ugr28
2026-03-22 14:08:38
8264文字
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馬 meets UMA


「はい、これで君はおしまい!だけど君のご主人のメディカルチェックはまだ時間がかかるからもうちょっと待っててね。霊体化しててもいいよ!」
少女はつま先立ちをしながら黒雲の鼻先を撫でて、眼鏡をかけ直すとそのまま踵を返していった。
人理継続保障機関カルデアにやってきたのはつい昨日。今日は晴信様と俺の体調や基礎能力を確認するとかなんとかということで、あの美術品のような少女に機械が並ぶ部屋に連れ込まれ、四方八方から観察され、模擬戦を行い、自分だけ先に解放されたようだ。
まだ晴信様は拘束されているのであれば先に休むわけにはいかない。黒雲は部屋の端っこに身を寄せて忙しなく働く人間たちを眺めた。
目に映る人間たちは、黒雲からすれば似たり寄ったりではあるけれど顔立ちも髪の色も違う。みな様々な機械を触っているが、どれも生前は見たことない代物で様々な閃光を放っている。晴信様と黒雲が生きた時代より遥か遥かな先の世界はこんなにも発展しているのかと驚かされるばかりだ。
そんなことを考えながらぼんやりとしていると、何かが右側面部にぶつかった。驚きつつ首を動かすと、
「むぐんむ!むんむんむぐ!」
…………!』
放生月毛が立っていた。しかし奴は風呂敷を咥えているので何を喋ったのかさっぱり分からない。戸惑いの視線を向けると、放生月毛は近くの机に包みを置いた。
『黒雲さま、こんにちは!』
………………こんちは』
口元が自由になった放生月毛はにっこりと笑った。黒雲はさりげなくあたりを見回してみるが、長尾景虎の気配がない。どうやら一頭だけのようだ。
『景虎さまが笹団子を作ってくださったの。黒雲さまも食べない?』
己の返事も待たず、放生月毛は口先だけで器用に風呂敷の結び目を解き、布を広げていく。やがて中から笹の包みがいくつも現れた。
『どうぞ!』
『いや、結構』
なんのためらいもなく断りを入れる。その返事を聞くと放生月毛は衝撃を受けたかのように固まり、露骨にオロオロし始めた。
『えっ……お団子だよ?餡子が嫌い?』
『あいにく腹は減ってない』
……………
返答を聞いた放生月毛はおもむろに笹に巻いてある紐を咥え、頭をぶんぶんと振り回して紐を解きはじめた。鞭のように暴れ回った紐を口から離すと、そのまま笹の葉をめくり、現れた団子にかぶりついた。
もちもちもちもちもち……ごくん。ぺろりと唇を舐めてから放生月毛は黒雲を見た。
『美味しいよ?』
……………
そういう問題ではない。お前と必要以上に馴れ合うつもりがないのだ。
二頭の間に沈黙が流れた時、仕事をしていたはずの職員が数名こちらに近寄って来た。彼らは机の上の笹団子を指さして何か言うと、放生月毛が目を細める。それを確認した職員も笑顔になって笹を手に取り始めた。
何故か黒雲の横で軽食の時間が始まり、あれよあれよという間に全ての団子がなくなる。机の上には笹の葉と紐の残骸だけが残された。
一緒に団子を食べていた職員たちが手分けしてごみを片付けて、風呂敷を畳んで放生月毛の胸当ての中に押し込むと手を振って機械の前へと戻っていった。
放生月毛は最後までにこにこと笑っていたが、職員たちの姿が遠くなった瞬間、申し訳なさそうに耳を下げた。
『晴信さまの分も食べちゃった……
最低だ。加減しろ。
『晴信さまのご用事、まだ終わらないのね』
……そのようだな』
まだ己に付きまとう気か?団子は無くなったのだから早く主人の元に帰ればいいのに。黒雲は心の中で舌打ちをするが、こちらの機嫌に何も気づいてない放生月毛がのほほんとした顔でとんでもない提案をしてきた。
『黒雲さま、お時間があるなら一緒にカルデアを探検しませんか?』
意味が解らない。なにが楽しくて一緒に行動せねばならんのだ。黒雲はため息をつきながらはっきり拒絶しようと思ったその矢先に、二言目に意外な質問を投げかけてきた。
『黒雲さまは、主人はるのぶさま以外の人間の言葉が分かりますか?』
…………い、いや。名前を呼ばれたことくらいは分かるが、言葉までは……?』
思わず言葉を濁しながら返答する。
生前から晴信様のお言葉は理解できても、他の人間の言葉は雑音となってしまい頭の中に入ってこなかった。眷属といえども英霊として現界したのであれば、改善される思っていたが……そう上手い話はなかった。
