冬牙
2026-03-19 01:33:45
4782文字
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【espilver(エスシル)】異世界スローライフ:エピソード2

※異世界スローライフシリーズの続きになります。
前回のお話をまだお読みでない方は先にそちらを読んでいただきますよう、よろしくお願いします。

※誤字・脱字等ございましたら申し訳ございません。

【2:一夜明けて】

夜が明け、シルバーは目を覚ます。昨夜はなかなか寝付けなかったが、ベッドが思いのほか寝心地が良かったのでなんとか寝ることができた。隣を見るとすでにエスピオの姿はなく、窓から朝の柔らかい日差しと風がカーテンを揺らしている。

「エスピオ……?」

 ぼんやりした頭で呼びかけてみても返事がない。しかし、エスピオのいたベッドにはまだわずかに温もりが残っていた。シルバーが目を擦りながら部屋を出ると、リビングの窓際で静かに瞑想をしているエスピオを見つける。
 邪魔にならないように洗面台に向かい顔を洗い、冷たい水で寝ぼけた頭を起こすと昨夜のことを思い出して仄かに体に熱が戻る。慌ててその熱ごと拭うようにタオルで水滴を拭き取った。

 リビングに戻って食べるものを探す。昨日の残りの野菜や果物があったはずだとシルバーが冷蔵庫を覗いていると後ろから気配を感じた。

「じぶんも手伝おう」
「あ、悪い……邪魔したか?」
「瞑想のことか。それなら心配せずとも先ほど終えたところだ」
「そっか……
「どうした?」
「えっと……

 シルバーは少し照れくさそうに目を逸らしてから嬉しそうに微笑む。

「その……、おはよう」
「ああ、おはようシルバー」

 素直に照れるシルバーにエスピオは優しく微笑む。そうしてややぎこちない距離感のまま朝食を終えた2人は、設計図を眺めていた。

「あのさ……。やっぱりベッドは2つあったほうがいいと思うんだ」
「同感だ。いつまでもあのままではおぬしも息苦しいだろう」

 シルバーは「そういう意味じゃないけど」と申し訳なさそうに言いつつ話を続ける。このままではオレが気が気じゃない。と思いながらも本音を言いだせるはずもなかった。

「街に家具を売ってる店もあったんだが、オレたちはまだこの島で使われている通貨を持ってない。せっかくだから自分たちで作ってみるのはどうだ?」
「うむ……。では材料調達か」
「街に行くついでに、住民に協力してもらうのもいいかもしれない。設計図をくれたってことは、作り方も理解してるはずだ」
「交渉は面識のあるおぬしに任せてよいか?」
「ああ、任せてくれ!」

 そうして2人は街に向かった。シルバーは昨日ベッドの設計図を渡してきた住民を探しに、その間エスピオは透明化を利用して街の噂話などの情報を集めることにした。
 エスピオが人の気配を探しながら街の外れまでやってくると、住民の男たちが話しているのを目撃する。なにやら人探しをしているようだ。

「やあ、ルーシーを見なかった?」
「困りごとかい?ルーシーなら北の花畑のほうに向かっていくのを見たよ」
「いやあ、昨日彼女を見かけた時、なんだか元気がなかったみたいに見えてさ。疲れてるんじゃないかと思って、食べ物でも差し入れてやろうと思ったんだよ」
「それはいい案だね。じゃあこれも持っていきなよ。さっき獲れたばかりの新鮮な魚さ。塩焼きにすると絶品だよ」

 ルーシーを探している男は「ありがとう」と魚を受け取ると、手を振って島の北へと向かっていった。エスピオはルーシーの様子がおかしいことが気になり、男のあとをつけることにする。警戒心という言葉を知らなさそうなこの島で物音を立てずに男のあとをつけるのは容易なことだった。

