ugr28
2026-03-22 14:22:42
13447文字
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カルデアの北極星


目覚まし時計が鳴るより早く、武田晴信は目を覚ました。そのままぼんやりと天井を眺めてみるが、意を決してふわふわで肌触りのいい寝具をはぎ取り手早く着替え始めた。
しばらくは霊体化せず艦内を歩きまわってほしい、みんなに顔を覚えてもらってね?というマスターのご好意で自室を用意してもらって早数日。この部屋で寝起きするのも慣れてきた頃だ。ジャケットに袖を通し、腰帯を留めて軍配を吊り下げる。最後に髪を結えて鏡の前で自慢の洋装姿を確認する。
……良し」
晴信は神妙な面持ちでコートを片手に食堂へと向かった。

「晴信〜!おはようございます!おや、朝から湯豆腐とは……中々渋いですね」
朝餉を食べていると、同じく当世ルックスの長尾景虎が手にお盆を持ってやってきた。失礼しますね、などと言いつつ向かいの席に着席し、当然のように湯豆腐の予備の取り皿に手を伸ばしてきたので晴信はその手に手刀を振り下ろした。
「勝手に食べようとするな」
「いいじゃないですか、ケチ」
「お前はその定食を食え。俺はもう食べ終わるぞ。……あの話、覚えているんだろうな?」
晴信に睨みつけられて、景虎は目を細めて面白そうに笑った。
……ええ、勿論!私が言い出したことですから。あなたに会わせたい人がいるんです!」
景虎は上機嫌で朝食を食べ始める。その様子を眺めつつ晴信はひっそりと眉を顰めた。
数日前から今日の予定は開けておくように、と景虎から念押しされていた。最初はなぜお前が俺の予定を組むのかと呆れていたが、あまりにも口酸っぱく繰り返すものだから何か意図があるんだろうと思って予定を開けていた。
とはいえ景虎は自分と誰を引き合わせようとしているのだろうか。同じ乱世の時代を生きた勇将達の中で、人理に名を刻んでいる知り合い。それとも時代も世界も違う見知らぬ人物か。景虎は何の話してくれなかったので、皆目見当がつかなかった。
「眉間にシワが寄ってますよ、晴信。でも安心してください。別にあなたと喧嘩するような人物ではありません」
……不安になっているんじゃあない。俺はお前のその先輩風が気に食わないだけだ」
「にゃはは」
景虎は笑顔を絶やさない。自分の一挙一動、眉をひとつ動かしただけでも面白がっているようで晴信は居心地の悪さを感じた。
「大丈夫、きっとあなたも気に入りますよ。もうちょっと待っててくださいね。ご飯を食べ終わったら早速、彼女に会いに行きましょう!」

◆◇◆

じりじりと肌を焼く太陽、さわやかな潮風。ゆりかごのように揺れる地面──ではなく、甲板。そして目の前には躑躅色の髪を編んだ快活そうな女性。
「アタシはフランシス・ドレイク。よろしく頼むよ」
「お初にお目にかかる。武田晴信だ」
西洋の文化らしく手を差し出すと、ドレイクは笑顔でこれに応えた。しかし次の瞬間には眉を下げて申し訳なさそうな顔をした。
「しかしねぇ、何故かみんなアタシに挨拶しに来てくれるが、アタシはろくでなしの海賊だ。あまり肩を張らず接してもらえると嬉しいよ」
「そんなことありません、船長。あなたの活躍はみんなから一目置かれているんですから」
二人の握手を眺めていた景虎とマシュ・キリエライトが割って入る。
「武田さん、ドレイク船長は数少ない"星の開拓者"のお一人です。不可能なことを実現可能な出来事に変えた人物、人類初の世界一周航海を成し遂げた方です!」
……船で、世界を一周……!?可能なのか、そんなことが!?」
「あはは。あの頃は生きるのに必死だったから、偉業を成そうなんて気持ちはこれっぽっちもなかったんだけどねぇ。気づいたらそうなっただけだよ」
ドレイクは赤面しながら困ったように笑った。その顔には立派な向こう傷があるが、こうして笑うとなんとも可愛らしい。思わず晴信もその顔をまじまじと眺めてしまうほどだった。
