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2026-03-22 00:02:20
31250文字
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『泥中の蓮』再録 R-18(3/27 23:59まで)

321ではい雑伊!4 展示

2025年3月16日に発行・完売済の『泥中の蓮』の再録です。(前半部分はPixivに掲載済)
当時お手に取ってくださった方のおかげで1年経ってもまだまだ楽しく雑伊で活動できています。ありがとうございます💖
今見るとなんだか気恥ずかしいのですがせっかくの雑伊の日なので

3/27 23:59まで公開しておきますのでごゆっくりどうぞ。


ーーーーーーーーーーー
前半:仁慈のひと(こちらを読んでなくても読めますが続きで1冊の本でした)
雑渡に恋仲になって欲しいと請われて、答えを迷う伊作話の続きになります。
伊作の身の上話、初めての夜の話。

泥中の蓮

R18


※伊作の身の上について完全捏造
※ モブ伊を想起させる言及あり
※ つどい設定を想起させる言及あり



陽が落ちるのが早くなり、ずいぶんと冷え込む季節になった。伊作が雑渡と出会った頃は暑く過ごしにくい季節で、それから一月ほどで再会。あれから然程時間は経っていないのに幾度も会い、随分長い時を過ごしたようにも感じる日々だった。
「先日の、お返事をする前に……僕の話をさせてください」
そうかしこまって切り出した伊作を見て、囲炉裏を挟んで目の前に座る雑渡は小さく目を細め、頷いた。

「これから先を見据えて、私と恋仲になってはくれないかな」

そう雑渡に言われ、伊作は迷い戸惑ってすぐに返事をすることができなかった。
その後も二度、それまでと変わらず何事もなかったかのように忍術学園の医務室を尋ねてきてくれた雑渡だったが、一度目はまだ心が決まらず、二度目は一年生が居て二人きりで話すことが出来なかった。
三度目の今日、いつものように包帯を変え帰城しようとした雑渡を呼び止めたのは、意を決した伊作だった。これ以上自分の都合で返事を待たせるのは失礼なことだ。

あの話の続きがしたいと伝えると、雑渡は伊作を彼の私邸だという屋敷に招いてくれた。そこはこじんまりとしているもののかなりしっかりした造りで、掃除が行き届いており、隙間風のひとつもない。それでも冬が近づき、陽が落ちた後の板張りの床はじんわりと冷たく、小さく囲炉裏の炭火がぱちぱちと音を立てる以外は、恐ろしい位に静かなふたりきりの空間だった。

……僕の善法寺という氏は、幼い頃に預けられていたお寺の名です。高名なお寺様に行儀見習いにいくのだと、そしていつか立派になった僕を母上が迎えにきてくださるのだと、信じていました」
この話は自分のためにも周りのためにも、ほんとうは墓まで持っていくべきなのかもしれない。
誰も幸せでない話だ。けれど伊作には、雑渡昆奈門には隠し事をしたくないという確固たる信念があった。これで汚らわしいと嫌われてしまうならそれまでだろう。落胆させるかもしれない、彼が自分を見る目が変わるかもしれない。彼を戦場で助けた時から、自分になにかしら神聖なものを感じているであろうことは感じていたから、尚のこと。

あなたの思うような綺麗な人間ではなくて申し訳ない。

それでも雑渡が自分に向けてくれた気持ちには、精一杯誠実に向き合うべきだと思う。そのためにもこれを伝えることを決意したのに、伊作の手は少し震えていた。
「僕には父の記憶がありません。父を早くに亡くし、幼子の僕を連れ、母はだいぶ苦労したのだと思います。今はどこでどうされているのかもわかりませんが……お元気でいらしたらいいなと、思っています」
忍術学園に来て、伊作はこの過去のことを心の奥底に封じ込めていた。勿論人に話すことは初めてだ。過去は変えられない。けれど受け入れるにはまだまだ自分は幼くて、見ないことにした。なかった、忘れたふりをしていたことを、紐解いて、暴いて見せなければならないのは、あれから六年近く経つというのに昨日のことのようでとても苦しかった。
自分の鼓動が緊張でひどく早くなるのを感じて、伊作は振り切るように小さく頭を振る。
「お寺にお世話になるようになって、普段は朝早く起きてお掃除をして、お料理やお洗濯を手伝って、和尚さまや僧侶の兄弟子さま達のお着替えを手伝ったりもしていました。文字を習って仏さまへのお手紙を読んだり、稚児舞の練習をしたり、お祭りには綺麗な着物を着せられて舞を奉納する。忍術学園に入る前から、幼いながらに割といろいろな仕事をしていたんです」
そんな寺の文化のことは、きっと説明をしなくても雑渡も知っているはずだ。伊作がちらと視線を上げると、雑渡はただじっと伊作を見つめ話に聞き入っている。
……そして、それもお勤めなので……そういうもの、そうするべきものなのだと、思っていました」
背筋に冷たい汗が伝い、口の中が渇く。声が震え掠れてしまった。この言葉だけで雑渡には伝わっただろうか。当時の幼い伊作が寺の大人たちに何をどうされていたか、言葉にして詳らかにするのは流石に躊躇われた。
初めて和尚から閨に呼ばれたのは、伊作が寺に入って割とすぐのことだったように思う。思うというのは、忍術学園に来る前のことを忘れようとするあまり、はっきりと思い出せなくなった部分があるからだ。
最初は添い寝で、それだけならまだよかった。ある日身体に触られて、着物の裾から手を入れられ、いつしかその先も。幼心にも違和感があったものの、和尚からお勤めだと言われれば、衣食住を寺で世話になっていた幼い伊作はそれを受け入れるほかなかった。
だから「初めて」がどうだったかなんて覚えていない。覚えていたくはなかったのだと思う。
伊作のそのお勤めはほんの数刻、目を閉じて布団に横たわり、身を任せて、されるがままに甘えていればひどく可愛がられた。終わったら暖かな湯に浸からせてもらい、髪を梳いて貰って、普段見ることもない南蛮の美味しいお菓子を貰って食べるのが楽しみだった。時には着物を、小遣いを貰った。町に連れ出してもらって団子を食べて、おもちゃを買って、幼く愚かだった伊作はそんな生活が普通ではないことを知らなかった。
「ひとよりかわいがられて、ひとより多くもらえて……あの時の僕はそれが幸せだと思っていたけど、それはほんとうは誰よりも不幸だったんです」
奪われていたからその分もらえていただけ。
伊作がその行為の意味がわかる年齢になって知ったおぞましさは言い知れない。今でこそ不運だなんだと笑われるけれど、あの生活に比べたら今のそれなんて比べ物にならないほど幸せだ。
揺れる囲炉裏の火に照らされる雑渡は、表情を変えず何も言わない。ただじっと、伊作の瞳を見つめるばかりだ。
何もかも見透かすような雑渡の真っすぐな視線は、やはりこの人に隠し事などできない、すべきではないと思わせる。まるで御仏に懺悔する罪人の心地だ。
「皆に分け隔てなく、仏の慈愛の心を与えるのがお前様のお勤めだよと言われて、ちやほやされて、ありがたがられて、まるで菩薩のように扱われていたんです。けど、僕が菩薩なのだとしたら、彼らがしていたのは仏を穢すおぞましい行為ですよね」
何も知りたくなかった。知らないまま、自分は正しいお勤めを果たしていると思っていたかった。可愛がられることが美徳だと、大人の男性達を癒やし、甘やかして、与えられて楽に生きて。
甘い果実が腐り落ちたその結果、今それを一番知られたくないひとに自分の言葉で伝えなければいけない。因果応報とはこのことをいうのだろう。針の筵だ。一歩一歩痛みを噛み締めながら、伊作は言葉を絞り出す。
「少し経って町にお使いに行った時、体を売る仕事の人がいることを知りました。その日の夜ふと、僕もあの人たちと一緒ではないのですか? と聞いたんです。そうしたら、和尚さまは笑って、あれは下賤のものたちを相手にする穢れたやつらだから、お前様とは違うよとおっしゃって」
違うと言われても、伊作にはどこが違うのかわからなかった。その時も、今も。親に捨てられ、和尚に、兄弟子たちに、夜毎呼ばれ身体を暴かれて、甘えて善がって褒美を貰うのはあの遊女たちと同じではないのか。
「子供心にもその矛盾に悩みました。等しく慈悲を与えろと言われながら、何も平等ではないことを知って、けれど自分ではどうすることもできなくて。無邪気に、ただ何も知らないふりをして笑っていることしかできなかった。与えられる不平等をそうと知りながら享受して、それに甘えて数年を過ごしたんです」
だから、帰郷から戻る途中の忍術学園の教師が寺に宿泊したのは行幸だった。そこでこの檻から出て生きていくことができる選択肢を知ることができたのは、そこまでの不運を塗り替える幸運だったと今でも思っている。
「その後しばらくして、成長した僕はそのまま仏門に入るよう勧められましたが、寺を出て忍術学園に来ました。そこまでに貰った小遣いと南蛮のおもちゃや着物を売って学費にしたから、結局僕はどこまでも甘えていたのですけれど。何も持たない僕がひとりでも生きていくには、まず学園に入って宿と食事を得て、いずれ仕事を得られるようになる必要があると思ったんです」
伊作のその選択は間違っていなかった。ここに来たから出会えた人々、優しく信頼できる友人たち、可愛い後輩。甘く腐敗した寺での生活はただ楽ではあったけれど、あそこでは伊作は「人」として扱われず、「人」として生きていなかったと思う。
「けれど忍術学園にきたら周りは誰も、これまでそんな堕落した生活をしていた子はいなかったんです。自分が大人たちに搾取されていたこと、大人はこどもを守るべき存在であるのだと、ここに来て理解しました」
周りの友人たちはみんな優しくてまっすぐで、ちゃんとした両親に愛され守られて育って、それが眩しくて仕方なかった。自分も精一杯同じように振る舞って、みんなと同じなのだと、周りに溶け込もうと静かに努力した。
そして忍術学園の大人たちは皆まっとうだった。誰か一人を特別に甘やかしたり、欲望の捌け口にしたりするような人は誰もいない。正しくないことを叱り、正しく導く、強く優しくて美しい人しかいなかった。
「だから僕にとって忍術学園に来る前のことはなかったことなんです。僕は何も知らない、何もなかった、無垢なふりをして笑って、でも本当は自分がそんな穢れた、愚かで醜い存在だったなんて……

