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ぬす
2026-03-18 20:15:28
10808文字
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画面越しのあなたへ
お題箱でいただいたネタで書いたもの。メタい話を含むトリップもの(?)です。
――
この世界の主人公は私ではない。
何日、いや何週間前だったか。
いつも通り帰宅して、ご飯を食べてお風呂に入って残り時間をのんびり過ごそうとゲームをつけた。
好きなキャラクターのピックアップが近いと聞いて、ガチャを回すための石を掻き集めようと様々なマップを回って宝箱を開けてまわり、クエストをこなしていた時のこと。
確か、場所はベロブルグ行政区のゲーテホテル。
何気なくその一室のクローゼットを調べた時、画面が暗転して
――
突如そこから黒い手が伸びて、私は画面の中に引き摺り込まれた。
気を失って、目が覚めた時にはゲームの中の世界。
目の前にゲームのキャラクターが現れて酷く混乱したのを覚えている。
初めに会ったのはナターシャだった。
気を失った状態で運び込まれた私を診てくれたらしい。
ベロブルグのキャラクターなんて懐かしいな、だとか初期は回復役としてお世話になったな、なんてことを考えながら彼女の話を聞いていた。
親身になって相談に乗ってはもらったが、優しい彼女には本当のことを言えなかった。
目の前で真っ当に生きている人間に対して、ここはゲームの世界で私はあなた達を使って遊んで楽しんでいました、なんて残酷な発言はできなかったのだ。
考え方を変えてみれば、この世界での私は異世界から来た人間ということになる。
それならば何か特別な力があったのか?と言われればそんなことはなく、元いた現実と同じく平凡のまま。
ただキャラクターの情報やこの世界で起きたことの一部を知っているだけの無力なモブの一人だった。
それもそのはず、この世界の主人公は星や穹であって私ではない。
なのかや丹恒のような心強い仲間もいなくて、私は戦えもしないのにたった一人で異世界に放り込まれたのだ。
それでもまずは生きなければならない。
ゲームの世界だからと言って私が人間であることには変わりなく、腹は減るし睡眠は必要なのだ。
その欲を満たすためには金がいる。
元の現実世界に戻る術を探す間、働いて稼がなければならない。
そんな私に仕事を与えたのがサンポだった。
倒れていた私を診療所に連れて行ってくれたのもこの男だという。
勿論、サンポという男がどんなキャラクターかは知っていた。
そのため、彼の話には必ず裏があるだろうと思って最初は信じずにまともな仕事を探そうとした。
「簡単なお仕事です。
上層部に行って、僕の代わりに品物を渡すだけですから」
勿論そんな怪しい仕事に手をつけたくはなかった。
その箱の中に何が入っているかわからない。
報酬も払ってもらえるかわからない。
だがしかし、私の身分を保証するものはなく、腕っぷしが強いわけでもなく、この世界の感覚にも慣れていない私に何ができるというのだろう?
記憶が曖昧で、気がついたらここにいた
――
そんな風に過去を誤魔化した私を憐れんでくれる人はいたが、それでもその好意に甘え続けるわけにはいかなかった。
サンポもそれを気に掛けているかのような口振りで私を何度も唆した。
今思えば、相当追い詰められていたのだろう。
私は生きていくために愚かな選択をした。
決められたルートを通って、指定された場所に行き、荷物をその場に置くだけ。
本当にただそれだけの仕事だ。
初日は何事もなくうまくいって、報酬も手渡された。
ルートが決まっているのはおそらくシルバーメインの目を避けるためだろう。
荷物の中身はわからないが、詐欺師の仕事を手伝った罪悪感から人前に出ることはできなかった。
二日、三日とうまくやり遂げてその仕事にも慣れてきた頃。
行政区には私の似顔絵が描かれた手配書が貼り出された。
おそらく品物に疑問を抱いた依頼人が私のことを報告したのだろう、とサンポは言っていた。
シルバーメインに目をつけられた私を責めることも切り捨てることもなく、彼は私に仕事を与え続けた。
このルートを通れば大丈夫、だとか今回の依頼人は大丈夫、なんて何かと理由をつけて。
「まともなお仕事はできなくなっちゃいましたね」
そう言って、サンポは笑っていた。
ナターシャやオレグに相談できていたらまともな仕事ができたのだろうか?
