今日も展示は無事に終わり帰ろうと身支度をする。平日は来場者は少ないが、その分熱心に通う学生などもいてその説明に追われる事も多い。
学割が効く今だからこそ有意義に施設を利用しようということだろう。学芸員は狭き門とはいえ、その熱意は不変であって欲しいものだ。
答えられない質問を貰うこともなく。最近読んでいた研究書が役に立ったことは喜ばしい。答えられないのであれば、後日の回答という事で連絡先を聞くこともあるからだ。
父の会社のように利益を求める様な仕事ではなくとも。この仕事は私には合っている。
利益や成長などの目まぐるしい変化を追うことが私にはどうも苦手だった。研究も日進月歩とは言っても、まだ見ぬ古の知識が明らかになることは会社の成長とは違う。
「お疲れさまでした」
同僚たちや上司に挨拶をし職場の外に出ると。広い公園の中を風が抜けていく。もうすぐ冬が来るのなら、ユイマンの毛布も用意しないと。
着る毛布でも何でもいいから温かいものに買い替えた方がいいのか。今年の冬の為の防寒具を考える季節がやって来る。
私は冬眠する熊じゃないんだけど、とユイマンは呆れたように笑うけど。寒さが苦手な彼女の為に色々なものを用意してあげないと、すぐに風邪をひいてしまうのだ。
そして夏と違い私と常にくっついて寝たいと言い出すから。体温の高い私が湯たんぽか電気毛布替わりとはいえ、あそこまで言うならもう大き目のベッドを一つ買って一緒に寝るようにした方がいいのかもしれない。
そう思って。毎晩一緒のベッドに寝て次の朝に私が起きられる保証があるのかという疑問に、明確な答えが浮かばないことをまた思い出す。
彼女の希望には答えたいけど。答え過ぎてもそれは彼女の為にならないかもしれない。
私が良かれと思って与えるものが、全て彼女の為になるとは思っていない。
駅と公園は直結しているから車を避ける必要もなく、暗くなり始めれば人通りは減る。今日はユイマンが休みだから夕飯は彼女が用意してくれるだろう。
これから帰るとメッセージを送る。寒くなるなら、温かい料理をこれからは増やしていきたい。最近も彼女の実家から作物が色々送られてきたから、作れる料理もより取り見取りではある。
物価が上がっているからありがたいことこの上ないけれど。物資を支給されるという事は、やはり私の収入だけでは頼りないという事なのだろうか。
大家族のユイマンの家は地主とはいえ出費だって多い筈だ。子供のいる彼女の兄姉だっているんだし私たちにばかり優遇はできないだろう。
寧ろ私が彼女の家族の為に色々としてあげたいことはあるのに、いつも送られてくる作物に頭を下げる日々である。
作り過ぎちゃった、取れ過ぎちゃった、とは言っても。それは方便であってわざわざ解体した冷凍鹿肉を送ってくれる手間は彼女の為でなければ、何なのだ。
統計を見れば住宅のローンもなく。私とユイマンの収入を合わせれば同世代よりも十二分に稼いでいる。今の仕事でだって暮らせて行けるけれど。
もしも父の会社を継いで働いていたなら。どうだったのだろう。
昔から勉強だけは他の人間よりできた分、両親から期待はされていたけれど。勉強ができることと利益を得る才能は全く違う。
学者肌で書物に没頭しがちな私はビジネスの才能はないだろうと分かっていたし。両親もそれほど後を継ぐようにと強要することはなかった。
ただ、父の会社を継ぐなら姉の私か妹が。そこにいなければならないというのは姉妹で分かっていて。
私が会社を継ぐような意志をみせないでいて、妹も意志がないなら。両親は誰か婿を取るなりして後継者を探さなければならないと思っていたはずだ。
だが醜いからという理由で私は最初から諦め、拒否し。美しい妹に無言の圧力でその役割を押し付けようとしているようなもの。
私がユイマンと一緒に出て行った話なんて親族や血縁に知れ渡っているだろう。あの豊姫にもその妹にも知られている。
