しお
2026-03-22 00:56:28
4019文字
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春の宴攻略法

某キャンペーンのシール集めを頑張る盧笙の話。簓視点。CPなしのつもりですが、ささろ思想の人間が書いています。

 今日も今日とて勝手に上がりこんだ盧笙の家で、小腹を満たせそうな手頃なつまみを求めて簓は冷蔵庫に手を伸ばした。「勝手に人ん家の冷蔵庫漁んなや」という苦言をスルーして扉を開け、中身を覗き込む。
「なぁ、盧笙~」
「なんや?」
 半ば冷蔵庫の中に頭を突っ込みながら名前を呼ぶと、盧笙から今しがたの不機嫌そうな苦言などものの数秒でケロリと忘れたように返事がある。簓は冷蔵庫の中に並ぶプリンのカップを一つ取り出し、頭上に掲げながら振り返った。こちらに顔を向けた盧笙と目が合う。
「プリンの趣味、変わった?」
「は? いきなり何の話や」
「最近こればっかり冷蔵庫に入っとるけど、やわこいやつやん。固めがええっていつも言うとったのに、何でこればっかなん?」
 そう言って簓は掲げたプリンのカップを見上げる。ここ一ヶ月ほど、盧笙の家で頻繁に目にするせいですっかり見慣れてしまったパッケージには、『こだわりの卵使用』『贅沢』などの煽り文句が踊っているが、印字された値段は決して高くはない。見た目の通り、コンビニやスーパーで売っている市販品だろうと思う。こういうタイプのプリンが盧笙の家の冷蔵庫に常備されているところまでは珍しくないのだが、特定の一種類が、こうまで長期間も居座り続けるとなると話は別だ。
 さらに気になるのは、簓の目から見て、盧笙がこのプリンを特段気に入っている様子ではなさそうなところだった。簓も二、三度、勝手に冷蔵庫から拝借してこのプリンを食べたことがあるが、とろっとした口当たりは盧笙の好みのストライクからは外れるものだったから、その時も少し不思議に感じたのだった。しかもその後、簓が勝手に食べたことに気づいた盧笙の怒り方も比較的あっさりしていて、『楽しみにしていたものを食べられた』という感じでもなかった。
 何の変哲もない、期間限定でもない、まして盧笙の好みのストライクでもない、そんなプリンがずっと冷蔵庫の一角を占めているという不思議。とはいえ簓もそこまで気にかけていたわけではなく、ふっと思いついた次の瞬間には別の話題で上書きされる程度の疑問だったので、今この瞬間に思い出して口に出すまでは放っておいていた。
「ああ、それなあ。シールついとんねん」
「シール?」
 あっさりした盧笙の回答を受けて、簓は手の中のカップをくるりと回した。一周回してみても、シール製のパッケージ以外にシールと呼べそうなものは見つからない。
「冷蔵庫の中のんにはないで。もう全部剥がして台紙に貼ったからな」
「台紙?」
「ドア閉めてみぃ」
 簓はプリンを片手に握ったまま、言われた通りに冷蔵庫のドアを閉める。すると、ドアにマグネットで貼られた数枚の紙片の中に、盧笙の言う台紙らしきものを見つけた。白く光沢のある紙に、丸いピンクのシールが数枚きっちり並んで貼られている。シールの真ん中に印字された数字はどれも同じ『2.5』。ピンクで覆われていない紙の中央あたりには、うっすらと皿らしきシルエットが印刷されている。
「これ、パンのやつやん」
「そのプリンにもついとんねん」
「え、そんなことあんの?」
 純粋に疑問を口にすると、なぜか盧笙は自慢げにふふん、鼻を鳴らした。
「うちの学校の近くに、最近新しくコンビニ出来てん」
「ああ、そういや出来たなぁ。駅と逆方面にちょっと行ったとこやろ」
「何で把握しとんねん」
 さらりとツッコミを入れてから盧笙は話を続ける。
「あっこのコンビニ、食パンの会社がやっとる系列やからパン以外にもいろんなもんにシールついとんねん。おにぎりとか惣菜とか」
「へぇ! パンだけの祭りやないんや!」
「せや、おにぎりでも惣菜でも仲間に入れる。さすが祭りの大将の店や、懐が深いわ」
「ほな、シール集めるために今の期間はそこのコンビニでプリン買うてるってことなんやね」
 話の展開を予測して先に納得を示した簓に、盧笙はにんまりと笑みを深くした。何やら含みのあるその表情に簓が瞬いていると、得意げな盧笙の追撃が始まる。
「それだけやないで。そのプリンがな、いっちゃん効率がええねん」
「効率? 一枚の点数が高いってこと?」
 簓は台紙に並ぶシールを指差した。台紙に並ぶ2.5点は、数字の向きまでほとんど綺麗にぴしりと揃っている。盧笙が真剣に数字の角度を合わせながら、ちまちまシールを貼っている姿を想像して簓はほのかに口元を緩ませた。
 数えてみると、既にシールは八枚並んでいる。単純な掛け算で導かれる答えは二十点。台紙の隅に『三十点でお皿一枚』と書かれているから、同じシールがあと四枚あれば皿一枚と交換できるという寸法だ。わかりやすくて整然としていて、なんとなく眺めているだけでいい気分になってくる。これは盧笙が自慢したがるのもわかる、と簓が勝手に頷いていると、当の盧笙にあっさり否定された。