「カゲトラから聞いているが、お前さんの故郷は海のない土地だったそうだね。ここは特異点だからしっかり働いてもらうが、ぜひこの海を堪能していきな」
「では、このタイミングで今回の任務について改めて説明させていただきますね」
マシュが船に備え付けられた拡声器とマイクを操作する。船内にはマスターやサーヴァントの他に船員たち(ドレイク船長の宝具であるこの船に好きで乗っているらしい)が各持ち場でせわしなく働いているが、この拡声器を使用すると無線を通じてあらゆる部屋にも声が届くそうだ。
「今回の任務は、貿易船を襲う海獣たちの討伐です。海獣たちは世界でも有名なこの航路付近に住み着いて、船を襲っているとのことです。船や乗船員たちへの被害は勿論、国交や貿易の停滞を招き、微小ながらも歴史に悪影響を及ぼすとの観測です。メンバーは、私、マシュ・キリエライト、フランシス・ドレイクさん、アスクレピオスさん、武田晴信さん、長尾景虎さんで──」
「BBAーーーーーー!!!!!!」
マシュの説明を遮り、スピーカーからつんざくような大声が響き渡る。晴信が声の正体を探そうとあたりを見渡すと、遠くからものすごい勢いで船がこちらに向かってくるのが見えた。
「声の正体はあれか?知り合いの船か?」
……いいや?撃ち落としていいと思うよ」
真顔になるドレイクをよそに、波を掻き分けて大きな船が隣に並んだ。同じ木造船でありながら、魔力を放つそれはサーヴァントの力で顕在するものだと一目で分かった。そしてその船の甲板には鬼の形相の髭面とさわやかな好青年が立っていた。
「BBA!抜け駆けは許さないですぞ!」
「ごきげんよう、キャプテン・ドレイク!麗しのメカクレ、マシュ!バーロソミュー・ロバーツ、ここに参上!」
……この世界の者ではなく、カルデアの者か?」
突然の来訪者に驚きつつ晴信が疑問を口にすると、景虎は首肯した。
「ええ、二人ともカルデアの一員です。今回の任務にあたりレイシフト適性はあるものの、船長が船に乗せたくないと拒否してたとか……
「はぁ。なら何故ここにいる?まさか許可なくレイシフトを……?」
「ん?"令和の攻め"みたいなビジュアルのイケメンがいますな?バーソロミュー、アイツの脳天撃っていい?」
「蛮族め、ステイ」
元からバーソロミューの言うことを聞く気のない髭男が銃を構えたが、すかさずバーソロミューがアッパーをかましてこれを押さえ込んだ。髭男もこれに負けじと抵抗し奇声を上げる。
頭を抱えながら騒動を眺めていたドレイクだったが、このタイミングで声を張り上げた。
「あの馬鹿どもを見ていると馬鹿が感染うつるからやめておきな!さぁ、船を出すよ!座標ポイントはもう少し先の──」
「だーかーらー!抜け駆けは許さないですぞ!無線を傍受とうちょうしてたが、お嬢ちゃんの説明には抜けている部分がある!!」
髭面の指摘を受けてドレイクが舌打ちをしたのを、晴信は聞き逃さなかった。そしてマシュが動揺し始める。
「え?でもそんなはずは……ちゃんとダ・ヴィンチちゃんと打ち合わせしてきたので、説明に不足はないかと……
「ふふっ私たちは普通の人たちより海に詳しいんだよ、マシュ。少し前になるが、このあたりで海賊船が一艘沈んだという話があってね」
「お宝が山ほど乗っていたんだろうなー。海獣たちに妙な魔力めいた暴力性があるのは、おそらく海底に散ってしまった宝石やらを飲み込んでる可能性があると拙者は思うでがんす」
……ということだ。海獣の胎からお宝たちを助けてあげないとね!観念してほしいな、キャプテン・ドレイク?」
パチンとウインクをきめてバーソロミューは高らかに笑う。それを見たドレイクは盛大にため息をついた。

「あーあ。余計な奴らが付いて来たのは残念だが、まぁ察しが良くないと海賊なんてやってらんないからねぇ。そういえばハルノブ、船の揺れは大丈夫かい?」
「今のところ問題ない」
男たちの乱入直後はやや肩を落としていたドレイクだったが、海も船も初めてだという晴信の話し相手をするうちにすっかり機嫌をなおしていた。慣れた手つきで舵を取りながら晴信を気にかけている。
