kuzu
2026-03-18 22:33:14
3781文字
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On the way /♦︎光沢

まるで太陽だと言われているこの人の、影を見たようだった。※御幸世代引退後 ※副キャプテン捏造

「よろしく頼むな。沢村と.....まぁ降谷は由井か」
「言われなくてもそのつもりです」

甲子園から戻って、すぐに御幸先輩の机周りは片付いた。思ったより物が多いことにびっくりしたが、本などが多かったようにも思う。あと、存外人から貰ったものは残しておくタイプなんだと、片付けている後ろ姿を見て思った。

「じゃあ、頑張れよ」
「......お世話になりました」

この人がこの部屋に“ただいま”ということはもうない。扉が閉まる音と共にここは2人部屋になった。寂しくはない、少しだけ部屋が広く感じるだけだ。ただ、沢村先輩は今どう思っているのだろう....そう思った。




 長い夏になると思ったけど、夏休みは残ってしまっていた。終わりが告げられた時、悔しくて涙を流す人、案外スッキリした表情で空を見上げる人とまちまちだった。だけど1番気になっていた沢村先輩の表情は見えなかった。スタンドに居たせいもあるのだろうか。でも、整列する沢村先輩はしっかりと前を向いて立っていた。

「キャプテンは金丸、副キャプテンは小湊と東条だ」
「キャプテンから一言」
「はい」

二日間のオフを経て新チームが始動した。最初の練習時、監督から告げられた新キャプテン達。納得する部分と、沢村先輩の名前がないことに何故か驚いた。俺が1番、あの人には適してないと思っていたのに。それでもあの人にはチームを鼓舞する力も「自分もなにかしなければ」という気持ちを生む力も持っている。キャプテンと主力投手を1人に託すのは負荷が大きすぎてゲームメイクに影響しかねない。外から見たらアンバランスにも見える。けれど、どこか俺がこんなことを思っていても選ばれてしまうのではないかと思っていた。

「よっ、カネマール主将!!」
「うるせぇ!」

野次を飛ばすこの人の隣に立って新キャプテンを見つめる。似合ってる。それはわかっている。それでも、俺たち一年の中で一番名前が上がってたのは沢村先輩だった。そうゆう人なのだ、この人は。

「昨日は、眠れましたか」
「なんだ急に。今の今まで新主将のカネマール様が喋っていたんだぞ!」
「栄純くんうるさい」
「今のは奥村が悪いだろ!」
「うるさいです」
「お前なぁ!」
「まぁまぁ」
「浅田ぁ〜奥村が俺をいじめてくる!」
「昨日はちゃんと眠れましたよね。寝言もばっちり」

こうやって周りの人が放って置かない。ちょっとしたことで周りを巻き込んで会話をする。聞きたかったことはもっとあったのに、こうして沢村先輩は周りに取られてしまう。

練習開始の合図が告げられ、ばらけていく中で沢村先輩に変わって俺の隣に立ったのは東条先輩だった。

「元気そうでよかったね」
「はい」
「でも、気になるね。目元赤いもんね。倉持先輩が部屋出る時は言い合ってたよ。寝る前かな、朝かな。昨日もそうだったけど、まだ2日だし」

そんな言葉に、気がついてたのは自分だけじゃないと気が付かされて嫌になった。それでいてもっとこの人を知ってる人がいて悔しくもなった。

「俺たちが言っても沢村は笑うからなぁ.....頼んだよ、奥村」

爽やか、と同級生が評していた笑顔で立ち去る先輩。俺には少し威圧感を感じて、我らが青道の副キャプテンは言葉に含みを持たせるのが上手いなと頭の片隅に浮かんだ。







「沢村先輩」

風呂上がり、見えた人影が沢村先輩だと思って追いかけた。その先で自動販売機で買い物をしている姿に声をかける。

「あっ、奥村」

手に持っていたのはこの人は好まないけど、この人がよく買わされていた飲み物。

「珍しいですね」
「あっ、いや.......まぁ、癖で、」
「そうですか.....で、昨日は眠れましたか」
「それ、朝も聞いてたよな....?なんなんだよ。浅田が寝てたって言ってただろ」
「でも、あなたから聞いたわけではないので」
「うっ」

息を詰めて、目を泳がせた。目の反射が強まった気がした。なかなか返事が返ってこなないと思ったらベンチが軋む音。

「寝れたよ」
「そうですか」
「ん」
「なんですか」
「座れよ」

隣を叩く先輩を見つめる。

「なんだよ」
「いえ」

自らもベンチを軋ませる。言葉を探す。この人が寝たというなら、そうだ。疑う余地はない。けれど、俺はもっと先のことを問いたい。言葉が見つからないまま、再び先輩の声が耳に届く。

