10008Senya
2026-03-19 07:12:45
10020文字
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空放オメガバース(中編)

空放オメガバース(中編)
こちら↓の続きになります。
https://privatter.me/page/69b68ec5c7e1b
空→α
放浪者→Ω
※オメガバースについての独自設定があります。
前後編の予定が伸びて前編中編後編になりました。
勢いで書いているので色々気になる部分があるかもしれませんがご了承下さい。

 迂闊だった。
 その一言では済まされない間違いを起こしたのだと気づいた時には、彼はもう空高くへと舞い上がっていた。
 空はαだがほかのαと少し違っていた。Ωのフェロモンを感知することはできるが、それによって欲情することは全くなかった。
 テイワットの外から来たからバース性はあっても生理反応は異なるのかもしれない、とモンドの錬金術師や生論派の友人が興味深そうに話していたことはつい最近のことだ。
 だからナヒーダから放浪者のバース性の話をされて、気の置けない友人として力になってほしいと頼まれても二つ返事で承諾した自分が今は恨めしい。万が一ということも考えて生論派の友人・ティナリに抑制剤を貰って服用してから会ったのに、バース性を聞かれて、その美しいかんばせが自分の方を向いた瞬間に、心臓が頭に移動したんじゃないかいうくらい大きな鼓動が耳に鳴り響いた。
 視界が滲んで、でも彼だけはくっきりと見えている不思議な状況。喉は渇いているのに口の中には涎がどんどんと溜まっていって嚥下する音で我に返る。
 耳に届いたのは距離を置こうという言葉で、次の瞬間には自分から逃げるように文字通り飛んで行ってしまったのだ。

 空は、放浪者のことが好きだった。
 自らの過ちを正すために歴史を改変しようと自分を犠牲にしてしまう危ういところや、傲慢に見えてもその本質は他者に対しての優しさを持っていて、そのアンバランスさがどうにも気になって仕方なかった。そうして気が付いた時にはほかの友人達とは違う「好き」を抱くまでになっていて、何か力になれればと思って来てみればこのざまだ。
「旅人、大丈夫か?すごく辛そうだぞ。もしかしてさっき飲んだ抑制剤が良くなかったんじゃないか?」
「大丈夫だよパイモン。それよりも、彼を怖がらせちゃったかも。Ωにとってαはやっぱり怖い存在みたいだから」
「それは、きっとあいつは旅人がテイワットのΩには反応しないって知らないからだって。今度また会った時に誤解を解いたら大丈夫だぞ」
 パイモンの言葉に空は返事をすることができなかった。
 反応しないはずの、αとしての本能。それが揺らいでしまった。
 そうなった理由が一つだけ思い当たる。ほとんど伝説のような話だが、αとΩには『運命』が存在し、一目見ただけでで互いにそれだと分かるらしい。
 そして番となれば最上が待っているという。『運命』の存在は自分の今世に存在するかもわからないほどの確率だと言ったのは錬金術師・アルベドかティナリのどちらであっただろうか。
 もしたら彼が、放浪者が空の運命なのだろうか……
「ナヒーダ、いや先にティナリかな。パイモン、気になることがあるからガンダルヴァ村に行こう」
「え?ああそうしよう。お前も一回、ティナリに身体を診てもらおうぜ!」
 空とパイモンは善は急げとガンダルヴァ村へと向かった。
  
