hacosf6
2026-03-21 10:35:29
12948文字
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毒か宝石か -1-

webオンリーにて公開予定のジプカラ
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毒か宝石か



「ッたく、なんで靡かへんねんアイツ。このオレがこんだけしとるっちゅうのに」
 
 苛立ちに揺れる脚に合わせ、グラスに満ちるワインがたぷたぷと波立つ。隣に立つ姐さんは片眉を上げると、無言のままこちらに手を差し出した。あー、おおきに。最後にひとつだけ口をつけ、飲みさしのグラスを返した。
 目の前のフロアでは、オニゴーリとクチートが睨み合い、若い衆の掛け声に合わせ次々と技を繰り出しとる。鉄骨をも噛み砕く大顎がオニゴーリへと牙を剥き、氷に包まれた岩肌をガリリと削った。大ダメージを負ったオニゴーリは怯みも見せず、氷の粒を含む空気を勢いよく噴き上げる。
 誰もが砂かぶり席(今は雪かぶり席やな)で接戦を見守る中、オレの視線はその行司役に吸い付けられとった。太い腕を組み双方を見やるジプソは、目まぐるしく変わる戦況に眉ひとつ動かしとらん。いくら事務所が広いとは言え、室内で行われるポケモンバトルは屋外よりも圧倒的に危険や。周囲を右往左往する若い衆に囲まれながら、ジプソはその場にどっしりと構えとった。
 抜けるような春晴れの下、サビ組は今日で結成五周年を迎えた。例年であれば組全体で食って飲んでの大騒ぎする程度やったが、今回ばかりはと総力を上げ、小規模な式典を執り行った。ある程度の無礼講を経て、現在若い衆たちによる力試しが行われとる。「最後まで勝ち抜いたヤツには、オレからの『お小遣い』を贈呈や」とマイク越しに宣言すれば、ノリのいい若い衆は一瞬にして目の色を変えた。
 そんなやから、オレだってこの会をキッチリ楽しんどる。部下たちが今日に向け切磋琢磨しとったのも知っとるし、コイツらの実力を間近で味わえるっちゅうのは、ボス冥利に尽きるって話や。やから今オレがイライラと膝を揺すっとるのは、目の前の勝負になんら関係ない。隣に立つ姐さんは飛んできた床の破片を弾くと、「事務所潰れませんかね、物理的に」とどこか他人事のように呟いた。
 
「床やら壁やらが削れるんは想定内や。せっかくの祝い事なんやし、少しくらいハメ外さんとな」
 
 倒れたオニゴーリに続き、繰り出されたアーボックが鋭い牙を剥いた。ビュンと振り回された尾っぽが最前列の部下たちを巻き込み、次々となぎ倒していく。その眼前で、ガックリとクチートが膝を着いた。ジプソが手を振り上げ、西側のチームを指し示す。
 
「勝者、Bチーム!」
「よっしゃあ!!勝ち抜けだあ!!」
「優勝目前だぞ!!やるぞお前らァ!!」
 
 勝利に舞い上がる若い衆を一瞥し、鋼色の瞳がオレを見た。分かりやすく、心臓が跳ね上がる。ジプソの顔なんて、文字通り飽きるほど見とるっちゅうのに、おかしな話や。冷静を装い、ひらひらと手を振る。ジプソはニンマリと口角を上げると、続く試合の準備に取り掛かった。
 
「やっぱ、アイツ男前やなあ」
 
 ぽつりと呟くと、後ろ手で立つ姐さんが曖昧に首を捻った。
 
「そう、ですか?カラスバさんってデブせ……ン゙ンッ、大きい男性がタイプなんすか?」
「コラ、ジプソはデブやないで。プロレスラー体型っちゅうだけや。……しかしまあ、どうなんやろなあ。オレ、アイツ以外好きになったことあらへんから、好きなタイプとか分からんのよ」
 
 そう返すと、姐さんはソワソワと握りこぶしを作った。
 
「それ、そういうのがイイんです!その『特別』って気持ちを全面に出していけば、あの鋼頭だってグラグラ~っときちまいますって!」
「ほんまあ?っちゅうても、日頃からオレなりに出しとるつもりなんやけどなあ」
 
