桐子
2026-03-21 01:37:57
2940文字
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ルミナス⑦



『水木よ、下がっておれ』

裏鬼道に囲まれたゲゲ郎は、錫杖を持った男たちの攻撃を軽やかにかわし、あるいは錫杖を奪っては攻撃を打ち返していく。さすがにアクションクラブから派遣されてきたスタントマンたちは、派手なアクションが上手い。ゲゲ郎に掌底で突き飛ばされ、二階から落ちていく姿は、マットが敷いてあると分かっていても肝が冷える。
「うおらぁ!!」
最も大柄な男が鉞を持ち、襲い掛かる。ゲゲ郎は飛びのくと、テーブルの上へバク転で飛び乗った。その勢いで、片手をついて宙返りをしつつ、バルコニーの手すりへ追い詰められる。元より切れ目を入れていたバルコニーの手すりをむしり取り、その板を使い鉞に応戦する。そして、銃弾から逃げるため、ゲゲ郎は二階分の高さはあるだろう展望台へ下駄を履いたまま着地した。
「カット」
埋れ木監督の声がかかる。
ここから先はCGを使うため、残りはスタジオでの撮影になるのだ。カットの声がかかると、スタッフたちから拍手が沸き起こった。
「いや、あんたすごいな!アクション俳優になるつもりねえか?」
鉞を持った大男役のスタントマンが、ゲゲ郎にそう声をかけた。派手なアクションシーンはこの映画の売りの一つだが、あまりに激しいアクションが連続するので、アクションだけはスタントマンに任せる予定だった。
だが、ゲゲ郎は「そんなことせんでも、わしこのくらいできる」と言い切ったのだ。スタッフたちは強がりだろうと冷笑していたが、アクションの演技指導をする助監督が少し動きを教えただけで、ゲゲ郎はあっという間にアクションをこなしてしまった。
「いや、わしは俳優じゃからなあ。演技がしたい」
「それにしてもどこで習ったんだ。着物に下駄まではいて、大したもんだ」
「昔は山で暮らしておったのでな。足腰は強いんじゃ」
足腰が強いどころの話ではない。水木は立ち上がり、尻についたほこりを払いのけながら落ち込んでいた。自分だって、ゲゲ郎の役を演じるのならアクションは自分で、と思って稽古に通っていたのだ。だが、実際に彼ほど動けただろうか。いや、無理だ。あんな高さから飛び降りたりすることはおろか、銃弾が飛んでくる音に合わせて反応するなんて化け物じみたことできるはずがない。
「彼、本当にすごいですねえ」
孝三役の役者も感心したように呟いた。
……そうですね」
あまりに素っ気ない返事になってしまったか、と思ったが、輝くばかりの笑顔で「水木、今のどうじゃった」と駆け寄ってくるゲゲ郎のおかげで、そのことはすっかり頭から吹き飛んでしまった。
「すごいな、ゲゲ郎」
そう返すとゲゲ郎は照れたように頭をかいた。
「水木に褒められると、嬉しいのう」
本当に嬉しそうな顔をするので、こんなに嫉妬まみれの自分が汚いもののように思えてうつむいた。共演がよほど嬉しいらしく、ゲゲ郎はいつも「どうじゃった」と水木に感想を求めてくる。その笑顔が眩しくて、水木はいつも重い石を飲み込んだような気分になりながら、作りものの愛想笑いを張り付けていた。


