2222(にし)
2026-03-18 19:19:41
6030文字
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桜の下で会いましょう

#nkzik_drawwriting【第63回】花吹雪 の投稿作品です。
※年齢操作 一年生
※軍師の卒業生が出ます(二年生の姿)

「二年生の先輩に、桜の化身がいるらしい!」
 鼻息荒く告げる小平太に、長次は目を数度瞬かせた。
 桜の化身、とは。確かに長次がこの春から通い始めた学園は、忍者のたまごを育てるという一風変わった学び舎である。数日過ごしただけで生徒も教師も変わり者ばかりだということを薄々察してはいた(なお、長次も相当の個性を発揮していくこととなる)が、ここには人ならざる存在もいるというのだろうか。
「どういうこと?」
「ほら! あの、髪が桜色の先輩!」
 ああ、と長次はすぐに合点がいった。色が薄く、少し癖のある髪。それが藍染めされた二年生の制服によく映え、まるで晴天に立つ桜の木のような人。小平太が言うのは、きっとこの先輩のことだ。入学したてで生徒の顔と名前が朧げである中で、あの二年生の姿は長次の印象に強く残っている。
「確かに、いらっしゃるね」
「だろ!?」
 長次の同意に、小平太は忙しなく頷いた。豊かな髷が動きに合わせて揺れる。
「でも、『桜の化身』っていうのはどうなのかなあ。私には、普通の人のように見えるけど⋯⋯」
 首を傾げる長次に、小平太は「それがさあ」と声をひそめた。
「その先輩は、二年生でありながら上級生に勝るとも劣らないお力を持っていて、神仏の類ではないかとも言われているらしいんだ」
 あまりに突拍子の無い話に、長次は「えー?」と思わず声が出てしまった。だって、力の強さなら目の前にいる小平太だって相当だ。この子と同室になってたった数日のうちに、長次は小平太の人並外れた腕力を何度も目の当たりにしていた。長次が全くついていけない程ではないにせよ、小平太以上とは一体どのようなお力なのか。
「例えばどんな?」
「クマを軽々投げ飛ばしたとか、一息で桜の花を全部散らせたとか」
 あまりに超人的すぎて、長次はその場でひっくり返ってしまった。坂田金時じゃないんだから、と言いたくなるのを堪え、長次は起き上がりながら「それで?」と続きを促す。
「だから、私はその先輩が本当に桜の化身なのかどうか、後をつけて確かめることにする!」
「後をつけて、って先輩の? それはさすがにやめておいた方がいいんじゃない⋯⋯?」
 意気揚々と拳を振り上げる小平太を、長次は慌てて止めようとした。
「長次は気にならないか?」
「え? ⋯⋯うーん、確かに気になるけど⋯⋯」
 小平太が先輩の力に興味があるのに対し、長次が関心を示しているのは髪色の方だった。桜染めを思わせる淡い色。地毛でないのなら、あの繊細な色をどうやって染めているのかは知りたい。
「それにここって忍者の学校だろ? 一流の忍者になる練習で、先輩にバレずに尾行できたらすごいと思う!」
 心踊る提案ではあった。小平太は先に述べた『変わり者』の最たる人物なのだが、なぜだか長次と馬が合い、ほんの数回寝食を共にしただけで昔からの幼馴染のように気安い仲となっている。そんな小平太からの誘いだ。長次の顔を覗き込む丸い目は、次の言葉を待ち切れずにわくわくと揺れている。
「⋯⋯私も、やってみたい!」
 同意とともに長次の瞳が輝くのを見て、小平太は満足気に頷いた。
「決まりだな! じゃあ今日の放課後、早速やってみよう!」