「伊作くん」

いつの間にか雑渡が隣に座っていて、その大きな手が伊作の手首を強く、けれど優しく掴んだ。
……そんなこと、黙っててよかったのに」
雑渡のその言葉に、これまで堪えていた感情が溢れてしまい、伊作は涙が零れそうになった目を強く瞑った。泣いたってなにも変わらない、泣きたくなんてないのに、やり場のない感情を抑えられない自分はなんて未熟なのだろうと伊作は自分を恥じた。
「だって……あなたには、隠し事をしたくなくて。雑渡さんはきっと、わかってしまうでしょう?」
「んーまあ……さすがに初めてかどうか位はわかるだろうねえ。君そういう演技下手そうだし」
雑渡の言葉の意味することを二重に受け取って、伊作は自分の耳まで熱くなるのを感じる。やはりわかってしまうのだということと、雑渡が伊作と「そういうこと」をするつもりがあるのだということと。
雑渡が伊作に求める恋仲とは、やはりそういう関係なのだ。
「それで私が気持ちを伝えた時に、あんなに悲しそうな顔をしていたんだね。困らせてしまったか、嫌がられているのかと心配したよ」
雑渡の少し安堵したような声に伊作は小さく首を振った。嫌がっているなんてとんでもない。
あの言葉を雑渡から聞いて、伊作はまず嬉しいと感じたのだ。伊作自身、雑渡に対しての気持ちがどういうものなのか測りかねていた。年齢の差も、立場の差も、人としての度量も、伊作と雑渡ではまったく釣り合うはずもない。そんなことを望むことすら考えられないと思っていたから、雑渡を支えたい、雑渡の力になりたいというこの気持ちはただの尊敬の念なのだと思い込もうとしていた。
父の記憶がない伊作には、理想の父は学園の先生方や雑渡のような人なのかもしれないと思うこともあった。伊作は雑渡に父親の影を求めているだけで、雑渡も将来自軍の力になるかもしれない忍たまに目をかけているだけ。自惚れてはいけない。決して自分を特別に思ってもらえているわけではないのだと、務めて自分に言い聞かせるようにしていた。
この気持ちが特別なことを認めてしまったら、もう我慢ができないだろうとわかっていたからだ。
だからこそ、嬉しかった。
こんな素晴らしい人が伊作を特別に想って、求めてくれていると知って、すぐにでもはいと答えてしまいたかった。けれどその気持ちを押し込めたのが、この足枷のように纏わりついて離れない忌まわしき過去だ。
「先日のお返事をする前に、僕の過去を聞いてもまだ、雑渡さんが僕を……す、好いてくださるのか……お聞きしたかったんです」
握られた手首からこの脈動が伝わってしまいそうだ。雑渡に嘘をつきたくないということは勿論だけれども、愚かな過去を許されたいという気持ちもある。伊作が黙っていたとして、諜報に優れると聞くタソガレドキ忍軍だ。いつかなんらかの形で雑渡に知られ、その結果幻滅され嫌われてしまうかもしれないのであれば、そういう仲になる前にけりをつけてしまいたかった。
……逆にこれでどうして、私が君を嫌いになると思う?」
それなのに雑渡は何も動じずに、伊作の瞳を覗き込み優しく問いかけた。
「だって……僕は、雑渡さんの思うような綺麗な人間ではありません」
雑渡が好きになったのは、戦場で傷ついた人々を分け隔てなく手当てをしていた、綺麗な伊作の姿だろうと思う。誰も区別せず、命を救う尊い行いをしていた清らかな自分を好ましく思ったのだとしたら、綺麗ではない伊作を受け入れてもらえるのかどうかわからないと思った。
勿論雑渡の人間性を考えたら、そんなことで人を差別する人ではないだろうと思う部分もあるものの、恋人として、他の男の手垢のついた自分をわざわざ選ぶ必要もないのではないかという不安は拭えない。雑渡は色々な人に尊敬され、愛されているのだから、より彼に相応しい相手を選ぶことが出来るはずなのだ。
……誰しも過去があって、それはもう変えられないものだ。人に見せたくない、知られたくないことは皆一つや二つあるだろう。それなのにそんなことを私に話してくれて、ありがとう」
だからこそ、伊作は雑渡の言葉に泣いてしまいそうになる。伊作の気持ちを一番に考えてくれて、気遣ってくれる。こんな人に選ばれたことが幸せで、だからこそ苦しい。
「私にもこんな身体になる前には許嫁がいたよ。稚児を世話していたこともある。汚い忍務をこなし、人を殺したこともある。これからも必要であればそうするだろう。……それを聞いても、君は私を嫌いになったりはしないだろう?」
「そ、それは勿論です!」
むしろ、それまで沢山の彼を慕う人々に出会ってきたにも関わらず、雑渡が自分を選んでくれることが誇らしいと伊作は思った。そして、自分可愛さに彼を試すようなことを言い、気持ちを疑ったことを恥じる気持ちが込み上げる。なんて幼くて、浅はかなんだろう。
……ごめんなさい。僕……雑渡さんに、ゆるして、いただきたかったんだと思います。あなたが僕の……初めてのお相手ではないことを」
雑渡の前で感情に蓋をすることなんて無意味だ。この人の前では何もかも見透かされて、丸裸にされてしまう。伊作の気持ちだってとうに伝わっているはずだ。幼さも、愚かさも浅はかさも、自分が雑渡に返したい言葉も。
好きだから、嫌われたくない。
何もかも愛していただきたい。
許されることで安心して、傷つかないように予防線を張って、答えを決めたようで結論を雑渡に委ねているのは、ひどく狡くて傲慢なことだ。雑渡がおそらく、伊作を突き放したりはしないと知っていて。
手首を握るのとは反対の雑渡の手が静かに伊作の頬に触れ、その指先がゆっくりと形を確かめるように輪郭を滑る。大きくて少し温度の低い、大人の手だ。昔は不快に思ったそれも、雑渡のものだと思うとその感触が愛おしい。もっとたくさん触って欲しい。
……私はね、怒っているよ。伊作くんにではなく、君にそんな思いをさせてきた大人たちに」
怒っていると言いながらも、伊作に話しかける雑渡の声は酷く静かで優しい。
「君も知っての通り、忍者は色を使って仕事をすることもある。ただそれは生業だ。生きるために、君主のために、仕事として自分が選んだ道の中にあることであって、幼いうちから勝手な大人に勝手に扱われていいわけではない」
この人は伊作の欲しいものを、言葉を理解して、惜しみなく与えてくれる。なんて優しくて愛情深い人なんだろう。
薄暗い過去を伊作のせいではないと肯定して、許してくれる。それすら受け止めて愛してくれる人なのだ。その度量の深さに声をあげて泣いてしまいそうになって、伊作は唇を噛み締めて必死に我慢した。
「だが、君ももう大人だ。自分のことを、自分で決められる年齢だね。その上で、君は私の気持ちに応えてはくれるだろうか?」
頬に触れている雑渡の手に自分の手を重ねて、伊作はゆっくりと瞬きをして雑渡を見つめ返す。視界が潤んで、雑渡の輪郭がぼやけてしまう。
……僕で、いいのですか」
かち合った雑渡の瞳が柔らかく緩んで、その腕がぐっと伊作の身体を抱き寄せた。これまでにない位に雑渡と身体が、そして顔が近づいて、伊作の心臓は早鐘を打つ。
「私は君がいいよ、伊作くん」
胸が熱くて苦しい。もう止められない涙が溢れて、それを隠すように伊作は雑渡の胸元に顔を埋めた。受け止めるように優しく抱きしめられて、伊作も恐る恐るその手を雑渡の背中に回す。
今までも何度も包帯を巻くためにこの背中に腕を伸ばしたはずなのに、雑渡の身体はいつもよりとても大きく思え、いつもより暖かく感じた。彼の胸元に頬と耳が触れると、雑渡の鼓動がとくとくと脈打つのが聞こえる。
……雑渡さん、いつもより脈が早いですか?」
「好きな子を初めて抱きしめたら、それはそうなるでしょ」
自分よりずうっと年上で、大人なはずの雑渡がそんなことを言うとは思ってもみなかった。自分の存在が彼をそうさせていると聞いて、伊作はどこかこそばゆい気持ちになる。
「僕、雑渡さんと……ずっと一緒にいたいです」
少し声が掠れてしまったけれど、あの時すぐに答えられなかった言葉を伝えることができて、伊作の心の中のわだかまりがほどけてゆく。この時代、忍びである雑渡と伊作にずっとなんて約束がないことはわかっていても。許される間だけは、一秒でも長く雑渡の傍に寄り添いたいと思う。
それを聞いた雑渡が口元を覆っていた布をずらし、薄く笑みを浮かべてくれた。そのままそれは伊作の唇にゆっくりと降りてきて、しっとりとした感触が最初は優しく押し当てられる。先ほど包帯を交換した際に雑渡の唇に塗った軟膏の香りがして、少し離れ、次は深く重なった。
………………
伊作の唇を舐め、歯列を割って滑り込んできた雑渡の舌先が、伊作の舌に緩く絡まってくすぐる。背筋がぞくぞくと粟立って、雑渡に触れられているところから溶けてしまいそうな錯覚。腰に回された雑渡の腕は逞しく伊作を支え、唇だけでなく身体もぴったりと重なり離さない。
口吸いはこんなに暖かく心地いいことなのだと、伊作は初めて知った。
「ん…………ぅう……んん」
自分の鼻から抜ける声が媚びているように甘くとろけて恥ずかしい。冷たかったはずの床も、伊作の体温が伝わってじんわり熱いように感じた。
上顎の裏を雑渡の舌先でなぞられて、くすぐったい。慣れない感覚にすがるように恐る恐る舌を伸ばすと、雑渡は伊作に応えるように柔らかく吸い上げてくれる。深く絡まった舌と唇の間から濡れた音が漏れ、伊作の顎にどちらのものかわからない唾液がだらしなく伝った。
「ふっ……ん、ん……はあっ……
ようやく唇が離れる頃には伊作の息はもうすっかり上がってしまっていて、伊作はしなだれかかるように雑渡の肩口に頬を寄せた。もう一度雑渡の背中に手を伸ばして、その大きな身体を抱きしめる。
……雑渡さん、好きです。すき」
気持ちが溢れ出して止まらない。この人に愛して欲しい。この人のものになりたい。これまでの何もかもを塗りつぶして、この優しさが伊作の全てを上書きしてくれたらいいと願った。自分の幼さも愚かさも弱さも全て、雑渡は肯定して包み込んでくれる。自分も持てるすべてで雑渡を包み守れたらいいと思う。けれどこの気持ちをどう言葉にすればいいのかわからなくて、伊作はただひたすらに、何度も雑渡が好きだと繰り返した。
「私も好きだよ、伊作くん」
雑渡は伊作の額に、目蓋に、頬に、鼻先にと順に口付けた。伊作がその先が欲しくて身を乗り出し唇を尖らせる様を見て、笑いながらその唇に口づけし、啄むようにやわく甘噛みをしてくれる。
何度も、何度も唇を重ねて、そのたびに伊作は幸せを噛み締めた。触れるだけの口づけから、次第に長く、もっと深く。息が上がってもなお、何度も雑渡の唇を求める伊作に、彼は観念したように笑い呟いた。
「本当は君が卒業するまで、手を出すべきではないのだろうけれど……いざとなったら学園長殿に土下座しにゆこうか」
雑渡はそう前置きして、とろりと溶けた目をして雑渡を見上げる伊作の頬にそっと手を当てる。
「伊作くんは……これまで好いた相手と、閨を共にしたことはあるかい?」
……いいえ」
それは本当だ。あの寺では誰かを特別に思ったことはないし、ここに来てからの六年間も、伊作は誰とも肌を合わせたことはない。幼心に忌避した行為だ。雑渡に想いを告げられるまで、誰かと自分がこうなることなんて、もうないのかもしれないとすら思っていた。
雑渡の手がゆっくりと頬を撫で、伊作の首筋から肩に滑る。
「私のことが、好きかい?」
……はい、お慕いしています」
それも本当のことだ。他の誰に対しても、尊敬とか、好ましいとか、守りたい、可愛がる気持ちはあれど、雑渡に対する気持ちはそれらを全てひっくるめた上でまったく違うとはっきりわかる。彼はいつの間にか伊作の心に滑り込んで来て、気づけば誰よりも深いところに棲み付いてしまった。
「君をここで、私のものにしてもいいかな」
その言葉の意味を、幼子ではない伊作はもうわかっている。はしたないと言われるかもしれないが、正直今夜は雑渡とそうなるかもしれないと心のどこかで期待していた。
……はい」
どこか夢心地で伊作が答えると、雑渡は改めて伊作の頬を両手で包み込み、その目を見据えて言う。

