紫よか
2026-03-18 13:30:20
3023文字
Public 刀剣乱舞
 

チョコレート・ローズ・マイハニー

加州清光×花 ホワイトデーの話

 口に入れると甘くやわらかくほどけ、歯で噛むときゅんとした酸っぱさで口の中をいっぱいにした。
 ホワイトチョコレートで包まれたフリーズドライの苺は、箱の中にまあるくちょこんと並んでいて、審神者の少年にとってそれらは、可愛らしくて仕方の無いものであった。

「加州さん、これとってもおいしいわ」
「ほんと? あー、よかった……

 審神者の微笑みを見て、加州清光はほっと胸をなで下ろした。今日はホワイトデー、審神者からバレンタインデーの贈り物を一ヶ月前にもらった彼は、悩みに悩んで返事の贈り物をかれに渡した。マカロンにキャンディー、キャラメル……ホワイトデーに渡す菓子には様々な意味がある。加州清光はそれらを調べて、どれを渡すか迷いに迷い、結局見た目が可愛いからという理由でチョコレートを選んだ。
 チョコレートにチョコレートを返す意味は、『今までの関係を望む』というものらしいが、今この関係がとても幸せな自分たちにはぴったりだろうとも、加州清光は考えたのだ。それに、白はこの審神者らしい、可愛い色だとも思って。

「加州さんも食べて」
「え。いいよ、俺味知ってるし。主が全部食べて」
「あら、美味しいから一緒に楽しみたいの。それとも、試食で食べ飽きちゃったかしら?」
「もー、俺が試食しまくったのお見通し? ……これ、一番あんたっぽいって思ったんだよね。白くて小さくて」
「ふふっ、なんだか嬉しい。なら、中の赤いいちごは加州さんね。はい、あーん」
「そう? ん、」

 審神者はころんと加州清光の口にホワイトチョコレートの粒を転がす。口をもごもごと動かす彼を見ながら、審神者は机に頬杖をついてにこにことし続けるのであった。

「私、本当にうれしい。来年も加州さんに渡すわね、特別なバレンタインのチョコレート……ううん、来年なんて言わず、ずっと、毎年」

 うっとりとした顔で審神者は言う。その言葉に、加州清光の喉が一瞬だけ詰まった。

……ずっと、ね」

 軽く返したつもりの言葉は、思ったより小さくて、少しだけ掠れていた。"ずっと"なんて、簡単に口にしていい言葉じゃないことくらいわかっている。今は戦時下で、審神者の少年はとてもやわくて脆くて、加州清光は刀剣男士だ。でも、目の前の主は、疑いもなくやわらかな声で言うのだ。
 まるで、今日の延長に明日があって、その先にも、同じようにふたりでいられると信じているみたいに。

……ずるいよなあ)

 加州清光は、口の中でほどける甘さと、遅れてくる苺の酸味をゆっくりと飲み込んだ。さっきまで『かわいいから』なんて軽い意味で選んだつもりだったのに。こうして、審神者が嬉しそうに笑うのを見ていると、それだけではなかった気がしてくる。

……あんたさあ」
「なあに?」

 頬杖をついたまま、彼を見つめるかれ。
 逃げ場がないくらいまっすぐで、でも、どこまでもやわらかく優しい。

「そんな顔で言うの、反則」
「まあ、どんな顔だった?」
……幸せそうな顔」

 審神者は一瞬きょとんとして、それからふふっと笑った。

「だって、幸せだもの」

 ああ、やっぱりずるい。こんな風に言われて、何も返さないなんて、加州清光にはできるわけがないのだ。彼は視線を少しだけそらして、指先で机をとんとんと叩いた。胸の内側に、まだ言ってない言葉と、渡していないものが引っかかっている。
 
……どうすっかな)

 用意してある。ちゃんと、あの時のお返しとして選んだものが、もうひとつ。
 チョコレートだけじゃ、足りないと思ったから。あの日、かれがくれたものに、応えたくて。
 でも、

(や、タイミング……

 今目の前のかれが、こんなに嬉しそうにしている。チョコレートだけで。この空気を壊してしまいそうで、それは何か違う気がするし、かといってこのまま何も言わないのも、逃げるみたいで。

……加州さん?」
「え? あ、なに?」
「さっきからすこしそわそわしてるみたい}
「してないし」
「ええ? ふふ、しているわ」
 加州清光は思わず苦笑した。こういうところは、審神者は本当によく見ている。
「あー、まあ、ちょっとだけ」
「どうしたの?」

 まっすぐな問い。隠せる気がしない。加州清光は一度息を吐いて、懐に触れた。小さく包まれた、もうひとつの贈り物。
 心臓が、少しだけ早く打つ。戦の時とも違う、妙に落ち着かない感覚。

……あのさ、主」
「はい」

 呼ぶと、すぐに返ってくる声。逃げ場は、やっぱり無い。

「もう一個……あるんだよね、お返し」
「まあ……! 本当?」
「うん、だから……その……ちゃんと、最後まで付き合ってよね」

 ぶっきらぼうに言ったつもりだったのに、どこか照れが混じってしまうのを、加州清光は自分で感じていた。
 審神者は、そんな彼を見て、やはりやわらかく笑う。

「もちろんよ。加州さんの全部、ちゃんと受け取るわ」

 その言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなるのを加州清光は感じた。
 
 甘いチョコレートの余韻と。
 まだ渡してない想いと。

 そのどちらも抱えながら、加州清光は小さく息をついた。

「じゃあ主、ちょっとじっとしてて」
「? ええ」

 机を挟んで向き合っていた審神者の背後に、加州清光は回り込む。そして、懐から"それ"を出して、かれのうなじに──

「ひゃ、なあに加州さん! ……まあ! いい香り……!」
「へへ、香水。好きな香りだった?」
「ええ……! これは……薔薇かしら」
「そ、あたり」

 それはけして重くなく、むしろ空気に溶けていくほど繊細で、少年が息を吸うたびに胸の奥に静かに落ちていった。やがて、その奥から熟れすぎない果実のようなたっぷりとした甘さと、わずかな青さが混ざり合い、触れたら崩れそうな、しかし堂々とした、華やかな花の香り。

……香りって、人間が最後まで覚えているものなのよ、加州さん」
「知ってる。だから選んだんだよね。俺は……俺はあんたの一番で、最後がいいからさ」
「すてきなことを言うのね」
「思ったこと言っただけ」
「ふふ。この香り、加州さんみたいな香り」
「そう? 良いこと言うじゃん」
「思ったことを言っただけよ」

 加州清光は審神者を後ろから抱きしめた。腕をかれの胸元に回し、あごを肩に乗せ、鼻を首筋に。かれが纏う香りは、店で試しに嗅いだ香りとも少し違っていて──かれ自身の香りと混ざった、かれだけの香りなのだと……これがかれの記憶の一部なのだと、加州清光は胸の内をいっぱいにした。

「加州さん、私ね……加州さんがだいすきよ」
……うん」
「歌仙さんたちに詩でも習おうかしら。上手く伝えられないわ。でもね、ほんとうに好きなの、特別なのよ」
「知ってる。伝わってるよ」
……よかった」
「俺も、あんたが俺のことを一番好きで、幸せだよ。……愛してる」
……ふふっ、知ってる。伝わっているわ」

 はい、もう一個。と審神者は加州清光の口元にチョコレートを差し出す。受け取った彼の口の中でゆっくりととろけるホワイトチョコレートは、たった今流れゆく優しい時間に味があるならばこんな味なのだろうと、ふわりとひろがる薔薇の香りとともに、時間を幸福色にするのであった。