今更悩んでももう遅い。私はお尋ね者になってしまった。
サンポだけは私が別の場所から来たことを何となく察しているようで、隠れ家のひとつだと行き場のない私に寝床を提供してくれた。
追われる身になったのは彼がきっかけだというのに、彼の助け無しでは生きていけなかった。
間違っていると理解しながらも、私は次第に彼に心を開くようになった。
彼は別世界というものの存在を理解しているキャラクターだ。それに、私を悪の道に引き込んだ人間でもある。
真実を話してしまってもいいと、そう思ってしまった。
「それで、僕は星核ハンターとチームを組んで戦っていたっていうんですか。あはは!」
「ええ。私はブラックスワンを持っていなかったので」
「ええ?僕は彼女の代理ですか?もっと僕を頼ってください!」
彼とそんな話をするようになって、何日も経過した。
私がゲームとしてこの世界を楽しんでいたという告白に傷つくこともなく、彼は外の視点から見たこの世界の話を何度も求めては楽しそうに笑うのだ。
その反応が面白くて、彼の要望に応えるようにゲームの話をした。
どのストーリーが好きだとか、どのキャラクターが好きだとか
――
そんな、友達と話すようなことを。
「あなたから見たサンポはどのようなキャラクターだったんです?」
「そうですね。見てる分には面白いしストーリー的にも良いキャラだけど、実際に関わり合いにはなりたくない
……
そんな人でした」
「ええ?それって褒めてます?
もっとこう、かっこよくて大好き!頼りになる!とかないんですか?」
「私の中ではちょっと
……
」
仕事を終えて、お金を貰って
――
素直に言えば、彼と過ごす時間はとても楽しいものになっていた。
現実世界から見ていた時はそういうキャラクターとしてしか意識していなかったが、彼の話ほど面白おかしいものはない。
私が今危うい立場にあるのは半分彼のせいでもあるのに、彼に惹かれかけている私がいる。
勿論、彼が狡賢い詐欺師であることは忘れたことはない。
今こうして話しているのも何かしらの企みあってのことだろう。
もしそうでなかったとしても、いつ飽きられて見捨てられるかわからない、そうなったら私は生きていけない。
こんな不安定な生活は続けるべきではない。
それなのにどうして、元の世界を思うと胸が痛むのだろうか。
「サンポ
……
さんはどうして私を捨てないんですか?
シルバーメインに目をつけられた人間を利用し続けるなんてリスキーなことはしない人だと思ってました」
「あなたの中のサンポって相当酷い男ですね!?
んもう、そんな悪い考えはやめてください。
僕はただ、行く宛のないあなたが心配だっただけです」
「ええ?嘘でしょう、そういっていろんな人騙してたの私知ってますよ」
「ああ!またそんなことを言って!
サンポはあなたに人並み以上の生活を提供しているではありませんか!」
「ふふ、それはありがとうございます。
犯罪者として、ですけどね」
危ない橋を渡らせているだけあってか、意外にも金払いは良かった。
金や住処を貰っている以上、軽口を叩くことはあれど私は彼を裏切れない。
彼が私を捨てないのはきっとそういった立場の弱さを利用しやすい以外の理由はないだろう。
だけど私の方は違う。
彼以外に縋るものを失って、確実に心が傾きかけている。
これ以上私が彼に堕ちてしまう前に、現実世界へと戻る方法を探さなければいけない。
例えこの胸が痛むとしても、私は帰らなければならないのだ。
私を引き摺り込んだ黒い手を探す手がかりはない。
となれば現実の私とこの世界を繋いでいた主人公の姿を探すべきだろう。
私は女の子を主人公にしていた。ならば探すなら星の方だ。
「サンポさん、今ベロブルグに星穹列車は来ていますか?」
「
……
何故そんなことを聞くんです?」
「え
……
えっと、ゲームの中での主人公は彼らの中にいましたから。
せっかくこの世界に来た以上、やっぱり気になるなぁ、なんて」
先程まで楽しそうに話していたサンポの声が恐ろしいほどに冷え切って、私の胸を刺す。
聞いてはいけないことを聞いてしまったのだと直感した。
だけど、それは何故?
星穹列車に関わることに問題があるのだろうか?
そう考え込んだ私を慰めるような優しい声で彼が続ける。
「ああすみません、星穹列車は雪原に停まっていますよ!
一人で行くと遭難するかもしれませんが。
ご案内いたしましょうか?」
「あ、その
……
必要になったらお願いします。
主人公の
……
ええと、星には最近会いましたか?」
「いいえ、彼女には会っていませんね」
「連絡を取ってもらったり
……
」
「詐欺だ!と言われておしまいです。ああ悲しい!
