タロ文庫の作品置き場
2026-03-22 00:00:00
6006文字
Public 作品
 

月と花、めぐりめぐる夜

2026-03-22
GMMFANDAY30inTokyo開催を祝して書いた最終回後ラミパンです。
ご本人宛のメッセージカード&ギブアウェイ用としてイラストレーターさんに描いていただいたラミパンダンス絵が元になっています。時期的に少しバレンタインぽさも含まれてます。
ひたすらにラブラブしている話。
メインOSTやEP4〜6あたりのネタが含まれてますがバラの本数は実際の数と違うと思います。

 少し外に出ませんか、とパンが言ったのは満月が南の空にちょうど差し掛かった頃だった。もう寝るものだと思ってすっかりベッドを整えていたラーミンは、パンを迎え入れるべくコンフォーターを捲ったままの姿勢で、きょとりと首を傾げてしまった。
「パン、眠くないの?」
 いつもなら沐浴を終えた後は少し冷えた身体を両手で摩りながらいそいそとラーミンとベッドに滑り込むのに。目をしょぼしょぼさせ、口調はむにゃむにゃで、すぐに寝入ってしまう様子がとっても可愛い。抱きしめているうちに体温が上がると、パンの纏う瑞々しいバラの匂いが少しずつ甘く変わっていく。それを胸いっぱいに吸い込み、寝息を聞きながら眠りにつくのが、ラーミンの楽しみだった。
 なのにどうしたことか、パンはぱっちりと覚醒している。パジャマ代わりのTシャツをきっちりと着直して、前に回るネックレスのクラスプもすぐに後ろへと直した。昼間と変わらない姿をまじまじと見つめているうちにラーミンの胸にはふと一抹の不安がよぎった。ひそりと眉を寄せて愛おしい人へと尋ねる。
「もしかしてさっき足りなかった?」
「違います!!」
 力いっぱいの否定。あぁ良かった。
「窓から庭を見てみたら眠気が吹き飛んじゃったんです。貴方にも見て欲しい。だから少し出ましょう」
 ホッとして胸に当てていた手を、白い手が照れ隠しの強さでもって掴む。ぐいっと引かれるままにベッドから降りれば、前を行く人のふっくらした頬が少し色付いているのが見えた。パンの体温が上がっている。大股で歩く彼からふわりと甘いバラの匂いが漂ってきて、ラーミンの頬がゆるゆると緩んだ。
 果たしてパンの行き先は玄関ではなくリビングダイニングだった。テーブルの横を通り抜け、小さな扉を開く。
「でもどうしてこんな時間に」
「いいから、貴方も見れば分かる」
 扉を押し開けたパンが、背をつけるように身体をずらしてラーミンを促した。
 ちょうど家の裏手にあたるそこには二人で作り上げたバラの園が広がっている。家の周りのそこかしこに群生していたものを移動させて整えた広大なローズガーデンだ。のびのびと健やかに育てられた赤いバラはどれも花びらが絹のように柔らかく、ふっくらと膨らんでいる。濃い緑の茎と葉がしっかりとその可愛らしい頭を支えていた。
 グリーンムーアの森の奥から吹く風はそんなバラたちを優しく揺らし、夜気に濡れた甘い香りをラーミンのところまで届けにくる。
 パンが育てたバラの匂い。
 ラーミンの愛情に心を弾ませたときの、パンの匂い。
 そよそよと左右に揺れる姿は親を見つけて喜ぶ子供のように見えてくる。
 そのパンに丹精込めて育てられた子供たちが、今夜は特別な『おめかし』をしていた。
「わぁ」
「ね、凄いでしょう」
「うん。凄いね、パン」
「これは見ておかないと」
「うん、うん」
 南の空に浮かぶ満月はかざした手のひらよりも大きくて、太陽のかけらを溶かしたような黄金の光をグリーンムーアの森と二人のローズガーデンに降らせている。金色のヴェールを纏った赤いバラたちは、夜風にたおやかにワルツを踊っていた。