「無理するんじゃあないよ。サーヴァントとはいえ、初めて船に乗ったら揺れで具合悪くなるはずだから。その時はすぐに休みな」
……お心遣い、痛み入る」
極めて冷静に答えるが、晴信の心はずっと浮かれっぱなしだった。生前、あれだけ渇望していた海を船の上から堪能できるなんて夢のようなイベントだ。横に景虎がいなければ、小躍りしながら船内を探検してまわっていただろう。
「キャプテン!右前方の海面に黒い影を確認!不審な水飛沫も上がっています!おそらくは!」
見張り台で望遠鏡を覗いていた乗組員が声を上げた。
「にゃはは!獲物発見、ですかね!」
「ああ、指示された座標ぴったりだ。ダ・ヴィンチたちの計算に狂いがなくて助かるよ」
景虎はフード付きのパーカーを投げ捨ててウキウキと槍を構える。晴信も洋装から戦装束に衣装を切り替えて軍配を握りしめた。ドレイクは銃を取り出して拡声器を操作した。
「全船員に伝令!各自持ち場につけ!これより、海獣討伐を開始する!」
ドレイクが伝令を出すのと同時に、船が大きく揺れた。深海から近づいていた海獣たちが群れをなして船に激突している。同時に、海獣たちが船に飛び乗ってきた。
「さぁやりますよ、晴信!」
「ふん、言われなくとも!」
甲板を蹴って2人は走り出した。海水を浴びながら敵と交戦をはじめる。
「ぬう、見えない位置からやってくるのは困るな……船底に穴が空いては困るし。なるべく砲撃で倒すのはどうか」
後方から補助呪文と回復魔法を唱えて援護するアスクレピオスが不服そうに進言する。細身の身体は船の揺れに耐えがたいらしく、今にもすっ転びそうだった。
「それでもいいんだけど、アタシとしてはそれは折角の付いてきた後方部隊に任せたいところだね」
「私たちは敵を直接叩く戦法ですね。ならば私も前衛に出たいと思います!アスクレピオスさんはマスターの警護をお願いします!」
そう叫ぶとマシュ・キリエライトが前に飛び出していく。アスクレピオスはやれやれとため息をついた。
「怪我が少ないに越したことはないのだが。まぁいい。全身全霊でフォローに回ろう」
小さくなって行く背中に向かって医神の加護を与えると、マシュは一瞬だけ振り返って笑顔を見せた。

「うおっほ!予想的中じゃねぇか!?QPとお宝がざっくざく稼げる!うれちぃうれちぃ♡拙者、全力を出しちゃおうかな♡」
「気色悪い声を出さないでくれたまえ。気色悪いから」
「ぐすん。二回も気色悪いって言われた……
バーソロミューと黒髭を乗せた船は、ドレイクたちの斜め後方に構えて戦闘を始めていた。バーソロミューは前方の船に砲弾が当たらないよう砲台の角度を調整する。打ち合わせした訳ではないが、奇しくもドレイクの願い通りだった。
「甲板で戦闘をすれば報酬の回収率がいいが、船の損害が増えるのがな……。敵の総数も知りたいところだ。なんとか手分けして効率良く稼ぎたいところだね」
頭をフル回転させながら慣れた様子で視線を、手を、動かし続ける。装填、安全装置セーフティーロックの解除、そして。
「海賊がこうも揃っているんだ。出し惜しみなんて勿体無いこと、する気もないね!」
着火とともに口の端を歪めて笑う。爆音が鳴り響き、水飛沫が上がった。

次々と襲いかかってくる海獣たちを叩き、切り裂き、その亡骸を海へ蹴り落とし──晴信は息をついた。
「うわっ」
船が揺れて晴信は大きくバランスを崩す。敵に隙を見せないようすぐに立ち直すが、この足場の不安定さがなんと憎いことか。そのためか普段より疲労が溜まるのが早い。黒雲を喚びたいところだが、この狭さ、この揺れでは脚を折りかねない。
「はるのぶ〜!大事はありませんか?」
ロープを振り子のように揺らして景虎が軽やかに着地する。猿のような振る舞いだ。
「馬上も不安定ですが、船の上はまた違った不安定さですからね。戦装束も海水を吸って動きづらいのでは?」
……お前がそのような軽装なのはちゃんと意味があって、なのか」