「水木サン、お疲れーっす」
風呂上がりの一服をしていると、長田役の役者に声をかけられた。彼とは何度か共演しているが、ガタイの良さを生かした警察官や自衛隊の役が多かった。今回のような悪役はなかなか珍しい。最近では少なくなってきた喫煙仲間で、スタジオやテレビ局の喫煙所で顔を合わせ、ちょっとした世間話をする程度の顔見知りだ。彼はポケットから電子タバコを取り出し、うまそうに吸い始めた。
「あのゲゲ郎さん、すごいっすね。同じ事務所なんでしょ。いやー、才能の塊みたいな人じゃないすか。俺、びびっちまいましたよ」
軽いノリで話しかけてくる長田に、水木は曖昧に頷いた。やはりここでも一番に出てくる名前はゲゲ郎だ。
「ああ、そうだな」
「や、水木サンだってすごいっすよ? 酒盛りのシーンなんてちょっと泣きかけちゃいましたし。いい話だったなー」
「長田くんも、今までにない役なのに板についてて驚いたよ」
「へへ、あざっす!」
「ちゃんとした敬語が使えるんだっていう驚きだが」
「ええーマジすか。乙米ねーさんにも言われたっすよー『あんた軽すぎて台詞が軽いのよ』って」
長田は人懐っこく笑った。だが、今まで演じてきたのとは正反対の役柄で、明らかな配役ミスだと誰もが思っていたのに、長田は非常に魅力的な悪役を演じ切っている。それはきっと彼の演技力の高さでもあり、監督の配役の妙なのだろう。
「つかぬことを聞きますが、水木サンはゲゲ郎さんと仲いいんすか?」
……ああ、まあな」
「どういう関係っすか?」
質問の意図が分からなくて首を傾げていると、長田は声を潜めて言った。
「や、あの人、俺と水木サンが話してると」
「わしの話か?」
「うおっ、」
突然間近で声をかけられ、長田は大げさにのけぞった。いつの間にかゲゲ郎がすぐ後ろに立っていた。
「な、なんだお前、急に……
「長田くん、おつかれさまじゃ」
「あ、どもっす」
長田は軽く頭を下げた。ゲゲ郎はにこにこと人懐っこい笑みを浮かべている。その笑顔に毒気を抜かれて何も言えないでいると、長田は逃げるようにして行ってしまった。
「なんじゃ、もっと話したかったのに」
「気配を消して近づくな」
「別にそんなつもりはなかったんじゃが」
風呂上りなのか、ホテルの備え付けの浴衣を着ている。背が高いせいで寸足らずになっている。衣装の着流しはきちんと採寸されたものなんだな、さすがは衣装部だと
妙なところで感心した。
「長田くんと何を話しておったんじゃ?」
「別に、世間話だよ」
「ふうん……
ゲゲ郎はつまらなさそうに相槌をうつと、水木の隣に座った。
「なんだよ、お前は煙草吸わないだろ」
「一本欲しい気分なんじゃ。くれんか」
「なんだそりゃ」
「墓場ではくれたじゃろう」
「オンとオフを混同すんな」
そう言いながらも、水木は新しい煙草を一本とり出して手渡した。ライターで火をつけてやると、ゲゲ郎はうまそうに煙を吐き出した。
「のう、水木」
ゲゲ郎が口を開いた。その声が妙に低くて、水木はどきりとした。
「わしはな、この役をどうしてもやり遂げたいんじゃ」
……そうかよ」
「それで、この映画を撮り終わったら、おぬしに話したいことがあって」
「話したいこと? 今言えよ」
促すと、ゲゲ郎はふっと笑った。
「今はまだ、言えん」
「なんだそれ。変な奴」
水木は苦笑した。ゲゲ郎の考えていることはよく分からない。だが、話したいことがあるなら何でも言えばいい。
――――どうせ、この映画が終わったら、水木は二度とゲゲ郎と共演はしないつもりだ。これ以上、ゲゲ郎の演技を目の当たりにするのはつらかった。こうなりたいと憧れ、求めてやまないものを見せつけられるのは苦しくて、嫉妬でおかしくなりそうなのだ。
「ま、頑張れよ」
「ああ!」
水木は立ち上がり、ひらひらと手を振った。それを応援ととったのか、ゲゲ郎は明るい声で返事をした。
「じゃあ、明日もあるし先に寝るわ」
「ああ、ゆっくり休め」
その声が少し名残惜しそうだったのは、きっと気のせいだろう。