 花畑につくと、ルーシーは1人海岸で海を眺めながら佇んでいた。エスピオは透明化したまま物陰に隠れて男とルーシーの会話に静かに聞き耳を立てた。

「やあルーシー。元気かい?」
「あらおはよう、私はいつだって元気よ」
「そうかい。昨日は新しい人がきたーって街中走り回ってさ、ちょっと疲れてるんじゃない?」
「そんなことないわ。久々に新しい人が来たんだもの。しかも2人もよ。こんなこと滅多にないんだから、これからもっとこの島を盛り上げなくちゃ!」
「彼らに島をでてほしくないのかい?」
「それは……

 言葉につまったルーシーに男は優しく問いかけた。

「前にいなくなった人のこと、思い出していたんだろう?彼女がいなくなってから、たまにこうして海をぼんやり眺めている君を見る気がするよ」
……うん。元気にしてるかなぁって、時々思い出しちゃうの。ずっとここにいてくれるって、勝手にそう思い込んでいたから」
「無理もないさ。あんなに仲が良かったんだから」

 男の言葉を聞いてルーシーはもう一度海のほうに向き直る。そして遠い空を見上げて語り始めた。

「私は島人たちの中で、唯一ここで生まれ育った。私にとってはここがすべてだけど、みんなには故郷がある……。私にとってここが大切な場所のように、みんなにとっても元の世界は大切な場所なのよね」
「そうだね。僕のいた世界はロクな世界じゃなかったけど……まあ、人によるさ」
「みんなが元の世界に帰りたいって望むことを、私に引き止める権利はないわ……わかってる。でも……みんなにとって、ここが新しい故郷になったら嬉しいの。もし、みんながいなくなったら……

 ルーシーは男のほうを振り返って困ったように笑う。

「私……またひとりぼっちになっちゃう」

 その表情は、少し距離が離れていたエスピオの目にも昨日会った彼女とは別人のように儚く切なげに見えた。

「安心してルーシー。そうはならないさ。今もこうして僕たちはここにいるだろう?それは君がかわいそうだからじゃない。この島で生きたいと自分で選んだ結果だよ。そしてそれを実現させたのは、君の努力あってのことさ」
「そうかしら……そうだといいんだけど」
「ほら、これを食べて元気をだして。新鮮な魚もあるよ」
「まあ!さては彼からの差し入れね?ありがとう、心配させちゃってごめんね」
「そうだ、今度一緒にキノコ狩りでもどうだい?君の好きなマッシュルームを集めて島のみんなでバーベキューをするんだ。新しく来た彼らも呼んで、歓迎会にしよう。きっと楽しいよ」
「いいアイデアね!きっと忘れられない思い出になるわ。そうと決まればさっそくみんなに呼びかけなきゃ!」

 いつの間にかルーシーはすっかり元気を取り戻し、男を取り残したまま街へと一目散に走っていってしまった。

「あ、ちょっと!……まったく、相変わらずだなあ」

 男がルーシーのあとを追うようにゆっくり街へと帰っていくのを確認してエスピオは自身の透明化を解除する。

……ううむ」

 今までルーシーやこの島の住民たちを疑っていたが、認識を改めるべきかもしれないとエスピオは感じた。彼女たちはなにかを企んでいるのではない。純粋にこの島の平和と発展を願っているだけだ。そして住民たちもまた、彼女に心から感謝を示しているように思えた。
 エスピオはその場をあとにする。そろそろシルバーの用事も進んでいることだろう。彼女の事情をシルバーに伝えようと、エスピオは街に向かった。

 エスピオが街に戻ると、シルバーが数人の住民たちと話し込んでいるのを見つける。エスピオに気づいたシルバーがちょうどいいところにと言わんばかりに手を振って駆け寄ってくる。仕草に無邪気さを感じたエスピオはチャーミーを思い出した。ほんの1日離れているだで、あの煩い羽音が少しだけ恋しく感じられた。

「エスピオ!」
「シルバー、交渉は上手くいったか?」
「ああ、みんなが手伝ってくれるってさ!今ちょうど材料を家まで運ぼうとしていたんだ」
「アンタがエスピオかい?話は聞いてるよ。うちに余ってる木材があるから持っていくといい。アタシとシルバーで木材を運ぶから、アンタはその男についていってシーツを用意してくれるかい?」