+++++

『旅人に会ったことで発情期が引き起こされたみたいね。スラサタンナ聖処は封鎖したから、気にせずここで休んでいてちょうだい』
 スラサタンナ聖処の中、かつてナヒーダが捕らえられていた座に今度は自分が閉じこもることになるなんて、と熱に侵食されつつある頭で自嘲する。
 やがて熱は体の内に燃え広がり、すがる先もない指先がそれから逃れようと虚を掻き始めた。
 目を開ければ視界がぼやけて世界を滲ませる。荒い息遣いは自分のもので、呼吸を必要としない人形のはずなのにと、理解の範疇を超えた現象に翻弄される。
 目を閉じても浮かんでくるのはあの黄金の色で、煮詰めた蜜のようなどろりとした光が脳にこびりついて離れない。
 彼は十中八九αだろう。自らの体の反応を鑑みるにおそらくαの中でも極上の。
 あの熱のこもった視線を見るにおそらく番はまだいなさそうだ。そう思っただけでぶわりと喜びが胸の内を満たし、口角があがるのを止められない。
 咎人である自分に名を与え、仲間として迎え入れてくれて、これ以上、何を望むのか。
 優しい空のことだから、きっと番にはなれなくても発情期の切なさを満たそうとしてくれるかもしれない。
 いや、いくら空でも貞操にかかわる願い事は拒絶するだろう。
 しかしαであれば、Ωのフェロモンでもしかしたら……
 身体も脳も空を求めているのは明白で、その浅ましさに嫌気がさす。
 さっき飛んで逃げたのは空がαだと分かった瞬間に、みじめったらしく彼にすがりつく自分が頭に浮かんで、そんな醜態を彼に見せたくなかったからだというのに。
 自分が蔑んでいた獣そのものだという事実を晒して彼に失望されたくないのに。
 空に軽蔑されるくらいなら、熱にもがき苦しむ方がましだと言い聞かせているのに、それでも彼を求めてやまない。
 触れてほしい。見てほしい。ぐちゃぐちゃにしてほしい。誰にも踏み荒らすことを許さなかったこの身のすべてを。

 苦しみは嗚咽となって、空間にむなしく響き続けた。

+++++

 ガンダルヴァ村のティナリの家で空は診察を受けていた。
 全身を診るということでパイモンはコレイにつれられてレンジャーの詰め所へと行ったため、部屋には空とティナリの二人きりだ。
「聞いている状況から察するに、旅人の言う通り運命の番の可能性は否定できないね」
 ティナリは旅人の検査結果を眺めながら努めて冷静に告げた。
 しかし運命の番の例は少ないということで、学術的興味が抑えきれないのか耳はせわしなくパタパタと動いている。
「でも、あんまり嬉しそうじゃないね。その相手と、なにかあった?」
「いや、その。に、逃げられちゃったんだ。相手に」
「逃げられた?もしかして、手をだしちゃって相手が驚いたとか?」
「手を出し、ってそんなことはしていないよ!でも、少しぼーっとしちゃって、その時に変な表情をして怖がらせたかもしれない」
 あー、とティナリは思い当たる節があるようだ。
「もしかしたらラットになりかけていたのかもしれないね」
「ラットって、αの発情期だよね?抑制剤は飲んでいたけど効かなかったってこと?」
「うん。飲んでいたから『なりかけ』で済んだんだと思う。本格的になっていたら今ごろその相手を追いかけていると思うから。念のため今日はこの村に留まることをおススメするよ。抑制剤で押さえつけちゃったから、具合が悪くなってくるかもしれないし」
「うん。じゃあお言葉に甘えて今日は泊まらせてもらうね」
「良かった。きっとコレイも喜ぶよ」
 ティナリは空のカルテを見直して、ふと口を開いた。
「差し支えなければでいいんだけど、そのお相手って誰だか教えてもらえるかな」
 相手は放浪者だと空が告げるとティナリは驚きはしたものの納得した。
「ありがとう。念のためビマリスタンの方に共有しておくよ。もしかしたら向こうも予定にない発情期になってケアが必要かもしれないから」
「え……?」
 向こうもと聞いて空は血の気が引いていく。
 発情期になればそのフェロモンに数多のαが引き寄せられるだろう。ナヒーダの話では教令院の内外で多数のアプローチを受けているとも。
 普段とは違う無力な状態では無体を働く輩に手籠めにされるかもしれない。
 大切な番が。
 胃のあたりがカッと熱くなるような感覚が沸いてきて、目頭が熱くなる。
……びと、旅人。大丈夫?」
「!あ、ごごめん、ちょっとまたぼーっとしちゃって」
「やっぱり体調がよくないみたいだね。すぐにベッドを用意するから待ってて」
 そう言ってティナリは部屋から出て行って、空は頭を抱えて項垂れた。
 誰かが彼に触れるかもしれないと思った瞬間に独占欲がとめどなく溢れてくる。
 αの本能に戸惑うと同時に、こんなにも強い、恐ろしい感情に放浪者は晒されているのかと思い知って申し訳ない気持ちになった。
 恐らく放浪者は、空の独占欲の片鱗を感じ取り逃げたのだろう。
 それに加えて中途半端とはいえラットにあてられて発情期まで引き起こされているかもと思うと気持ちがせいた。
 彼を助けるつもりで会いに来たのに、彼を追い詰めることになるなんて。
「  」
 彼に授けた名前を呼ぶが、当然ながらそれに応える声が聞こえることはなかった。