そして実家で何が起きているかも豊姫は知っていた。
「……」
公園と駅を繋ぐ道の途中にはベンチがあり、座って休むこともできる。休日なら恋人同士や酔っぱらいが座っているが今日は誰もおらず。
私はそこに腰かけてスマートフォンを取り出す。
そうして、連絡帳から一人の相手を見つけ出し。通話のボタンを押す。だが、何回コール音がしても相手は出る様子がなかった。
会社を背負いいつも忙しい人だからしょうがない。最後に話したのもいつか覚えてないくらいに、言葉を交わしてない。
父は、私とユイマンをどう思って住居を買う代金を振り込んでくれたのか。
感謝の連絡を何度もしても。直接言葉を交わせたわけではない。父と私の関係は妹と私の関係に比べれば悪い方ではなかったと思うけど。
こんな家柄に背く娘に関わるくらいなら。美しい妹を手塩にかけた方がいいと、考えるだろう。
母は優しいがあまり何かを私達に言う人ではなく。父に黙ってついていくような人だったから、聞いてもダメだ。
父が電話に出なかったことは良かったのかもしれない。電話に出たとして、何を話せばいいと言うの。
妹はいまどうしているのかと聞いて。会社の合併ということはますます力が拡大しめでたい事ですね、とでも言えと言うのか。
何を聞いたとしても逃げた人間が聞く資格があるのかと責める声が私の中から聞こえる。
いっそ、今妹が私の前に現れて罵ってくれればいいのに。あんなに実家にいる時は罵声を浴びせて醜い私を嫌悪していたくせに。
どうして私がユイマンと暮らすようになってから何も音沙汰もないの。ユイマンの家のことも快く思ってなくて、いつも多産のやかましい家と蔑んでいた。
放っておいて欲しいと思っても。罰して欲しいと願う自分がいる。身勝手なのは分かっている。私は、どこまでも自分のために拒否をして、他者に変化を求めている。
私が変化しなければ実家の事は解決しないのに。怯えて電話に出ない事に安堵するのは、醜すぎるじゃないか。
俯きながらスマートフォンを握り締めていると。不意に嫌悪感を抱く空気を感じ取り、すぐに顔を上げた。
人が行き来している中で、座っている私に興味を抱く奴なんて。物好きか、あるいは私に用がある奴だけだろう。
今回感じ取った気配はその後者だったけれど。顔を上げた先にいた人物はあまりにも予想ができず。私はその対象を睨みつけるように捉えた。
「仕事は終わったようね。随分充実した職場みたいだけど」
皮肉なのか純粋な感想なのか疑う気はない。この人物が私の前に現れると言うことは、大方私を不愉快にさせる事でしかないからだ。
「……何の用?あんたには関係ない場所でしょうが」
「ちゃんと地に足を付けた仕事をしてるようで安心したわ。貴方のお父様も気にかけてらっしゃったから」
スマートフォンを鞄にしまい立ち上がると。相手は悠然と私を見て語り続ける。その瞳に敵意はないが、友好の光は決してない。
「それよりもなんで職場を知っているの」
職業の事は父には話したが。職場については話したことはなく、誰も興味なんて持たないと思っていたのに。
私の疑問に相手は何を馬鹿げた疑問を抱いているのだという態度で言葉を返す。
「貴方のことなんてすぐに調べればわかるわよ。この家に生まれればなんとでもなるなんて、知ってるでしょう?」
「……豊姫」
いきなり私の目の前に現れた豊姫は。望めば最悪この国ですらなんとでもできる忌まわしい血筋を自覚させる。
「ユイマンに何かする気じゃないでしょうね」
昨日の今日で現れるなんて。どういうつもりだ。お前のせいで喧嘩することになったというのに。
「彼女には休暇を与えはしたけど、危害は加えませんわ……今回は貴方に用があるの」
続く
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