「そうです。本当は水着があれば良かったのですが……あれは特別な衣装なので」
「みずぎ?」
「とにかく、弱音を吐いている暇はありません。早くこの環境に適応してください」
景虎はにやりと笑うと踵を返して敵に向かって突撃していった。晴信はしばらくそのまま固まってしまったが、だんだんと怒りが込み上げてきた。
「いや、お前が最初から任務だと教えてくれれば、事前に対策できていたが?!」
朝餉後はまっすぐ管制室へ行って説明もなくレイシフト!船!海!?と怒涛の展開だった。明らかな準備不足。もっと探りを入れておくべきだった。
景虎からすればサプライズのつもりだったかもしれないが、こちらは必要な準備も知識もない状態だ。その割に活躍しているのではないか……と思いつつも、発破をかけられちゃ黙っていられない。それこそが景虎の目的だと分かっていたとしても。
大きく息を吸うと、嗅ぎ慣れない潮風が鼻腔をくすぐった。
「負けないぞ、お前より手柄を立ててみせる!」
そう言って晴信は軍配を握りしめた。

「戦闘中にすまない!キャプテン・ドレイク、聞こえるかい?バーソロミューだ。確認したいことがある」
雑魚敵の頭を撃ち抜いたドレイクが顔をあげた。既に戦闘を開始してから数十分が経過していた。皆よく立ち回っているし、敵の勢いも波が引くように落ち着きつつあった頃だった。呼びかけを聞いていたマシュがドレイクに目配せをし、ドレイクは前線を離れて船長室へ引き下がった。無線を個別通信へ切り替えて先程の呼びかけに応える。
「こちらフランシス・ドレイク。なんだい?気になることでもあったかい?」
「あぁ、引っかかることがあってね。同じ海賊として、君の意見を聴きたい──」
この会話の数刻後、バーソロミューの船が速度をあげてぐんぐんと近づいてきた。並走を始めると、甲板にいたバーソロミューが清々しいほどの笑顔でこちらに向かって手を振っていた。
「じゃ、この髭をもらってくれ、ドレイク」
「えっ?拙者、売りに出されるかんじ?人身売買?」
「どちらかと言うとゴミ処理かな」
向こうの船に乗っていた野郎二人が殺伐とした空気を醸し出し、アスクレピオスが眉を顰めた。
「こちらの船員が増えるのか。構わないがフォローに手が回らなくなるかもしれない。キルケーがいればまだ良かったのだが……
「あれは暗に来るなと言っているのでは?ていうか拙者、BBAの船になんて興味ないんですけどォ」
急にもじもじし始める髭男の姿を見て、晴信は困惑の表情を浮かべた。一方で隣にいるマシュ、そしてマスターはなんとも言えない無の表情である。ドレイクはイライラと声を荒げた。
「うるさいねぇ。とっとと来な!こっちの船で働いてもらうよ!」
「ケッ!BBAの活躍を近くで見れたって、ちっとも嬉しくないんだからね!」
「なんだ、アイツは」
気持ち悪いな、という言葉は晴信の良心によって飲み込まれた。
黒髭は口先では不満を漏らしつつも絶妙なバランス感覚で船首斜檣バウスプリットを軽やかに歩き、ドレイクの船に乗り込んだ。
「ほい。とりあえずバーソロミューから預かった救援物資」
「助かります、黒髭さん」
マシュが包みの中を確認して携帯食品を配る。晴信はそれを受け取りながら髭面に名前を聞いてみたが、
「イケメンに名乗る名前はねぇ!」
と断られてしまった。
「では私は少しここから離れるよ。お互いの武運を祈る!」
バーソロミューは足早に甲板を離れ、そのまま船を走らせた。それを見送った景虎が首を傾げる。
「敵の攻撃も落ち着きましたし、もう任務達成ではないのでしょうか?」
「数は少ないのですが、まだ敵性反応があります。あと一踏ん張り、というところですね」
「休憩が取れるならそれに越したことはない。怪我人は治療するから申告してくれ」
一同は束の間の休息を取り始めた。しかしドレイク船長だけは望遠鏡を片手に見張り台へ登っていった。

……マシュ!周囲の探索をしてくれないか?精度よりも範囲を優先して、船のまわりを見ておくれ!」