己の返事を聞いた放生月毛が目をきらきらさせながら食いついた。
『そうだよね!私と同じだね。でもカルデアここには人間と会話ができる仲間うまがいるんだよ!その仲間たちと顔見知りになっておくと、ここの暮らしも楽になると思うからぜひ紹介したいの!どう?』
驚きと共に黒雲の意思がぐらりと揺れる。
戦国最強と謳われた騎馬隊を率いていたからこそ、集団行動をする上で意思疎通と情報共有がどれほど大切か理解している。
ましてや人間と意思疎通がとれる仲間がいるとは!どんな馬なのか、練習をすれば体得できるものなのか?一気に興味がそそられた。
『ね、会ってみたいでしょ?晴信さまのご用事が終わる頃には戻ってこれるようにするから』
『そ、それは………
此奴とは必要以上に関わりたくない。借りも作っておきたくない。だが、今後の生活に必要そうな提案に心が揺れた。
それを感じ取られたのか、放生月毛がにっこりと笑った。
『決まりだね。行きましょ!』
放生月毛は足取り軽く部屋を出て行く。心の内を読まれてしまったことは大変癪に触るが、己が未熟であったと言い聞かせる。歯ぎしりをこらえながら黒雲も部屋を出た。


◆◇◆


『誰から紹介しようかな、やっぱり最初はクサントスさまがいいかなぁ。どこにいるかな?』
二頭は放生月毛を先頭に廊下を歩いていた。この施設は空を飛ぶ大きな艦と聞かされているが、そうとは思えないくらい広い。そして道すがら、様々な英霊とすれ違う。
「おっ放生月毛。何をしちょる?景虎と一緒じゃあないんか」
「見慣れない顔だね。あ、放生月毛と一緒か。なら大丈夫かな」
「おうまさんだ!あたらしいおうまさんがいる」
「すっごくおおきいね」
大人から子供まで、日本人から絵巻物の世界のような人まで。みな気さくに話しかけてくれるが、黒雲はどう振る舞えばいいのか分からず距離を取ってしまう。一方で、放生月毛も人間の言葉が分からないはずなのに話しかけられると笑顔を向けて歩いていた。おかしな奴だ。
……あ!サンチョさんだ!サンチョさーん!』
突然、放生月毛が懐っこい声を上げる。きっと仲間うまだ。そう思って黒雲も放生月毛の頭越しにその視線の先を追う。そこにいたのは……
『あら……?まぁ!こんにちは放生月毛さん』
たっぷりとした裾が軽やかに揺れる。ぱちぱちと瞬きする瞳は薄い菫色。頭頂部から兎のような狐のような大きな耳が生えた……人間?
『うしろの方は……?』
『黒雲さまだよ。景虎さまと同じ時代を生きた武田晴信さまに仕えているんだよ』
『まぁ!新しくいらっしゃった方ですね。初めまして。私はサンチョ・パンサと申します。以後、お見知りおきを』
サンチョと名乗る女は服の裾を少しつまみ優雅に頭を下げる。どこからどう見ても人間だが、彼女の言葉を聞き取ることができる。一体どうなっているのだ?黒雲は戸惑いながら放生月毛を見た。
『サンチョさんはね、農家でもあり、ドン・キホーテさまの愛馬ロシナンテさんでもあり、ドゥルシネーアというお姫さまでもあるんだよ』
『?』
『綺麗なドレスでお伽話のお姫様だけど、ほら、お耳と尻尾は私たちと一緒でしょ?』
『??』
『黒雲さまに紹介したかった、人間と会話ができる馬仲間の一頭だよ』
解説をしてもらっているはずなのにさっぱり理解できない。
『ここではちょっと複雑な形をしているんですよ。ふふふ!私のことはどうぞ、サンチョとお呼びください。そうそう、困ったことがありましたら遠慮なく声をかけてくださいね』
……あ、はい。かたじけない』
我にかえり、黒雲も慌てて頭を下げる。
彼女自身は人間に近い(というか人間なのでは?)存在ではあるが、己たちには同じ仲間として接してくれるようだ。
『サンチョさんともたくさんお話したいんだけど、私たちクサントスさまを探しているんだ。どこにいるか知らない?』
『クサントス様ですか?うーん、カルデア内にいらっしゃると思いますが、どこにいるかまでは……
一人と一頭は揃って首を傾げるが、サンチョがちらりと己を見る。
……お仲間をお探しであれば、いつもの地下室に赤兎馬様がおられるかと』
『赤兎馬、が?』
思わず声が出てしまった。一人と一頭に見つめられて黒雲は慌てて口をつぐむ。赤兎馬は種族の名前であるが、英霊になるような有名な個体といえば、あの──!