+++++

 最後に意識を失ったのはいつだったか記憶がない。
 目覚めた時には熱の奔流は鳴りを顰めてはいたが、着ていた服は体液でひどい有様になっていて、外に出るのも憚られるほど。
「クラクサナリデビ、見ているんだろう?」
『ええ。もう大丈夫かしら?』
「ヒートは終わった」
 放浪者の言葉を確認すると、ナヒーダはスラサタンナ聖処へと入ってきた。体を拭くタオルや就寝服のような着替えを放浪者に渡して心配そうに見つめる。
「気分はどう?急な発情期で身体にも負担がかかっていると思うのだけど」
「前の時と同じだ。自分の体がままならない歯痒さを、いやと言うほど味わわされる屈辱が上塗りされたくらいだ」
 そう答えると、ナヒーダは悲しそうに眉尻を下げた。
「ティナリから報告が上がっているのだけど、旅人もあなたに会った後、少し体調を崩したらしいの」
「!なんだって?」
 ヒートの余韻を引きずっていた脳が一気に覚醒する。
 旅人が?どうして?今は大丈夫なのか?
 聞きたいのに思うように動かず言葉に詰まっていると、ナヒーダは小さい子どもに言い聞かせるように話しはじめた。
 旅人はαだが、これまでどのΩのフェロモンにも反応しなかったこと。
 放浪者に会う前に抑制剤を服用していたこと。
 それにも関わらず放浪者を見た時からαの発情期であるラットが出かけていたということ。
「まだ推測の域でしかないのだけど、旅人とあなたはいわゆる『運命の番』である可能性が高いわ。だから旅人は抑制剤を飲んだにも関わらずあなたに反応したの。あなたが予定にないヒートに見舞われたのも、旅人のラットに呼応したからだと思うわ」
 運命の番。
 バース性について調べた放浪者はその言葉の意味を勿論知っている。
 αとΩには運命の番が存在し、結ばれれば最上の幸福を約束されるという。
 αにとっては己の能力を向上させることになり、Ωにとっても『これ以上にない幸せ』を手に入れることができるという。
 通常の番契約と変わりないのではと放浪者は思ったが、比べ物にならないと言う。
 特徴としては、会った瞬間に『運命』だとわかる、とも。
「生憎だけど、これまでの凡例にあるような衝撃だとかそんなものは旅人に感じなかった。だから違うんじゃないか?」
「でも他のαには感じなかった感覚はあったんじゃないかしら?覗き見るつもりはなかったのだけど、ヒート中のあなたは何度も彼の名前を呼んでいたわ」
「チッ、……ああすまない。君に対してじゃない。自分に対してだ。確かに、思い返せば旅人の姿を見た時に視界が滲んだり感覚が鈍るような変化はあった」
「やっぱり。あなたも旅人も、一般的なテイワットの人間とは異なるから凡例とは異なる症状が出ているかも知れないわ。……こんな事を言うのは少し憚られるのだけど、あなたと旅人が番になるのが一番良い気がするの」
「それはお断りだ」
 間髪入れずに拒否をする。
「どうして?確かにいきなり親密な関係になるのは感情がついて行かないかも知れないけれど、これからのリスクを考えるとあなたにとってはメリットの方が大きと思うのだけれど」
「僕は咎人で、旅人は、それこそ数え切れないほどの『輝かしい称号』を持っているじゃないか。向こうにとってはデメリットでしかない。それともそれを凌駕するくらい『運命の番』とやらはメリットがあるのかい?第一、彼が僕を番にしたいとも限らないじゃないか」
「称号はあくまで外から与えられたものよ。でもあなたの言う通りまずは本人同士の気持ちを確認するのが大切ね。じゃあ早速場を設けるから二人でゆっくり話すといいわ」
「おい、僕の話を聞いていたのかい?お断りと言ったじゃないか」
「そうね。でもあなたは外聞のメリットデメリットだけを論じて、感情の面では『嫌だ』とは言っていないと私は感じたわ。番になりたいかどうかは確かにバース性の影響が大きいかも知れないけれど、お互いの意思を確認してから決めても良いと思うの」
 ナヒーダが一歩も引かないのを感じ取り、放浪者は渋々承諾した。
「でも会ったとしてまたお互いに発情期ヒートとラットになってしまったら話し合いもできないじゃないか」
「そこは教令院こちらで対策を取るつもりよ。あなたの安全はきちんと確保できるように手配ができたら連絡するわ。そんなに時間はかからないと思うから、あなたはしばらくゆっくりしてね」
「ああ分かった」
 釈然としないまま、放浪者はスラサタンナ聖処を後にした。

