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kaede
2026-03-20 20:48:54
3515文字
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わかりたい弟(とわかってほしくない兄)のはなし
燐一
⚠️なんかこう…雰囲気で読んでほしい…
⚠️ご容赦
「どうかしたのか?」
兄さんにそう問われて、返答に詰まった。
どうかした、と言えばそうだし、どうもしない、と言えばそうとも言える。
どうかした、と返すなら僕は僕をどうかしているその原因について説明しなくてはならなくなるけれど、うまく説明できる気はあまりしない。だから、肯定はしにくい。
かと言って、どうもしない、と答えればいいのかといえば、それも違う。どうかはしているのだから、嘘をつくことになってしまう。
そんなふうに僕が選択しあぐねていたのが兄さんには。
「悩み事か?」
というように映ったらしい。僕を自分の部屋に誘って、最近何か面白ェことあったか? と笑っていた時の眩しいほどの賑やかさはすっかり薄らいでいて、僕を見つめて困ったように笑う。
つまり、僕を気づかってくれている。
悩んでいる、ということはない。というか実際、悩んでいるのかもわからない。悩む、ということは、何か解決したいことがある、ということだけれど、僕はそれを解決したいのかどうか、わからない。
だから兄さんに心配をかけてしまっていることが申し訳ないし、その優しさがとても嬉しい。
嬉しい。
兄さん。
「好き」
「
……
何が」
「兄さんが」
「
…………
唐突だな」
「どうして悩んでると思うの?」
「マジで唐突だな」
ふっと息を吐きながら、呆れ混じりに兄さんが笑う。僕が脈絡なく言葉をつないだから文字通りに呆れて、でも許容してくれたから、そういう笑い方になったんだろう。
でも、それは二回目の『唐突だな』に限った話だ。
一度目は? 一度目の『唐突だな』の時、兄さんはどうして、躊躇うような、困ったような、苦しそうな笑い方をしたの?
訊きたかったけれど、僕にはもう先にしている質問がある。その返答を待たずにさらに質問を重ねることはさすがに身勝手だ。それくらいの常識はある。
「何か面白ェ話しろ、っつってンのに、お兄ちゃんの顔見て黙り込んでるからだろ」
「確かに」
確かに、兄さんの言う通りだ。
最初は、学校や仕事の話をしていたはずなのに、いつの間にか、黙り込んでしまっていた、ように思う。あまり、自覚はないけれど。
兄さんの温かい声が僕を呼んで、兄さんの目尻が春みたいに柔らかくなって、くちびるを開くたびに花が咲き誇るから。
「で? お兄ちゃんになんか言いてェことでもあんのか?」
「好きだよ」
「
……
それはさっき言ったことだろ」
「ウム。特に悩みなどはないのだけれど、言いたいこと、というならそれだと思って」
「
……
そーかよ」
「兄さん、困ってる?」
嫌がっている、のかとも思ったけれど
……
どちらかと言えばそれは仮定として挙げただけで僕自身はあまりそう感じてはいないのだけれど
……
つまりどういうことかというと、兄さんからは、そういった僕に対する否定的な感情は伝わってこない。
むしろ、僕に対して何かしらを慮っている、というように、僕には見えた。
「僕は、兄さんを困らせてしまうことを言ってしまったのかな」
もしそうだったとしても、僕に悪気がないことは理解しているから、だから兄さんは僕を責めず、気づかって、困って、苦く笑っているの?
兄さんはやっぱり少し困った顔でじんわり笑った。
「かわいい弟に好かれて、困るわけねェだろ。嬉しいよ」
「でも」
「でも」
僕と兄さんの言葉が被る。
でも?
でも、何?
