2026-03-19 16:46:59
3639文字
Public 恒刃
 

強制酩酊

・ほんのり恒刃
・チョコで酔っ払う龍尊様のおまけ

 二相楽園の華やかな繁華街にて、丹恒は穹に飲み物を押しつけられて困惑しきっていた。普段、丹恒の無表情に近い顔も些か険しくなっており、傍目から見ても要求を断っている事は明白である。

「これも美味しいから!ほら!」
「いや、もう十分だ」
「無料だよ?飲まないと損だよ!」
 穹によれば、ドリームレス珈琲なる店舗で永久無料の権利を手に入れたので、飲まなければ損。と、なっているようだった。
 理屈は解るが、無料だからとて無限に飲める物でも無く、独占しては迷惑だとの丹恒の説教は、はしゃぎ倒している穹の耳には入らない。そも、丹恒と合流してから穹は数年ぶりに会ったかの如くあり、気分が盛り上がりすぎて暴走機関車のようになっているようだった。
「でも、消費期限が短いからテイクアウト出来ないんだよ?ここで飲まないと。ほら!」
 丹恒は既に『滑らか口溶け』抹茶ココナッツミルクシェイク。『キラキラ黄金』マンゴースムージーを飲んだ後だ。どちらも口に美味しくはあったが、量も多く、既に食傷気味になっている。
 しかもだ。穹が手に持っているのは『びっくりドッキリ』バナナパフェ。山のようなクリームに白玉団子、バナナペーストまでは許容出来るが、チョコクッキーが入っている。
 未だ敵がどこに居るかも解らない場所で、僅かでも酩酊する訳にはいかず、丹恒は懸命に断っているが穹が諦めてくれない。
「では、上のクリームだけ食べるから……
「全体のマリアージュを味わうのがパフェだよ!パフェって完全なデザートって意味だぞ!一部だけじゃパフェじゃないだろ?」
 丹恒が妥協案を出しても穹は全部を味わうよう押しつけてくる。本人は既に全ての商品を制覇済みで、同じように丹恒に味わって貰いたい気持ちが強すぎるようだった。
「小僧」
「え……?」
 不意に丹恒の背後から声がすると、穹が驚きの表情を浮かべて直ぐに破顔する。
「わー、久しぶり!これ上げる!」
 丹恒が振り返れば、見慣れない赤い衣服を身につけた元旧敵、刃が腕を組んで立っており、バナナパフェを受け取る姿があった。
「あちらに銀狼が居る。そんなに人にも飲ませたいなら持っていくがいい」
 刃が指差す方向を凝視し、穹は目敏く銀狼らしい人物の姿を視界に納めると、
「わー、ゲームしながら飲もー」
 そう、声を上げ、穹は新たに飲み物を注文して受け取ると直ぐに刃が示した方向へと走っていく。気力に満ち溢れた背中が実に眩しい。
「すまない。助かった……
「ふん……
 丹恒が礼を言っても、刃はどうでも良さげに鼻を鳴らすだけだ。会話をする気がない様子を見て、丹恒は店舗のカウンターに立つ女性へと金を渡す。
「すまなかった。彼奴が飲まなかった分は有料だろう?足りなかったら言ってくれ」
 無料の権利を受けたのは穹のみであり、他者に配るような真似は不利益を招く。自身や刃、銀狼が飲んだ分は支払いが必要になると考えての行動だが、店主は慌てたように固辞をする。
「英雄の星穹列車の方から受け取るなんてそんな……!出来ません!」
「しかし……
「受け取れる訳がないだろう。こう言う時は問答無用で置いていく物だ」
 丹恒が握った財布から刃が紙幣を更に数枚出し、カウンターに置くと腕を掴んで半ば引き摺るように移動する。
 背後から『ありがとうございました』と、大きな声がかけられるが、刃は応えず、口の端にストローを咥えてバナナバフェを飲みながら歩いている。

 人気の無い場所まで行くと、傍に在ったベンチに座り、刃は残りの白玉やクリームを掬いだして食べ終えると、空になった容器をゴミ箱へと放った。
「お前もここに来ていたんだな」
「あぁ、次の脚本がここだ」
 丹恒も並んでベンチに座り、話しかければ最低限の会話はしてくれるようで、以前、害する気は無い。とする発言に偽りはないようだった。

