山茶花
2026-03-20 14:45:33
5699文字
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初心【208SK044】

一歩進む話/5400字/ピュア


 実は、たった今。僕は恋人として、シルバー先輩とお付き合いすることになった。今は告白の、その直後だ。
「じゃあ、その。……今日から、お前は、俺の恋人、ということで。よろしく、頼む」
「はっ、はい……っ!」
 なんだか甘くてこそばゆくって焦れったい空気の中、僕は尋ねる。
「こ、恋人って、何、する……んです、かね?」
……ええと。確か、セベクの読んでいた恋愛小説では、くちづけなどをすると、書いて、あった」
「キッ……!?」
 僕が驚いて真っ赤になっていると、シルバー先輩もつられたのか、顔をちょっと赤くした。
「そ、その。俺たちには、まだ早いかもな。他の順序を、考えよう」
「そ、そうですよね! えっと、……
 他の順序って言っても、何したらいいんだ? 僕が考えていると、シルバー先輩が手を差しのべた。でも、僕はそれにもなんだか慌ててしまう。だって、なんか、なんていうか、なあ!? なんか、こう、なんか、なんなんだこれ!!
「じゃあ、ええと。手、でも繋ぐ、か?」
「つなぐんですかっ!? 手を!? 握る!? もう!?」
「そ、そうか。たしかに、まだ、それも、早かったかもしれない。じゃあ、その。まずは……ええと、それじゃあ。交換日記、など、でも」
「交換日記……! それなら、なんとかなりそうです! さっそく一緒に、購買部にノート買いに行きましょう!」
「ああ、そうしよう」
 そうして、僕たちは購買部に1冊のノートを買いに行く。どんなデザインのがいいかなーなんて喋りながら、結局シンプルなドット罫線付きのノートを選んだ。レジが混むといけないので、先に片方が会計して、店の外でお金を受け渡そうってことになったので、僕は先に購買部の外で待ってる。
……
 付き合っちゃったぞ。シルバー先輩と。今日から、先輩との交換日記まで始まるんだ!
 嬉しくて思わずその辺を飛び跳ねたくなるけど、そんなの先輩に見られたらヘンな顔されるから、我慢する。
 そうしてたら、シルバー先輩が購買部から出てきた。僕は財布を取り出して、小銭を渡す。
「えっと、ノートは300マドルだから……、はい、150マドル!」
 そうして、小銭をシルバー先輩の手に渡そうとしたら。指先がちょん、と先輩の手のひらに触れてしまって。
「うわわっ!!」
 慌ててぱっと手を離す。その拍子に、小銭が散らばってしまった。
「うわっ、わっ、すいません……!! すぐ拾います!!」
「あ、ああ」
 僕は石畳や芝生に転がった2枚の小銭を拾い集める。シルバー先輩も、一緒にしゃがみこんで探してくれた。
……デュース」
「は、はい……。すいません、僕、なんか、浮かれてってか、意識しすぎて。馬鹿みたいですよね……
 しょげていると、シルバー先輩が、僕の頭を撫でようと手を伸ばして、そして、その直前で、やめた。
……いや。そんなことは、ない。俺も、その。お前に触れることを、……照れくさく、思っている、から」
 だから、きっと、同じ気持ちだ。シルバー先輩の言葉に、僕は、そ、そうですか、と。頷くことしかできなかった。

 それから、交換日記が始まった。交換日記は、まず僕から書くことになった。シルバー先輩は、書き方がよく分からなかったんだって。僕も書き方よくわかんなかったから、寮長に相談したら、「日記をつける? いい心がけだね。なら、その日にあったことや反省点、次への改善点を書き留めるといいよ」とアドバイスをもらえた。
 なので、僕は書いた。
『〇月×日 今日から、シルバー先輩との交換日記が始まります! えっと。今日は、小銭ぶちまけちまって、すいませんでした。先輩の手が、さわったなって思ったら、びっくりして、でも、嫌じゃなくて、その、嬉しかったっていうか、恥ずかしくて、慌てちまったんです! すいませんした!!』
 それでシルバー先輩に日記を渡して。次に返ってきた返事は、こうだった。
『〇月△日 困った。何を書いたらいいか、分からない。交換日記スタート、おめでとう。と、書けばいいのか? お前と、こうした形でも、言葉を交わせるのが、とても、嬉しい。俺も~……。(追記)すまない。昨夜、書きながら眠ってしまったようだ。次はちゃんと書く』
 ……途中で文字がミミズになってるのを見て、僕は笑う。日記書きながら寝ちまったんだな、シルバー先輩。
 なんだか僕がまだ知らなかったシルバー先輩の日常を覗き始められたみたいで、嬉しくなる。
 そっか。なら、僕も僕の日常を書いてみればいいんだ。エースと喧嘩したこと、グリムとメシ食ったこと、監督生とアイス食ったこと、エペルにりんごジュースもらって、ジャックと競争して、セベクに勉強教わって、オルトにざくっと刺されて……
 そんな日常を、僕は何度も日記に綴って、シルバー先輩に伝えた。
 シルバー先輩もそのうちこなれてきたみたいで、2年生の先輩たちの間のちょっとしたエピソードが、僕にも伝わるようになった。
 たとえば? ……そうだな。リーチ先輩が、グリムを洗ってるのを見た、とか。シルバー先輩が、グリムやオルトと一緒に、みんなの服を洗濯した、だとか。そういうことだ。
 シルバー先輩には世界がこんな感じに見えてるんだなあ、なんて思って交換日記を読んでいたら、エースは言った。
「何、最近やたらとノート見てニヤニヤしてんの? 気味悪いんだけど!」
「うるせえ! お前には関係ないだろ!」
 あっそ、とエースは興味なさげに聞いていた。ふん、まあいいだろ。……エースが何を言ったって、僕は今、すっごく幸せだからな!



