hatonyannyan
2026-03-21 01:54:21
1906文字
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歪む器

ヴくんがお着替えするだけ

声掛けもなく肩を押され無理矢理跪く体勢にされた。膝がじんじんと痛みを訴えるが腕に嵌められたクリスタルの枷のほうが余程辛い。
ベアラー風情が、と難癖を付けられないよう努めて視線を床に落とす。こうしてベアラーのような振る舞うのも随分慣れてしまった。だが己が感じる屈辱なぞ生き残るのには邪魔なだけだ。一番大事なのは生き残って、ジョシュアを殺した化け物を殺すこと。それ以外は───尊厳すらどうでもいい。
だから今回は、殊更慎重に立ち回らなければ。ドミナントであるジルはともかく、自分まで生かして捕らえられた意味が本当に分からない。 何の前触れもなく首を落とされたって不思議ではないのだ。今目の前にいるのはバルナバス・ザルム。召喚獣オーディンのドミナントにして強国ウォールードを統べる不老の王。そんな手練れ相手に隙などあるはずもない。
(けれど、どうにか切り抜けなければ。こんなところで、俺は死ねない)

人払いでも命じたのか、自分を連行した兵士たちが退出する気配がする。扉の音がして幾ばくかの沈黙の後、低く軋んだ声が落ちた。
「顔を上げろ」
目線はそのままに恐る恐る上体を起こすと、王はくつりと楽しげに笑った。
「哀れなものだな、クライヴ・ロズフィールド」
「ッ!?」
素性を知られているという驚きで思わず目を合わせてしまい、しまったと歯噛みする。こんな反応では本物だと言っているようなものだ。
「そう構えずともよい。私に従うと言うなら、お前に危害を加える気は無い」
とても信じられず黙って目線を外すと、間髪入れず顎を掴まれた。どこまでも静かな灰青の目に真正面から射抜かれて身が凍る心地がする。
「お前たち、と言ってやったほうがいいか?」
「ジルに手を出すな」
「シヴァのことか?あれは元よりお前のための贄。殺すつもりは無い」
五体満足かはお前の態度次第だが、と微かに口の端を持ち上げた。笑ったのだろうか?そうとするならばあまりにも不気味で恐ろしいけれど。
「次は無いぞ。どうする?」
「分かった、従う、だからジルは」
「口の利き方がなっていないが、まあ良かろう」
こうなるともうこちらに拒否権などなかった。バルナバスの思惑は分からないが兎に角頷くしかない。
「スレイプニル」
「ここに」
扉が開く音も足音もしなかったというのに、その白い男は唐突に室内に現れた。男の俺から見ても綺麗な顔だと思ったが、どこか造り物めいていて胡散臭い。
「着替えなさい。貴方はもうザンブレクのベアラーではなく、バルナバス様の所有物なのですからね」
男は抱えていた布を俺の前に置き、着替えに邪魔な枷を外した。ここで?と思い視線をやったが返ってくるのは有無を言わさぬ笑顔だけだ。溜息が漏れそうになるのを何とか堪えて手袋を外す。
装備に愛着などない。ロザリアを裏切った国のものだ。羞恥もない。今更だ。けれどいくら粗末とはいえ身を守るためのものを外すのは恐ろしかった。得体の知れない、この男の前では。
「殊勝なことだ、生娘のように泣くかと思ったが」
煽るようなバルナバスの言葉に努めて耳を貸さないようにして留め金を外していく。兵装が落ちて身体が軽くなる度心が重くなる心地がしたが見ないふりをした。そういうのは得意だ。昔から。
用意された服を手に取る。それだけで上等なものだと分かった。こんなのを使い捨ての盾ベアラーに与えるなんてどうかしている。ベアラーを着飾るなんて狂人扱い……下手をしたら役人に突き出されかねない愚行だがここはそもそも彼が全てを取り仕切る彼の国。逆らう者などいないのだろう。

袖から裾までむらもなく綺麗に黒で染められた服は確かに着心地は良いが、「クライヴ・ロズフィールド」とも「ワイバーン」とも違う人間にされたみたいだ。ベアラーの兵装に初めて袖を通した時にも感じた、己というものが死んでいく感覚。どの道もう「クライヴ・ロズフィールド」には戻れないのだろうが、今度は何にされるのだろう。この男が望む俺の形は、一体どんなものなのだろう。
「多少はましになったか。後でよく磨いてやれ、スレイプニル」
「御意に」
居心地の悪さにたまらず視線を落とす。確かに命は繋いだ、けれど……この男の下で俺は、ジョシュアの仇を討つという「クライヴ・ロズフィールド」の最後の欠片を失わずにいられるだろうか。もう何も落としたくないと、拳を握り締める。
「そう怯えるな。従順であればお前にも救いが齎されよう」
そんなものは要らないと言えたならどれだけ良かったか。だがクライヴでもワイバーンでもない何かに許されたのは、ただ黙して諾することだけであった。