「では、今日が君の初めてだね」

その言葉の、視線の真っすぐさに心を射抜かれる。雑渡は何度伊作の心を奪えば気が済むのだろうか。これはもうとっくに雑渡のものなのに。
………………はい」
初めてではないことを雑渡に詫びた伊作に、初めてだと言ってくれる。伊作を思ってくれるその気持ちが何よりも嬉しかった。
「雑渡さんが、僕の……初めての方です」
初めて好きになった相手と結ばれることができるのだと、伊作の心が打ち震える。
この人に出会うためにこれまでの不幸があったのだ。この人に出会えてよかった。雑渡昆奈門に出会うために、伊作はこの世に生を受けたのだと思う。
「じゃあ、布団を敷こうか」
そう低く耳元で囁かれて、それだけで伊作は腹の奥が潤むような感覚を覚えて眩暈がした。あの時の夜は憂鬱で仕方がなかったのに、好いた相手との閨はこんなにも心弾むものなのか。心臓がばくばくと鳴って顔が熱いのに、決して不快ではない。それは伊作が覚えた初めての感覚だ。
畳間は寒いからと囲炉裏の横に布団を敷き、雑渡は伊作に手招きをした。
「急に無理強いするつもりはないからね、気分でなければ添い寝してくれるだけでも充分だよ。おいで」
あんな甘い口吸いをされてそんな気分になれない方がおかしいと思う。おそらく雑渡にも火が灯っているだろうに、あくまで伊作の気持ちを慮ってくれる気遣いに、大切にされているのだと改めて胸がいっぱいになる。
逸る気持ちを抑えながら雑渡の座る布団の横に正座し、伊作は三つ指をついて恭しく頭を下げた。
「精一杯お勤めさせていただきます」
それは伊作としては純粋に心から出た言葉と行為だったのだが、雑渡は一瞬目を見開いてから少し困ったような表情を浮かべ苦笑する。
「これは仕事ではないよ、伊作くん」
「あっ……そ、そんなつもりでは……
焦る伊作の手を引き布団に引っ張り上げ、雑渡はもう一度伊作のまだ幼さの残る身体をしっかり抱きしめた。
……好いた者同士のまぐわいだからね」
伊作の耳元に、低い声で。幼子に言い聞かせるような言い方なのにその言葉が孕む熱にぞくぞくする。
そう、これから伊作は雑渡とまぐわうのだ。初めて、好きになった人と、愛を交わして身体を繋げる。想像しただけで幸せすぎて死んでしまいそうだと思った。無論それを味わう前に死ぬわけにはいかないけれど。
囲炉裏の灯りに仄かに照らされながら、雑渡は自身の頭巾を解き、帯を緩めて着物の前をはだける。伊作はこれまで何度も、雑渡の包帯を巻き直す際にその素顔を見たことも、裸を見たこともあるのだけれど、手当てとして必要な手順の一環だったそれとこの状況は全く違った。
雑渡の大きな手が伊作の頬から首筋を撫で、襟元から着物の合わせに滑り込む。向かい合わせで素肌の胸元を触られ、腰に手を回されてぐいと引き寄せられると、思わず伊作の腰が跳ねた。
強張る伊作の身体をあやすように何度も口付けながら、雑渡は伊作の腰紐を解き、その肌を暴いていく。雑渡の身体は何度も見ていたけれど、伊作が自分の身体を見られるのは初めてだ。顕になった肩に唇を落とされて、そこから首筋に。そして胸元に濡れた柔らかい感触が滑り落ちる。
「あ…………
伊作の胸の先の尖りを指先で捏ねながら、雑渡は伊作の薄い胸板を何度も舐め、吸い上げた。強く吸われた部分が花びらを落としたように鬱血して、伊作の白い胸元に雑渡の所有の証を残していく。しばらく皆と風呂に入れないなとか、留三郎に見られないように気をつけなきゃとか、どこか冷静な自分が俯瞰して見ているのを感じながら、伊作は雑渡の頭を緩く撫でた。
そんな伊作のそぞろな様子に気づいたのか、雑渡は伊作の腕を引くとまた唇を重ねて、息が出来なくなるくらい深く舌を絡めた。その熱に思考がとろけて、伊作が雑渡のことしか考えられなくなるように。
「ん、うく…………
伊作が身に着けていた着物はいつの間にか剥がされ、部屋の隅に追いやられ、素肌に褌だけの姿は何とも心許ない。雑渡がまだ着物を羽織っているのがずるく思えて、伊作はその袖を強く引いた。
……雑渡、さん」
甘えるように見上げれば、それだけで要望に応えるように着物を脱いでくれて、雑渡もその身に包帯と褌のみの姿となり伊作を見下ろす。包帯すら邪魔ではあるけれど、これは致し方ない。伊作が雑渡の包帯の上から胸元に触れ、もう一度見上げると、雑渡はそれに返事をするようにまた口づけをしてくれた。
きっとねだればねだるだけ何度もしてくれるのだろう。普段あんなに立派で忍務をこなしている、偉く、おそらく厳しい方なのに、恋人のことは随分と甘やかしてくれるものだ。その恋人が自分であることが、幸せでしかたない。
夢心地のまま布団に横たえられ、覆い被さる雑渡の逞しく鍛え上げられた肉体を目の当たりにして、伊作は生唾を飲み込んだ。それは同性の自分から見ても官能的で美しく、艶めかしくすらあった。均整のとれた体付き、締まった筋肉と恵まれた骨格は、指南書の見本になってもいいくらいだとすら思う。丁寧に巻いた包帯の端から見え隠れする火傷の痕ですら、痛々しくも愛しかった。
「雑渡さんの身体、かっこいい……
思わず漏れた伊作の感嘆の声に雑渡も頬を緩めて笑う。うっとりとした表情で雑渡を見上げる伊作は、右手で雑渡の頬を撫で、胸板を撫で、横腹を撫でた。薬を塗り包帯を巻く時にはまったく意識したことがなかったのに、雑渡の肌の上を滑る自分の指先の感触をまじまじと味わってしまう。ざらついたところ、つるりとしたところ。そのまま包帯の上から引き締まった腹筋に触れ、その更に下に手を伸ばそうとした所で、伊作の手に雑渡が自分の指を絡め諌めた。
「せっかちな子だね」
……す、すみませ……
おいたをした子供を叱るように、けれどその瞳は全く怒ったり嘲ったりなどしていなくて、ただ楽しそうに笑っている。
「嘘だよ。もっと触ってくれるかな」
指を絡めて握った手の甲に口付けて、雑渡は伊作の手を自分の脚の間に引っ張った。包帯を巻かれた下腹の更に下、褌の上からもう熱を持って硬くなり始めていた雑渡自身に触れさせて、伊作の耳元で低い声が甘く囁く。
「優しくだよ」
布越しでもわかるその質量に少し怯みつつも、伊作は頬を赤くしながらその手をゆっくり動かして雑渡の形を確かめる。背が高く体格のいい雑渡のそれが立派なのは当然だろうけれど、それにしても大きい。
………上手だね」
最初は恐る恐るだった伊作の手が、だんだんとそれを慈しむように、硬く育てるようにゆるゆると撫で上げる。次第に熱を増してくる雑渡の感触が嬉しくて、触っているだけなのに伊作自身も呼応するように張り詰めて、痛いくらいだった。
「私も伊作くんに触ってもいいかい?」
まるで伊作の考えていることが全て見透かされているようだ。雑渡がかけてくれた優しい声に、下腹がずくりと疼く。恥ずかしいけれど自分にも触って欲しい気持ちの方が勝って、伊作は小さく頷いた。
雑渡に比べたら酷く貧相で幼い、情けない身体だと思うのに、雑渡は伊作の腕を、背中を、腹を、脚を何度も優しく撫でてくれる。
「肌がすごくなめらかだね。触ってて気持ちがいい」
雑渡のための軟膏を自分の身体でも試しているせいもあるのだろうか。言われれば確かにそうなのかもしれない。勿論女子には負けるだろうけれど、雑渡が喜んでくれるならどうでもいい。身体を撫でられるだけでもぞくぞくして、その先が欲しくてたまらない気持ちにさせられてしまう。
「雑渡さ、ん……
大きな手、繊細な指先が伊作の腿の内側を何度も何度も撫で上げるのに、肝心のその上まで触れてはくれなくて。そのもどかしさに焦れて、伊作は雑渡の褌の裾からその中にその手を滑り込ませて先をねだった。
……僕のも触って、ください……
直接触れた雑渡自身はすごく熱く硬くなっていて、平静さを保っている表情とはまったく逆だった。どんな鍛錬を積むとこんな風に顔に出さないでいられるのだろうか。
「ごめんごめん」
布越しに触れられただけで小さく腰が跳ねてしまった。伊作が先ほどまで雑渡にしていたように、褌の上から伊作自身の形を確かめるように雑渡が触れる。
一方で伊作の手の中の雑渡はずっしりと重く、先端からはぬるりとした液体が伝っていた。それを絡めて陰茎を人差し指と親指で筒のように緩く握り動かすと、雑渡が甘い吐息を漏らして笑う。
「それいいね。……上手」
お互いに触りあっているだけで気持ちが良すぎて、頭の中が溶けてしまいそうだ。雑渡の手は大きくて伊作よりずっと指も太いのにその動きは繊細で、伊作の熱を追い上げるようにゆるゆると煽っていく。
いつの間にか、褌の上から触っていたはずの雑渡の手がその中に滑り込んでいて、熱を持ち震える伊作自身は雑渡の大きな掌にすっぽりと包まれてしまっていた。
「んっ……
人に触られることにはあまり慣れていない。それもここしばらくはご無沙汰だ。しかも好いた相手に触られていると思うと、恥ずかしくて、嬉しくて。
「雑渡、さん……それ、くすぐったい、です……
雑渡の指先で戸渡りを何度もなぞり上げられて背筋がぞくぞくと震える。伊作も雑渡を喜ばせたいのに、身体が震えてうまくできない。されるがままだ。
「ふふ、それくすぐったいじゃなくて気持ちいいんだよ」
伊作のほうが先に触っていたのに、雑渡の指先に追い上げられてそれどころではなくなってしまった。あっという間に手に力が入らなくなって、込み上げる快感を堪えて身を捩ることしかできない。
雑渡の指先に茎の裏筋を撫で上げられて、つるりとした先端から尿道の部分を何度か悪戯に捏ねられたところで、もう伊作は我慢の限界だった。
「あっあ、……アッ!」
伊作は身体を震わせて、上擦った声と共に雑渡の手のひらにとろりとした白濁を吐き出した。
「ご、め……なさ……
「ちゃんとイけたね。いい子だ」
精通を迎えてからこれまでは自身で処理してきたものの、今日のこの感覚は自分でするのとは全く違っていた。目の奥がちかちかして、身体の奥で火薬が弾けたみたいだ。膝が震えて肩で大きく息をする伊作を見下ろして、雑渡は獲物を捕らえた獣のように小さく舌なめずりをした。
恥ずかしくて逃げ出してしまいたい心地の伊作だったが、これからもっと深く恥ずかしいところを暴かれるのだ。そう思うと、達したばかりのそこがまた緩く熱を帯びる。