 その少し後。一年生教室の廊下の片隅では、エースとセベクによって、こんな会話が成されていた。
「アイツら、最近何してんの? なんかデュースとシルバー先輩がこそこそやってるけど」
「奴らか。何、貴様が気にすることはない。アイツらはただ、恋人として……、交換日記をしているだけだからな!」
「は!? 交換日記ぃ!? いつの時代だよ!?」
「良いではないか、交換日記! 僕も出来るなら若様と日記を交換したいぞ! エース貴様、余計な真似はするなよ!」
「で、なんでお前は嬉しそうなんだよ!! 意味わかんねー!!」
「意味が分からなくて結構だ! 貴様のような情緒のない男には、この繊細さは理解できまい!」
「いやお前が偉そうなのが意味不明なんだけどオレとしては!? お前関係ないよねガチで!?」
 ……が、当のシルバーとデュースには、知る由もないことであった。
 


 そうして、二年生の教室に行って、恥ずかしくて声かけられなくてうろうろしてたらアジーム先輩に助けてもらったりしつつ、交換日記もしばらく続いたあと。シルバー先輩が、言った。
「デュース。……俺たちの日記も、だんだん慣れてきた。今日は、次のステップへ進む練習を、してみないか」
「次の、ステップ……!!」
 そうして、僕たちは。恋人としてする次の段階。「手を繋ぐ」に至るため、まずは手に触れてみるための練習をすることになった。
「よし。なら、やってみよう、デュース」
「はっ、はい! お願い、します!」
 そうして。僕たちは、互いに手を差し出しあって。……差し出し、あって。
 差し出して。……相手の、手を見つめて。ただ見つめて、数秒。数十秒。
 お互いの手を見つめ合ったまま、3分くらいが無言で過ぎた。
……えっと……!」
 これもしかして僕から行かなきゃいけなかったやつかな、と思い、勇気を振り絞ろうとする。
……
 すると、シルバー先輩が手を伸ばしてきて、僕の指先に、ちょん、とシルバー先輩の指先が触れた。
……っ!」
「ふわ……っ!!」
 その熱を感じた途端、お互いに、慌てて指を離す。そうしてからお互いの顔を見られなくなったまま、僕らは言った。
「きょ、今日は、この辺にしておき、ましょうかっ!」
「そ、そう、だな。少し、前進した、ものな。……大きな、一歩だ!」
 その日の交換日記は、何も書けなかった。
『△月×日 その。なんていうか。よかった、です』としか。
 返ってきた返事も、似たようなものだった。
『△月◇日 分かる。なんというか、良かった、と、思う』

 それから、また数日して。僕は学園長に手伝いを頼まれ、学園の資料を運ぶことになった。
 たくさんの紙の資料を持って運ぶから、目の前と足元がおぼつかず、思わず足が縺れて転ぶ。
「うわっ!」
「デュース!」
 そのとき、すかさず誰かが助けてくれて。
「いてて……、ありがとうございます……
「いや、問題ない……
 で、目を開けたら。まわりには、散らばった資料と、目の前には、オーロラ色の瞳。
 つまり、シルバー先輩の顔が、目の前にあった。
「うわわわわっ!?」
……あ、その、ええと、す、すまない! 今、退く!」
 シルバー先輩は、お、押し倒してる形、になってた僕の上から、慌てて退く。
 僕も身体を起こし、慌ててしゃがみこみ、資料を拾い集める。
 ……僕たちはお互い、「し、資料拾いました」「あ、ああ」の最低限以外、何も喋ることはなく。
 ただギクシャクしながら、黙って資料をかき集めていた。
……め、めちゃくちゃ近くに来ちまった! びっくりした!! いつかはこんな……!? い、いやいや! 違うって! 忘れろ!!)
 シルバー先輩は何故かその後すぐ、廊下の先で自分の頭を殴っていた。