 姐さんは、ジプソのことを誰よりもよぉ知っとる。ジプソが悪ガキたちを束ねとった時から付き合いがあるから、十数年続く腐れ縁っていうヤツやろう。初めはオレのことを認めようとせんかった姐さんやけど、今ではどんなことでも話せる相談相手になっとる。
 近頃姐さんに持ちかける話題のほとんどが、サビ組の元ボスにして現ナンバーツー、オレの右腕のジプソについてや。とは言え、件の大男がいつでもくっ付いて回るせいで、ふたりきりで話せるタイミングはそう多くない。今日ばかりはいい機会やと、組内対抗バトルマッチが始まってから、こそこそと耳打ちの距離で相談を進めとる。ドリュウズが放つヘドロばくだんが炸裂して、弾けた毒が頬先をかすめた。
 
「最近はどんなアプローチしてるんすか?」
「色々やってんでえ。こないだなんかは、新しい香水つけとったから、さりげなく褒めたったんよ。そしたら、『カラスバさまの香りに合わせました』なんて言ってな」
 
 そう言えば、姐さんはあからさまに肩を縮こませた。
 
「うわあ、なんでそれで付き合ってないんすか。香水の匂い合わせるなんて、そこら辺にいるバカップルでもやらないっすよ」
「んー、そりゃアイツが筋金入りの補佐役やからちゃう?一緒におる時間長いし、お客さんを不快にさせんよう気配りしとるだけやと思うで」
「いやあ……絶対それだけじゃないですって」
 
 そう引き気味の姐さんには悪いけど、やっぱり、あのジプソがオレに何かを思っとるとは到底考えられん。アイツはオレを組のトップに据えてから、その献身っぷりに磨きをかけ、素人だったオレを『サビ組のボス』として育て上げた。この三年間片時も離れずにいるジプソは、オレがどんな態度を取ろうと一定で、まさに鋼のごとく不動であり続けてきた。
 いや、ホンマに。冗談抜きでなんッの攻撃も通らんねんアイツ。雑草精神を掲げてきたこのオレですら、ここまで手応えないとさすがにショゲてまうよ。
 
「前言った、目の色褒めるやつやりました?」
「やったやった。8秒どころじゃないくらい、たっぷり時間かけて見詰めたった。それでも、結局のところ変わりなしや」
「酔ったふりして……は、この間飲み会でやってましたね」
「せや。相撲するで!って誘っても普通に転がされるやん。そんまま酒取り上げられるし、いいことひとつもあらへん」
 
 こうやってオレは事あるごとに、ジプソへモーションをかけ続けとる。さすがに言葉にして伝えるまではしとらんけど、オレの一挙手一投足を間近で見とるジプソなら、オレの気持ちはすぐ伝わるはず、なんやけどなあ。
 こないな涙ぐましい努力を続けとるのに、ジプソは何も変わらずオレの傍におる。焦る様子も、嫌悪する気配すらない。これはつまり、アイツにとって「カラスバ」がサビ組のボスである以上でも以下でもない証拠や。
 
「なあ姐さん」
「はい」
「ジプソの弱点ってないん?付き合い長いんやし、アイツの弱みのひとつやふたつ握っとるやろ」
「脅して恋仲になるなんて無理ありますって。それに――今のジプソさんの弱みは、カラスバさんひとりだけだと思いますよ」
「オレぇ?なんでや」
 
 ドォッ、と砂埃を舞い上げると同時に、最終戦の勝負が決まった。優勝を掴んだのは、バトルゾーン常連のDチームや。若い衆がピョンピョンと跳ね回り、肩を組んで互いを称え合う。ええやん。でもまだ終わっとらんで、むしろこっからが目玉や。線を引いたバトルコートの真ん中へと、ジプソがゆっくりと歩み出る。その向かいでは、優勝チームの三名がそれぞれボールを構えた。
 
「最後は、わたくしと一対三の試合です。この勝負に勝てば、カラスバさまからご褒美があるそうですよ」
 
 ゴツゴツとした強面がこちらを見、コクリと頷いた。視線がほどけると、大きな身体が若い衆たちに向き直る。分厚い手が銀色のボールを握り、胸元に寄せる。すう、と空気を吸い込むと、低い声が朗々と宣言した。
 
