yuma
2026-03-22 10:01:43
4179文字
Public のざしゃけ
 

1341 幕間 -夢の続き- 前編

北信夜話のシリーズの続きものです

今回は鼻耳前提ののざしゃけ。
あまり読後感はよくありません。

すみません、タイトルの1341まではまだ辿り着けておらず、今回はその前段の1340年のエピソードのみとなります。
ご了承くださいっ


1336 幕間 -夢-
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=24063233
1337 幕間 -波乱-
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=25123132
1337 幕間 -早暁-
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=26376479
このあたりは読了済みだと味わい深いかなと思いますが、一応単独でも読めるかと。

 夢の続き 前編
 
 
  
  
  
  
 この頃、たびたび来世のことを考えるようになった。
 今生に残していけるものはすべて、かき集めるだけをかき集め、小笠原を継ぐ嫡子に譲り渡す。
 親であれば、一家の長であれば、誰もがやっていることだ。
 譲り渡すのは土地や職だけではない。貞宗が築いた一族郎党、さらに他家も加えた人的基盤も含まれていた。
 それらは生前のうちから、嫡子本人が舵を取れるように徐々に移行しているところだった。親と引き合わせ、ひいては次世代同士を引き合わせ、誼を通じておく。
 そこにひとつ、継承させるかどうか、いやそもそも継承できるかどうか悩ましい者がいた。
 その者は、子はまだ年若で後継として立ってもいないうえに、本人がこのあとも小笠原と付き合っていくつもりがあるのかないのか、はっきりとしない。
 そもそも家同士の繋がりではなく、貞宗と相手との個の繋がりがあってこその間柄だったかもしれず、子へ譲り渡すべき類のものではないのかもしれない。
 だからこそ、貞宗はこの歳になるまで後生大事に抱え込んでいたに違いなかった。
 
 
 
 
 
 
 
「お元気そうで」
「そちもな」
 伊那は大徳王寺城にて、久方ぶりに姿を見せた市河助房は、最後に会ったときから見た目こそ変わらずにいた。
 約したことを違えず、頼もしく、いの一番に援軍として駆けつけるも以前通り。
 だが、このせっかくの援軍はすぐあとに現れた敵方の——保科の登場で時行軍へ圧をかける効果はかなり薄れてしまい、出鼻を挫かれた形だ。あまり幸先が良いものではなかった。
 その気分を払拭するためではないが、貞宗には見極めたいことがあり、市河と会わねばならなかった。
「明日も早いが、再会を祝うくらいは良いだろう」
 小笠原の陣内に市河ひとりを招き、酒を差し出した。
麻績おみでの戦の前に、おぬしが披露した余興のことを思い出していた」
 異装での舞を披露した市河が、貞宗の気分を一期に晴らしたのは見事な手管だった。近ごろは昔の話ばかりを思い出す。
「あれは愉快でしたな」
 たわいもない話を続けながら、頃合いを見計らう。
 盃を脇に置いて、距離を詰める。
 右手を伸ばして、目の前の男の首の後ろに沿わせると、市河は少し驚いた顔をした。
「貞宗殿」
「戦の前にそちを抱くと勝てるからな」
「まさか」
 貞宗が縁起を担ぎたいたちなのは嘘ではないが、ほとんどこじつけのようなものだ。だが、今の貞宗にはこのような理由でもなしに素直に市河が欲しい、と宣言するには躊躇いがあった。
 かつての市河は、村上のところではなく儂の側にいるのが答えだとはっきり答えたが、今はどうか。
 数年前に一度、小笠原は村上に守護職を奪われた時期があった。その際、この男は小笠原ではなく村上の隣に立つことを選んだ。
 あくまで市河の判断としては、守護職がもたらす権威——それはつまり現政権の後ろ盾があるということだ——に重きを置いているのだろう。
 小笠原が職を取り戻した今はこうして軍勢催促に応じて、少なくはない兵を率いてやってきているわけだから、筋は通っている。
 それでも、小笠原としてはかつてのように扱うわけにはいかない。どこまで従う気があるのかを確かめずにはいられなかった。
 動こうとしない市河に追い打ちをかける。
「なんだ、なにか躊躇う理由があるのか」
 村上に義理立てをしているのか、という言葉は飲み込んだ。
 頭ではわかっていても、そうやすやすと気持ちを切り替えることができないのが人間というものだ。貞宗も市河もそうだろう。
 だが、市河が今も本心では村上に傾いているにせよ、建前では小笠原の誘いを断らないだろう。
 断れないことを理解した上で貞宗は意地悪く市河を揺すぶっている。それでは結局のところ、いつまで経っても市河の本当の心を明らかにすることはできない。
 
 
 
 
 
 
 