雑渡は達した伊作の精液を指先に絡めて、伊作の尻の間の窄まりにそっと触れた。
……少し、準備してきてくれたみたいだね」
「は、はい……はしたないかとも……思ったん、ですが」
伊作が息も整わぬまま切れ切れに答えると、雑渡は薄く微笑んで頬を寄せてくれた。
「はしたないなんて思わなくていいよ。ありがとうね」
正直どうするか迷った。期待はしていたものの、そもそもこんなことになるかどうかもわからなかったし、あの話をした時点で物別れになっていた可能性だってある。けれど雑渡の体格だ。もしそうなれた時、それでなくても久しぶりの身体なのに、なんの準備もしなければちゃんとお相手できるかどうかわからない。有備無患、居安思危、異国の故事にもあるように、備えをしすぎて困ることなどないはずだ。
……慎ましいのがお好きだったら、と……
「自分で拓くのが好きな男もいるだろうけどねえ……あのね、私女性とでも大変なんだよ。こんな身体になる前はそれなりにモテてたけどさ、なかなか入らなかったり酷いときは流血沙汰になったりして」
……な、なるほど……
雑渡昆奈門の武勇伝。おどけて話す雑渡だったが、確かにそれは本人もお相手も大変だったことだろう。
「わかるかい? 十代の血気盛んな私が、いざその時となったのに目の前でお預けさせられるんだよ? もうね、おぼこ相手とか絶対に無理。忍務でも何回も苦労して、いつの間にかそういう仕事は私に回ってこなくなったからねえ」
……ふ、ふふ。はは、あはは」
こんな身体になる前、と笑って言えるほどに雑渡は過去をいなし乗り越えているのだと感じて、伊作は改めて自分の幼さを恥ずかしく思った。
昔の雑渡はきっと美丈夫だったのだろう。伊作の知ることのできない若かりし頃の雑渡の顔。こんな火傷を負うような業火に晒されるのは酷く痛く恐ろしかったのではないか。
こんな身体になっても誰よりも強いこの人が、火傷を負う前にどれほどの実力を持っていたのかは想像もつかない。そしてそれをある日突然失わなければならなかったのは、傷の痛み以上に辛く大変なことだっただろう。
「若さや幼さは恥ではないよ。十代はね、そういうものだから。若いうちは理解できないかもしれないけれど、時間が経って歳を重ねれば、どんな過去もいずれ受け入れられる日が来るさ。……だから伊作くんも遠慮なくはしたなくなって、遠慮なく溺れなさい」
……はい」
そして、伊作の何もかも許してくれるこの人を、どんどん好きになってしまう。今この瞬間だけでも、愛しい気持ちがどんどんと膨れ上がっていく。
入り口をゆるゆると撫でられて、ぐっと入り込んできた雑渡の指がその周りをぐるりとなぞる。それはゆっくりと奥に差し込まれ、伊作の中の形を確かめるように静かに行き来する。少し皮膚の固い、太くて関節のしっかりした指だ。
「柔らかくて熱いね。何を想像しながら解したのかな」
……雑渡さんに、ここ触っていただけるかなと思って」
伊作が自分で解した際には届かなかった少し奥を、雑渡の指先は難なくぐいと押し上げた。長い指がゆっくりと、小さな水音をさせながら伊作の中を暴いていく。
「触るだけ?」
……触って、中に……指を、入れ、て……
入り口に程近い、腹の内側のある部分を雑渡の指が探り当てて、執拗にゆるゆると擦られる。痺れるように広がるむずがゆい感覚に、伊作の身体が小さく何度も跳ねた。
「ア……っそ、そこぅ、何回も……擦って……はぁ…………
「ここ、気持ちいいんだね。少し膨らんでる」
雑渡は楽しそうに笑って、そこを長く押して、離して、また長く押す。その度に伊作の背筋がびりびりと震えて、たまらず甘い声を漏らしてしまう。いつの間にか滑り込む指が増やされていたらしく、水音が大きくなり、更に甘い圧迫感が伊作の中を無遠慮に押し広げていく。
「今何本入ってると思う?」
……さんン、ほんん……う」
「まだ二本だよ。よく解してあげないといけないね」
準備をしてきたなんて、胸を張って言えるようなことじゃなかったと後悔する。雑渡は楽しそうに、それこそ鼻歌でも歌いだしそうな様子であるものの、こんなに手を煩わせるのであれば、何もしないでおぼこのような顔をしていればよかった。閨の準備も十分にできない、やはり自分はまだまだ未熟な忍たまだと伊作は臍を嚙む。
「香油を足すよ。そんなに緊張しないで」
「ひ、あ…………あぁっ
とろりとした感触が脚の間を伝って、ぬめる感触と共に圧迫感がさらに増して伊作は仰け反る。雑渡が指を動かす度に、ぐちゅぐちゅと濡れた音が静かな部屋に響いて恥ずかしい。伊作は震える手で布団の敷布を引き掴み、その感覚から意識を逸らそうとしたが無駄だった。
「想像したのは、私の指だけじゃないでしょ」
誘うように声をかけられて視線を落とすと、先ほど触らせてもらった雑渡の陽物が、暗がりの中しっかりと天を向いているのが目に入る。
……ざっとさん、の……それ、が……僕に入るの、かもって……思って……
伊作が口から心臓が飛び出てしまいそうな思いでそう答えると、不意に圧迫感が消える。雑渡が指を抜いてくれたのだと気づくのとほぼ同時だったと思う。
……え」
「かもじゃなくて、挿れるからね。伊作くんのこの薄い腹に」
伊作の臍の真下に濡れた人差し指を置いて、雑渡はそのまま下生えのところまで縦一本の線を描くようになぞる。一瞬でそれが暗喩だと気づいて、伊作は背筋が粟立つのを感じた。ここまで、入るのだ。
雑渡の指先から香油と伊作の体液が混ざった液体が、ぽたりと伊作の腹に落ちる。きっと伊作は狼狽して、しかし期待に満ちた表情をしていたに違いない。自分の腹から雑渡の顔に視線を戻すと、雑渡は先ほどまで伊作の中を広げていた濡れた指を、見せつける様に舌で舐め上げて見せた。わざといやらしく。
あの指先に奥を拓かれていたのだ。そしてこれからその先も。そう思った途端、伊作は自分の腹の奥がますます熱く潤むのを感じた。
……僕、大丈夫ですから。雑渡さん、のお好きに使って、ください」
一瞬先ほどの流血話が頭をよぎったものの、流石に何とかなると思いたい。その上で雑渡に気持ちよくなって欲しくて出た伊作の言葉ではあったのだが、それを聞いた雑渡は表情を崩してやれやれと言った風に溜息を漏らす。
……だから、そういうのやめなさいって。私も自分勝手にしたいわけではないし、使うとか道具じゃないんだから」
雑渡は決して伊作をそんな風に扱いたいわけではない。大切に、大切に愛したいのだ。伊作の頭に反対の手を置くと、雑渡は幼子にするようにわしわしと撫でてくれた。
「伊作くんの献身的な気持ちは嬉しいよ。だから、一緒に善くなろうね」
何度でも逃げそうになる心を、過去に囚われる自分を、雑渡はなにもかも肯定してくれる。伊作のすべてを肯定して包み込んで、愛してくれる。
「はい……
おずおずと雑渡に手を伸ばすと、しっかりと抱きしめられて涙が滲んだ。重なった胸の間にある包帯すら今は邪魔だ。触れ合う肌から伝わってくる雑渡の鼓動と体温の優しさに、伊作は胸がいっぱいになる。
「あ、あの、雑渡さん……僕にもその……ご奉仕をさせていただけますか
頬を寄せて、少しおねだりをするように言ってみる。もっと雑渡の気持ちに応えたい。自分の気持ちを伝えたくて、今できることならば何でもしたい。
これに面食らったのは、今まさにこれから挿入しようとしていた雑渡のほうだ。
……嬉しいけど無理しなくていいよ? 私は好きな子に触るだけで嬉しいから」
「いえ、僕も好きな方に……雑渡さんに触りたいんです」
……こういう時の君って譲らないよね……私としてはまず目いっぱい君を気持ちよくさせてあげるつもりだったんだけどなあ」
伊作の勢いに根負けし、雑渡はやれやれと言った風に溜息をついて、胡坐を崩したように脚を前に出して座り直してくれた。伊作にも最低限男の矜持があるのだ。自分ばかり気持ちよくなっているのは申し訳なく、そして悔しい。
失礼しますとその間に座って、伊作は雑渡の太腿に手を当ててそれと対峙する。いざ目の前にすると、それは伊作が想像していたよりかなり立派で、太く長かった。
「すごい……おっきい……かっこいい、です……
張った雁首は大きく、幹は血管が浮いてその硬さを主張している。これからこれを入れて貰えるのだと思ったら、伊作は自分の腹の奥がひくひくと疼くのを感じた。早く欲しい気持ちを必死に抑え、伊作は吸い寄せられるようにそれに唇を寄せる。
伊作の顔よりも大きい。先端の少し滑らかな部分に唇を落とし、恐る恐る裏側の筋からゆっくりと舐め上げる。熱い肉塊は伊作の舌の動きにさらに硬さを増し、先端からだらだらとぬめる先走りをこぼしていた。舌先で舐めとると苦みがあったが、不思議とそれは気にならない。顔を動かしながら舌を伸ばして、袋の部分から竿の根本、先端まで丁寧に伊作の唇を添わせていく。粘膜越しに伝わってくる熱が愛おしくて心地よかった。
「上手だよ、いい子だ」
雑渡の大きな手が、懸命に舌を使う伊作の頬を撫で、頭を撫でる。雑渡のものを舐めながら撫でられるのは気持ちがよくて、もっと褒めて欲しい、もっと撫でてほしいという気持ちでいっぱいになる。頭上で雑渡の吐息が少し熱を帯び始めているのを感じて、伊作は嬉しくてたまらなくなった。自分の拙い口淫を気持ちいいと思っていただけている。もっと雑渡を喜ばせたい。
随分と大きいが、なんとか口の中に入るだろうか。伊作が雑渡の先端を口に含もうとしたところで、頭を撫でていた雑渡の手が伊作の顎を掴み、その顔を上げさせた。
……伊作くん、もう」
まだ満足させていないのに途中で奉仕を止められて、伊作はいささか不満げに鼻を鳴らす。視線をあげると少しだけ息を乱した雑渡が、熱い眼差しで伊作を見下ろしていた。
その雑渡の瞳にありありと欲情を感じて、こんな自分でも雑渡を興奮させることが出来ているのだと、伊作の中で何とも言えない感情が高ぶる。
身体を起こされ雑渡の両手が伊作の頬を包み、額と額が合わさると、自分もそうであるように、雑渡の目も熱に潤んでいるように見えた。
「口でしてもらうのも勿論いいけれど、伊作くんの中に挿れたいな……
熱い吐息交じりにそう呟かれて、はいと答えたつもりだったけれど声にする前に唇を奪われて伊作の声はほとんど音にならなかった。
雑渡の恣に、何もかも奪われたいと思う。