空からドレイク船長の声が降ってきて、晴信ははっと顔を上げる。どうやら穏やかな陽気にあてられて微睡んでいたらしい。任務中に情けない……と反省する横で、勤勉なマシュが即座に動いていた。
「はい!いま確認を──…….これは!?マスター!」
「全員、近くの柱に掴まれ!振り落とされるな!!」
ドレイクが怒鳴るのと同時に何かから体当たりを受けて船が大きく傾く。アスクレピオスが吹っ飛びそうになったのを、晴信と黒髭がかろうじて袖を掴んで引き寄せた。
「皆さん大丈夫ですか!?」
「にゃあーーー!つべたッ!」
また船が大きく揺れて、船が元の体制に戻ろうとする。しかし反動でサーヴァントたちは頭から海水を被ることとなった。服が海水を吸って身体が動けなくなるマスターたちをよそにズル、ズル、ズルと妙な音が響きわたる。
「ぬぬぅ……この音は……
「ついにお出ましだね、この海の支配者ボス……!」
髭面とドレイクが顔色を悪くする。べチャリ、べチャリ。ズルズルズルという音と共に再び船が前傾する。その正面に黒い巨体が海面に姿を現した。弾力のある丸い頭に、ぎょろぎょろと動いて焦点の合わない眼球。あらゆる方向に曲り、動きの読めない触手たち。
「クラーケンか!この大きさ、一体どれくらいの犠牲者がいるのか……!」
アスクレピオスがずぶ濡れの髪をかき分けながら睨みつける。触手が伸びてきて、船を海の中に引きずり込もうとしている。見張り台から降りてきたドレイクが冷静に指示を飛ばした。
「黒髭!悪いがマスターとアスクレピオスを柱に縛り付けてくれ!マシュ、カゲトラとハルノブは船に掴まって!できる範囲で援護を頼む!」
「ガッテン承知!」
……援護と言われても!」
髭面は慣れた手付きでマスターを縛り、ドレイク船長は縄と短刀を使い後方の武器庫へと移動する。しかし晴信たちは船からずり落ちないようしがみつくだけで両手が塞がってしまう。こうなると悔しいが役に立てそうもない。思わず歯ぎしりをする晴信の横で、景虎が冷静に問いかける。
「動ける者の足を引っ張らないことが最善の行動です。ところで晴信、片手で私の体重を支えることはできませんか?」
「はぁ?!」
「この槍を投げてアイツの目を潰します!できる気がする!」
景虎の言うアイツとは、船頭からこちらを見つめてくる巨大なクラーケンのことだ。クラーケンと景虎の顔を交互に見てから晴信は怒鳴りつける。
「んな無茶な!」
「やります!やらないと、船が沈みますよ!」
景虎が必死に訴えてくる。そんなこと分かりきったことだし、船から投げ出されたら座に真っしぐらだ。
……具体的には?どうする気だ?」
「このベルト!命綱として握ってもらえませんか?そうしたら、私は両手を使えるようになるので」
景虎は腰に垂らしていた黒色の腰帯を晴信に差し出す。その勢いに呑まれて晴信は反射的にそれを掴んで……首を傾げる。
「お前のこのベルト、俺の軍配を吊り下げるやつと瓜二つではないか?まさか模したのか?」
……気のせいではありませんか!信じてますよ晴信!手を離しますね!」
驚くほど躊躇いもなく景虎が船から手を離す(とはいっても両足は船に付いて踏ん張っている)。晴信は急に景虎の全体重を支えることになり、額に汗をかく。
船の勾配も刻一刻と激しくなる。景虎は槍を取り出してクラーケンを見据える。同時に、視界の隅から何かが飛び出してきた。
「危ない!景虎さんッ!」
好機とばかりに海獣が船に飛び乗ってきたが、マシュが盾を振り回してこれを薙ぎ倒す。しかし船にしがみついている以上、限界がある。
「景虎……!」
晴信はうめくように名前を呼ぶ。髭面が銃を抜き、後方からもドレイクが扱っていると思われる散弾銃の弾丸が飛んでくる。雑魚敵はこれに驚いて後退するが、クラーケンにはなんのダメージもないようだ。もはや猶予はない。
……やります!私、毘沙門天なので!」
景虎はそう叫んで大きく振りかぶる。腕は鞭のようにしなやかに、全身を使って振り子の要領で全力で槍を投げる。
鋭い音が響き、真っ直ぐ、高速で槍が飛んでいく。そして見事、クラーケンの目玉に突き刺さる!