+++++

 番になると言うことは、社会的なパートナー契約である結婚よりも深い。
 互いを唯一無二とし、片方が失われた際は耐え切れぬほどの苦痛と悲しみを負うという。
 特にΩにとっては死に至らしめる程の喪失感を味わうことになり、実際、番のαの死後、後を追うように衰弱死する者も少なくない。
 寿命というものが存在しない人形の番になるということは、不死にも近い長寿の者でなければ務まらないだろう。
 だからナヒーダは、外から来たおそらく長く生きることができる旅人が放浪者の『運命』であったことが素直に喜ばしかった。
「もしかしたら彼に名前を与えたことでテイワットとの繋がりが強くなって、この世界のバース性と親和性が生まれたのかも知れないわ」
「それで僕に反応するようになったと?」
「可能性としては大いにあり得るわ。この世界で旅人と特に強い繋がりがあるのはあなただもの」
……結局僕は、彼をこの世界に縛り付けてしまったということか。いずれ彼は、彼の家族とテイワットを去るかも知れないのに」
「もしそうだとしても彼ならきっとテイワットに何度も遊びに来てくれるわ」
 星の間の移動をまるでただの旅行であるかのように言ってのける様に放浪者は何度目かわからないため息を吐いた。
「それで、手配ができたときいたのだけど、彼はどこに?」
「ええ。ラザンガーデンで旅人が待っているわ」
 そうして放浪者がラザンガーデンに行くとふわふわとした金色の髪の毛が目に入り、まるでそれ自体が発行しているかのようにまぶしく感じた。
 旅人だ。彼の姿がまるで切り取られたかのように浮かんできて、ラザンガーデンの美しい風景が滲んでいく。
「あ!笠っち」
 名前を呼ばれて放浪者の意識はクリアになっていって、空の近くに白い浮遊物とぴょこぴょこと揺れる大きな耳と大きな耳がついた被り物をした人物がいる事に気が付いた。
 パイモン、そしてティナリとセノだ。
「こんにちは笠っち。体調はどう?」
「別に。ちっこいのはともかく、どうして君達までいるんだ」
「旅人の主治医兼ストッパー役かな。クラクサナリデビ様から聞いていると思うんだけど、旅人が前に君と会った時にラットになってしまったからそれの対処役。もし君に無体を働きそうになったらセノが取り押さえてその間に僕が麻酔弾で眠らせる算段になってる」
「え」
 ひくっ、と放浪者は思わず顔を顰めてしまう。英雄である旅人にその対応は許されるのか!?と。
「君は気にしないで。俺がそうして欲しいってナヒーダに頼んだことなんだ。特別扱いせず、同意なくΩに乱暴を働こうとする輩とおんなじ対処をしてほしいって」
「だからと言って素直に従うなんて……
「笠っちは教令院の遊学者で俺たちマハマトラが守るべき対象だ。当然の対応だから笠っちは気にしないでくれ」
「そうそう。こちらとしても、麻酔が旅人に効くか興味のあるところではあるし」
 そう言って笑みを浮かべながら吹き矢をちらつかせるティナリに、教令院を卒業した人間は総じておかしい奴らが多いと放浪者は認識を新たにした。
「ちなみに足はこの柱に鎖で繋いでいる」
「はぁ!?」
 放浪者が旅人の足元に目を向けると、鉄枷が嵌められており鎖が柱に繋がれていた。
「ここまでやる必要がある?やりすぎなんじゃないのか?」
「君を怖がらせたくないんだ」
 こちらに危害が及ばないように自ら拘束をして、もしもの時は取り押さえられることも覚悟して、それでもなお対話を望んでいるのならそれに応えなければならないだろう。
「わかった。だけど、話し合いにはこのストッパー達もこのまま同席するのかい?」
「いいやそれはさすがにね、君たち二人の大事な話し合いだから、声が聞こえないところで見守らせてもらうよ」
 ティナリがじゃあ、と言うと三人は少し離れた場所、しかし姿は見えるようにして放浪者と旅人から距離をとった。