『呂布でございます!!!!!!!』
大声と共にクワッと歯を剥き出しにして威嚇される。なぜか土の香りがする地下室に相手の声が響き渡る。声量で耳がもげるところだった。
『せき………呂布さまだよ』
放生月毛が仲介者として紹介してくれる。黒雲は喉元まで込み上げてきた言葉をなんとか飲み込んで、深呼吸してから頭を下げる。
『我が主人、武田晴信様と共にここへ参った。名は黒雲。よろしく頼む』
『ほう!武田晴信、武人ですね。なんでも素晴らしい騎馬隊を組織していたと聞いてます。大変興味深いです。お時間があればぜひ一献。貴方のお話を聞いてみたいものです』
先程とは打って変わって朗らかに笑う。その振る舞いは紳士そのものだ。この台詞だけを聞けばいたって普通の馬仲間との会話である。しかし。黒雲はおもむろに口を開いた。
『その、無礼を承知で聞きたいのだが……その姿、は……
『よくぞ聞いてくださいました!私、呂布は宝具であり愛馬である赤兎と一体となることで(中略) 人・馬・鎧・武具が完全にひとつに融合を果たした最強の人馬兵となって現界したのです!ヒヒン!』
赤兎馬、もとい呂布と名乗る半人半馬─頭は馬、上半身は人間、下半身は馬のかたちを持つ幻獣─は目を輝かせて高らかに宣言した。
黒雲は頼ってはいけないと思いつつ放生月毛を横目で見る。放生月毛も己の方を見ていた。その顔は完全に無の表情である。瞳の奥で、己がどういう反応をするのか余すことなく観察するという意志を感じる。黒雲は密かに冷や汗をかいた。
こいつは頼りにできない。しかし凍りつきそうなこの場をどうにかしなくては!必死になって頭を回転させ、ひとつ咳払いをしてから口を開いた。
……そうか。そなたは主人を選ぶとても賢く誇り高いう、……者なのだろう。その君が、こうしてより高みを目指して得たその姿……いや、その意志の強さが……素晴らしいな。今度ぜひ手合わせしてみたいもの、だ』
ぎこちない返答となってしまったが、これを聞いた呂布(仮)は飛び上がって興奮気味に捲し立てた。
『おお……なんと!我が志に理解を示してくださるとは!こんなに嬉しいことはありません。黒雲殿も、主人の宝具を纏って戦うと伺っております。ぜひこの呂布と仲良くしてください!!』

『黒雲さまと赤兎馬さまってどこか似てるもんね。きっと仲良くできるよ』
……………………似てるのか…………
『そうそう、気づいていると思うけれど、赤兎馬さまも人間と話せる馬仲間だよ』
二頭は地下室を出てまた廊下を彷徨っていた。赤兎馬の名を聞いてぜひ会いたいと言い出したのは黒雲であるが、想像を超える衝撃的な出会いだった。
そして──馬とはなんだ?サンチョ殿や赤兎馬殿のように、人の言葉を理解するためには人に近しい姿を得ないと難しいのだろうか?
