日記4

天星七星の日記

日付:2026年3月20日

数日前にデスマウンテンをママチャリで登ったからか、しばらく疲れが抜けず、今日になってやっと身体が軽くなったように思える。

あの日の登頂はとても大変だったけれど、山頂から眺める景色はとても綺麗で、ヲルカさんと一緒に登れたのが嬉しかった。
次はぱっくんも誘って行こう。

次の日は当然のように筋肉痛になり床に這いながら部屋のレイアウトを考えていた。
ヲルカさんが紅茶屋にまだ行ったことがなかったので2人で向かうと、とのさんが店頭に立っていた。
その後にシュシュベルも開けてくれて、買い物ついでにお店の内装、更にはとのさんの自宅の内装まで見せてもらった。
女の子のお部屋に男2人は流石にと思ったけど、ハウジングで頭を悩ませてはいたので正直とても助かったし、内装も素敵だった。
すぐに帰ってハウジングをし、疲れ切って寝て、気付いたら今日になっていた。

魔法カフェに久しぶりに出勤をしていると、とある記事を見かけた。
この街で人が亡くなった。
僕自身何回か事故や転落で死んでもおかしくない怪我をしても、救急隊の人が助けてくれた。
高度な医療技術を持つ救急隊がいる中で、救えない命を初めて見た。

僕は、この街は"死にたいと思わないと死ねない街"と思って今まで過ごしてきた。
なら、彼は死にたいと思ったから死んだのか?
生きることを手放すほどの何かがあったのか?
真相は誰も分からない。
全く関わりのない人だけれど、この街で初めて死を目の当たりにして、ある魔法の記憶がフラッシュバックした。
人が亡くなった時、魂が身体から分離する。
そしてそれを視る事が出来るという記憶。
その魂をどうするのかまでは思い出せなかったけれど、どうしてか記事の人の魂を探したいと思った。
もしかしたら自分も視えるのかもしれない。
何かを思い出せるかもしれないと。

魔法カフェを閉めた後、亡くなった人が流れ着いたという海岸へ向かった。
けれど何もみえなかった。魔法も使えないんだ。視えるわけがないんだとすぐに諦めた。
でも、少し期待してた自分もいた。
魂に関する記憶は、とても大事なもののような気がする。でも、思い出すのは少し怖い。
また自分が自分でなくなるような気がするから。


人は何をもって死とするのだろう。
身体は無くても、魂がそこにいたら、生きているのか。
記憶を、想いを、忘れなければ生きている事になるのか。
真の意味で死んだ人は、非可逆を超えるこの街にいるのだろうか。