「点数が高いっちゅうより、点数の効率がええねん。シールの点数は商品の値段によって変わるんやけど、これが一定やのうて、商品ごとにちょっとずつちゃうねん。そのプリンやったらだいたい百円ちょっとにつき一点くらいやけど、ものによっては百五十円くらいで一点くらいになっとんのもある」
「へぇ……、そうなんや」
 簓には、それしか返事のしようがなかった。毎年この時期の恒例としてこういうキャンペーンがやっていることはもちろん知っているが、簓自身は積極的に集めたことはない。コンビニやスーパーでシールのついている商品を買った時、気が向けば後で盧笙にあげるために取っておくこともあるが、剥がすのが面倒な時は袋にくっつけたまま捨ててしまうこともある。それくらいキャンペーンに対する興味が薄いため、ぼんやり高額の商品に高い点数がついているのだろうな、くらいは認識していたが、いくらで一点を計算しようなんて頭の片隅にもなかった。
 しかし、盧笙は計算したらしい。コンビニのパンコーナーの前で、真剣な顔で商品を見比べる盧笙の姿を簓は想像して、すぐに思い直した。盧笙の話によれば、件のコンビニではシールの対象商品はパンに限らないという。つまりパンだけではなく、おにぎりと惣菜とデザートの棚の前も真剣な顔で練り歩いたかもしれない。
 簓の脳内など知る由もない盧笙は、滔々と話し続けている。
「そのプリンの効率は店のお墨付きなんやで。店内放送でも『プリン十二個でお皿一枚』って言うてたし、それにな、賞味期限が近くなったやつは三十円引きになんねん。三十円やで? そんなんなったらもう、一点につき百円切ってまう」
「そら凄いわ! ただでさえお得なんが、さらにお得になってもうてるやん!」
 熱の籠り始めた盧笙の語りにうんうん頷きながら簓は耳を傾ける。空想の中では、盧笙が三十円引きのプリンを見つけて顔を綻ばせている場面が演じられている。
「俺は普段通りにプリンを食うだけでフードロス対策になるし、効率も良ぅなる。一挙両得どころの話やない、完璧や」
 盧笙は満足そうな表情で語りを締め括った。しかし、普段通り、という単語一つだけが引っかかった。簓の脳裏に、今度は盧笙宅のリビングでの一幕が浮かんでくる。こちらはさっきの空想とは違い、数日前に発生した現実だ。盧笙が風呂に入っている隙に、勝手に冷蔵庫のプリンを食べた簓を盧笙はほとんど怒らなかった。仕事で疲れているのだろうかと思ってその場では気に留めなかったが、長々とした語りに耳を傾けた今となってはピンとくるものがある。
 もしかして、盧笙はこのプリンに飽きてきているのではないだろうか。そろそろ固めのプリンが恋しくなってきているけれど、自分で『完璧』とまで言い切った例のシール理論のせいで、逆にこのプリン以外のものを買えなくなってしまっているのではないか。考えるほどに、そうとしか思えなくなってくる。
 推測の真偽を確かめるため、簓はねだってみることにした。
「そないに言われたらこのプリン、めっちゃうまそうに見えてくるなぁ。一個もろてもええ?」
「ええで。キャンペーン期間はまだ終わらんし、週明けにまた三個くらい買う予定やから」
 あっさり許可する盧笙の声音は、さっきまでの高揚と比較するまでもなく淡々としていた。普段、簓が怒られるのは無断で勝手に食べるからであって、こうして先にきちんと頼めば盧笙は大抵断らないから、分けてくれること自体はそう珍しくもない。だが、いつもならもう少し渋ったり、『今度別のもんで返せ』などと言ったりするものなのに、そんな素振りは欠片もなかった。簓の中で、推測が確信に変わる。
「ほな、ありがたくいただくわ!」
「あ、俺も食うわ。もう一個取って」
「ほいほい~」
 リクエストに答えて再び冷蔵庫を開け、追加でカップをもう一つ取り出す。引き出しからスプーンも二本取り出してローテーブルへ戻り、一セットを盧笙に手渡した。おおきに、とプリンを受け取る盧笙の顔を見ながら、簓はひっそりと心に決めた。固めのプリンを手土産に持ってこよう、と。きっと盧笙は喜ぶだろう、いや、もしかするとキャンペーンのための計算が狂ったと文句を言うかもしれない。ただ、プリンを渡した時の盧笙の反応がどうだったとしても、カップのフィルムを剥がす瞬間には間違いなく、今目の前の現実の盧笙が浮かべているよりもいい顔をしてくれるに違いない。
 楽しい未来予想に口元が緩む。それを隠すように、簓はプリンを乗せたスプーンを口に運んだ。やわらかいプリンの甘みが、簓の舌の上でとろりと広がった。


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去年、本当に店内放送で「プリン十二個でお皿一枚と交換できます!」と流れていたし、プリンの回りにおびただしい量のポップも貼られていたのですが、今年はどっちもないので今年のプリンは効率悪いのかもしれないです