「昨日は寝た。でも、夜中に何度も目が覚めた」
「眠りが浅かったですか」
「そうだと思う」
「それは寝れなかった、では」
「お前ならそう言うと思ったよ」
「....部屋は広いですか」
「2人部屋になったからな。浅田は身長はでかいけど細いし、態度はでかくないからな」

ペットボトルと手が擦れる音。スルスルと言わせながら手元を見つめる先輩を見つめる。そうしてると、突然先輩の瞳が揺らいだ。瞳から溢れ出て月明かりを反射しながら頬を伝うそれが眩しくて、目が眩みそうになった。

「部屋に居ても誰も技かけてこない.....今日も寝言言ってたっていうのにうるせー、って怒る声におこされなくて。.....夜中、目が覚めるたびに息がすくなくて、せんぱいが居ないことじっかんして.....おれっ、もっとせんぱいにせなか守ってもらえるとおもったのになぁ.....みゆきせんぱいともっとばってりーくめるとも、おもってた。おれ、ひとりのちからじゃむりだけど、でも、もっとできたかも、なんでけがしたんだろうって、すこし......ないたりも....した」

そうだ。この夏、この人はもっと上を見ていた。「あと何試合」と話していたのを俺も聞いていたではないか。悔しいながらも怪我を受け入れていたように思っていた。それでも、実際はそうでなかったのか。紡ぎ出される音は簡単に夜に溶けてしまうほど弱々しく、ギリギリ言葉という形を保っているだけだった。

「くらもちせんぱい、きおうなよ、がんばれってあっさりへや.........でっていった。みゆきせんぱいは、どうだった?」

きらきらに包まれて反射する眩しい瞳。かつて見たマウンド上の瞳とあまりに違って戸惑いを覚える。強い光から伸びる影を見たようだった。

「......あなたを、頼まれました」
「へっ?」
「沢村先輩をよろしくって」
「.....そっか.....やっぱりあのひとは、.......もっと遠くを、見てるんだな」

その言葉を聞いて、御幸先輩と沢村先輩の想いがあまり噛み合っていないように思った。でも、真相は俺にはわからない。そんなことは俺にとってはどうでもよかった。

「おれ、市大三高の試合のとき、御幸先輩に.......認められたとおもった。やっと本当のエースになったって」

言葉と言葉の合間が大きい。ゆっくり静かに話すこの人を俺は知っている。夏大初戦のあの日を思い出す。考えてるんだきっと。これまでを、これからを。

「でも、違かったみたいだ」

月光を反射する瞳は瞼に隠されてしまう。それでもきらきらは頬を伝う。

「......あなたがなりたいのは、御幸先輩のエースですか?」
「えっ」
「御幸先輩に認められたかった理由は?」
「キャプテンで、正捕手だから」
「青道の、キャプテンで正捕手です」

湿ったまつ毛がまるでその水分を飛ばすように瞬く。少しの間、虫の歌声がよく聞こえた。

「ふっ、.....そっか、そうだな....俺は青道のエースにならないと」
「はい」
「あはは」

大きく口を開けて、笑い声を上げる。結局、この人のまつ毛は濡れたまま。頬も。でももう新たに濡らすことはなかった。

「ありがとな、奥村」
「俺は、何もしていません」
「それでもありがとうなんだよ」

スタンドにいる人の心を躍らせ、グラウンドにいるものを奮い立たせたこの人のピッチングはまさしくエースだった。俺たち青道の。

勢いよく立ち上がった沢村先輩がこちらを向く。変わらず瞳はきらきらを伴っている。でも、先ほど見た儚さも危うさも、もうそこにはない。ただひたすらに眩しいほどの強い輝き。夜なのに、月があるのに、そこに太陽があるようで不思議な感覚だった。

「お前も目指せよ。青道の正捕手」
「もちろんそのつもりです」
「まぁ、狩場も由井少年も応援しているがな!」
「負けません」
「おう、俺も降谷には負けねぇ!」
「なので、先輩のことも、もっと教えてください」
「はぁ!?もう教えてるだろ!つか、お前は遠慮なくガンガン聞いて、ズカズカ近寄ってくるだろ!」
「そんなことありません」
「そうですぅ!」

雨が降っていたあの日、俺が知ったのはこの人の存在だけだった。一方的なそれは妄想に等しかった。きっと、俺はこの人ことをまだ知らない。この人も俺を知らない。知らないことだらけだ。もっと目を向けよう、もっと耳を傾けよう。そしてもっと口を開こう。この人から想いを紡いでくれるように。

「奥村」
「なんですか」
「なろうな、俺たち」

この人の瞳に、初めて正しく俺が映った様な気がした。俺はもう、この人の輝きから目が逸らせない。

「ずっと前からそのつもりです」

今日の夜は短い予感がした。