伊作の身体を布団に改めて横たえると、雑渡は伊作の腰の下に自身の着物を筒状に丸めたものを枕のようにして押し込んだ。少し腰を突き出すような形になって、また立ち上がってしまっていた伊作自身が所在無さげに揺れる。
「おや、一回出したのに舐めていただけでまた硬くしていたのかい。若いね」
「っ………だっ、て……これから僕のナカに入ると思ったら……
なんだか気恥ずかしくて、顔を背けて手で隠したら、雑渡は笑って伊作の頬に口づけをした。
「そうだね、たっぷり挿れてあげるよ」
その言葉に反応するように、先ほど緩めてもらった後孔がひくりと震える。
「苦しかったり、きつかったりしたら言いなさい」
「はい……
伊作の太腿を少し持ち上げて、内腿に当たった雑渡の熱い陽根の感覚に体が勝手に慄いてしまう。期待する気持ちと、恐れる気持ちと、けれど伊作の腹の奥はそれが入り込むのを今か今かと待ち望んでいる。
「頑張るけど……手加減できなかったら、ごめんね」
雑渡が手加減しなかったらどうなるんだろう。ぞくぞくと込み上げる感情が伊作の神経を張り詰めさせる。濡れた粘膜と粘膜が触れ合って、その熱さを感じると同時に強い圧迫感が伊作を襲った。
「あ……ッう……ン、んんっ
痛くはなかったけれど、これまで経験したことのない圧で腹の中に肉槍を突き立てられる感覚は、最初は恐怖が優った。無意識に逃げようとする伊作の身体を雑渡は思い通りにさせてはくれない。ただ、伊作の太腿を掴む雑渡の手はあくまで優しかった。時折内腿を撫で、伊作に口づけを落としながら、雑渡はゆっくりとその腰を進めてゆく。
「ふ…………うう……
「少し力を入れて……そう。ゆっくり息をして」
伊作が努めて深く呼吸しながらふとそこに視線を落とすと、どうやら雑渡のそれは雁首までも入っていないらしい。まだだいぶ長さを残しているそれが、もっとこの身体の深いところまで来るのだ。いっそ一思いにと思うものの、雑渡は残酷なくらい優しく、ゆっくりとそれを進めていた。
ゆるゆると粘膜と粘膜を馴染ませるように少しずつ動かされて、緩慢な快楽がじわじわと伊作の背筋を這い上る。
あんなに硬くさせていたのにこの忍耐力は流石の忍び組頭か。むず痒い痺れにも似た感覚は、伊作の理性をどんどん溶かしていく。苦しいのに、先が欲しい。
「ざ……とさ……んっ……も、う……っほし、いです……
伊作は耐えきれず甘い声をあげ、自分と雑渡が繋がる場所に震える手を伸ばす。滑りをまとった熱い肉がそこを押し広げていて、自分の身体の一部なのに自分ではないみたいに感じられた。早く入ってきて欲しい。まだ離れている腹を密着させて、どうか奥まで。
「ほんと君って子は……
……ッッ!」
不意に襲った強い衝撃に、思わず仰け反った伊作の喉から高い声が漏れる。下腹の奥がびりびりと震えて、浮いた爪先が暴れるように宙を掻いた。伊作が今まで誰にも触れられたことのない奥の奥まで圧を感じて、追ってそこからじわりと熱が広がり、ぞくぞくと身体に染みていく。
大丈夫かい、伊作くん」
「ははい…………
覆いかぶさる雑渡に顔をのぞきこまれて、蕩けた顔を見られるのが恥ずかしいと思ったけれど、それよりも息をするのが精いっぱいだった。いつの間にか伊作は両太腿を雑渡の太腿に乗せる形になっていて、雑渡の下腹部がぴったりと添っている。
「ちょ……くるしです……けどっ………大丈、夫……ですッ……っう」
切れ切れにではあったもののそう答えると、雑渡は少し安心したように微笑んでくれた。
押し広げられる感覚は慣れないものの、痛くはないし多分切れたりもしていないと思う。生理的な涙のにじんだ伊作の目元に口づけて、雑渡の舌先が涙を拭ってくれた。
……伊作くんのナカ、熱くてやわくて、私に吸い付いてくるようだ」
……………………はぁ
早く動いて欲しいのに、雑渡はそこが馴染むまで待っているのか、なかなかその先を進めようとしてくれない。伊作の内壁だけがひくひくと物欲しげに収縮して、その度に中の雑渡の存在を感じてしまって、恥ずかしくてもどかしくてたまらない。
「雑渡、さん……僕の中……入ってる、んですね……
ようやく少し呼吸が落ち着いてきたところで伊作が繋がる境目に指を伸ばすと、先ほどまであった隙間がまったくなくなっていて、指先が雑渡の下生えに触れた。伊作の蕾は信じられないくらい柔らかく広がって、雑渡の陽物を迎え入れている。自分自身でも不思議でその境目をなぞったら、雑渡が吐息を漏らして伊作の手を掴んだ。
「こら、我慢してるのに煽るんじゃないよ」
……我慢、なんてしないでください……僕も雑渡さんに、気持ちよくなってほしいです」
伊作が下腹に少し力を入れて中を締めてみせると、雑渡の目の奥に火が灯ったような気がした。
「あ、アっあああ!」
ぐん、と身体を引っ張られるような感覚があって、圧迫感が和らぎ、また強くなる。結合部が濡れた音をたてたことで、雑渡がそれを抽挿してみせたのだとわかった。その途端伊作の体中に痺れのような甘い感覚が走って、全身の毛穴がひらくような錯覚を覚える。一度擦られただけなのに膝ががくがくと震え、歯の根がかちかちと鳴った。
伊作の反応を確かめるように、雑渡はもう一度ゆっくりと腰を引く。熱い槍に自分の中が絡みついて、そのまま内臓まで引きずり出されてしまうんじゃないかと思った。視線の先には濡れた雑渡の肉塊が濡れそぼっているのが見え、それがまたゆっくりと自分の中に沈んでいく。
「あ、ああ……ああっ……
苦しい。苦しいのに気持ちいい。雑渡が動くたびにお互いの間からぬちぬちといやらしい濡れた音が響いて、腹の奥が快楽に波打つ。
閨房術の指南書にはこんなこと書いていなかった。こんなに気持ちよくて、恥ずかしくて、どんどん相手を好きになってしまうなんて知らない。滅茶苦茶にしてほしい。理性なんて保てるわけがない。
これでも雑渡はおそらく加減してくれているのだろう。伊作の様子を探りながら、ゆっくりと抽挿し、奥まで、まるで自分の形を覚えさせるようにじっくりと伊作の中を擦って昂らせていく。
「雑、渡さん…………おっきくてすご…………ふかい……
少し腰を揺らされるだけで伊作の喉からは甘い情けない声が漏れて、恥ずかしいのにそれを我慢できない。これまでの経験なんて何の役にも立たなくて、ただひたすら煽られる感覚にただ翻弄されることしかできなかった。
本当に好きな相手に抱かれることがこんなに気持ちいいなんて。伊作が今まで知りようもなかった感覚を、雑渡が全て与えてくれる。
「あっは、あ…………………
押し寄せる快楽の波を上手くやり過ごせない。伊作が耐えかねて目の前の雑渡の身体にしがみつくと、強く抱きしめられてより互いの交接が深くなった。奥を更に拓かれて目の前がちかちかとして、息ができない。
「ざっとさ……あっ……きもち…………ざっとさんは、ア……
……私も気持ちいい、よ……伊作くん……
囁く雑渡の声も甘く熱く蕩けていて、それがまた伊作の理性をぐずぐずに突き崩す。雑渡も感じてくれているのだ、伊作の身体で。
「や、だ……変に、な……
手が、膝ががくがくと震えて、泣きたくなんてないのに涙が出た。気持ちがよすぎて、伊作の中でやり場のない快楽が出口を探している。苦しい、気持ちいい、頭がおかしくなる。
「変じゃないよ……
そんなに激しい抽挿なわけでもないのに、粘膜が擦れあう度に逃げ出してしまいそうに身体が跳ねて、けれど雑渡の腕に優しくそれを阻まれる。溶けて、互いの境目が分からなくなってしまいそうに熱い。
笑って甘えているだけでやり過ごせていたアレはまぐわいなんかじゃなかった。これは本当に伊作が知らない、初めての行為だ。
「もっ、とちゃん、と……できる、はず……のにっ……でき……ッッひ、ア……
「できてるでしょ。ここでちゃんと私を受け入れてくれてる、いい子だね」
頭を撫でられたその一瞬、脳裏をよぎったのは忘れていたはずのその記憶。ちゃんとしなきゃ。ちゃんとお勤めをしなきゃ。ちゃんと喜ばせてさしあげないと、いけない、のに。
ち、が……………
雑渡さんは違う。
突然大粒の涙が止まらなくなって、息が詰まる。咳き込み嗚咽を漏らす伊作を見て雑渡も流石に驚いた様子だった。雑渡は静かに伊作のその顔をのぞきこみ、背中を優しくさすってくれる。大きく暖かな手は優しい。あんな、あんな大人たちとは違うのに。
「はあっ…………はあッ……っう、う……
一度溢れかえった感情はなかなか引かなくて、伊作は子供のように泣きじゃくった。
……ごめんね、嫌なこと思い出させちゃったかな」
ちがう。雑渡さんのせいじゃない。
必死に首を振るのに涙がこみ上げて止まらない。大好きな人に喜んで欲しくて、幸せでたまらないのに、怖かった。自分が与えてないのに与えられることが怖い。それは長年奪われてきた伊作にとって、ある種の条件反射のようなものだ。
雑渡が与えてくれる快楽は、これまでの伊作が知っている感覚とは全く違った。こんな無償の愛をひたすらに与えられたことなんて今までない。奪われるか、せめて等価か。見返りを求めずに甘やかされることに、本能が慄いた。
……白湯を持ってこよう。少し休んだ方がいい」
雑渡が伊作の中の自身をゆっくり抜こうとするのが分かって、伊作はとっさに彼の腕を掴んでそれを引き留める。
「やめ、ないで…………できます、から…………
涙と鼻水で汚れて酷い顔だっただろう。わがままにしがみつく伊作の顔を雑渡は丁寧に拭いて、瞼に、頬に口づけてくれた。情けなくて、でもやめないで欲しくて、まるでむずがる子供じゃないか。雑渡は辛抱強く伊作が落ち着くまで待ってくれて、それもまた嬉しくて、悔しい。
「ごめん、なさい……泣いたり、して……でも、嫌とか、無理とかじゃなくて……
「うん」
……幸せ、で……こわく、て……
「うん」
「雑渡さん、と……同じくらい、返したい、のにできなくて……
伊作自身も言っていることが滅茶苦茶だと思った。けれど雑渡はじっと拙い伊作の言葉に耳を貸してくれる。
……僕、すきです……雑渡さんが、好き、なんです」
「うん、わかってる。私もだよ」
……情けない、です……ちゃんと、したいのに……
こんなに愛してもらっても自分には返せるものがない。過ぎた幸福と快楽は伊作には恐ろしかった。
……できてもいいけど、初めてなんだからできなくてもいいんだよ。その分今日は私が目一杯してあげるから。それに今日で最初で最後というわけではないんだ、だんだん上手くなって返してくれればいい」
伊作の手を握り、雑渡は諭すように話しかける。
「これから先を見据えて、と言っただろう?」
……それは……そう、ですけど……
雑渡の言葉を疑うわけでは勿論ない。彼に愛されていると自信を持って、それを受け入れればいいことだと頭では理解しているのに、どうしても与えなければ貰う資格がないと思ってしまう。伊作が雑渡に握られていた手を静かに握り直すと、心配そうにこちらを見つめていた雑渡の瞳が柔らかく緩むのが見て取れた。
「そもそも伊作くんとこうして抱き合えていることが、私は何よりも嬉しいんだ。それだけでたくさん貰っている。君は気づいていないかもしれないけれど、好きな子に気持ちを受け入れてもらって、私は酷く浮かれているんだよ」
自分よりもずうっと大人の雑渡が浮かれることなんてあるのか。目を丸くした伊作を見て雑渡は気恥ずかしそうに笑う。今まで見たことのない、少年のような顔だった。
雑渡も、顔に大きく出さないだけで伊作のように相手の反応で一喜一憂するのだ。自分だけが翻弄されていると焦っていたけれど、余裕そうに自分を抱く雑渡も鉄の理性で耐えているだけなのかもしれない。
「がっかりされては、いないですか……?」
「全然。自分よりずうっと年下の恋人が、私が与えた経験したことのない感覚に泣いてしまうなんてこの上なく可愛すぎるだろう」
こんな涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔が可愛いだなんて。雑渡は少し変わった好みをしているのかもしれない。いや、自分を愛しく思ってくれるのは嬉しいことなのだけれど。
……さて、少しは馴染んだかな?」
繋がったままのそこに雑渡の指が這って、その刺激に伊作の下腹がひくりと収縮する。
「明日も授業があるんだろう? 無体を働いては君を帰せなくなるからね。ほんとうは……
「えっ?」
濁された言葉の先を聞き返したが、雑渡は答えずにただ微笑んだ。しかし、細められた目の奥に揺らめく熱を感じて、もう一度伊作の奥が疼く。充血した内側は収められた肉をその先へ導くように収縮し、伊作がその感覚に身じろぎをすると、まるで腰を使って誘うようになってしまった。
「ふ、あ…………
少し引き出されて、揺らされて。再開されたその刺激に思わず高い声が漏れた口を押さえると、雑渡は伊作の手を引きはがし、自身の首元に回させて言った。
「快楽に流されないようにしなくてはいけないのは、忍務の時だけだよ」
「あ、や…………ざっ………………
お預けされていた当てつけでもあるかのように、硬く熱を取り戻した雑渡の陰茎が伊作の内側を拓いていく。まだゆっくりではあるものの、とん、とん、と一定のリズムで押し当てられるそれに、伊作のそこが濡れた音を立てて応えた。
「伊作くんの善い所、ちゃんと教えて」
先ほど指で押し上げた部分に雁首を擦りつけながら、雑渡は歌うようにそう囁く。指で押されるよりももっと深く、強い痺れが這い上って、呼応するように中が雑渡を締め付ける。
教えてなんて言われたって自分だってわからない。出し入れされるがままに伊作の喉からは嬌声が零れて、それが一際高くなった場所を雑渡は執拗に擦り上げた。
「そっ……そ、れ……だめ……ッッ……
伊作の一番深いところにじっとりと先端を押し当てられて、そのままぐいぐいと押されればもう悲鳴のような声しかこぼせなかった。ぐちゅぐちゅと接合部がいやらしい音を立てて、無遠慮に身体を割り開く肉槍を受け止める。
……深い、とこ…………や、だ…………だめ、……やア……
「君に悪さをしていたやつらは、随分お粗末だったようだね。全部私が塗り替えて忘れさせてあげる」
腰を大きな手で掴まれ、雑渡は少し力を込めて伊作の中を穿つ。抜けてしまいそうな位ぎりぎりまで引いて、一番奥まで突かれるとその衝撃で伊作の頭に稲妻が走った。よく覚えていないけれど、それはこうじゃなかったことだけは明らかにわかる。そんなところまで暴かれるなんて、恐ろしいのにそれ以上に気持ちいい。雑渡は伊作の心の中だけでなく、身体の奥深くまでをも暴いて篭絡させていく。
「ひあ……ア、はぁッ……だ、め……らめ……
涙が、唾液がだらしなく零れて、逃がしてほしくて懇願しても雑渡はその腰を揺することをやめてはくれなかった。ただ熱い吐息交じりににこやかに笑って、伊作の痴態を眺めている視線が憎い。愛しい。
「ざっと、さ……雑渡さんっ……ん、あ」
怖いくらいに感じてしまう。
伊作の身体のすべてが雑渡の指先に、声に、吐息に震える。甘く蕩けた声をあげることしかできなくなって、もう雑渡にされるがままだ。揺さぶられ揺れる脚のやり場に困った伊作が無意識にそれを雑渡の腰に絡めると、熱い吐息が嬉しそうに耳元で笑った。
……ほんと、悪い子だね」
揺さぶられながら唇を奪われて、伊作は息も絶え絶えに雑渡の首に手を回し、それを深くまで迎え入れる。快楽の波に呑まれるのが怖くて、必死に雑渡に縋りつく。
「そろそろかな……いきそうならいつでも達していいよ。力を抜いて」
雑渡はそう言うと、伊作の弱いところを執拗に何度も雁首で擦り上げ、雑渡と伊作の腹の間でだらだらと先走りをこぼしながら揺れていた伊作自身を握り込んだ。急な強い刺激に、伊作の下腹がたまらずびくびくと痙攣する。
「アッ! そ、こ……さわっちゃ……あ、いくッ、いきます……あああッッ!!」
先端から皮の間を数度擦られただけで、伊作は情けなく白濁を吐き出してしまった。奥を穿たれながらする射精は気を失ってしまいそうになるほどに深く、酷く気持ちがいい。腹が何度もびくびくと震え中を擦る雑渡を締め付けると、流石に彼も限界だったらしい。
「伊作くん……出すよ」
雑渡がこれまでで一番深くまで腰を押し付けて、その肩を震わせる。大きく脈打つような感覚の後、断続的に精を流し込まれる感覚。じわりと広がる熱の幸福感に、伊作は雑渡の身体に強くしがみついた。雑渡の呼吸が乱れ、心臓がばくばくと鳴っているのが聞こえたのが愛おしい。
「はぁっ……はぁ…………と、さ……
最後の一滴まで絞り出すように、雑渡の腰が自分に押し付けられるのを夢心地で味わう。このままずっと離れずにくっついていたい。急激に疲れが押し寄せたような感じがして、けれど意識を手放したくなくて伊作は必死に雑渡の身体を抱きしめた。
…………上手にいけたね、伊作くん」
見上げると、頬に汗を浮かべた雑渡が優しい視線で伊作を見つめていた。
……すっごく……気持ちよかった、です……
「私も、気持ちよかったよ」
喘ぎすぎて渇き掠れた声だったが、そう伝えられてよかった。雑渡もよかったのであればそれが一番伊作にとっては嬉しい。身体が離れ、抜かれてしまうことがこんなに惜しく思うことなのだと伊作は初めて知った。名残惜しいけれど、これが最初で最後ではないと言った雑渡の言葉を思い出す。
……ん、……んっ……
ずちゅりと濡れた音と共に圧迫感が抜け出て、脱力した伊作の内腿に雑渡の残滓が伝い落ちる。ほっと一息ついて初めて、伊作は自分の脚に力が入らず、脚を閉じることもできなくなっていたことに気づいた。
「わ……脚が…………いてて……
雑渡の大きな身体に不自然に開かされていた伊作の脚は酷く痺れ、関節がみしみしと軋む。
「大丈夫かい? 無理をさせてごめんね」
「いえ……柔軟が足りなかったようです。次までに鍛錬してきます!」
さっきまでの甘い雰囲気と打って変わって意気込む伊作の様子に、雑渡は声をあげて笑った。伊作を抱き寄せると、その肩口に顔を埋め、甘く囁いてくれる。
「大好きだよ伊作くん。また、しようね」
甘えるようにねだる雑渡の声色にまた腹の奥が疼いてしまった気がして、けれど明日の授業のことを思い出し伊作は小さく深呼吸をした。体力もまだまだだ。
……はい」
身を包む気怠さが心地よくすらあった。素に戻れば身体のあちこちに違和感があるものの、雑渡に与えられた感覚は伊作にとってすべて愛おしい。
許されるならばこのまま眠ってしまいたい位の疲労感だったが、門限の亥の刻の頃までには学園に戻らなければいけない。抱きしめてくれる雑渡の顔を見上げ、それを告げようとすると、伊作が口を開く前に雑渡の唇に塞がれてしまった。
「ンッ………は、ん……………
触れるだけではなく入り込んで来ようとした舌先に流されてしまいそうになって、伊作は嬉しくも慌てて雑渡の頬を遠慮がちに押し退ける。
「雑渡さん! すみません僕、もうそろそろ学園に戻らないと……
「ん~流石にそのまま戻るわけにはいかないんじゃない?」
雑渡の言葉に自分を見下ろすと、伊作の身体は体液と汗に汚れ、足もこんな状態では満足に走れそうにない。たとえ今すぐに身支度をしても門限に間に合うかどうか。小松田の顔が思い浮かんで血の気が引く伊作をよそに、雑渡は伊作を軽々と抱き上げて湯浴みに誘う。
「準備させてあるからおいで」
確かにすぐに立ち上がれないほどに脚は痺れ、風呂には勿論入りたいが、悠長にそんなことをしている場合ではない。小松田のしつこさと謎の索敵能力は、雑渡とて忍術学園を何度も訪れているなら既に承知のはずだ。
「ざ、雑渡さん……あの、僕、門限が……
「こんなこともあろうかと、伊作くんの筆跡に似せて外泊届を出しておいたから大丈夫だよ。小松田くんのことだから無断外泊なんてしたら何としてでもここを探し出して追いかけてきそうだからね」
流石の雑渡昆奈門。
それはつまり最初から、今日は帰してくれる気がなかったのかと思い当たると、伊作はまた耳まで熱くなるのを感じてしまった。伊作がほのかな期待に目の奥を輝かせてしまったのを見て取ったのか、視線のかちあった雑渡は口元を緩めて肩をすくめる。
「ご期待に応えたいところだけれど、今日はおしまい。風呂に入って、温まって、ゆっくり休みなさい。明日の朝、授業に間に合うように送って行ってあげるから」
…………………………はい」
羞恥に顔を真っ赤に染めた伊作を見て、雑渡はくっくっと声を出して笑う。
「流石に忍たまに授業を休ませてしまうのは忍びない。私も名残惜しいけれどね」
そんなところまでも浅はかだったと伊作は自分の準備不足を恥じた。次の日に予定のない時、ちゃんと外泊届を出して。次の必修課題だ。