生前得た固定観念が簡単にひっくり返され、己が信じていた常識が通じないこの世界に馴染むことができるのだろうか。
黒雲は一抹の不安を覚える。先程から放生月毛が探しているクサントスという者もきっと馬離れしている仲間なのではないか、などと考えていた矢先。
『あれ〜?放生月毛ちゃんじゃん?』
黒雲の背後からドシ、ドシ、と重たい足音が聞こえてきて ──にゅ、と白い顔が横に現れた。
……………!?』
『あ、飛竜くん』
放生月毛が呼びかけると、相手ははぁい♡と甘い声を出した。
ギョロリと動く目は夏の空色で、身体を覆う分厚い革はそれ自体が天然の甲冑であり、針山のように無数の棘が身体から生えている。その背には鳥のそれとも違う立派な翼が生えていた。
硬直する黒雲のことを頭から蹄までじろじろと眺めてくる。
『君がぁ……月毛ちゃんが言ってた新しくきた同郷の友だち、ってやつ?』
………え?』
『そうだよ』
放生月毛が横から口を挟むと、相手はええっと声を荒げた。
『月毛ちゃんの友だちって聞いてたから女の子だと思ったのに!野郎ヤロウじゃん!!チェッなーんだ、期待して損した!』
何だこいつは。勝手に女子おなごだと期待しておいて、損したなどと吐かれたら流石にこちらの気分も害する。というかそのような心持ちは戦士として如何なものか。
黒雲は薄目で睨みつけるが、西洋の龍はどこ吹く風でこちらに話しかけてきた。
『もしかしてお前、マスターと初接触した時に赤いスポーツカーの姿で現れた馬か?やっぱりそうだろ!車にも馬にもなれるのいーなー!イカしてた!憧れる!』
……はぁ』
『俺、よくカルデアのアーカイブとか見るんスよ〜!ぐだぐだは笑いあり涙ありのぶっとび特異点なので欠かさずチェックしてるッス』
飛竜という者は陽気に舌をぺろりと出して片目を瞑ってみせる。なんとも間抜けな顔だ。黒雲はなんだか馬鹿馬鹿しくなって顔を背けて距離を取った。
その態度を見て飛竜はム、と不満げな声を上げたが、すぐに放生月毛の方を振り向いてすり寄った。
『月毛ちゃんはあの時バイクになってたよな!ねェ〜その調子でペガサスとかになれない?一緒にお空でお散歩デートしよっ』
『ペガサスかぁ〜!かっこいい!お空飛べるようになったら面白そうかも!』
…………はい?訳の解らない会話に、関係ないはずの黒雲が首を傾げる。そんな己をよそに二頭は何故か盛り上がる。
『ンフ〜♡そうだよねェ!俺が車両になってみるのもアリだけど、ほら、俺はこうなって俺、だからさ……
……そうだね、飛竜くんは飛竜くん、だからね』
『え〜ん、月毛ちゃん、慰めてくれる?』
黒雲の心がざわつく。事情はよく分からないが、急に眼を潤ませてしおらしくなった飛竜に嫌悪感を抱く。なんというか、戦士の風下にも置けない奴だ。いけすかない。しかも奴のわざとらしい演技に気づかずに甘やかそうとする放生月毛は無知、天然、馬鹿のどれなのか?
『お空デートしてくれたら俺もこの身体になって良かったな〜って思えるかも!まぁ月毛ちゃんが俺の背に跨がれたら一番いいんだけどねェ!エヘエヘ…………ゲェッ!大将!』
「楽しそうだな、我が愛馬」
突然人間の声が響く。気づいたら己の横に女戦士が立っていた。雪のように白い肌に茜色の頬。爛々と輝く瞳で飛竜を睨みつけている。ひと目でこの飛竜の主人だと直感した。
「またお前は女の子にちょっかい出して!こうだぞ!」
大将と呼ばれた女は何かを喚くと握りしめた拳をブンっと振り下ろした。その鋭い音に流石の黒雲も驚く。
『ま、まだ何もしてない!』
「じゃあこれからか?」
『これからも………ッしない! たぶん(小声)』
「ん〜〜〜??」
主人に顔を覗き込まれ、飛竜は滝のような汗をかいて目を泳がしている。自己の行動が招いたこととはいえ、あまりにも情けない姿だ。その姿を横目に見ながら黒雲は放生月毛に近づき、もういいだろう、と声をかける。
『ん〜そうだね、いつものことだし、行こっか!』
なんだ日常茶飯事か。もはや呆れて言葉もでなかった。
二頭はなるべく音を立てずにその場をあとにする。出会って間もないが、彼奴は女子を近づけてはいけない生物だと黒雲の記憶に刻まれた。