 とても可愛い。それでいて凛として美しい。やっぱりパンにそっくりだ。
「綺麗ですね。こんな色と大きさの月は初めて見ました」
「ルナアウレアだよ。見られるのは十年に一回くらいかな」
 悠久の時がたゆたうグリーンムーアでは珍しいものではない。ラーミンも百年の封印を施される前は気にも止めていなかった。それが「黄金の月かぁ」と頬をふくっと盛り上がらせて煌めく瞳でぐるりと辺りを見まわす目の前の人を見ているうちに、なんだか特別良いものに思えてくる。
「気に入った?」
「はい、とても」
 声を弾ませ尋ねてみれば、パンはこくこくと頷いた後なぜかじっとりと目を細めた。
「今夜の満月が特別なことを知っていたなら教えてくれたら良かったのに」
「え、あ、すまない……
 月とバラの織りなす絶景を自分が気づかなければ見逃すところだったと、ゴールドの月光を取り込んだオニキスはいつにも増して凄みがあった。ラーミンはふよりと視線を横に逸らし、口元に笑みを浮かべた。片頬にえくぼが出来るこの笑い方はパンも好きだったはず。ルナアウレアはグリーンムーアの日常だったし、夜は家の中で蝋燭を灯して過ごすのがラーミンとパンの日常だった。庭で起きた『特別』をラーミンが認識することは難しい。そもそもパンと愛し合う時間に窓の外を見るなんてよそ見が出来るわけがない。
 ラーミンだって初めて美しさに感動したのだ。許してほしい。世界の意味は、いつだってパンから生まれる。
 案の定パンは目力を緩めてくれたので、ラーミンはすかさず白い手を掬い取って愛しい人の機嫌の軌道修正をはかった。
「パン、折角だからあそこに行こう。ここよりもバラがよく見える」
 今度はラーミンがパンの手を引く番だ。バブーシュを突っかけて小道を少し歩いていくと、バラの園の中ほどにガゼボが見えてくる。白い大理石の柱に蔦模様の鉄のドームで覆われた、とても大きなものだ。柱と同じ石を敷いた床の中心までくると、ラーミンは一度手を離してパンと向き合った。されるがままに立っているパンのパジャマがわりのTシャツに美しい蔦模様の影が落ちる。
「きみが今夜を私の『特別』にしてくれる?」
 影の曲線美から静かにこちらを見つめる顔まで視線を巡らすと、ラーミンはおもむろに右足を引いて上体を倒した。くるりと回した手を胸に当て、もう片方は腰の後ろに。そうして低い位置から上目遣いで見つめていれば、洗練されたラーミンのボウアンドスクレイプを何度も見てきたパンは照れ笑いを浮かべてから白い手を差し出した。
「しょうがない人だな」
「ありがとう」
 ガゼボの中にもそよりと夜風が吹き抜ける。周りの赤いバラの揺れに合わせて、二人の足も静かにステップを踏み出した。最初の一歩でパンが微かによろけたので、ラーミンはいつも以上に彼の腰に回した腕で引き寄せる。強すぎず、でもしっかりと寄り添って。パンが誤魔化すように咳払いをしてきたのには思わず喉の奥で小さく笑ってしまったけれど、今夜二度目のダンスはパンの身体に負担をかけないようスローテンポで揺れることにした。
 そうしてしばらく黙って回ってみたものの、風に乗って聞こえてくる森の生き物の鳴き声だけでは耳が淋しくなってきて、ラーミンは心に浮かんだ歌をそっと口ずさんだ。パンが骨董品店のレコードでよく聞いていた曲である。歌詞に月やダンスが出てくる。今の状況にぴったりだ。
 ワンフレーズ歌ったところで、ふと低くまろやかな声が重なった。ラーミンの甘く掠れる歌声とは質感が全く異なるのに、同じ旋律に乗せてみるとまるで最初からひとつの音のように聞こえるパンの歌声。見つめれば彼は歌いながら嬉しそうに微笑んだ。
 あぁ、瞬きさえ惜しい。呼吸をしなくても生きていける吸血鬼なのに、どうして瞬きはしないといけないんだ。