「カラスバさまのポケットマネーは、このジプソが守り抜きますよ!」
 
 光と共に現れた巨大な鉄の連なりと、大振りの顎が電光を返す。てつへびポケモン、ハガネールが咆哮を上げると同時に、優勝者たちは次々と手持ちを繰り出した。
 鋼と鋼がぶつかり合い、火花が散り、轟く地響きが見る者すべてを震わせる。一対三の大混戦を見せるその真っ只中で、ジプソはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。的確な指示に、挑戦者たちの手持ちが次々と崩れ落ちていく。汗ひとつ浮かべないその横顔に、オレはまたしっかりと見惚れていた。
 
「やっぱカッコええやろ。オレの右腕」
……まあ、さすがに同意しときます」
 
 ハガネールをボールに戻すと、続いて繰り出されたエアームドが、ジプソのキーストーンに呼応し、黒い殻に包まれた。砕け散るその中から姿を現したメガエアームドが、金色の身体を震わせ、高らかに鳴き声を上げる。そのまま目にも止まらぬ速さで飛び回ると、三体のポケモンをあっという間に吹き飛ばした。鋭いツメが、濡れたようにヌラリと輝く。ジプソは太い指を、パチン、と打ち鳴らした。
 
「いきますよ、エアームド!カラスバさまに、わたくしたちの雄姿をお見せしましょう!」
 
 ああ、もうこういうんやから、アイツを諦めきれへんのよなあ。
 ふぅーっと溜息が抜ける。そんな最高のタイミングで差し出されたグラスを受け取り、柔く炭酸を上らせるカクテルを傾けた。パルフェ・タムール。ニオイスミレが香るこのリキュールは、その昔媚薬として重宝されていたと聞いた。
 そう話していたのは他でもない。オレのために闘うと豪語する、あの逞しい大男やった。
 
 
 
 ◇◇◇
 
 
 
 
「あっかん、完全に身体鈍っとるわ」
 
 椅子の上で腕を上げ、身体を反らせて背を伸ばす。パキパキッ、と小気味良く関節が鳴って、凝り固まった筋肉が伸びていく。視界の先、上下逆さまのジプソからは、ほろ苦い香りがふわふわと落ちくる。
 
「筋トレ、ご一緒しましょうか」
「いや、オレだけやないねん。最近商談ばっかでバトルしとらんやろ?この子たちも随分暇しとると思うんよ。ちょうどええ時間やし、ちゃっちゃとバトルゾーン顔出してくるわ」
 
 時刻は夜の9時を回っとる。町の一角にはバトルゾーンが設置され、勝負を求めるトレーナーたちが嬉々として集っとる真っ最中や。
 
「久しぶりですね、二か月ぶりになりますか。お召し物はどうなさいますか?」
「せやなあ、若い衆になりきるんも楽しいんやけど、今日は普通のカッコにしとくわあ。なあジプソ、黒のパーカーあったよな」
「ええ、こちらにございます」
 
 丁寧に畳まれた服一式を受け取って、部屋の隅に繋がる脱衣所に引っ込む。すぐにコートを脱いで、一般人に紛れる変装をした。黒のキャップにフチなし眼鏡。オーバーサイズのパーカーは、腕まくりをして動きやすく。スキニーデニムもキャンバススニーカーも、闇に紛れる色濃いもの。ショルダーバッグに必要最低限の道具を詰め込み、準備OKや。脱いだ服をジプソに手渡して、今夜の戦場を確認する。
 
「今日はローズ地区やな」
「すぐ車をお出しします」
「いらんいらん!すぐそこやし、こんまま行ってくるわ!ジプソは先上がりよし。ほな、行ってくるで!」
 
 事務所を飛び出し、夜のミアレを駆けていく。バトルゾーン目的のヤツらは、ひと目見るだけで分かってまうから面白い。みんながみんな前のめりになって、漏れなく足早に踏み出していく。他から見れば、オレの浮かれる気持ちもバレバレなんやろう。通路を塞ぐメガ結晶を飛び越え、黒いマスクを装着する。視線の先には赤いホロが網をかけ、高い壁を築いとった。
 身分を隠しバトルゾーンに突入する時は、できる限り毒ポケモンを出さんよう気を付けとる。毒のトレーナーと言えば、と連想でオレに気付くヤツもいるようで、面倒が起きかけたことが過去に2、3度ある。ってなわけで、今日の切り込み隊長はガメノデスに決めた。ステルスロックをまき散らし、相手を弱らせ有利に勝負を進めたる。
 6人目のトレーナーを打ち負かし、ホロカードを手にしたその瞬間やった。ゾッ、と身の毛がよだつような気配――鋭く磨き上げられた殺気を感じ、オレは弾かれたように上空を見上げた。
 
