moto
2026-03-22 14:37:07
1140文字
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その先を知りたい

さまささワンドロワンライお題「ホワイトデー」


キッチンが朝から甘い匂いでいっぱいになっている。左馬刻がオーブンから取り出したばかりの焼きたてのクッキーを、合歓はひとつつまんで「あちち」と言いながらさくりとかじる。まだパジャマ姿のまま「美味しい!」と笑顔になる。碧棺家のホワイトデーの朝の恒例行事だった。毎年の事なので、年々クッキーを作る腕も上がっていると、チョコチップ入りのクッキーもつまんでニコニコとしている合歓を見て、左馬刻はひとり確信している。
「お兄ちゃんありがとう」
「おう」
 特にラッピングをして渡すこともなく、鉄板から直接出来たてを食べられるのは妹の特権だった。
 数枚をその場でつまみ、いつもなら残りは皿に移しておくのだが、合歓は並んだクッキーを見て何かを考えている。
「お兄ちゃん、これ簓さんにもあげなよ」
「簓に?なんでだよ」
 心底訝しげにしている兄に、合歓はパチリと目を見開き「相棒じゃない」とはっきりと答えた。
「相棒だけどよ」
「でしょ!あ、待って、バレンタインの時のラッピングがあるから」
「おい合歓」
 バタバタと部屋に戻った合歓はさまざまなラッピング用品を抱えてきて、左馬刻が呆然と見守っている間に、クッキーを選別し、可愛らしいラッピングを完成させていた。
 
「つうわけで、やる」
 左馬刻から可愛らしくラッピングされたクッキーを渡されて、簓のいつも機嫌よく細まっている目がまんまると見開く。見たことない表情に左馬刻も驚いた。
「っは〜。ホワイトデーにいっつもクッキー焼いてるんや」
「まあな」
 簓は、からかうわけでも笑うわけでもなく、恭しく包装を掲げてまじまじと眺めたあと「合歓ちゃんもええ子やし、左馬刻もええお兄ちゃんしてるなあ」としみじみ呟いたので、左馬刻はなんと答えればいいのかわからなくなり、ただ腕を組んでムッツリとした。
 レースのリボンを丁寧にほどいて、簓はさっそくクッキーを頬張った。
「んまい!」
 また目を見開き、プレーンクッキーとチョコチップクッキーを交互につまみ、あっという間に全部食べてしまった。
「うんまいわー!手づくりすごいなあ。俺にもありがとうな、左馬刻」
 簓の満面の笑みに、目を細めて、消え入りそうな声で、おう、とだけ答えた左馬刻を気にする様子もなく、簓は名残惜しそうに袋の中を何度も覗き込んだ。
 ホワイトデーの本日、バレンタインでチョコレートをもらったお返しも兼ねて、今日は合歓も含めて三人でランチをする予定である。簓は、クッキーのお礼に左馬刻の分も俺がご馳走するわ、と張り切り始めた。
 冷めてしまったクッキーでこの喜びようである。今、左馬刻は、簓に焼きたてのクッキーを食べさせたらどんな反応をするのか知りたくてしょうがなくなっている。