「やったーー!!」
「え、嘘?!……おいっ景虎!暴れるなァ!!」
マシュと景虎が歓声を上げ、晴信は目を見開きながら歯を食いしばる。
意表を突かれたクラーケンは、触手を伸ばすのをやめて船から離れようとした。その隙を、フランシス・ドレイクが見逃さなかった。
「野郎ども!時間だよ!」
突然、冷たい風が晴信たちの頬を撫でる。空が暗闇に覆われるが、船の上でひとつだけ星が輝いていた。船乗りたちの道標、北極星ポールスター。その光に照らされたドレイクが号令をかける。
「嵐の王、亡霊の群れ……。ワイルドハントの始まりだ!」
空に浮く大砲からレーザー・ビームのように連発された砲弾は轟音と共にクラーゴンを直撃し、耳障りな奇声を上げながら船から剥がれた。そのまま放物線を描きながら宙を舞い海面に叩きつけられた。柱のような水飛沫が上がり、奴の体液があたりに漂い始める。
「やりましたか!?」
「いいや、まだだ!船から引き剥がすのが目的だったから胴体と触手しか狙ってない!今度こそ致命傷を……!」
バランスを取り戻した船が、ミシミシと音を立てながら水平に戻り始める。それを待たずにドレイクが雑魚敵を銃でぶっ飛ばしながら船首に向かって走り出す。
同時に、拡声器から男性の声が流れた。
「あぁ……海面に顔を出すか。貴殿はまだ……気づいていないのかな?既に包囲されていることに……!!」
「いけるかい、バーソロミュー・・・・・・・!?」
ドレイクが叫ぶと、拡声器から無線の雑音と共に弾んだ声が聞こえた。
「勿論だ!キャプテン・ドレイク!万事抜かりなしさ!」
「それじゃもう一丁、宝具かますよ!ティーチ、アンタも構えな!」
「なに……!?短時間で宝具を連発するなんて、不可能だ……!」
ドレイクの発言に晴信が声を上げる。それが耳に届いたのか、船首斜檣バウスプリットに飛び乗っていたドレイクは足を止めてこちらを振り返った。その瞳は爛々と輝き、口角を上げて応えた。
できる・・・!!アタシはそういう星の下にいるんだ!」
その自信に、凄みに、晴信は目を見開いて閉口する。そんな晴信の様子を見て景虎はニヤリと笑った。
「新人〜。もしかして海賊船は初めてだったりする?処女航海?」
黒髭が晴信の横に並び立って首を傾げる。不意をつかれた晴信がはぁと曖昧な返事をすると、黒髭はちょっとだけ不機嫌になった。
「初体験がBBAの船なんて……クソッ羨ましいですな……ゲフンゲフン。無駄話してる場合じゃねぇか。じゃ、とりあえずこれだけは覚えて帰ってくだちい。……鉄と火薬はァ!海賊の!ロマン!!」
そう叫びながら黒髭は腕を空に向かって突き上げる。それに呼応するかのように無数の砲台が甲板に生えるように現れた。火薬の匂いを纏ったそれらは人の手を介さずにガチャガチャと動き照準を定め始める。
それに続き、バーソロミューとドレイクも負けじと吼えた。
「全砲門一斉掃射!」
「アタシの名を覚えて逝きな!」
ドレイクの海賊船が、数多の遊撃船が、輪になって中心に泡ぶくに砲台を向ける。クラーケンのその黒い影が、水面から頭を出した!

