2026-03-21 21:33:54
2504文字
Public りゅうみこ
 

日輪の下で贖罪を(りゅうみこ・義朝)

清盛本編を読んだら見事に義朝に脳を焼かれてしまい、勢い余って書いて🦋に上げていたSSに追記しました。
義朝の人間らしさが…本当に…刺さって…抜けなくて……義朝の最期等、色々独自解釈を入れています。

 もう、限界だった。
 どうしようもなかったことだとはいえ、親兄弟を手にかけたことに対する罪の意識。平家同様に忠誠を誓ったというのに、一向に良くなる兆しを見せない源氏の処遇。日々募っていく家人たちの不満。そして――俺を置いてどんどん先に行ってしまう清盛への、愚かな妬心。
 元々清盛の方が位が高かった、あいつは優秀な男だからと己に言い聞かせ続けてはきたものの、日に日に重石のようにのしかかる現実に信念は呆気なく押し潰され、喉元に絡みついた負の感情にじわじわと呼吸を奪われていくような心地がして、とうとう耐えきれなくなった。
 少し出てくるとだけ家人に告げ、俺はひとり山奥の寂れた庵へと足を運んだ。
 中に入り膝をつくと、予め用意していた陣を記した紙を軋む床に広げる。
 血反吐を吐くような苦悩の末、俺が選んだのは――あろうことか、無二の親友を呪い殺すという道だった。
 正常な判断ではないと、分かっている。だが、そうでもしないと気が触れてしまいそうなところまで、俺は追い詰められていたのだ。
「いや……とっくに、気が狂ってたのかもしれないな」
 普通の人間なら、友を呪おうなど到底考えつかない。己を嘲るように口元を歪め、俺は袂に手を差し込んだ。
 そこから取り出したものに目を落とした瞬間、刀で刺し貫かれたように胸が痛みを訴える。
 ――在りし日に清盛に贈った、対の護身符。俺はこいつを呪いの源にし、あいつを呪う。思い出や約束を、自ら穢して。
 我ながら、最低な所業に及ぼうとしていると思う。だが、そうでもしないときっと未練を断ち切れない。――清盛と共に、武士の世を創るという甘くてもう叶うことのない夢を。
 揺らいだ決意を崩そうとする理性を追い払うようにかぶりを振り、護身符を陣の中心へ置く。
(そもそも、あいつはとうにこれを捨てているかもしれないな)
 印を結び、呪文を唱えながら、頭の片隅でそんなことを思う。
 みっともなく、もう下を向くことしかできない俺と違い、清盛は前だけを見据え、悲願を叶えるために迷いなく突き進んでいく。そういう男に、護身符など最早必要ないだろう。
 清盛の手元にないのなら、この呪詛はあいつに届かない。何もかもが徒労に終わり、俺の醜さが浮き彫りになるだけ。
 だがそれでも良い、寧ろそうあってくれと己の所業に相反する願いを抱きながら、許されざる罪の手筈を滞りなく整えていく。――引き返すことなど、できなかった。
 呪文を最後まで唱え、暗く沈んだ己の声が途切れた途端、淀みきった空間に奇妙な静寂が流れる。
 呪詛が成った手応えも特になく、やはり失敗に終わったのだと、失望と安堵がない交ぜになったような名状しがたい感情が込み上げてきたその時だった。
「がっ……!?」
 突然稲妻が走ったような衝撃が全身に走り、俺は音を立てて床に倒れ伏す。その刹那、体のあらゆる箇所が壮絶な痛みに襲われ、俺は耐えきれず叫び声を上げた。
 頭のてっぺんから爪先まで、刀で貫かれたかのごとく激しい痛は、ますます強さを増していく。
 ろくに息もできないような堪えがたい苦痛にのたうち回りながら、俺は呪詛が返されたのだと悟った。
 それが意味するところは、つまり。
「なんだ……おまえ、まだもっていたのか……
 驚くべきことに、片割れは今でもあいつの手の内にあるらしい。
 導き出されたその事実を喜べば良いのか、それとも悲しめば良いのか、今となってはもう分からない。
「ゲホッ、ゴホッ……はは……っ」
 喉の奥から何かが込み上げてきて咳き込めば、床板に血だまりが広がる。臓腑が業火に焼かれるような感覚に、思わず声が震えた。
 この身はもう、助からない。人の命を奪う呪詛の反動を受けたのだから、当然だ。
 朦朧とする意識の中、俺は陣の中心で焼け焦げた護身符に手を伸ばす。
(清盛……こんな愚かな俺を、お前は随分と馬鹿なことをしたと怒ってくれるだろうか)
 酷い裏切りをしたくせに、随分と虫の良いことを望むものだ。そう自嘲の笑みを零しながら、俺は重くなるまぶたを静かに閉じた。
 誓いあった夢を自らの手で穢し、大切な友を呪った報いを受け――ひとり孤独に死んでいく。あいつを信じ切ることが出来なかった愚か者には、なんて似合いの最期だろう。


……まさか、お前が助けに来てくれるとはな)
 死してもなお、人は夢を見るのだろうか。ついそう思ってしまうほど、俺にとって都合の良い光景が目の前で繰り広げられている。
 俺ひとり蟲毒に吞み込まれたところで、さして問題はない。ならば、己を呪い殺そうとした相手を捨て置くほうが正しい判断だ。何より、俺の顔などもう見たくないはずだろう。
 だのに、清盛と神子殿は俺を助けるために来てくれた。
(まあ、清盛は助けたくせに容赦なく殴ってきたわけだが)
 だが、その容赦のなさがいかにも清盛らしくて、思わず笑い声を上げてしまった。
 死人だというのに何故かズキズキと痛む腹をさすりながら、のろのろと顔を上げ、俺に渾身の一撃をお見舞いした相手を見やる。
 青く燃える炎のような怒りを湛えた双眸で、俺を睨みつけるその苛烈さは――さながら、直に見つめたらたちまち目を焼かれてしまう日輪のようだった。
 やり返してみろ、と清盛は言う。だがもう、俺に残された時間はない。
 今の俺にできることはただ一つ――俺の愚かさが生み出したすべての元凶を壊すこと。
(お前はますます怒るかもしれないが、せめて最期に贖罪ぐらいはさせてくれよ)
 許してくれなくても、いっそ忘れてくれてもいい。俺が死んでも振り返ることなく、揺るがぬ信念をもって武士の世を創り上げて欲しい。
 胸のうちで願いながら、俺は温かな金色の光に包まれたこの身を蟲毒の中に沈めたのだった。

 ――無二の友の隣に並び立つことは、もう二度と叶わない。共に遂げたかった夢は、自ら壊してしまった。
 罪や後悔が、きっと消える日は来ない。それでも心は晴れやかだ。
 信じた相手に夢を託して逝けるのだから、なんて幸せな締めくくりだろう。