——目と目が合ったら!?」
……うげっ」
「勝負、ですよね!!」
 
 火の粉を散らすのは、その背後を舞うリザードンの吐息。オヤブン個体に負けじと目を輝かすソイツの姿に、一瞬反応が遅れてしもた。炎の化身が地を割るよう着地すると同時に、視界が激しく揺れる。あっという間に石畳に亀裂が広がり、盛り上がる地面に身体が投げ出された。あかん、『じしん』や!!
 タイプ相性で有利やと、反射的に安堵してしまった自分が情けない。すぐに身を立て直し、倒れたガメノデスをボールに戻す。目の前には、ギラギラと瞳を輝かす狂戦士――もとい、キョウヤがオレの次の手を待ち構えとる。握り締める左手に爪が食い込む。いや、オレにはギャラドスがおる、大丈夫や。手にしたボールを高く放り投げ、宙を震わす竜の声を聞いた。
 
 
――ッはあ、っ」
 
 噴き出した汗が首筋を伝い落ちていく。ポケモン勝負は、トレーナー同士の闘いと同義や。相棒の傍らに立って指示を出し、繰り出される技を避け、傷ついたポケモンを慮らう。手持ちとトレーナーは、いつだって一心同体や。
 キョウヤと向き合ったこの数分間で、オレたちは立ち上がれない程に疲れ果てていた。ゲホゲホと咳き込んで、狭まった気道をなんとか広げる。
 
「ッ……オレの……負けや、っ」
 
 砕けた石畳に膝を打ち、押し付けられた負けを認める。結局、手持ちのすべてを繰り出しても、キョウヤには手も足も出んかった。上空からの奇襲に気を取られた、なんて言い訳にもならん。バトルゾーンで闘うっちゅうのは、そういうことや。口元に貼り付く湿っぽいマスクを摘まんで、シンと冷えた空気をなんとか吸い込んだ。
 キョウヤ、と名を呼びかけ、寸でのところで呑み込む。あかん、今は変装中や。名前なんて呼んだら怪しまれてまう。
 
「ええ勝負させてもろたわ、ほんまおおきに」
 
 しゃあない、オレにできるのはこれくらいや。健闘を称え手を差し出すと、熱い手がギュッと握り返してきた。
 
「こちらこそ!いやあ、夢にも思わなかったですよ。まさかカラスバさんに会えるなんてね!」
……あ?なんでバレとんねん」
 
 がっくりくると同時に、息苦しいマスクをはぎ取った。キョウヤはすぐ分かりますよとカラカラと笑っとる。なんでやねん、オレってそない分かりやすいんか?今後の変装考えなあかんな。
 
「さすがにすぐには分かんなかったですけどね。いつもと恰好は違うし、匂いも違いますし」
 
 そのまさかの指摘に、オレは首をすくめた。そない目立つ香水つけてるワケやないんやけど、そこまで分かりやすかったやろうか。
 
「なんや、お前イワンコやったんか」
「へへ。そこまで敏感じゃないですけど、鼻が利く方ではあると思います。カラスバさん、香水変えましたよね?」
「おん?オレは変えとらんけど」
「ああ、ってことはジプソさんが変えたんですね」
 
 右腕の変化について最短距離で言い当てられ、ポカンとした後に鳥肌を立てた。な、なんやねんオマエ、もしかしてオレたちを盗聴しとるんやないやろな!?
 