そろそろ晴信さまのご用事も終わったかも、と放生月毛が言うので二頭は最初の部屋を目指した。往路と変わらず黒雲は放生月毛の後ろを歩く。
そんなに長い時間ではなかったが、仲間(?)との出会いが濃くて気疲れした。無言で歩く己に、放生月毛が話しかける。
『人間と会話できる仲間たちを頼るのもいいけれど、一番大切なのは困った時にすぐに周りに相談することだよ』
『お前の言う周りとは、仲間うまのことか?』
『うーん、馬であっても、人間であっても、かな。言葉が通じなくても、困っていることさえ伝わればみんなちゃんと助けてくれるから』
裏を返せば、己も周りに困っている者がいれば種族に関係なく助けてあげろという話だ。まぁこのような大きな組織に所属する以上、互助精神を持たなければならないのだろう。放生月毛の言葉を反芻しつつ、気になっていたことを口にした。
『そういえば飛竜という奴に、俺のことを同郷の友と話していたようであるが』
『うん。したよ』
とんでもないことをさらっと言われて空いた口が塞がらない。黒雲は努めて冷静かつぶっきらぼうに返事をした。
『お前と同郷でもないし、友になった覚えもないんだが』
『えっ!?友だちだよ?!生前からお互いのこと知ってるし!』
『その程度で友と定義するな』
こちらを振り返った放生月毛は心の底から驚いたような顔をしているが、驚いているのはこちらの方だ。だが放生月毛も負けじと反論する。
『でもここには、神様の時代から未来の世界の者が、世界各国から揃っているんだよ!こーーーんなに広い世界で、同じ日本生まれ、同じ時代を生きた知り合いがいるなんて奇跡だよ!それはもう友達だよ!』
言わんとすることは分かる。このカルデアという組織は物差しが大きすぎて、我々の生前程度の付き合いを友達と定義してもやむを得な……いやそんなはずなかろう。困る。大いに。
『お前もお前の主人も、武田の敵だろうがァ!』
『そ、そんなぁ〜!仲良くしてよ……黒雲くん!』
『その敬称やめろ!!!!』
「黒雲」
絶妙な頃合いで自動開閉扉が開き、部屋の中から晴信様が現れた。己と放生月毛の顔を交互に見やる。黒雲は慌てて弁明した。
『晴信様。お側から離れてしまい申し訳ございませぬ』
「大事ない。放生月毛と一緒だったのか」
晴信様はそう仰るとなんの躊躇いもなく放生月毛の顔を撫で始めた。黒雲に衝撃が走る。
………!!』
『え、わっ!晴信さまが撫でてくださる!うれし〜い』
耳を下げて放生月毛がほにゃほにゃと笑う。貴様ごときが晴信様に撫でられていいはずがない。早く晴信様から離れろ!と忠告しようとしたその時、晴信様が口を開いた。
「笹団子を持って来てくれたらしいな。ありがとよ」
『えっ?晴信様、あれを食べたのですか?』
「あぁ、職員が俺の分を取り分けてたらしくてな。諸々が終わった後にいただいたのだ。お前も食べたか?」
……い、いえ。俺は食べてませんが……
「なんだ。分かっていたらお前の分も残しておいたのに」
『え!もしかして笹団子のお話ししてる!?晴信さまはなんて仰ってる?』
放生月毛が興味津々で尋ねてくる。だがこの会話をそのまま伝えるのは憚られた。なんて言って晴信様から引き離そうか。そう思案しているうちに晴信様が放生月毛の首を景気よく叩き、口を開いた。
「黒雲と仲良くしてやってくれよ、放生月毛」
『ぎゃっ』
黒雲は短い悲鳴を上げる。我が主人ながらなんて酷いことを言うのだ。己にはその気なんて微塵もないのに。
主人の発言に動揺する黒雲をよそに、放生月毛は何かひらめいたような顔をした。
……笹団子を食べたいって言っている気がする!景虎さまにたくさん作ってもらってきますね!』
『やめろ!言ってない!!』
放生月毛の見当違いな受け取りに黒雲が噛み付く。主人以外の人間と意思疎通を取ることに憧れの気持ちがあったが、全馬に、この放生月毛にその能力が無くて良かったという気持ちにもなる。
晴信様の手を振り払い駆け出しそうな放生月毛を無礼者め、とりあえず落ち着けと必死に引き留める。

こうして晴信様と己は、いつの間にかカルデアの初日を終えた。
このような喧騒な日々が毎日続くのかと思うと……早く座に還ってしまいたい気分になった。