「ラーミンさん」
 息継ぎのタイミングを重ね、ステップを踏む足の歩幅を合わせて、握り合う掌の熱を馴染ませて、そうして最後の歌詞を互いに差し出すように歌いあげた後、パンがぽつりと呟いた。
「貴方は覚えてる? 初めてぼくにくれたバラやぼくが貴方の部屋に持っていったバラのこと」
「覚えているよ。きみが花瓶に生けたバラはあの後何度も蘇らせたから」
 忘れるわけがない。
 あの時は彼が離れていきそうで怖かった。生まれて初めての己の感情に、凪いだ海のように見えるパンが内包している嵐に、繋ぎ止める為の正解が分からずただただパンが自分に置いていったバラを枯らさないことに必死だった。それも骨董品店を追い出された時にやめてしまったのだけれど、今度はパンが繋ぎ止めてくれた。おかげで今の二人がここにいる。
「ぼくも貴方から貰ったバラは押し花にしました。ぼくには枯らさずに保つ能力はないから、せめて朽ちないようにと」
「嬉しい。ありがとう」
 踊る為に握っている手を親指ですりすりと撫でる。パンの目は黄金の月光に煌めきながら細められ、低い声が穏やかに続きを紡いだ。
「ぼくの国では誕生日やバレンタインみたいな特別な日に愛する人にバラを贈る習慣がありました。バラの色や本数に意味があって、伝えたい想いを込めて花束にするんだ」
 まるで歌の続きのようなそれが心地よく、身体をゆったりと揺らしたままラーミンは耳を傾ける。ぼくの国、という言葉にジョーノエルのホテルやウィンナーラー骨董品店での日々と大切な人たちの顔が頭の中に浮かんだ。
「赤いバラの意味はね、愛情です。貴方が初めてぼくにくれたバラは一本でした。ぼくが初めて貴方の部屋に生けて持っていったバラは九本です」
「意味は何? 教えて」
「一本は『私にはあなたしかいない』です」
「わぁ! 合ってる!」
「でもラーミンさんは意味を知らなかったでしょ」
 自分の無作為の行動に意味が生まれて、それが心情そのままだったと分かれば喜ばずにいられない。ぱぁと発光しかけたラーミンの顔を見て照れたパンがすぐさまピシャリと言い留めてくる。唇を尖らせて「じゃあ九本は?」と訊けば照れ隠しに瞼を半分落としていたジト目は目尻を緩めてぽそりと教えてくれた。
「赤いバラ九本は『ずっとあなたと一緒にいたい』」
「パン……
 ラーミンはあの時のパンの気持ちを知っていた。それは、激しく荒れていたパンの心の中で、灯台のように不動の存在を示していたものだ。ちかりちかりと光ってはラーミンを導いてくれた、パンの本心。当時の彼が軽々しく言えるわけがないそれを、バラに託して差し出していたなんて。枯らしたくないと思った自分は間違ってなかった。
 過去のいじらしいパンとその事実を自ら教えてくれた今のパンのどちらも愛おしく、思わず緩やかに踊っていた足を止めて目の前の身体をぎゅうと抱きしめた。Tシャツ越しに感じる質感と体温に安心する。合わせた胸に響くパンの少し早い鼓動が自分からも響いているかのようで、ラーミンの口からは密かにため息が溢れた。
 パンはラーミンの背を優しく撫でさすり、同じ強さで抱き返す。するりと首筋に黒髪を擦りつけてラーミンの感情を受け止めた。
「他にも色々意味があるんです。十二本はプロポーズ、五十本や九十九本は永遠の愛を誓う数です。九百九十九本なんて『生まれ変わってもあなたを愛する』だよ」
「嫌だ。パンは生まれ変わらせない」
 パンを輪廻に向かわせたくない。人間の魂のうつろいをラーミンは見てきている。生まれ変わった魂はもうパンではないのだから。抱きしめる力をぎゅうぎゅうに強めれば、ぐぅと唸りながらパンが笑った。その声には悲壮感の欠片もなくて、ラーミンはゆるゆると腕を緩めてパンの顔を覗き込んだ。