抱きかかえられ案内された湯殿は湯が張られ、ここも綺麗に掃除が行き届いていた。伊作には何の気配も感じられないけれど、どうやら使用人がいるらしい。
雑渡は暖かな湯と手拭いで伊作の身体を丁寧に流し清めてくれる。後孔に入り込んできた雑渡の指先に熱が上がりそうになったけれど、本当に今日はもう何もしないつもりらしい。伊作は努めてゆっくり息をして、掻き出される雑渡の残滓が内腿を滑り落ちるところから意識を逸らす。
身体の大きい雑渡に合わせて誂えたのだろう。広い湯船は雑渡と伊作が共に入って脚を伸ばしても十分な広さで、私邸にあるにしては立派すぎる造りだ。湯船に先に沈んだ雑渡に手招きされて、伊作は恐る恐るその身体に背中を預ける形で共に湯に浸かった。
包帯の巻かれていない雑渡の肌が背中と密着して、さっきよりもより雑渡に近づいた感覚を覚えた伊作は所在無さげに視線を彷徨わせる。張られた湯は雑渡の弱い肌に合わせてか少しぬるめにされており、それが更に優しさに包まれているような感覚にさせられた。
……思っていた僕と、違わなかったですか?」
ふと伊作の口をついた言葉に、頭の後ろで雑渡の息が笑う。
「何も。思った通り、可愛かったよ」
「そ、そうじゃなくて……
頬を膨らませて振り返ると、雑渡は穏やかな微笑みで伊作を見つめていた。
……思っていた以上に、君は蓮のような子だね」
蓮はどの部分にも様々な薬効があるとても優れた植物だ。そして仏門ではとても尊い象徴として扱われていることは伊作も知っている。清浄な心と救済の心、如来と菩薩の座だ。毎日仏像に手を合わせた日々が頭をよぎり、けれどそれはすぐにぼやけていく。
「君は自分を穢れていると言ったけれど、蓮は泥の中から美しい花が咲く。泥より出ずるも染まらず、仏門に入らなかった君がそれを体現しているのはなかなか興味深いね」
……僕が花かはともかくとして、役に立つ植物です。蓮根も炊くと美味しいですし……雑渡さんから見た僕ってそんな感じなんですかね?」
疲れも相まって思考がおぼつかない。なんだかいい風に言われたのだと雑に解釈して微笑んだ伊作を見て、雑渡は腕の中のその身体を優しく抱きしめた。互いに温まった身体はしっとりと馴染んで、伊作が思ったようにきっと雑渡も、明日の授業を恨めしく思ったに違いない。
「伊作くんのそういうところも可愛いね」
「雑渡さんも可愛いですよ」
ふと伊作が口にした言葉に雑渡が目を見開く。失礼なことを言ったかなと思ったけれど、それは伊作の素直な感想でもあった。大人で、強くて格好良くて、優しくて立派で時には厳しくて、でもとても可愛らしい人だと思う。
「私にそんなこと言ったの、今まで母上くらいだねえ……
「お嫌じゃないですか?」
「全然」
後ろから伊作の肩口に顔を埋める雑渡の頭を恐る恐る撫でると、雑渡は大きなため息を吐いて言葉を紡ぐ。
……みんなねえ、私のことを褒めそやしすぎなんだよ」
それはおそらく、タソガレドキ忍軍忍び組頭としてではなく、ただの雑渡昆奈門としての呟きだったのだろう。
「生き延びられたのが不思議なくらいの火傷を負って、三年間も地獄の淵を彷徨い歩いて、それを奇跡と言うならばそうであるかもしれないけれど。でも私は死に損なっただけのただの人間でそんな大層なものじゃない」
この人も、きっと神仏のように崇めたてられてきたのだろう。それでいて片や恐れられ、避けられることもあって。この火傷からこれまで誰にも期待せず、誰の気持ちも受け入れずに来たのかもしれない。
「好いた相手を前にしたら我慢も効かない、こんなダメな大人なのにねえ」
後ろから伊作の身体に回された雑渡の腕の白い皮膚が、温まり少し桃色になっていた。生きて、血が通っている。生きていて、自分と出会ってくれたそれだけで尊い。タソガレドキの忍軍の人々が雑渡を大切にして慕う気持ちも、雑渡がそれに少しだけ居心地の悪さを感じる気持ちも、伊作にはどちらも理解できる気がした。
……皆、他人に自分の見たいものを見るのでしょう。あなたも僕に、僕もあなたにそうしていたように。それは信仰のようなものです」
仏門を志さなかった自分が、こんな説法のようなことを口にするなんて大それたことだ。それも未熟な忍たまが、うんと年上の雑渡相手に。
「外から見えている他人のことなど、その人の一部にすぎません。心を許した友人のことですら、知らないことはたくさんあって、一生知らないままのことのほうが多いのかもしれません。むしろすべてを知ろうとするなんて、烏滸がましいのでしょうね」
それは雑渡に話しかけているようで、伊作自身に自問しているような心地でもあった。
「でも、僕たちはこれからそれ以上の仲になるのですから。これから僕に、本当のあなたを色々見せてくださいね。雑渡さん」
可愛らしいところも、弱いところも、一人の人間として雑渡のもっと深いところを知りたいと思った。そして伊作のことも雑渡にもっと知って欲しい。尊敬し憧れる忍び組頭と忍たまとしてではなく、恋人同士として、対等に向き合える存在になれるように。
……なんというか君は、まったく聡い子だね」
「どうでしょう、褒めそやしすぎですよ」
雑渡の言葉を真似て使った伊作をもう一度抱き締め、恋人は優しく微笑んだ。