「な、なんで分かるねん」
「おふたりっていつも一緒だし、思ってる以上に匂いが移ってるんですよ」
……そうなん?全然気づかんかったわ。まあ、不快な匂いやなければなんでもええ」
「もちろんいい匂いですよ!前よりもジプソさんの存在を感じますね」
……ふうん、そうなんか」
 
 なんやくすぐったい気もするけど、悪い気はせえへん。見上げるビルにかかる時計は、夜の11時過ぎを示しとる。バトルジャンキーはさっさと次の犠牲者の元へ走り出すんやろうと思っとったが、予想は外れ、今も人好きする笑顔で目の前に立っとるままや。なんや、まだまだ話したそうやな。せっかくやし、あったかいところで休憩しよか。
 
「なあキョウヤ、そこのブラッスリーでひと休みせん?奢ったるで」
「えっ、いいんですか!?今日真っすぐこっち来ちゃって、夕飯食べ損ねちゃったんですよ」
「そらあかん、育ち盛りなんやからきっちり食べよし。何がええんや、サンドイッチか?」
「そうですね、クロックムッシュが食べたいです」
「おーええやん、スープも付けたるわ」
 
 バトルゾーンの門を出てすぐのブラッスリー、そのテラス席に腰掛ける。店員に手渡されたメニューをさらりと見て、キョウヤの食事と、自分用にグラスワインをひとつ注文した。ひんやりした夜風が汗ばむ肌を撫でていくが、頭上に灯るヒーターのお陰で寒さは感じられない。たっぷりのポテトと共に供されたクロックムッシュを受け取ると、キョウヤが大口で齧り付いた。トロンと糸引くチーズと格闘するその姿を横目に見ながら、口当たり軽いワインを傾ける。
 
「カラスバさんは食べないんですか?」
 
 口周りをくわんくわんにしながら、キョウヤが言う。
 
「オレはええねん。キョウヤの食べっぷり見てるだけで腹いっぱいなるわ」
「でも、何も食べないでお酒飲むのって、身体に良くないって聞きますよ。せめてチーズだけでも頼みませんか?」
 
 ついさっき振りまいとった殺気はどこへやら。そう突っ込みたくなるほど、混じりけのない瞳がジッとこちらを見る。まあ確かに、キョウヤの言う通りやな。小さく手を挙げ、チーズとハムの盛り合わせを注文する。まもなく運ばれてきたつまみたちを確認して、キョウヤは満足気にポテトを頬張った。気持ちのいい食べっぷりに背を押され、チーズをひとつ摘まむ。
 
「初めて会った時から思っとったけど、キョウヤってモテそうやな」
 
 甘いマスクに分け隔てない優しさ。物腰柔らかに見えて生意気な性格は、同世代の子たちをごっそり夢中にしてそうや。
 
「そう見えます?」
 
 ニッ、と浮かんだ悪い笑みに確信する。絶対、バレンタインデーには山のように貰い物を抱えとるタイプや。
 
「実際どないなん?」
「へへ、どっちかと言えばモテる方……かもですね。といっても、お付き合いは長続きしないんですよねぇ」
「あ~、なんやイメージできるなあ。ジブン、夢中になること見つけたらそればっか、ってタイプやろ?あかんでえ、自分を思ってくれる人を大切にせな。そうせんと、あっという間に愛想つかされるで」
 
 思うがまま指摘すると、キョウヤは眉をハの字に下げて「耳が痛いなあ」と力なく笑った。
 
「そういうカラスバさんこそ、相当モテるタイプですよね。言い方悪いかもしれませんけど、無自覚の人たらし、ポケモンたらしだなって思いますもん」
「そりゃあ、相手に気に入られるのはビジネスの基本やさかい。有利にコトが運べるよう、上手く立ち回らんとな。喧嘩は売らんと恩を売る、これがオレのモットーや。……とは言え、モテたいヤツにモテへんのは、どないしたらええんやろなあ」
 
 空っぽの胃に落ちるアルコールが、口をふやかせ、胸にあるモヤモヤをそのまま言葉にする。あ、言ってしもた。と口を塞ぐよりも速く、キョウヤが目を見開いて喉を鳴らした。
 
「っえ!?カラスバさん、好きな人いるんですか!?」
「そないなこと……あるかもしれへんなあ」
「ええ~!!おれてっきり、ジプソさんと付き合ってるんだと思ってました!!」
 
 このタイミングでまさかの名を聞かされ、含みかけたワインをグラス内に噴き戻した。あかん、もう少しで大惨事になるとこやった。引き寄せたナフキンで、口周りをグイグイと拭う。
 