僕はもう何度もメッセージを送りましたが、まともに取り合ってもらったのはたんまりと報酬を用意した一度だけ!」
そういえばサンポの手伝いをして報酬をもらうクエストもあったな、なんて考えて、そうではないと与えられた情報について整理する。
星穹列車が雪原に停まっているという情報が間違いないのであれば、主人公はベロブルグに滞在しているはずだ。
ゲームとしては最新実装の星にいてもおかしくないはずなのにヤリーロⅥにいるということは私のゲームデータが影響していると考えるのが自然だろう。
具体的な居場所は、と考えて思い出したのは行政区のゲーテホテル。
私が引き摺り込まれたあの場所だ。
「それよりお嬢さん。明日の仕事の話をしても構いませんか?」
「え?は、はい。そろそろお時間ですか?」
「ええ、名残惜しいですが今日はそろそろお暇しなければなりません。
ですので、明日の話を」
私の思考を遮るように振られた仕事の話。
いつも通り決められたルートを通って、彼が用意した荷物を持って指定された場所に行く。
帰りのルートも決められている。時間帯によってシルバーメインの見回りがあるエリアは決して通らない。
「
……
仮に、このルート以外を通ったらどうなりますか?」
「ああ、最初に話した通りシルバーメインに捕まるでしょうね。
特に表通りなんて通れば、お尋ね者のあなたは間違いなく追われるでしょう」
「
……
そうですよね」
「上層部で何か欲しいものでもあるんですか?
お金さえいただければ僕が代わりにおつかいに行きますよ」
そうだった。私は行政区を自由に出歩けない身だ。
サンポの申し出に曖昧な返答をして、彼を見送って一人部屋に閉じ籠る。
界域アンカーの使えない生活というのは現実と変わらないが、今この世界の私の立ち位置を考えるにかなり厄介な状況だ。
表通りに出るとしたらここでの生活を全て捨てる覚悟でないといけないだろう。
それはつまりサンポへの裏切りでもある。
いずれ彼との縁は切れる。仮に私が求めたとしても、彼はいつか姿を消す気がしている。そんな男だ。
それならば私から先に消えても、と考えてやはり踏ん切りがつかない。
私を犯罪者にした彼に恩を感じて、裏切りたくない私がいる。
そして何より、もう少し彼と話していたい私がいるのだ。
「
……
まずは、様子を見よう。そうしよう」
自分でも行政区のシルバーメインや人の流れを確認するべきだ。
顔を隠す帽子や眼鏡を買ってみるのも良いかもしれない。
方法はあるはずだ。お金もある程度貯めているのだから、例え彼が私を見捨てたとしても少しは生活できるだろう。
そう決めて元の世界へと戻る計画を立てる。
彼への情が私をここに縛りつけないうちに、そして出来れば彼に見捨てられて傷付いてしまう前に
――
私はこの地を去らなければならない。
ゲーム内のマップで行けるところは限られているが、実際のベロブルグは知識よりも広くて複雑な道もある。
そんな細い道を通って、時にはゴミ箱の間を抜けて依頼人の元まで辿り着かなければならない。
そんな道を選んでいても、元々の身体能力というものがある以上シルバーメインに見つかってしまってはほぼ一発でおしまいだろう。
それに警戒すべきはシルバーメインだけではない。一般人の目も中々に厄介だ。
街の様子を探るとはいったものの、なかなか上手く動けずに数日が経過していた。
「うう
……
どうしてもここの見張りが抜けられない
……
。
ホテルに行くにはここかもう片方の道を突っ切らないといけないのに
……
」
自作のマップに見張りの位置を記して何度もゲーテホテルまでのルートを考える。
ゲーテホテルに星がいなかった場合のことも考えて帰り道も確保しておいた方がいいのだろうがそんな余裕はない。
思い切ってサンポに聞いてみようか。いや、彼の稼ぎがかかっている以上簡単には教えてくれなさそうだ。
「お悩みの様子ですねぇ」
「サンポ!
……
さん、いつの間に」
「ここは元々は僕の隠れ家ですから、鍵の一つや二つ持っていますよ」
借りている以上勝手に入ってくるなとも言いづらくて口を噤む。
お邪魔しますよ、と今更口にして彼は私のメモが書き殴られたマップを覗き込んだ。
マップと私の顔を見比べて、やがてじっと私の顔を睨む。
「困りますよ、お嬢さん。
勝手な行動で僕の仕事の足を引っ張られては」
「待って!違うんです、サンポさんの邪魔がしたいわけではなく!」
「じゃあこれは何ですか?