ひとしきり温まり、着流しを身に着けた伊作と雑渡が板間に戻ると、囲炉裏には粥の入った鍋がかけてあり、先刻乱し汚したままにしていた布団は何処かに片付けられていた。隣の畳間への襖は開けられていて、ご丁寧に綺麗な布団に枕が二つと火鉢が準備されている。相変わらず伊作には使用人の気配が全く感じられなかったが、何があったのかを誰かに察せられていると思うと顔から火が出そうな思いだった。
雑渡は何を気にした様子もなく、用意されていた粥を椀によそい伊作に差し出した。
「いただきます……
思いのほか腹が減っていたらしい。さっぱりとした梅粥は一度口をつけると殊の外美味く、疲れた身体に沁みる。目を輝かせて食べる伊作を見て、雑渡も満足そうに粥を口に運んだ。思えば雑渡が口布なしで物を食べる姿を見るのは初めてかもしれない。
「伊作くんも六年生なら、もう閨房術の授業は受けた?」
「まだ座学の講義と、指南書を読んだだけですよ。そうだ、実技のこと忘れてました
雑渡に突然投げられた質問の答えに、伊作は課題のことを思い出し憂鬱な気分に襲われる。卒業まででいいものの、どこかで達成しなければいけないそれは、忍たまにとって最大の難問であると言えるだろう。
「この間そっちで先生をした時に学年毎の教育要項を見たんだけどさ、あれ先生にお願いする他でも、プロ以上の忍者の誰かに実技の修了証を書いてもらえば合格になるらしいから、私が後で書いてあげよう。それを先生に出しなさい」
雑渡は何の気なしにそう言うと、粥をすすり終えた椀を板の間に置いた。
「え……そ、そしたら僕が雑渡さんと……って先生に伝わっちゃうんじゃないですか?」
「そりゃあ名前を書かなかったら修了証明にならないでしょ。まさか君、私以外の他の誰かに指南を受けるつもりじゃないよね?」
……そんなつもりはない、ですけど……
知っている大人たちに雑渡とのことを知らせるのはどうにも気恥ずかしい。雑渡の立場もあるだろうし、まだ修行中の忍たまが色恋に現を抜かしているのかと怒られてしまいそうにも思う。居心地の悪さを呑み込む様に、伊作は残りの粥を掻き込んだ。
「なんというかまあ、大人のけじめってやつだよ。元服の年齢とはいえ君はまだ忍たまだからね。真剣に交際しているのだと、そちらの先生のお耳に入れておいた方がいいだろう。タソガレドキの忍び組頭が、お遊びで忍たまに手を出したと思われても困るしね」
……………
真剣に交際している。
言葉だけではなくきちんと筋を通してくれようとする雑渡の気持ちが、こそばゆいけれど嬉しかった。まだ気恥ずかしさが残るものの、この関係を何ら恥じる必要がないと証明してもらえているようで心強い。
「もし先生方に怒られたら、私が一緒に行って詫びよう。認めていただけるように君は学業に専念して、しっかり卒業しなさい」
「はい、勿論です」
……まあそれと、悪い虫がつかないように宣言しておかないとね」
なるほど、雑渡はなかなか独占欲が強いらしい。自分がそんな風に思われていることもこそばゆいものの、それを上回るほどに雑渡の思いを嬉しく感じる。着流しの胸の合わせから覗く鬱血痕に視線を落として、伊作は少し頬を熱くした。