 一方その頃、シルバーとデュースがいた廊下の片隅では。
「何なのホント!? じれってえしうざってえ!! アイツらの後ろから背中押してキスとかさっさとさせてきていい!?」
「ダメに決まってるだろうが貴様!! 奴らの邪魔をするなら容赦はしないぞ!!」
「だからなんでお前は応援気味なんだよ!! あれウブすぎて逆にメンドいだろ!!」
「うるさい!! いいんだアイツらはアレで!! なんか、なんかこう……こなれていたら、嫌だろうが!!」
「お前の解釈違いはどうでもいいんですけど!?」
 相変わらず、エースとセベクが喧嘩していた。恋の渦中にあるシルバーとデュースには、変わらず、知る由もないことであった。



 ……あれから。僕は、困っていた。もっと、シルバー先輩に近づきたいな、って熱が、高まっていて。
 交換日記の返事も、まだ書けてない。そんな中、ふと、学園裏の森を通りがかると、シルバー先輩がうさぎを撫でていた。
 ……いいな、うさぎ。僕も撫でてほしい。
 そんなことを思い、僕はシルバー先輩の元に駆け寄った。
「シルバー先輩っ」
「デュース」
 少しだけ、1歩分くらいの距離を取って、僕はシルバー先輩の隣に座る。
「すいません、日記の続き、まだ書けてなくて」
「ああ。……お前のペースで、かまわない。だが、何か……書きにくいことでも、あったのか?」
 そう聞かれて、僕はぎくりとする。その。書きにくいってことなら、あるんだけど。
 でも、先輩の言い方を聞くに、心配してる感じだ、これ。だから僕は、正直に言ってみることにした。
「じ、実は……。書きにくい、っていうか、その。書けなくて。なんていうか、あの、あの日、から。……もっと、先輩に、近づきたいな、って、思って、しまって」
……そ、そう、だった、のか。それは、仕方ない、な」
 また、僕たちの間に、気恥ずかしい沈黙が訪れる。うう、恋人の雰囲気って、こういうものなのか。毎回こうなるんだが。
 でも。その日は、違った。シルバー先輩の指が、ちょん、と。僕の置かれた手のひらに、少しだけ、端っこが触れて。
 それから、尋ねられた。
……触れても、いいか」
 僕は、うなずいた。
「は、い。どう、ぞ……っ」
……ありがとう」
 そうして、シルバー先輩の手が、そっと僕の手の甲に重ねられる。それから、少しだけ、ほんの少しだけ、力をそっと込められた。
……っ」
……
 僕は嬉しくなって、真っ赤になって、何も言えなくなった。シルバー先輩の方をちらりと見たら、向こうも僕をちらりと見ていて、目が合った。思わず、目を逸らし合った。でも、手が触れているから、離れられなかった。
 もどかしくて、気恥ずかしくて、でも、すごく嬉しかった。
……これで、正解、なの、だろうか……?」
「わ、分かんない、です。……でも、その。嫌じゃ、ない、です……
……そう、か。なら、良か、った」
 手を繋いだあとも、相変わらず、僕たちはギクシャクして。
 そして、いつのまにか茂みの奥に飛び跳ねていったうさぎが返ってきた音に驚いて、思わず手は離れてしまったけど。
……その。シルバー、先輩。あの、今日、すごく、嬉しかった、ので! また、手……っ、繋いで、ください……っ!!」
……ああ、もちろん。その、俺も。次を楽しみに、している。……本当だ」
 と、ちょっと恋人らしいやり取りをして、別れることができた。
 シルバー先輩に握られていた手は、離れたあとも、ずっと熱くて、暖かくて。何度も手のひらを見ながら、ニヤニヤしてた。
 僕たちの恋は、手慣れてる人たちから見たら、ひょっとしたらカタツムリみたいなのかもしれない。
 でも、これはこれで、先輩との大切な宝物になる時間だって予感がして、僕はぎゅっと手を握りしめた。



 一方その頃。
「だから遅えって!! ほんと焦れったいなアイツら!!」
「ふん、情緒のない貴様にはこの良さが分からないようだな!!」
「情緒ねえのはお前もだろうが!! 人の恋応援してないで自分の恋探せよやりたいなら!!」
「なんだと……!! エース貴様、そこへ直れ!! そのひねくれた根性、今日という今日は叩き直してやる!!」
「いーじゃん、やれるもんならやってみろよな!! 軽く詰んでやるよ!!」
 彼らを見守る友人ふたりも、相変わらずなのであった。

*おしまい