海野_海人卓
2026-03-21 11:59:00
1212文字
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【雨の日の、願い】

書きたかったSS書いちゃった♡
こういうやつがだあいすきなんすワ……

「姉さん、好きな人いないの?」

 突然降って湧いた問いかけに私が戸惑っていると、ちぐさは遠くの方を眺めていた。大切な弟、私の半身は時々不思議なことを言って私を困らせるのが好きみたいで、昔からこうしてよく意図の読めない質問を投げかけてくる。
 ……ちぐさが眺めている景色は良くも悪くもいつも通りの姿を見せている中庭のガーデンテーブルで、その上に置かれた何かの鉢をぼんやりと見ているようだった。雨に打たれるそれはどこか寂しげにすら見える。

「好きな、ひと?」
「そう、好きな人」

 あの鉢の中には土が入っていて、なにかが芽吹くのを誰かは待っているのだろうか。反芻した言葉を理解していく内にぼんやりと思い出した顔はやわらかく微笑んでこちらを見る、黒玉のようにあたたかなまなざしで──。
 その記憶が熱を帯びる前に、ぐっと目を閉じて首を振った。この間にコインランドリーで起きたアクシデント……というにも少し弱いような、淡すぎて戸惑ってしまうようなあの感触が、私を惑わせて仕方ない。火照ってくる頬に手で風を送って冷ましながら、ひっそりと深く息を吐く。

……いないわ、今は」
「──そっか」

 誤魔化すように、消し去るようにそっと口にした答えに何故か心臓がちくりと痛んだ。名前もまだないようなこの想いに蓋をしてしまえば、今まで通りでいられる?
 不用意に変なことをしてしまった自分が本当に恥ずかしくなって、あまりにも欲張りな自分が惨めで、浅慮で浅ましい自分が情けなくって。あの時に妹さんにまで注意されるくらい迷惑をかけたのに。そんな自覚さえもあるのに、それなのに。

……またお店で会いましょう』

 あの日、あの時の別れ際の言葉がずっと耳鳴りのようにリフレインしている。いつも通りの関係性を期待している自分がいる。涙が出てきそうなほど、業突張りな人間なのに。
 エンバーズから足が遠のいていることに言い訳を重ねながら、実家への帰路につくこの数日を思い出した。付きまといに脅えながら、何とか実家に転がり込んだあの時から足が遠のいたエンバーズの内装を思い出して目を閉じる。
 もう一度、もう何度でも。またあの穏やかな声に、緩やかなまなざしに捉えられたいと思ってしまうのは。

「姉さん」
「なあに?」

「僕は、何があっても姉さんの味方だからね」

 雨が窓に打ち付けられる音を聴きながら、ちぐさはこちらを振り向いた。困ったものを見るような、仕方がないとでも言うような笑顔だった。
 ちぐさがこの顔をするのは、決まって私が泣きそうな顔をしているとき、だから。

……わかってるわ、大丈夫」
「ならいいけど」

 何とか笑顔を作って、帰り支度の準備をする。
 もうすぐ、一人で借りていた元の部屋に帰ることになる。そうしたらまた日常が始まって、またエンバーズに足を運ぶの。
 そう思えば、少し気が楽になるような気がした。