 粥を食べた後、もう眠くて仕方のない伊作だったが、そこは保健委員の矜持だ。囲炉裏の前で雑渡に軟膏を塗り包帯を巻き直す。終わる頃にはもう子の刻を回っており、雑渡はうとうととする伊作を抱きかかえて布団に入った。
……雑渡さん」
布団は中まで温めてあったようで、少しぬるくなってしまっていたものの、雑渡の使用人の心配りを感じた。隣り合って横たわり、その身体に腕を回すと互いの体温がこの上なく心地いい。腹も気持ちも満たされて、慣れない疲れも相まって伊作はもうほとんど眠りに落ちる寸前だった。
「ちなみに、僕の閨房術……合格でしたか……?」
……どうだろう、今度もう一回確かめてみようかな」
今度と言わず今確かめてくれればいいのに。そう思いながらも、襲い来る睡魔には敵わなかった。幸せのうちに伊作は意識を手放す。

「おやすみ、伊作くん」


****


静かに寝息を立てる伊作に首元まで布団をかけて、羽織を着た雑渡は火搔きで囲炉裏の炭を均す。この屋敷も早朝は冷えるから、追加で火を入れておかないと寝起きの伊作が寒いだろう。食堂の朝食に間に合うように彼を学園に送るには、いつもより早く起きて貰わなければならない。
憎らしくはあるが、稚児として伊作を可愛がっていたという和尚の気持ちもわかってしまう、と雑渡は思う。ふとした時に見せる年齢にそぐわない色香と母性、それでいて妙にさばさばしていたり、雑で男っぽい側面があったり、素直であどけなくて歳よりも幼く見えることもある多面性。肌は滑らかで瑞々しく、体毛は薄くて関節は柔らかく、閨事についても真面目で探究心があって飲み込みも早い。
可愛らしいのにこちらを甘やかして癒してくれる、大人の男を虜にする魔性だ。自分の好みに育て上げて、ずっと側に置きたいと思うのは当然のことだろう。

最初は伊作との年齢差が気に掛かっていた雑渡だった。けれど今は、少し歳を重ねた今に彼と出会ったことがちょうど良かったのかもしれないと思う。もっと自分が若かったら、きっと我慢もできず彼を夜毎抱き潰して、立場も何もかも投げ打ってこの恋に溺れてしまっていたに違いない。
「一応大人になったものだね、私も」
ほんとうは、今でも伊作を無理矢理組み敷いて、欲望のまま、声が出せなくなるまで泣かせて、滅茶苦茶に抱き潰してしまいたいのだけれど。
―――それはまた今度。

囲炉裏の炭火が静かに赤く燃えているのはまるで己の心のようだ。炭火を見つめながら、雑渡昆奈門は愛しい恋人の安らかな寝息をじっと日の出まで聞いていた。




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