 爻光から不穏な未来を聞かされている丹恒は、空をぼんやりと眺める刃の横顔を眺める。
 『彼にそんなことは出来ない』丹恒は即座に断言し、刃を擁護するような発言をしてしまったが、彼の内に潜む倏忽が暴走すればどうなるのか想像がつかない。
 もし、そうなったら己が止めてやらねばならないのだが、彼の魔陰の症状を刺激しないために離れるが正解か、止めてやるために傍へ付いていた方がいいのか悩ましい。
「えっと、色々助かった……。感謝する」
「あんな場所で酔って下らん失敗をされても困るからな」
「知ってるのか……
 酒も入っていない菓子で酔うなど、通常の人間であれば予想出来るはずもない。 
 チョコレートに含まれるカフェインに似た成分が、人とは違う体質を持った丹恒の肉体に悪さをするらしく、脳中枢神経を刺激して恍惚状態や興奮作用を引き起こしてしまうようだった。
 珈琲では同様の現象は起こらないため、カフェイン自体は問題なく、チョコレート自体に含まれている成分のみが原因で、原因物質自体を避ければいいのだが、菓子好きの友人が居ると断るのも一苦労だった。
「チョコを食べたくないのなら、彼奴に理由を言えばいいだろう。はっきり言わないからしつこくするんだ」
 生真面目な気質を持つ丹恒は嘘が吐けず、つい素直に疾患ではない。嫌いではない。でも、要らない。そんな風に回りくどく断っている姿を見ていたのだろう。
 刃が呆れたように言えば、
「それが彼奴には通用しないんだ。絶対に『酔った丹恒が見たい』なんて返って盛り上がる……
 丹恒は頭を抱え、占わずとも容易に想像出来る未来を語る。
 穹は悪人ではないものの、平たく言えば列車内で最も愉悦に近い人物である。自身が興味を抱いた事、面白そうだと思ったことは躊躇無く実行してしまう悪癖。親友とは言え、奇人変人と一言では纏められない厄介さがある。
「一理あるな」
 長らく穹を見守ってきたであろう刃も、彼の気質を相応に把握しているのか同意してくれた。
「まぁ、チョコなんぞで酔っ払った挙げ句、甘えたになる貴様は面白かろう」
 刃が小馬鹿にするように片方だけ口角を上げて嘲笑う。
「俺は別に、甘えたりは……
 なのかや穹が来る以前。
 丹恒は姫子からほろ苦いチョコレートを分けて貰い、食べた後に盛大に酔ってしまった。その時の丹恒は完全に酩酊して立っていられなくなり、姫子に介抱されながらヘルタで検査をして体質が判明した事だけは記憶している。
 幼子のように甘える真似はしていないはずだった。
 そこまで考え、
「丹楓はそうだったのか?だが、俺は違うぞ」
「どうだか」
 訊けば刃は鼻を鳴らし、ベンチの背もたれに腕を預けてわざとらしく背を向けた。
 酔って甘え上戸になり刃、否、応星にべたべたと甘える己が前世の痴態を想像し、丹恒はげんなりと項垂れながら溜息を呑み込む。オンパロスで丹楓と邂逅し、不朽の力を受け継いでから蟠りは大方解消したと考えていたが、刃が丹楓と丹恒を同一視している様子を感じれば胸の裡に広がる不快感が拭いきれなかった。
 刃は過去の亡霊とも言えるが、今を生きている存在でもある。未来を見据えて生きて欲しいと願うのは彼にとっては苦痛でしかなく、傲慢な本質の表れなのか丹恒は悩む。

「では俺は行くぞ」
「どこに?」
 刃が立ち上がりながら告げた言葉に気持ちが焦ったのか、咄嗟に腕を掴んで丹恒は行き先を問う。
「貴様に伝える必要が?」
「あ、あぁ……、ないな……
 丹恒は掴んだ手を離し、地面と睨み合う。
 何故、引き留めようとしたのか。心配か。不安か。傍に居て欲しいのか。蕪雑になった感情は自信でも把握が難しく、言葉にならない。
「俺は……
 言葉を絞り出したとて、つづかない。
 どうにか刃が暴走してしまうような未来を回避出来ないか独り唇を噛んで考え込む。
「貴様は一人でうじうじ考えすぎだ」
 頭の上から聞こえた声に顔を上げれば、大きな手に顎を掴まれた丹恒は驚きに瞠目し、指らしい物が咥内に入り込んだかと思えば、次いで甘い塊が放り込まれた。
「貴様は少し酔っているくらいが丁度良いのかも知れんな」
 刃は悪戯を思いついた悪童の如く笑いながら丹恒の顔を離すと、直ぐに背を向けて歩き出してしまった。

 口の中で蕩ける食感。
 咀嚼して呑み込めば、甘さと香ばしさが後を引く。
 これは、懸命に避けていたチョコレートでは。と、気付くのに時間はかからず、丹恒は近くにあった自動販売機で濃いお茶を買い求めて飲み下す。
 一瞬、吐き出そうかとも考えたが、このような往来で嘔吐など出来るはずもない。出来ることと言えば、多く水分を取って成分を中和させ、早く排出してしまうことだけ。

 暫くして、『刃ちゃんに騙された!居ない!』などと叫びながら穹が合流した後にはほんのりと顔を赤らめ、何もない無を見詰めながら気怠そうに嘆息する丹恒の姿があった。