サブ者さん
2026-03-21 16:43:19
1081文字
Public RhythmDoctor
 

アンコール

「ニコールの喫煙、元彼の影響説」という概念から生まれた文章。
この概念を授けてくれたフォロワーに感謝を。
英語版リンク:https://privatter.me/page/69be4f02924e1

初めて『高鳴り』を覚えたのは、ずっと前。
最初は自分からだった。背の高い彼が言葉から漂わせる、灰と煙の匂いに惹き込まれたから。
近付くほどにそれは濃くなった。

──大丈夫だって。ほら、1本吸ってみなよ。
ある日、新しいことを教わった。勧められなくても、そのうち始めていたかもしれない。
そのときはまだ、彼に近付きたかった。
──辛かった?ははっ、まあ最初はそんなもんだろ。で、また今度一緒に吸おうか?

ライターをカチリと閉じる。
気付かないうちに、周囲は吐いた煙に包まれて、彼以外の人は見えなくなっていた。

でもその間に、少しずつ距離は離れていった。
「あの、そろそろまたデートにでも行かない?」
──はぁ。またそんなこと言って。俺は忙しいって、何度も言ってるだろ。
「でも!」
──わざわざお前を待ってる暇なんかないんだよ。もう別れよう。

唯一見えていたものが消えていく。
いくら叫んでも、言葉に煙がまとわりつくだけだった。

それから何ヶ月かが経って、2度目の恋が始まった。
今度は向こうからだった。
──楽器、好きなの?素敵だね。
付き合ってしばらくは、好きな曲を彼に共有したり、歌ったりして楽しんでいた。

けれど、彼から曲を提案してくることはほとんどなかった。
あっても、流行りの曲を断片的に口ずさむぐらい。
歌詞もそれほど気にしていないようだった。

また音楽の話を続けていたある日、ついに溜まった不満があふれた。
あなたって、音楽好きじゃないの?」

彼はやっと、疲れた視線を向けてきた。
──正直。コード?とか、よくわからないし。君のことは素敵だと思うけど。
胸の中で熟し、崩れかけていた言葉をぶつける。
ねえ。『一目惚れ』って、『あなたの外見にしか興味ありません』って意味だったの?」
──人聞きが悪いな、僕ばっかり悪者みたいに言わないでくれ。

別れてから、聴く耳を持たれなかった録音は全部消してしまった。
残ったのはほんの僅かな、自分が好きで弾いていた曲だけ。

それからも、何度も繰り返した。
一時の『高鳴り』のために、不満を吐き出して、直らなくなった関係を使い捨てる。

バリスタとして働き始めた後も、ある意味ほとんど変わらなかった。
一時の安寧のために、白煙を吐き出して、治らない身体を痛めつける。

分かっていてもやめられない。
騒がしさを消すために。

日々が過ぎていく。

『これで最後』、何度誓っただろう。

もう1本。もう1本だけ。



やっぱり

もう一度だけ。あの赤フードのやつとなら。