 聖なる樹のざわめきや遠くには教令院の学生たちの声も聞こえる。
 近くには監視者もいて、何かあった際には誰かがすぐに気が付く。
 程よい雑音と、屋外という環境は部屋の中よりも開放的でリラックスできるだろうというナヒーダの心遣いを放浪者は感じた。
「体調はどう?ナヒーダから、またヒートになったって聞いて心配したんだ」
 しばしの沈黙を破ったのは空だ。
「別に今は何ともない。そっちこそ、ラットだっけ?僕に会ったせいでαの発情期になったと聞いている。なのにまたこうして会うなんて、正気とは思えないね」
 放浪者の言葉に旅人はバツが悪そうに目を伏せるが、またまっすぐに放浪者を見た。
「俺の方は抑制剤も飲んでいたから、少し気分が悪くなっただけですんだよ。それに、君を、その……
「?なんだい。はっきり言いなよ」
「君を、怖がらせてしまってごめん」
「え?」
「あの時飛んで逃げてしまったのって、俺が怖かったからだよね?αで、ラットになりかけて君を襲うかもしれないって君は怖くなって、って思ったんだ。自分がαなのに、Ωである君に不用意に近付いてしまって本当にごめん」
 深く頭を下げられてしまい、放浪者は内心焦った。あの場から逃げたのは確かに旅人の、空の目に浮かんだ熱がαのそれだという事に起因しているが怖くて逃げたのではない。
 空にあさましく縋りつきそうになる自分が許せなくて物理的に距離を取ったにすぎず、案の定、その後のヒートでは空に蹂躙される様を妄想し地獄の一週間をむなしく過ごしたのだ。
 真実を知られるのはあまりに恥ずかしいが、誤解されるのも本意でない。どう説明したか考えあぐねていると、空は続けて言葉を紡いだ。
「君の言う通り、お互いフリーのαとΩだからあまり一緒にいない方がいいかもしれない。でも、俺は君と疎遠になりたくはないんだ。だからと言って番にとは思っていない。これ以上君を縛るものを増やしたくないし、何より君の意思を尊重したいんだ。もしかしたら、すごく難しいのかもしれないけど……
……
 理性によって紡がれたその言葉はおそらく本心だろう。だが、放浪者は空の目の中にあの鋭い光が灯っているのを感じて、また視界が揺れる。
 やはり、空は運命の番なのだろう。たかが視線一つでこんなにも揺さぶられる。
……もし、僕たちが番になったとしてももとより囚人なのだから、今更何か変わることはない。君のそれは杞憂だ」
「え?」
 驚きと、隠せないほどの喜びが顔に浮かんでいる。やはりαΩと番になりたいのだと否が応でも思い知らされる。放浪者自身も、空が本当に望むのであれば運命同士が番になるのが一番であるのは理解している。でも本能がそうさせているのであれば、彼自身の感情はどうなる?
……客観的に見ても、君と僕が番になるのが一番収まりがいいのは分かっている。でも君は僕と番になりたいのかい?ラットだかヒートだか、発情期中は情欲に浮かされて気にならないかもしれないけど、僕と一生解けない関わりができるなんて、嫌じゃないのか?」
 突き放すために言っているのに、一つ一つ言葉に出せば出すほど放浪者の胸は苦しくなっていく。本当は一緒にいたいという願望がどうしようもなく浮き彫りにされていくのだ。
 自分の運命だからということもあるかもしれないが、もとより空は放浪者が何者であるかを知る数少ない者であり、素性を取り繕ったりすることも必要がない相手だった。
 さっきの言葉はもしかしたら震えていたかもしれない。今だって気を緩めれば表情が崩れそうだ。
 空の方を見れば、驚いたような顔をして、そして、またまっすぐに放浪者を見た。