「な、なんでそこでジプソが出てくるねん」
「だって匂いまで一緒ですし。相当気を許した関係じゃないと、そうはならないでしょ?」
 
 周囲からそんな風に思われていたなんて、微塵も考えたことなかった。じわじわと照れ臭さが上り、目元から頬にかけて熱くなる。
 
「単に一緒におる時間が長いだけや、おっそろしいこと考えるなあジブン」
「そうですかねえ。でも、やっぱり仲良しだなって思いますよ。この間も、ジプソさんからお二人の出会いについてたっぷり聞かされました」
「それはアイツがオレの補佐役やからやろ。ガキの頃からの付き合いやし、……それに、アイツもオマエのこと気に入っとる。だから要らんことまで話すんや」
 
 ああ、あかん。大敗してすぐのアルコールが、普段とは異なるややこしい効き方をしとる。重い頭が傾くままに、ゴンとテーブルに顔を伏せる。すると、ポーチの中の手持ちたちが、カタカタとボールを揺らした。大丈夫やで、ちょっと酔っ払っとるだけやさかい。
 
……その片思い中の人とは、今どんな感じなんですか?」
 
 降ってくる柔らかな声へと顔を上げる。ジンジンと痛む額を撫でると、テーブルの木目がそのまま写っているのが分かった。
 
……どうなんやろなあ。まあ、嫌われてはないとは思うで。でも、こっちからいくら仕掛けようと、暖簾に腕押し、糠に釘、豆腐にかすがい、っちゅう感じやな」
「なるほど、関係に変化が起こらないってことですね。相手がカラスバさんに興味ないのか、はたまた効果抜群なのをひた隠しにしているか……
 
 あいたたた。興味がない、という言葉がストライクの鎌のように胸を貫いた。まあ、その通りやな。アイツとはガキの時分からの付き合いやけど、今のオレたちは組のトップとその次席。それ以上でも以下でもあらへん。今後どんだけ時間を重ねようと、この関係は平行線を辿り続けるやろう。
 
「興味ないだけやと思うで。アイツ、昔っから女好きやし」
 
 目の前の道を、トタトタと駆けていくトレーナーを見送る。傷ついたポケモンたちをセンターで回復させるつもりなんやろう、後ろ髪を引かれるようにバトルゾーンを何度も振り返る。
 キョウヤもそちらをチラと見やって、再びオレへと向き直った。皿の上はほとんど空になり、残るは氷で薄まったジュースだけや。
 
「ってことは、相手の方は男性なんですね?」
「そうやで。……キョウヤって、こういう話ダメなタイプか?」
「いいえ!おれ自身、女性にも男性にもモテますし」
……チッ、なんや腹立つなその答え」
「はは、事実を言ったまでですよ」
 
 それならまあ、気にせず続けてええやろ。興味深げな笑みを見返す。茶色の瞳に真っすぐと射抜かれ、胸に留まる想いがそわそわと身を揺する。
 
「その人とのエピソード、聞かせてくれません?一緒に食事をしたとか、どこかに遊びに行ったとか」
「そりゃあ」
 
 いつでも連れ立っとるし、食事も遊びも、帰宅後の時間以外は大抵を共有しとる。
 そう答えかけ、すぐ口をつぐんだ。素直に答えてもうたら、相手がジプソやって丸分かりや。何かしらエピソードはないやろか――そう思い返しながら、果実味溢れるワインを舐め、胸底に眠る『あの日』を掬い上げた。
 
……チューは、したことあるん。一回だけやけど」
「っえ!?キスしてるんですか⁈それってもう、相手もカラスバさんのこと好き確定じゃないですか!?」
「そうは言い切れんやろ。正直、あれは事故みたいなモンやったしな」
「事故……!?事故でキスってなかなかないと思いますけど⁈」
「あーそりゃ……なんちゅうの」
 
 手に握る記憶へと、そっと目を落とす。興味津々と言わんばかりのキョウヤには悪いけど、さすがに説明できひんわ。どうにかガワをはぎ取り言葉にしようと試みるも、剥き出しになるのは、あの日あの瞬間感じた熱と息遣いばかりや。あかん、むっちゃ顔熱なってきた。ずる、と背を丸め、背凭れに身を預ける。ドクドクと暴れる心臓がやかましい。
 鼓動に震える手で口元を覆ったところで、スマホロトムが高らかに着信音を上げた。
 