 貞宗との交わりは久方ぶりで、すっかり勝手を忘れていた自身に愕然とする。
 いや、忘れたわけではないのだろう。市河助房が村上信貞のやり方に思いの外、馴染んでしまってた、というだけなのだ。
 この城へ着到する前の晩にも村上に抱かれたばかりだった。
 まさかこの参陣したばかりで貞宗に求められるとは、まったくの想定外だった。
 一度は村上に靡いた身だ。むしろ遠ざけられるとばかり考えていた。実際に、市河が駆けつけたときの貞宗の反応も薄かった。
 さらに貞宗はひとたび戦が始まればそちらに集中したいたちだ。お召しがあるにせよ、戦が終わった後だと思い込んでいた。
 いずれの予想も外れた。
 貞宗は本番の戦の前に市河を試すことにしたらしい。変わらず小笠原に従う気があるのかと。
 市河が小笠原から離れて、村上に与したことがあるからこそ、疑わしいからこそ、本格的に戦が始まる前に確かめたいと思ったのだろう。
 昨晩、別れ際の信州惣大将はそれは熱心に助房を抱いた。またしばらく逢えぬだろうから、と。
 助房の身体にはその痕跡がいまだ残っていることだろう。
 このような事態を見据えていたわけではないだろうが……。いや、用意周到な村上のことだ。初めから貞宗に見せつける気でいたのかもしれない。
 まったく俺を通して、守護を煽るようなことをするのはやめてほしい。幸いなことに今までの貞宗には、村上のこのような無遠慮な攻撃は効いていないようだった。
 とはいえ村上の痕跡が貞宗の目につけば、さぞ不快になることだろう。
 衰えたとはいえ、貞宗の眼力から隠し通せるものではない。
 市河としては、この場では貞宗の誘いという名の要求は断り、仕切り直すのが遠回りだが最適な振る舞いだったはずだ。
 
 
 
 
 
 
 座して正面から向かい合い、交わっている。
 貞宗は明かりをつけたまま事を進めるのを好む。
 幸いというべきか、貞宗も手早く済ませたかったのか、着ている物のすべてを脱がされはしなかったし、身体の隅から隅まで丹念に探索されるということもなかった。
 とはいえ助房は覚悟を決め切れてはおらず、いつ他の男との交合が露見するか、気が気ではなかった。
 始めこそ貞宗にもたれかかっていたのだが、すぐに支えられなくなった。うしろに倒れ込みそうになるのを、自身の両の手を後ろ手にして支えている。自然と腰を上げる形になって、自ら楔を奥へと誘い込む形になった。
 はじめはゆるゆると揺さぶられてこれならば耐えられると思っていた。それなのに、気づいたら深いところに自ら招いてしまっている。激しく攻めたてられて、堪らず声を漏らし続ける羽目になった。
 助房はいまや完全に貞宗のペースに巻き込まれていた。
 村上との房事に慣れてしまって、ただ与えられることを是としてしまっている。
 あくまで床の上の話ではあるが、村上をいかに満足させるかを考えていたら、助房自身が満足するのが手っ取り早かったのだ。
 村上は自身の手で助房を満たすこと、助房が素直に満たされることに意欲が掻き立てられるらしい。
 一方、貞宗は自身の手で助房の身体を開き、導くことがなにより喜びらしい。貞宗の手によって、助房から反応を引き出すことを楽しむ節がある。
 どちらも全力で受け取る必要はあるが、村上と対するときは身を委ね切ることを心掛けてきた。それが仇となって、今夜の貞宗の止まぬ攻め手に抵抗し続けられず、一気に陥落してしまいそうだ。
「どうした、今宵はやけに大人しいな」
 耳に流し込まれた言葉は、揶揄だけでなく助房を気遣う気配さえ濃厚だ。
 それが逆に、貞宗にはもはやすべてを見透かされているのでは、と感じてしまう。
 市河は、村上と小笠原と両面に良い顔をしようとしている。どこの家もやっていることとはいえ、当事者の心情としては不誠実と断罪されてしかるべき行いだった。それは動かし難い事実である。
 だが、小領主が生き残るため、結果として二人を両天秤にかけてきたことを、助房は後悔してはいない。
 後悔していない、とはいえ、久々に貞宗と抱き合っているのに村上のことばかりが気になって仕方ないこの状況はひたすら息苦しかった。
 まるで二人に抱かれているようだった。村上の手によって塗り替えられた身体を、貞宗が通っていく。
 どうやればかつてのように貞宗と一体になれるかが、今の助房にはわからない。
 そんな内心の葛藤にはお構いなく、肉体はますます追い上げられていき、助房は抵抗を止めてあっさりと陥落した。びりびりと腹の中で弾けた快楽が、北信濃の小領主を襲い、奪い尽くし、残ったのは刹那の充足感だけであった。
 自身の腕だけでは身体を支え切れなくなり、助房はへたり込んでしまった。埋まっていた貞宗自身が抜けていくのを寂しい気持ちで見やる。
 それを感じたものか、貞宗は助房に覆い被さると、ふたたび挿入を果たし眼の前の男を食い尽くそうとしたが、助房はそれを押し留めた。
「市河殿?」
……余興をひとつ、お見せしても?」
 これは悪手かもしれない。
「なんだ?」
 助房は灯りの方向に身体を向けると、貞宗によく見えるように着ているものを肩から滑り落とし、上半身を晒した。
 助房のほどよくついた筋肉の上には、この場にいない男によって北信濃の小領主が侵食された痕跡が広がっていた。
「相手は誰だ」
……
「誰だと聞いている」
……村上ですよ」
「これが余興だと? 何故わざわざ儂は目を逸らしていても良かったのだぞ」
 助房の頭には、貞宗殿には知っていて欲しかったからという言葉が浮かんだ。
 が、眼の前の信濃守護の怒りにさらに油を注ぐような振る舞いは躊躇われ、ついに口に出せなかったのだった。
 
 
 
 

 
 
 
 その後、市河は自らの悪手を挽回をしようと、貞宗の手を煩わせず単独で夜戦を仕掛けたものの、狐にやり返されて結局一の櫓を制圧したという成果は無に帰した。
 何もかもが噛み合わない。
 村上と約した刻限は間近に迫ってきていた。