ゲーテホテルの周囲にはベロブルグの主要施設が集まっています。
当然、それだけ見張りも増えるんです。
こんなところに行こうなんて、捕まりに行くようなものですよ」
「それは
……
!そう、ですけど
……
」
私が捕まるということは彼自身も足がつくということ。
彼が怒るのも当然だ。
加えて、彼は私の無力さをよく理解している。今計画していることなど自殺行為にしか見えないだろう。
「ゲーテホテルに何があるっていうんですか?」
「
……
それは」
彼は世界についての知識がある。
私が現実世界から来たことも、星が主人公であることも知っている。
だがしかし、前に私が星を探す旨の話をした時早々に話を切り上げてあまり良い顔をしなかったのが引っかかっている。
私が星と接触するのを嫌がっているように見えるのだ。
そんな彼に元の世界に帰るための方法を探している、そう話してしまってもいいのだろうか?
悩みに悩んで、しかし彼を相手に嘘をつけないと知る。
その目に見つめられると、黙っていることもできなかった。
「
……
元の世界に帰りたいんです。
そのための手掛かりがそこにあるはずなんです」
その告白に、彼は一言「そうでしょうね」と言った。
震える私の手を彼の手がそっと包み込む。
手袋越しの熱にあたためられた手が柔らかさを取り戻していく。
黒い手袋。あの黒い手を思わせるのに、恐ろしさは感じない。
「理由を聞かせていただいてもよろしいですか?」
「理由?」
「ええ、あなたが元の世界に帰りたいと思う理由を」
自然な感情だと思っていた。
私はこの世界の住人ではないのだし、できることも現実よりも限られていて彼の慈悲で生きているようなもの。
元よりここにいるべきではない存在だ。
そう話しても、それは私の意思ではないという。
ならば私は何故この世界を離れたいのか?
原因はひとつ。目の前の男だ。
間違った道を歩み続けているにも関わらず、私は彼との時間を愛おしく思うようになってしまった。
心を奪われるとはまさにこのことを言うのだろう。
この不安定な関係のまま、彼に堕ちていくことを良しとするほど私は強くはない。
「
……
怖いんです。
このままここにいたら、サンポさんのことを好きになってしまいそうで」
こんなもの、恋情の告白と何が違うのだろうか?
彼を直視できなくて目を逸らす。固まったままの彼に、ああ言うべきではなかったのだと後悔しながら下を向く。
一瞬の沈黙が何よりも長く感じられて、心臓が痛む。
彼が息を吐いて笑うまで、この世の終わりを感じていた。
「
……
は、はは!あはははは!
お嬢さん、何を言い出すかと思えばそんなことですか」
「そんなことって
……
」
「ええ、どうぞ。もっと僕を好きになってください。
あなたの最推しがサンポになるぐらいにね」
「さ、さいおし?」
その言葉に強烈な違和感を覚える。
それではまるで、今ここにいるサンポをゲームのキャラクターとしてしか見ていないようではないか。
勿論私のこの想いはゲームのキャラクターに抱くそれではなく、恋しい人間相手に抱くものだ。
サンポの口振りからして誤解しているのだろうか。
いや、彼のことだ。私からの感情を避けるために敢えて誤解したふりをしているのかもしれない。
「ち、違うんです。私は本当に
……
」
「お嬢さん」
涙ぐんだ私を彼の腕が優しく抱きしめる。
ああ、やめてほしい。
そんなことをされたら、またひとつあなたを好きになってしまう。
それなのに抵抗はできなくて、それどころか私の腕は彼の背中に伸びようとしている。
「そんな可愛いことを言われたら、帰したくなくなってしまいます」
彼の体温に包まれて、身体が熱く燃え上がる。
このどくどくとうるさい鼓動は彼の耳にも届いているのだろうか。
この熱も音も知られたくないのに、ぎゅうと抱きしめられた身体は反応を強めるばかり。
耳元で彼が笑って、私の名前を呼ぶ。
「
……
あの、サンポさん。どっちの意味で捉えてますか」
「ふふ、どちらがいいですか?