『カラスバさま、今どちらですか』
 
 うお、噂をすれば影や。キョウヤがそっと手を差し出し、「どうぞ」と促してくれる。
 
……バトルゾーン近くのブラッスリーや。キョウヤも一緒やで」
『そうですか。楽しんでいるところ申し訳ないのですが、明日も早いですし、今からお迎えに上がります』
「なんや、まだ帰っとらんかったんか。タクシー捕まえて帰るし、こっちは気にせんでええよ」
『いいえ、ダメです。カラスバさまが頷いてくださるまで、わたくしは待ち続けますよ』
 
 過保護がすぎる右腕の言葉に、聞き耳を立てるキョウヤがプッと噴き出した。なんやカッコ悪いやんけ、通話に出るんやなかったわ。
 
「ああもう、夜更かしひとつできひんやん。しゃあないなあ、待っとるで」
『10分で参ります』
 
 シュンと懐へ戻るロトムを見送ると、キョウヤは呆れたように頬杖をつき、ほんのりと目を細めた。
 
「ジプソさん。カラスバさんの右腕って言うより、心配性のお母さんみたいですね」
「母親がどないなモンか知らんけど、過保護なのはよぉ分かっとる」
「ふふ。ねえ、カラスバさん」
 
 トッ、と指先をテーブルにかけ、キョウヤがこちらへと身を乗り出す。唇はにんまりと笑みを作り、自信満々に続けた。
 
「カラスバさんの好きな人って、やっぱりジプソさんでしょ」
 
 爛々と輝くその顔は、ついさっき見せつけられた狂戦士の顔によく似とる。オレは額に力を込め、ミアレを彩るビル灯りへと視線を移した。
 
……ノーコメントや」
 
 ああもう、バレバレの台詞しか返せへん。キョウヤのアホは再び噴き出すと、腹を抱えて笑い出した。なんやねん、何笑とるねん。しかしどんだけ蛇睨みを効かせようと、頭の先まで茹だっていては効果がないようや。
 
「大丈夫です、きっと上手くいきますよ。百戦錬磨のおれが言うんです、信じていいですって」
……オレとオマエは違うねん、いいから黙っとき」
 
 ああ、やってもた!思いつきで話すんじゃなかったわ!
恨めしさを向ける先は、アルコールかキョウヤか、勝負に負けたオレ自身か。目の前では自称百戦錬磨が笑みを重ね、「応援してますよ」と滲んだ涙を拭った。
オレはいくばくか逡巡をして息をつき、うっさいねん、と返すことしかできひんかった。
 
 
 
 
 
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 通話を切ると同時に、深々と溜め息が漏れた。浮遊する小さな画面には、相変わらず赤と緑の点が重なり合うよう表示されている。胸元にロトムが戻るのを待って、傍にあるソファの背凭れを握り締めた。ギチギチッ、と音を立て革が歪む。握り潰す寸前で手を離し、ガランとした執務室を出た。
 荒くなりそうなハンドルさばきを何とか抑え込み、石畳をヘッドライトで照らしていく。見えたブラッスリーのテラスでは、頭上に灯るパティオヒーターと、店内から漏れ出る明かりに照らされるカラスバさまが、ちょこんと腰掛けていた。
 
「お待たせしました」
 
 店前に車を停め、助手席のドアを開ける。手の中のボールを眺めていたらしいボスは、テーブルに伏せていたキャップを手に席を立った。
 
「お迎えご苦労さん。キョウヤはバトルゾーンに戻ったで。今日もぎょうさん稼ぐんやろなあ」
「相変わらず、末恐ろしい方ですね」
「ほんま、可愛い顔してとんだバトル狂やで。聞いてや、今日も負けてもうたわ」
「また特訓いたしましょう、いくらでも付き合いますよ」
「ん、頼りにしとるで」
 
 小柄な身が助手席のドアを潜るその瞬間に、心地よい香りがふわりと鼻腔をくすぐった。清潔感溢れる香気に、かいたばかりの汗のにおいが混じっている。闇に紛れるその姿が席に落ち着くのを見守り、運転席へ回り込む。
 後部座席に座るのは味気ないから、とカラスバさまは決まって助手席に座る。そして、くるくるとよく回る口で、一日の出来事や思い付きを聞かせてくれる。日々の多くをカラスバさまと共に過ごすが、狭い車内での時間は、他にはない緊張と安堵がある。己のにおいで満ちる空間に、高貴なユリの花と静謐なインセンスの香りが溶け広がっていく。
 