僕が口を閉じてくちびるを引き結んだから、それで兄さんは察したんだろう。先に兄さんが言った。
「なんでそんな目で俺を見るんだよ」
兄さんの手が伸びて、僕より大人の男の人をした手が僕の頭を撫でて、指先が少しだけ、僕の頬に触れて、小さな熱が咲いてすぐ散る。離れる。
兄さんはもう、笑っていない。
怒っているとか不機嫌とか、そういう顔でもなく。
強いていうなら、真剣な顔をしていた。
僕の内側見るために、瞳にすべての力を集めている、みたいな。
「そんな目、とは?」
兄さんは黙ったまま、何も言わない。一度くちびるを開いて、閉じたから、何かしら言いたいことは、あったのかもしれない。
「口にするのも憚られるような目をしていた、ということ?」
「そうじゃねェよ」
兄さんはため息混じりにそう吐いて、目を閉じて数秒眉間に皺を寄せたけれど、次に目を開いた時には僕だけを見て、愛しむような光を帯びて笑った。
「
……
好きだよ、一彩」
ああ。
とても。
とても嬉しい。
でも。
でも、すこし、
「ちがう」
「何も違わねェよ」
「ううん。だって」
僕がそこで言葉を切ったから、それで兄さんは、僕がろくに回答を用意していないと思ったんだろう。余裕を纏った声音で問う。
「だって、何だよ」
回答がなかったのは確かだ。ただそれは、明確さに欠ける、というだけで、まったくない、という意味ではない。
だから僕は、思考になる前の原子みたいな情報のかけらを慎重に取り上げて、何とか、意味のある言葉に変える。
「
……
足りない?」
足りない?
足りない。
多分、そう。
何が足りないのかは、わからないけれど。
でも、ひとつ、わかったような気がする。
僕が『どうかした』のは、多分、わかりたいからだ。
足りない『それ』が何なのか。
どうしてもわかりたい、わけではないけれど。
それがあった方が僕はもっと嬉しいような、そんな気がする。
兄さんがため息をつく。短くも、長くもない、判断のしづらいため息を。
呆れたのか、諦めたのか。
諦めた?
何を。
「何が足りねェんだ?」
「兄さんが」
兄さんが僕の名を奏でる声が、兄さんの瞳にあふれる春が、僕を彩る兄さんのくちびるが。
兄さんの発した『好きだよ』を構成している原子核のようなもの、多分兄さんの中にはあるのに僕からは見えない兄さんの何かが、足りない。
兄さんがまた、ため息をつく。白々しく。
「
……
俺に分身しろってか?」
「そういう意味ではなくて」
そういう意味ではない、とわかっているくせに。
つまりそれは、本題に触れたくなくて、敢えて話題を逸らした、ということだ。
どうして触れたくないの?
僕は、こんなにも、兄さんに触れたいし、触れてほしいのに。
兄さんの身体に動揺が駆け抜けたのが、僕の身体にも伝わってくる。多分、僕が急に抱きついたから驚いたのだろう。
僕も少し、驚いていた。こんなことするつもりなんて、素粒子ほどもなかったから。
でも、多分僕は自分の心に従ったから、こんなことをしている、という確信はあった。誇らしい気持ちとともに、あった。
ひいろ。
と、多分兄さんは、そう呟いたと思う。とてもおぼろげな声だったから、その大部分は僕が補完しなくてはいけなかったけれど、でも、僕は確かに、呼ばれたと思った。
だから僕は顔を上げようとしたのだけれど。それよりもわずかに早く、兄さんが僕をぎゅうっと抱きしめて、ごめんな、と泣きそうな声で呟いて僕の頭に多分口づけて、僕を包んでいた腕を緩める。ほんの数秒の出来事だった。
もしかして僕の思い過ごしだったんだろうか。それくらいに、現実味がなかった。いや、僕の気持ちが追いつかなくて、用意された映像を見ている、みたいな感覚に陥って、だから妙にふわふわした感覚になっているのだと思う。多分。
もう一度、してよ。
そうしたら、今度は絶対に、わかるから。
兄さん。
「ごめんな、一彩」
兄さんが笑いながらそう言って、僕の髪を優しく撫でる。まるで、口付けの跡を消そうとするかのように。ああ、やっぱり、思い過ごしなんかじゃない。兄さんは確かに、僕に口付けた。どうして兄さんは謝るの? 僕は嫌じゃなかった。嬉しかった。もっとしてくれたっていいくらいに。もっとほしい。足りない。
そう言いたいのに。
喉がやけに重くて、兄さんを呼ぶことすらできない。
どうして兄さんが謝ったのか、その理由の具体的なところは僕にはわからなかったけれど、きっと兄さんを今以上に困らせてしまう、と思ったからだ。
「
……
ごめんね、兄さん」
何とか出せたその言葉に兄さんは少し驚いたあと、おまえは謝らなくていいんだよ、と切なげに笑った。
兄さん。
僕は、兄さんを困らせたくない。
困らせたくないけれど。
僕はやっぱり、わかりたいから。
ほしいから。
だからきっといずれ、どうしたって兄さんを困らせてしまうと思う。
ごめんね、兄さん。
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