「ぼくだって貴方をひとりにさせない。ねぇ、周りを見てみて、ラーミンさん」
 目の中を生気と月の光で輝かせているパンからひと時も目を逸らしたくないが、顎をくいと上げて促されてしまえば従うしかない。アーモンド型の目をくるりとローズガーデンへ走らせて、すぐにまたパンに戻す。パンはおざなりにも見えるラーミンの行動に眉を下げて苦笑を交えた笑みを深めた。
「この庭のバラは、九百九十九本より多いと思わない?」
 貴方とぼくで育てたバラだ。それもここのバラは摘んでもまた生えてくる。永遠に枯れはしない。
 見つめる先のパンは月光の中でバラの蕾がそっとほころぶ様に似ていた。ふっくらした唇から紡がれる低い声に乗った言葉は、夜気に濡れた庭のどのバラよりも濃い香りを漂わせてラーミンの鼻と心をくすぐった。
「ぜんぶ貴方のものだよ。ぼくも、この子たちも」
 甘い甘いバラの香り。大好きなパンの命の匂い。
 ラーミンは自分が急速に幸福に満たされるのを感じた。つま先から頭のてっぺんまで、ひたひたに満ちる。欠けるところがどこにもない。この衝撃をどう表せばいいのか分からず、ただ目の前の人の名前を呼んだ。
「パン」
「ラーミンさん、愛してる」
 パンは両手でそっとラーミンの頬を包むと少し伸び上がって自分の名前がこぼれ落ちた唇に唇を触れ合わせた。何度か優しく啄み、ゆっくり離れていく。キスが終わっても呆けているラーミンを見て、パンはとうとうふはっと噴き出して満面の笑みを咲かせた。
「どう? これで今夜がラーミンさんにとっても『特別』になった?」
 満ちたものがぶわりと溢れ出る。ラーミンはもう一度パンを強く抱きしめて、その肩口にめり込む勢いで顔をぐりぐりと押しつけた。
「なった! とてつもなくなった! 私もきみを愛してるし、私もきみのものだ」
「うん。もう貰ってる」
 白い手が持ち上がり、胸元で煌めき続ける赤い宝石をラーミンの目の前にちらつかせてくる。ラーミンは自分の命の鮮やかな赤色を横目に見やって、ますますパンのTシャツに顔を擦りつけた。
「ずるいよ、パン! じゃあ、じゃあバラだって、この世界の最果てまである花を全部あげるし、あの月だってきみのものだ」
「ふははっ、ラーミンさん……うん、次のルナアウレアの夜も楽しみにしてるね」
 この瞬間ほど言葉も身体も邪魔だと思ったことはない。パンから与えられた愛情に見合う捧げ物がラーミンには見つけられなかった。だがラーミンの言葉と身体はパンにしっかりと受け止められて、もどかしい心の内すら読み取られてしまった。パンはうーうーと唸るラーミンの頭や大きな背中を小動物にするように撫でながら声を出して笑い続けた。
 愛情に果てはない。永遠の時間を過ごしてなお増していく。育てるには難しいところもあるが努力が困難に打ち勝てば、とても美しい花が咲く。
 ラーミンが噛み締めながらべったりとパンに抱きついて暫く、笑い声をおさめた相手からため息ついでに欠伸がもれた。ラーミンの腕の中で少しずつ体温を上げたパンは優しいバラの匂いが漂う。
「愛しい人、眠いの?」
「貴方があたたかくて」
 パンの肩口から顔をあげて覗き込むと、彼は重たい瞬きを繰り返しながら頷いた。そしてラーミンの顔を見ると口元を緩めて親指で頬をさらりと撫でる。きっとパンのTシャツに擦り付きすぎて赤くなっているのだろう。眠気を纏った人間特有の温もりにラーミンも微笑み返し、優しくその手を取った。
 もう家に戻ろう、とラーミンがガゼボからの小道を先導する。南の空にあった満月はちょうど屋根の上、少し西へと傾き始めている。赤いバラ達に見守られながら月光に照らされた道を歩く途中、ふと振り返れば黄金の月明かりに目を細めたパンが「やっぱり貴方にそっくりだ」と呟いた。