 教科の授業が終わり、小平太と長次は二年生の教室の外にある繁みへ身を潜めた。
 二年生ともなると放課後も委員会活動や食事当番で忙しくなるようだが、新学期が始まったばかりなのもあってか授業が終わってもどこかのんびりした雰囲気が漂っている。
「来た!」
 戸口を注視していた小平太が小さく告げる。長次も片目だけでそうっと見てみると、目的とする先輩が今まさに教室から出てくるところだった。同じクラスなのだろうか、黒い髪の二年生と連れ立って廊下を進んでいく。長次は小平太と目配せし、先輩二人の後を追った。建物には入らずに、庭にある樹や岩に隠れながら様子を伺う。建物の内外、加えて少し距離があるからか、先輩達が気づく様子はない。もしかして、私たち結構うまくいっているのかも⋯⋯。
 そう思ったところで、先輩たちが図書室に入っていくのが見えた。
「⋯⋯どうする?」
「先輩たちに合わせて入ったり出たりしたらさすがに怪しまれる。このまま見張ろう」
 小平太の言葉に首肯して、物陰でじっと待つ。程無くして先輩が桜色の髪を揺らしながら出てきたが、隣に黒髪の先輩はいなかった。
「一人だな」
「図書室に用事があったのかも。⋯⋯続ける?」
「もちろん!」
 十分な距離を取ってから、二人は先輩の尾行を再開した。


 忍術学園には、桜の群生地がある。
 入学した時には満開だった木々はところどころ若芽の新緑が見え隠れしており、春のやわらかな風で花弁が雪のようにはらはらと舞っていた。
 のどかな景色の中、長次は息を潜めて考える。先輩は、どうしてここにやってきたのだろう。見頃を過ぎた桜を、わざわざ見に? それとも、小平太の言う通り本当に桜の化身なのか⋯⋯?
 幹に隠れつつ小平太の方を見ると、恐らく同じことを考えている顔と目が合った。先輩との距離は、もう六間もない。淀みなく歩いていた先輩の足が止まって、桜色の髷がふと上を向いた。枝越しに整った横顔が垣間見えた、その時。
 ぶわりと強い風が吹きつけた。
「うわっ⋯⋯!」
 小平太も長次も、思わず目を眇めた。散りかけの桜が次々と樹から離れ、吹雪のように二人の視界を奪う。巻き上げられる花びらと砂埃から目を守るのに必死で、春色の風がようやく落ち着く頃には先輩の姿は忽然と消えていた。
「⋯⋯えっ、いないぞ!?」
「一体どこに⋯⋯」
 視線を彷徨わせる二人の上から、何かが降ってきた。
「捕まえた!」
「わあっ!!」
「えっ、あっ、先輩⋯⋯!?」
「俺に聞きたいことがあるなら、直接聞いてくれた方が嬉しいな」
 穏やかな笑顔だった。
 一瞬のうちに、小平太がついさっきまで尾行していた先輩に羽交い絞めされている。状況に理解が及ばないこともさることながら、小平太が全力でもがいても全く解けない先輩の拘束を見た長次は驚きで頭が真っ白になっていた。
 だから、後ろからもう一人の誰かが近づいてくることに気づけなかった。
「さっきから俺たちをつけていたのはお前らか、一年坊主!」
 後ろから強めに肩を掴まれ、長次は飛び上がった。反射的に振り返れば、図書室に残ったと思っていた黒髪の二年生の姿がある。
「ど、どういうことですか⋯⋯?」
「それはこっちのセリフなんだけどなあ⋯⋯」
 訝し気に細められた目が、桜髪の方を向く。視線を受けた先輩は柔和に笑んで、その隙に小平太は身を捩って先輩の腕から無理矢理逃れた。黒髪の先輩が「おっ」と虚を突かれた声を出すが、桜色の髪の先輩は全く動じないまま二人を見つめている。
「君たち、俺を尾行していたよね。なんで?」
 問いかけてくる表情は笑顔のまま。それでいてびりびりと肌を刺す気迫がある。蛇に睨まれた蛙はこのような気持ちなのだろうなと痛感しつつ、小平太と長次はどうしてこうなったかの経緯をつまびらかにするほかなかった。