アン女王の復讐クイーンアンズ・リベンジ!!」
高貴なる海賊準男爵の咆吼ブラック・ダーティ・バーティ・ハウリング!!」
「『テメロッソ・エル・ドラゴ』!──太陽を落とした女、ってなぁ!!」

海賊たちが一斉に宝具を放つ。その強烈な閃光と烈風に晴信たちも命の危機を感じたが、マシュがいち早く前に飛び出して盾をかざし、仲間たちをこれらから守った。
脳天に三つもの宝具を受けたクラーケンは、一帯に響き渡る断末魔を上げ、身体をくねらせ、あらゆる穴から体液をぶち撒き、巨大な波を生み出しながら海底へと沈んでいく。晴信たちはその様子を固唾を飲んで見守る。そして──。
……クラーケンの生命反応消失を確認!やりました!私たちの勝利です!」
マシュが高らかに宣言し、晴信と景虎が歓声を上げる。ドレイクは笑顔で手を振ってこれに応えた。黒髭が柱に縛られていたマスターとアスクレピオスの縄を切ると、二人とも青白い顔のままほっとした表情を浮かべた。
「お疲れ様、みんな」
「ううっ、縄が身体に食い込んで痛かった……
アスクレピオスがよろよろと手すりに掴まる。
「しかし、よくバーソロミューが先回りしていたな。この海域にクラーケンがいると知っていたのか?」
「クラーケンというよりはボスみたいな存在がいるはずだと睨んだのさ。ねぇ、バーロソミュー?」
ドレイクがマイクに向かって話すと、無線越しにバーソロミューが返事をした。
「あぁ。合流した時にも話したが、昔ここで海賊船が沈んだって話があっただろう?この話に違和感があってね」
「違和感、ですか?」
「私たち海賊のお宝はおかに上がってこそ価値がつくんだ。航海の途中で仲間割れをしても、がめつい我々は船を沈めることだけはしない。だから船が沈むなんて余程のことがあった──と思ったのさ。
じゃあその原因はなんだったのか。気候、海流、船の機能スペック……仮説を立てて確認し、導き出したのがこの答えだ。海賊船が沈んだから食い物目当てに海獣たちが集まったんじゃあない。元々、海賊船を沈めるだけの実力がある最初の一頭がいる……ってね」
「ふむふむ。ボスが船を沈めるから楽に餌にありつける、お零れ目当てに集まった海獣たちが力を蓄える。次第にボスがいなくても自分たちで船を攻撃できるようになって、活動範囲を広げていって……といったところでしょうか。お見事です!ボスも倒して一件落着ですね!」
景虎が賞賛するが、拡声器からは落ち着いた声が流れた。
「お褒めに預かり光栄だ。でも私だけの功績じゃないよ。キャプテン・ドレイク、よくぞ打ち合わせした座標ポイントにクラーケンをぶち飛ばしたね。あれを見た時は下腹部に熱が……じゃなかった、惚れ惚れしてしまったよ」
「こんなに胸の踊る任務だったんだ。そりゃあ本気だって出すね!」
ドレイクは男のちょっと危うい台詞を華麗にスルーして、戦闘の途中で手に入れたであろう色とりどりの宝石が埋め込まれた金細工の王冠を取り出した。その王冠を太陽にかざし、その煌めきに目を細めてから嬉しそうに口付けをした。
「さぁカルデアに帰ろう、マスター!ハルノブを慰労しつつ、祝賀会と洒落込もうじゃないか!」

◆◇◆

夕刻、カルデア内の食堂──。
「ご注文の料理は以上でお揃いでちね?」
「あぁ、いつもありがとう紅閻魔。早くから準備してもらって悪かったね」
「礼には及びまちぇん。しばらく厨房にいまちゅから、なにか食べたいものがあれば声をかけてくださいまち」
ドレイクからQPを握らされた女将がぺこりと頭を下げて席を離れた。
スタッフやサーヴァントたちが夕食を取ろうと集まり始める頃、晴信たちが座るテーブルには既に山のような料理と酒が並べられていた。任務に参加した者たちは優先して食事にありつけるのか……と晴信は考えたが、どうやら違うらしい。
「ドレイク船長は任務後の飲み会が大好きなんですよ。いつもこうやって手配してくださいます」
「余計なこと言うんじゃないよ、カゲトラ」
こそこそと会話をする龍虎を、麦酒ビールのジョッキを持ったドレイクがジト目で睨みつける。
……財宝は手元において愛でるのもいいが持ち腐れにしちゃあ勿体ないからねぇ。パーッと使ってやるのがアタシの信条なのさ」
「なんて言いつつ、働いた船員をきっちりと労わる気遣いがあるのさ。勝手について来た私たちも誘ってくれるんだからね。優しいと思わないかい?ハルノブ」
バーソロミューがニコニコと笑いながら取り分けた料理を差し出してくれる。知的でありながら自ら前に出ようとはせず、立役者となった彼の立ち回りは裏舞台で暗躍する透波のようで好感が持てた。皿を受け取りつつ、ひとつ疑問をぶつける。