 体格の良いおおらかそうな女性はそう言ってすぐ隣の男に目線を送ると、男はエスピオに握手を求めた。

「初めまして。俺はこの街で雑貨屋を営んでいるんだ。今回は特別に材料をサービスしてやるから、好きなだけもっていくといい」
「感謝する。……何から何まですまない。この礼は必ず」
「礼ならこれからウチの店をたっぷり利用してくれればそれでいいさ。じゃあ案内するよ」

 それからは女性の言った通りあっという間だった。シルバーの超能力は木材の運搬に大いに活躍した。エスピオはカオティクス探偵事務所での経験を活かして臨機応変に立ち回る。組み立ては住民たちと協力したおかげで難なく終えることができた。

「これで安心だな!」
「うむ。皆の協力のおかげだ」

 住民たちと別れたあと、家で休憩しているとエスピオはルーシーの話をシルバーに話した。

「そうか……。ルーシーにとってはここが『守りたい世界』なんだな」

 シルバーは水の入ったコップを握りしめた。自分にも守りたい世界がある。自分が生きてきた未来の世界を。シルバーにとってルーシーの気持ちは痛いほどよくわかった。

「だが、彼女はじぶんたちのような異世界の住民をここに引き止める権利はないと語っていた。無理にこの世界に繋ぎ止めるつもりはないのだろう」
「ああ……でも、もしオレたちが元の世界に帰ることになったら……ルーシーは傷つくのかな」
「そうだろうな」
……

 しばらく沈黙が流れる。

……それでも、じぶんたちは前に進まねばならない」
「わかってるさ」

 シルバーはそう返事をしたものの、その瞳はわずかに揺れていた。

……シルバー、情報収集を続けよう」
「ああ……

 休憩を終え、次の行動について話し合う。現状街の住民たちからこれ以上の情報を直接聞きだすのは厳しいことが分かった。というのも、元の世界に帰る方法というのはその世界ごとに毎回異なるようで、住民たちでも予測がつかないのだという。過去には元の世界とこの世界を自由に行き来する方法について研究した人物もいたが、結局それは叶わぬまま寿命を迎えてしまったのだという。その資料に基づいて実験を行った者もいたが、やはり条件が世界によって異なることが原因なのか、うまくいかなかったようだ。

「しばらくはこの島に滞在する他なさそうだな……
「それなら、しばらくはこの島で生活できるようにもっと色々整えていかないと」
「うむ。まずは資金の調達と、安定した食料調達からか……

 予想より長くこの世界に滞在することになりそうで、エスピオはため息をつく。

「資金調達についてだが、街の住民たちに必要そうなものを聞いて、それをオレたちで代わりに調達するのはどうだ?」
「名案だ。それならばカオティクス探偵事務所としてやっていることと変わらぬ。じぶんの忍術とおぬしの能力を活かすにも丁度よいだろう」
「よし、そうと決まれば早く行こうぜ!」

 エスピオは静かに頷いてシルバーと共に家を飛び出した。その時ふと思い出す。エスピオにとっていつもこうして飛び出すとき、隣にいるのはベクターとチャーミーだ。だが今はそうではない。エスピオにとってシルバーはあまりにも居心地が良すぎた。ベクターのような鋭い勘による推理も、突拍子もない暴走もしない。チャーミーのように幼さ故の好奇心で機転を利かせたり、混乱を巻き起こしたりしない。それが新鮮で、悪くはないがどこか物足りなさを感じさせた。
 シルバーはこうしてまたエスピオと共に駆けることができて嬉しかった。初めて会った時のことを思い出す。あの時エスピオは任務を放棄してでも自分を信じて最後まで共に戦ってくれた。信頼して背中を預け、危険な戦いにも共に身を投じてくれた。今思い出しても胸が熱くなる。
 隣を走るエスピオに目をやると、その瞳はどこか遠くを見つめていた。シルバーの胸の奥がズキリと痛むのをエスピオが知ることはなかった。

【3へ続く】