「なるほど。俺が桜の化身だという噂が一年生の中で広まっている、と」
「はい⋯⋯。それで私たち、本当にそうなのかなって気になって」
「尾行の練習も兼ねて、先輩の後をつけてました⋯⋯ごめんなさい」
「うん、正直に言ってくれてありがとう。⋯⋯ところで勘兵衛。勘兵衛こそ、俺に対してかなり失礼だと思うんだけど」
「いや、だってお前、桜の化身って⋯⋯! ひーっ!!」
 はじめこそ険しい顔つきだった黒髪の先輩は、話が進むにつれ口の端を緩め、終いにはげらげら笑い転げている有り様だった。
「もう。少しは落ち着いてくれないと⋯⋯」
 ぐっと握りしめられた拳を見た先輩は「ごめんごめん」と言ってようやく笑いを引っ込めた。ひとしきり笑った後のつり目の端に、涙の粒が光っている。
「ごほん⋯⋯。お前たちの言い分はよくわかった。で、どうする清右衛門。許すか? それとももっと灸を据えておくか?」
「俺は別に構わないよ。正直に言ってくれたし、俺への嫌がらせでやったことじゃないんだろ?」
 小平太と長次は正座したままこくこくと頷く。
「でも、練習とはいえバレバレすぎだったな! いやあ、伸びしろがたくさんあるのはいいことだ!」
 褒めなのか皮肉なのかよくわからない労いが二人を刺す。唇を尖らせるが、事実なので言い返すこともできなかった。こそこそ動く水色の井桁柄は校庭ではとてもよく目立ち、図書館で別れたと思っていた先輩にうまく挟み撃ちされてしまった、というわけだ。
「まあ、いきなり先輩を尾行するとかいう大胆さに免じて、君たちが気になっていることに答えよう。⋯⋯まず俺は桜の化身でも何でもない、ただの人間」
「ちょっと力は強いけどな」
 黒髪の先輩の補足を待たず、小平太と長次の手が勢いよく挙がる。
「はい! クマを裏々山まで放り投げたって本当ですか!? さっきどうやって桜を吹き飛ばしたんですか!?」
「あれは桜を使った忍術なんですか!? 髪の毛は染めていらっしゃるんですか!?」
「ええい、同時に話すな訳がわからん!」
「えっ⋯⋯さすがに尾ひれがつきすぎてないか⋯⋯? 俺は小型のイノシシを投げ転がしただけなのに⋯⋯」
 謙遜してなお聞き捨てならない情報を開示しつつ、桜色の髪の先輩は言葉を続ける。
「桜は俺が吹き飛ばしたわけじゃなくて、ただの突風。まあ、桜に紛れて背後を取ってやれっていうのは勘兵衛が考えた策だけどね」
「忍術でもないし、桜に紛れる髪色の清右衛門にしかできない芸当だな」
「じゃあ、髪は⋯⋯?」
「よく聞かれるけど地毛だよ。珍しいって言われるけど、うちの一族はみんなこうなんだ」
「そうなんですか⋯⋯」
 先輩は頭巾を外し、髪の生え際まで見せてくれた。僅かに肩を落とした長次に、「なぜそんなに気になる?」という問いが降る。
「お気を悪くされてしまうかもしれないのですが」
 長次は一度言葉を切り、一呼吸した。何となく、先輩の顔を見られないまま言葉を紡ぐ。
「先輩の髪の色が、桜そっくりでとてもきれいだったので⋯⋯染めておられるなら、どうやってこの色を作っているのかと、気になったんです」
 長次が顔を上げると、桜髪の先輩は小さく口を開け、ゆっくり瞬いていた。常に浮かべていた微笑みは消えたように思える。けれど、怒っているようにも見えない。細められた目に、呆れられてしまっただろうかと長次が身を固くした瞬間、横から勢いよく声が飛び込んできた。
「染め方が知りたいのなら、いくらでも教えてやるぞ!」
 黒髪の先輩だった。
「えっ」
「染色には様々な方法があってな、代表的なのは草木染だ。植物から色素を抽出して布や糸に染める技法で、媒染の種類によって発色も変わるらしい。桜は花よりも樹皮を使うことが多くてな、細かく刻んで煮出して染液を作る。そこに布を浸して色を定着させるんだが、定着に使う材料で色がやわらかくも渋くも変化するそうだ。季節や木の状態によっても色味が変わるし⋯⋯」