「ならば、あの髭面の男もいるのか?名前は……教えてもらってないのだが……
「エドワード・ティーチのことかい?あんな奴、気にしなくてもいいのだが……一応、あの席にいるよ。一人で飲みたいんだとさ。まったく、協調性のカケラもない」
バーソロミューが指差す先に例の髭面が一人、軽く俯きながら席に腰掛けていた。まだ卓上の料理にも手をつけていないようだ。
「ありがとう。自己紹介し損ねていたからな、ちょっと行ってくる」
晴信はグラスを片手に立ち上がり、彼の席に近づいた。
「あー、もしもし。エドワード……と呼んでいいか?俺の名は武田晴信。今日の任務は、……?」
ここまで喋ってから晴信は男の肩が震えていることに気づいた。不審に思い、その顔を覗き込もうとした時。
「BBAッ!クッッッソカッコ良かったッ!!!もう一生推す!!!!」
「汚っ!?」
黒髭は涙と鼻汁でべしょべしょに顔を濡らしながら嗚咽を漏らしていた。流石の晴信も我慢できず心の内をそのまま口にしてしまう。
「バスター宝具なのに令呪に頼らず宝具二連発できるなんて!BBAのくせにッ!かっこいいことするんじゃねえよ!ゔぉおおおぉん!!」
「お、おい、落ち着け……?」
思い返せば今日のコイツの言動は何から何までおかしかった。いや、気持ち悪かったというべきか?とはいえ、立ち去る訳にもいかず、晴信は狼狽しながらその様子を見守ってみた。
「ハアッ、ハアッ、スゥーーーーーーッ………………オレがあのフランシス・ドレイクと共闘したなんて……本当に……夢じゃなかった…………
急に静かになったかと思えば、覚悟が決まったような目つきで何かをぶつぶつ唱え始めた。あまりの狂乱ぶりに後ずさりすると、近くを通りかかったアスクレピオスにぶつかってしまった。目を合わせると、医神は無表情で首を振った。
「末期だ。治療することはできない」

アスクレピオスからコイツの面倒は任せてくれと言われたので元のテーブルに戻ると、景虎が手招きをして待っていた。
「お帰りなさーい。黒髭に挨拶できましたか?」
……いや、もう酔ってたかな……?」
「それは残念でしたね。じゃあ挨拶はまたの機会ですね」
そう言いながら景虎は晴信に盃を押し付けて、酒を注ぎ始めた。
「晴信、初めての海はどうでしたか?楽しかったですか?」
……そうだな。楽しかったな、ものすごく」
「それは良かったです!でもいいですか、海は毎年行きますし、これからもっとすごい場所にも行くことになります。今日みたいにはしゃぎすぎては身が持ちませんよ」
「うるさいな、別にいいだろ」
クールに振る舞っていたつもりだったが、コイツには見透かされていたのか。というか景虎の先輩面がなんとも腹立たしい。晴信は露骨に顔に出してみるが、景虎はどこ吹く風でにこにこと笑っている。
「あぁ、それと。フランシス・ドレイクとは仲良くできそうですか?私は彼女が大好きなんですが」
「無論だ。同じマスターに使える仲間として最低限の……は?大好き?お前が?」
あれだけ人離れした景虎が、人を好きだと言うなんて天地のひっくり返る出来事だ。思わず晴信は目を白黒させるが、景虎ははい!と当たり前のように首肯した。
「ドレイク船長は逆境にめちゃくちゃ強いんですよ。きっとそういう気質なんでしょう。一緒にいると不可能なんてない!できる!とパワーが湧いてくるんです」
力こぶを作りながら景虎が答える。気持ちの問題では……と言いかけたが、今日の任務でクラーケンの眼球に槍を投げて刺したことを思い出す。あの無茶苦茶ができたのは星の開拓者である彼女のフィールドにいたからではないか?と考えると妙に納得してしまった。
考え込む晴信の顔を見て、景虎はまた面白そうに目を細めてから口を開いた。
「それとですね、ドレイク船長は私の歌が上手いと褒めてくれるのです!」
「おや、カゲトラ。今夜も歌ってくれるのかい?ぜひ聴かせておくれよ」
既に頬が赤いドレイクが割って入ると、景虎はもちろんです!いま琵琶を持ってきますね!と嬉しそうに席を立った。軽やかな足取りで小さくなる背中をドレイクが笑顔で見守っている。その光景を見て晴信は目を見張り、……小さく息をついた。
「良き仲間に恵まれたな、景虎」
カルデアにやって来た景虎が過ごした日々について思いを馳せる。これから俺も忙しくて、楽しくて奇怪な暮らしが待っているのだろう。そんな未来に期待を込めながら晴信は盃をあおった。