「最寄りのセーフハウスでよろしいですか?今夜はバトルゾーンが近いですから、少々やかましいかもしれません」
 
 ゆっくりとアクセルを踏み、夜の街を滑らかに発車する。チラリと盗み見る右手には、少年と見紛う姿のカラスバさまが、流れていく車窓をぼんやりと眺めている。
 
「うーん、そうやね。どないしよ」
 
 薄い唇が言葉を紡ぐごとに、ほんのりとアルコールが香る。汗をかいてすぐの飲酒で酔いが回ったのだろう、眠たげな瞳が横切る街灯にチラチラと照らされていく。
 
「郊外のセーフハウスまでお送りしましょう。飲料のストックも、先日追加したばかりです」
「ほな、そっちで頼もか」
「承知しました」
 
 目的地を郊外へと変更し、街を出てすぐにある環状道路へと舵を切った。早朝は動くのもやっとなほどの渋滞が頻発するが、深夜ともなれば車通りは少ない。低く唸るエンジンをふかしながら、小さくラジオを流す。穏やかな語り口のラジオパーソナリティがメールを読み上げ、流れるポップスを完璧なタイミングで披露する。
 眠ってしまったのだろうか。シートベルトに抱かれたカラスバさまは窓に凭れたまま、すうすうと呼吸を繰り返している。明日の朝は出発を三十分ほど遅くして、朝食は車内で摂ってもらうことにしよう。サンドイッチと酔い覚ましのドリンクも準備して――
 前方を行く車のテールランプを追いながら、明日の予定をざっくりと組み立てていく。そう忙しい一日にはならないはずだ。思いがけないトラブルが発生しない限りは。
 
――なあ、ジプソ」
……はい。どうなさいました」
 
 てっきり眠り込んだと思っていたカラスバさまが、わたくしの名を呼んだ。気分が悪いのだろうか、呼吸がいつもより早いようだ。流れるラジオのボリュームを落とし、続くだろう言葉に耳を澄ます。
 カラスバさまはシートベルトを握ったまま、しばしの間言葉を探した。ゴウゴウとタイヤが路を踏み締める音ばかりが響き、黙り込むその横顔に心配が募っていく。
 
「ご気分が悪いのですか。間もなく到着です、もう少し辛抱できますか」
……そういうんやないねん。ただちょっと、思い出したことがあってな」
 
 飾りのない眼鏡に重く下ろした前髪、そして、身体が泳ぐほど大きなパーカー。以前より鍛えられたとは言え、覗く白い腕はこの目から見れば華奢で心許ない。まるで、出会って間もないあの頃のカラスバさまが、そこにいるかのようだ。周囲を目視して、カチカチとウインカーを上げる。
 
「懐かしいお話ですか、ぜひ聞かせてください」
「んー、……最近よく思い出すことがあんねん。ジプソは、もう忘れとるかもしれへんけどな」
 
 わたくしが、忘れているかもしれない出来事。もしくは――口にすまいと鍵をかけ、この胸の奥に隠し続けてきたこと。
 思い当たる節はもちろん、数えきれないほどにある。カラスバさまとの出会いは、今から十年ほど前にまで遡る。敵対から始まった関係性なのだから、そこにあるのは楽しい思い出ばかりではない。まさに、わたくしの黒歴史と呼んでいい。それでも、今のわたくしたちにかかれば、どんな話題だって笑い飛ばせるはずだ。
 だから、何を怖がる必要もない。そう分かっているのに、背に滲むのは、緊張から生まれる冷たい汗だ。
 
……一体、何のお話でしょう」
 
 恐る恐る見やる右隣では、目を伏せるカラスバさまの丸い頬を、蜂蜜色の光が横切った。細く長い睫毛がパチパチと瞬いて、夜空を照らす月のような瞳が、音もなくわたくしを見上げた。
 
「なあ、ジプソ。オレら、――キスしたこと、あったよな?」
 
 
 
 
 ◇◇◇


続きは4月✌️スケベもりもりあります