ゲームのキャラクターのサンポか、それとも今ここにいる僕か」
「
……
ひどいです。わかってて言ってるんでしょう」
彼の勘違いではない。
私にその感情をより正しく理解させるための罠だったのだ。
ただ一人の人間として、私は彼を愛おしく思っていると
――
そう教え込むための。
外から聞こえる子供達の笑い声で目を覚ます。
枕元には見覚えのないメモ書きが残されていた。
描かれた地形からして行政区のマップだ。黒い点はおそらく見張りの位置。右上に記された数字は日付と時刻の指定。
そして一本、見張りの死角を潜り抜けるような赤い線がゲーテホテルの位置に続いている。
選択肢が与えられた。
彼への恋心を植え付けられた今、私が取るべき行動は何か。
ここに留まって停滞した時の中を彼と生きるか。
それともやはり元の世界へ戻るべきなのか。
悩みに悩んで、私はそのメモを手に取った。
ここにいればきっと彼は私の心に応えてくれる。
手を取って、抱きしめて
――
きっとその先だって私に愛を与えてくれるだろう。
でもやはり、それではいけない。
金や住処と同じ、与えられてばかりの不安定な生活を続けて彼に依存してはいけない。
この関係に縋り付いていてはいけないのだ。
綺麗な便箋を買って、彼への別れの手紙を書き綴った。
溢れ出る涙で封筒を濡らしてしまわないように、丁寧に封をして1番目立つ場所に置いておく。
メモに記された時刻が近付くまで、最初に世話になったナターシャや懐いてくれたフックにそれとなくお礼をして回った。
そして上層部、行政区に足を踏み入れる。
当然、ゲーテホテルまでのルートは初めて通るものだ。
だがしかしサンポの記したそれに間違いはない。
彼のメモを信じて、しかし慎重にゲーテホテルの一室に忍び込み、私が引き摺り込まれたそこへ。
クローゼットの扉を開けば、立ったまま眠りにつく星の姿がそこにあった。
さて、どうすればいいのだろう。
起こせばいいのだろうか?いや、彼女が眠りについている意味を考えるべきだろう。
彼女はゲームの主人公だ。ストーリーやイベントで眠ることはあるが、操作をしている時にこうして眠りにつくことはない。
加えて、ここは私のゲームデータをベースにした世界だと考えられる。
そこまで考えて、嫌な仮説に辿り着く。
彼女が眠っているのは私によってゲームがプレイされていないから。
そして、ゲームがついていないのであれば現実世界とこの世界の繋がりも絶たれているのではないか?ということ。
「ちょっと
……
起きて、起きてよ星。星、起きて!」
この仮説が正しい場合、現実世界で誰かが私のゲームデータを起動しない限り現実世界には戻れない。
いくら呼びかけても星は目を覚まさない。
それどころか、押しても引いても彼女がそこから動くことはない。
まるでその場に固定されているかのようだ。
「どうしよう
……
」
絶望的な状況だった。
こちら側の世界からはどうすることもできない。
いや、よく考えればそうだ。現実からゲームの世界に入り込むなんて奇妙な経験をしたせいで感覚が麻痺してしまっていたが、本来は互いの世界に干渉することはできない。
今私はこの世界のキャラクターと同じなのだ。それも、何の力も持たないモブキャラのひとり。
せめて私に何かしらの力があれば
――
そこまで考えて、ふと思いつく。
別世界に干渉できる存在が身近にいたではないか。
そう、彼だ。現実に語りかけ、世界を行き来する
――
ゲームの話を楽しそうに聞いていた、彼がいる。
その瞬間、全てが繋がった気がした。
あの黒い手。意識のない私を連れ出した人。そして、決められたルート。
「サンポさん。あなた、今も見てますよね?」
そう呟いた瞬間、目の前の星の目がバチン!と開いて彼女の胸から黒い手が伸び、私を掴んで引き摺り込んだ。
前回は気を失ったが、今回はそうはいかない。
世界を移動する負荷に気分を悪くしながらも必死に目を開けて、光が見えるのを待つ。
一瞬にも永遠にも思える時間が過ぎて、私はモニターから飛び出して彼の膝の上に転がり込んだ。
何より馴染みのある、現実世界の私の部屋。
私の愛用している椅子に腰掛けて、悠々とお茶まで飲んで居座る男の姿に腹を立てて、挨拶がわりに胸を叩く。
「
……
やっぱり!」
「はい!気付いちゃいましたねぇ、お嬢さん」
悪びれもせずに彼は語り始める。
