかないふりをして、自分の顔すら寄せていく。

 最後にコツン、と額を信一の額にくっつけた。
 

「これで満足か?」


 メガネの奥にある涼し気な瞳が、口をポカンとあけてワナワナと震える、真っ赤な信一を映し出す。

 そして。

 澄ました様な顔をしながらも楽し気な目を隠せない四仔と、笑い過ぎてそのままソファの後ろにひっくり返った十二の耳に、信一の甲高い悲鳴が響き渡ったのだった。