 奔流の如き解説に、長次は圧倒されつつ聞き入っていた。全く知らないことが次々と出てくるのに不快感はなく、一つも聞き逃したくない。
 一方で小平太は、途中から完全に置いていかれていた。
「あのー、先輩? 長次はあの先輩と何を話しているのでしょうか」
「さあ? 俺にもわからないが、少し話しすぎなのは確かだ」
 桜色の髪の先輩は肩をすくめ、苦笑まじりに制する。
「勘兵衛勘兵衛、おしゃべり癖が出てるよ」
「それで草木染めというのは⋯⋯ん? ああ、喋りすぎているな……。俺の悪い癖だ、悪かった。興味の無い話題を延々と聞かせてしまって⋯⋯」
「いえ、そんなことありません! それより、今の話は授業で習うのですか? ご実家が染物屋さんなのですか? それとも、ご自分で調べられたのですか⋯⋯?」
「ああ、図書室にある本に書いてあったんだが⋯⋯もしかしてお前、知ることが、というか本が好きなのか?」
 図書室、という単語で思わず身を乗り出していたのに気づかれてしまったのか、問われて長次は素直に頷いた。心臓がうるさくなっている。本が好きだ。知らないことを知ることは楽しい。けれど、特別な知識は特別な人に聞かなければならないし、書物は貴重で簡単に手に入らないことも幼いながらにわかっている。忍術学園に入学した長次の目下の望みは、早く図書室を使えるようになって色んな本を読むことだった。
「よしっ! じゃあ図書委員会に来い! まだ委員会は決まってないだろ? 俺からも委員長や松千代先生へ推薦しておくから、委員会選挙が始まったらすぐ図書委員会に立候補しろよ! いやー嬉しいなあ、修補の人手はどれだけあっても助かるからなあ。委員長や先生もきっとお喜びになるだろう⋯⋯」
「勘兵衛、またおしゃべりに……ってもう聞いてないか、あれは。⋯⋯ところで、君⋯⋯えーっと」
「はいっ! 七松小平太です!」
 小平太は瞬時に背筋を伸ばした。
「小平太。俺は力が強い方なんだが、まさか一年生のお前に羽交い絞めを抜けられると思わなかった。お前も力が強いんだな」
「はい、そうみたいです」
「そんなお前にぴったりの委員会がある。体育委員会だ。⋯⋯入るよな?」
「はいっ是非!」
 小平太もまた、目を輝かせていた。生まれながらの怪力を持て余していたのに、入学した途端に全力を出せる相手が二人も見つかるなんて。長次と、目の前のこの先輩。⋯⋯そういえば、名前をまだお伺いしていなかったような。
「おっ、清右衛門も後輩が決まったみたいだな」
「うん。俺と同じで見所があるよ」
「あのー、ところで先輩たちのお名前は何と仰るのですか?」
 勘兵衛のお喋りが途切れた隙に、長次が気になっていたことを問いかける。
「ああ、そうだった。俺の名前は⋯⋯」
 黒髪の先輩は、若王寺勘兵衛。明るくてお喋りで、初夏の日差しのように精悍な先輩。
 そして桜色の髪の先輩が、桜木清右衛門。この春の日のように穏やかで、花吹雪のように苛烈な先輩。
 小平太と長次がこの春出会った、時に尊敬し、時に高い壁としてそびえる二人の名である。

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前回と繋がっているような、そうでもないような話です。
清右衛門が力の強さや髪色のせいで色々心無いことも言われていて、小平太と長次が本心から憧れを示してくれて嬉しかった、みたいなことも書きたかったのですが時間が無かった。

細かすぎて伝わらないポイント:清右衛門が、最初は「君」と言っているが小平太を見所ある後輩と定めてからは「お前」になるところ。