私をゲームの世界に引き摺り込んだことから、ゲーテホテルで意識を失った私を下層部に連れ込んだこと、そして私が星に近付くことのないように犯罪者に仕立て上げたことまで、全て。
「サンポさん
……
いや、どうしてそんなことしたの、サンポ!」
「お嬢さんに僕を見てもらいたくて、つい。えへへ。
でも、楽しんでましたよね?あの世界のこと」
「結果的にみればそうだけど、やりすぎじゃない!?」
いきなりゲームの中に引き摺り込まれて、生きるために思い詰めて犯罪にまで手を染めたのだ。
現実世界で生きる私の罪にならないとはいえ、悪事に手を染めて心に靄は残っている。
それなのに上手く彼に怒りをぶつけることができなくて大きく溜め息をつく。
「何で急に帰らせようと思ったの?飽きた?」
「いいえ?ずっとあの世界にいてもらえる方が僕としては嬉しいのですが、ひとまず目的は果たせたので」
「目的?」
「ええ、あなたが僕に夢中になってくれましたので。
嬉しかったですよ?好きになっちゃう、なんて」
ぼん!と音を立てるかのように顔が真っ赤に染まる。
そうだった。あの時の私は張り巡らされた罠と気付くこともなく、彼のことが好きだなんて思ってしまっていたのだ。
いや、今もそうだ。
これだけの事実が判明して尚、彼の顔に拳を突き立てられないのが全てだ。
ゲームの中のことだから、で済む話ではないというのに。
己の馬鹿さ加減に頭が痛くなってくる。
「それに、あなたを閉じ込めてしまうとやはりゲームの進行に支障が出ますからね。
次のバージョン、サンポも出るんですよ?最推しならぬ、最愛のサンポが!」
「本当
……
本当あんたさぁ
……
」
私を抱きしめて、椅子をくるくると回して楽しそうに笑うサンポ。
その腕の中に包まれる喜びを知っているせいか、呆れているのに微笑んでしまう私がいる。
「
……
ねぇ、このまま帰っちゃうの?」
「おや?寂しがってくれるんですね!
ええ、サンポは帰らなければなりません。
心配せずとも、ゲームを始めれば会えますよ」
「また来てくれる?」
「ええ!それに、またこちらにも来てもらうつもりですから。
次はどこがいいですか?ピノコニー?それとも二相楽園でしょうか」
次があるのなら、犯罪者になるのは勘弁してほしい。
まともなベロブルグの観光もしたかった。
こんな罠にはめるような真似はしなくても、素直に楽しませてくれれば彼に興味を持っていただろうに。
「では、サンポはそろそろ帰ります。
次来る時はこの部屋にサンポのグッズが増えているかもしれませんね」
「さ、サンポのことはそういう目で見ないから
……
」
「ああ、そうでした!
僕はあなたの推しではなく、想い人ですからね」
「はぁ!?ちょっと!」
抗議しようとして、膝の上からそっと下ろされる。
画面の中ではゲーテホテルのクローゼットの前で星が待機モーションを披露していた。
机の上に乗って足から画面に入り込んで、ずるりと液晶に呑まれていく彼の姿を瞬きもせずに見つめて。
画面の中からこちらにウインクをして手を振る彼に笑いながら手を振りかえした。
主人公を映すカメラの中から彼の姿が消えていく。
コントローラーを操作してカメラを動かしても、彼の姿はもう確認できない。
元々遊んでいた時のようにメニューをいじって、編成画面を確認する。
最近使っていたパーティにサンポは編成されていない。ボタンを押して、別のパーティのページを確認して、彼の姿をようやく見つける。
「
……
この持続パ、使いにくくなっちゃったな
……
」
入手したキャラクターのステータス画面を見ても、サンポは他のキャラと同じく待機モーションを披露するだけ。
あのサンポはプレイアブルのサンポとは別と考えるべきなのだろうか。
いや、そんなことより私は異世界に行っていたのだ。もっと考えることはある。
現実世界の時間は今どうなっているのだろうか。休みの連絡なんて入れていないし、今頃大変なことになっているのでは?
スマートフォンを見るのが怖い。
恐る恐る日付と時間確認して、すぐにメッセージアプリを開く。
あの男、ベロブルグだけでなく私の現実での生活も終わらせる気だったというのだろうか。
怒りの叫びをあげながら、最高速でスマホの画面を叩いた。
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