「俺は、■■が運命で良かったと思っているよ。互いに秘密を共有しているってこともあるけど、それ以上に君のことを放っておけないんだ。最初にナヒーダからΩに分化した話を聞いた時も、君が辛い目に遭っていないか心配になって居ても立ってもいられなかったんだ」
「それは、お優しい旅人のことだから僕じゃなくても同じ行動をしたんじゃないのかい?」
 空は、それは違う、と首を振った。
「本当のことを言うと、君がΩだと知って嬉しかったんだ。もしかしたら番になれるかもしれないって。そうしたら■■はずっと俺と一緒だって。運命のΩだからじゃない。君だから、番になりたいんだ」
 熱のこもった声が鼓膜を震わせる。
「■■のことが好きなんだ。君がΩになる前から」
「!」
 それはまた、何とも都合のいい、と言おうと思ったのに言葉が出てこない。目頭が熱い。視界が滲む。
 さっきまで苦しかった胸の内に広がるのは喜びの感情だ。
「これが俺の嘘偽りのない気持ちだよ。今とは言わないけど、できれば、君が俺のことをどう思っているのか返事をきかせてほしい」
 嬉しい。その素直な気持ちを伝えられればいいのに、信じられないでいる自分に嫌気が差す。
 立場だとか一時の気の迷いだとかもっともらしい理由を述べているけれども、結局のところ一緒になった誰かがまたいなくなる恐怖が根底にあって、番になっても、いつか空がどこかに行ってしまうことを恐れている。
 いっそ、理性を飛ばしてその胸に飛び込めたらどれほどよかっただろう。
……返事は、いつ、返せばいい」
「いつでもいい。■■の気持ちが固まってからでいい」
「なんて適当な。一か月か一年か……もしかしたら五百年も先になるかもしれないのに」
 放浪者の言葉に空は目を丸くして、そして噴き出した。
「その間、ずっと俺のことを考えてくれるってこと?それはそれで嬉しいかも」
「急に元気になって忙しないやつだね。まあ五百年は冗談だ。無駄な時間を過ごすつもりもない」
 恐怖はある。その中に存在している喜びの感情を素直に伝えることもできないでいるが、答えはもう決めている。
 放浪者はくるりと後ろを向いて空に背中を見せる。
「これが僕の答えだ」
 そして首の後ろ、項を守るチョーカーに手を掛けるとそれはあっさりと外れた。
「!?ま、えっ!?」
 チョーカーの鍵はナヒーダが保管していて、放浪者がいいと思った相手ができたら外す手はずになっていると空は彼女から聞いてた。
 しかし、鍵は既に外されていて……つまりこの話し合いに来る前から放浪者は決めていたのだ。
 空の番になるということを。
「僕の気が変わらないうちに噛んだ方がいいんじゃないのかい?」
 彼の得意な揶揄うような声色だが、空はそれがかすかに震えているのを聞き逃さなかった。
 本当は、手を伸ばして腕の中に閉じ込めて、すぐにでも嚙みつきたかった。
 でも番になる瞬間、Ωは強烈な快感を得るというし、空も、噛むだけでは済まない気がして、拳を握りしめて理性を働かせた。
……次の、■■のヒートの時に噛んでもいいかな?」
「え?」
「多分、その方が、いいと思うんだ。ヒートが終わったばっかりなのに、項を噛んでまたヒートになったらしんどいよね?それにこっちもちょっと準備をしたいんだ」
 項を差し出して断るなんてどうして?と放浪者が振り返ってみると、目は潤み、眉尻は下がり、しかし目は煌々と輝いていて口の端はわずかに上がっている、なんとも複雑な表情をしている空と視線が交わった。
 まるで目の前のごちそうが食べたくて仕方ないのに待てをさせられている犬のよう。
「それまでに、本当に番になっていいのかもう一度考えてくれてもいい……多分、もう逃がしてあげられないと思うから」
……そうかい。じゃあ、準備が整うのを楽しみにさせてもらうよ」
 放浪者の返事を聞いて、空は嬉しそうに笑い、遠くにいる三人に話は終わったと手を振った。