ぶんどき
2026-03-18 12:53:10
3139文字
Public TRPG
 

舞台××

プラよだ 現行未通過❌
本編後のHO1の話。

 残された寿命は一ヶ月。その間に俺にできることはなんだろうか。いつ死んでもいいように、部屋は常に物が少なく綺麗だった。死ぬ日が決まっているとなると準備がしやすくて助かる。以前より抱えていた希死念慮が薄れたところで、慧人が何度も試して何度も失敗した運命が覆るとも思えなかった。
 慧人は最後まで抗うと言っていたし、俺も生きる道があるのならそれを望むけれど──未だに慧人から打開策の進展の報告はないのが答えではないだろうか。
 だから俺は、慧人に我儘をこぼした。「もし死ぬのなら舞台上で、役者として死にたい」と。それを聞いた彼は複雑そうな表情を浮かべたものの「そうだね」と頷いてくれた。
 そこから劇団「プラトン」の最終公演と銘打って準備を始めた。脚本はいつも通り鷹橋監督に書いてもらった。登場人物は主演の二人のみ。
 いつも舞台を照らしてくれる駒場も、ニーズに合わせ器用に小道具を作ってくれる春日井もいない。最低限の裏方仕事は篠山が買って出てくれたが、それでも簡素な舞台には違いなかった。
 公演のチケットは即完売した。不可解な事故や死体遺棄事件で世間を騒がせた劇団「プラトン」の残ったメンバーで行う一度きりの最後の公演。星永慧人の人気もさることながら、野次馬精神でチケットを買う者、驚くことに大学時代の自分のファンだと名乗る人もいくらか現れた。

 監督に脚本を頼む際に、一つだけ注文をつけた。それは、「最後は登場人物の二人が心中をして幕引きにしてほしい」と。
 これは、ただの舞台ではない。狭間翠煌と星永慧人の人生の幕引きのための舞台なのだ。
 監督から渡された台本を読んで俺達は顔を見合わせた。それはまるで「プラトンの余談」だった。
 劇団の人気役者の二人が共に世界を滅ぼしたところから話は始まる。終わってしまった世界の中心で二人は同僚達を懐かしむ。劇団に潜入した公安警察とその幼馴染み、劇団の経営者と裏方の弟を、二人で代わる代わる追想するように演じ回顧する。それぞれの物語を終えた後、残った二人の過去に触れ、世界を滅ぼすに至った経緯が明らかになる。物語の最後は疲れ切った二人が安寧を求め世界と共に心中する。──そんなストーリーだった。監督のことは変にカンが鋭いと思っていたがここまでとは。どこかから見ていたんじゃないか。
 配役を相談し、慧人が幼馴染みと経営者を、俺が公安警察と裏方の弟を演じることになった。二人で何役もこなす想定の脚本の構造に実力が試されると思った。しかし、それは監督からの信頼でもあるのだろう。俺達は役者だ。他人の人生を何度もその身に下ろしてはなぞりきるのだ。そこにいた、確かにあった「余談」を観客に伝えるために。

 そして迎えた公演当日──俺の命日。何が起こるかわからない。途中で照明が落ちてくるかもしれないし、舞台セットが倒れてくるかもしれない。せめて公演は最後までやらせてくれよと願わざるを得なかった。自分の幕引きくらいは自分で決めたい。
 今日、劇の終わりに星永慧人と心中をする。なんて自分勝手で無責任、演劇に人生を囚われた二人の末路に相応しい舞台だ。服毒するための毒薬は慧人が用意してくれた。最後の心中シーンでこれを飲み、俺達は本当にそこで息絶える。舞台の上で、役者として人生を終えるのだ。

 劇団「プラトン」の最終公演、『余談』が始まった──。

 劇は滞りなく進んでいく。簡素な舞台だが、俺と慧人の演技力で有無を言わせない。そこに存在するように、景色が脳裏に浮かぶように。観客を惹きつける。問題なく足は動くし台詞も出てくる。慧人が隣にいるからだろうか、怖くなかった。彼と演じることが最高に楽しいと、のめり込んでいく。久しぶりに大学時代のことを思い出す。彼の、星永慧人の演技が大好きだった。慧人は俺の演技に惹かれたと言っていたがそれは俺も同じだった。慧人の演技はいつも眩しくて、素直で、自分にないものを持っていた。人一倍練習している努力家なことも知っている。その瞳の奥に想像できないくらい熱い想いを秘めていることも知っている。俺に対する執念も、愛情も、全部。全部知っているんだ。
 だから俺も演技で応えよう。──君となら、世界を滅ぼしたって良かったんだから。

 事件も事故も災害も起きないまま劇はラストの心中のシーンまで進んだ。よかった、ここまで来れて。
 舞台の照明は中央のスポットライトのみ。二人で寄り添った俺達はその場に座り込んだ。慧人が懐から毒薬の入った小瓶を取り出し、蓋を開け、口に含む。次の瞬間、慧人に抱き寄せられる。──え、この場面こんな流れじゃなくない? 小瓶を早く渡してくれない? そう思ったのも束の間、慧人に口づけられた。あろうことか彼は、口に含んだ毒薬を口移ししてきたのだ。アドリブが苦手な慧人らしくない!
 毒薬は甘いシロップのような味がした。痺れるような甘ったるさに頭がくらくらする。観客も皆息を呑んでいるのがわかる。このまま次第に苦しくなって、息もできなくなって──。
 その時は、いつまで経っても訪れなかった。嚥下した毒薬は全身を巡るはずなのに一向に身体に変化が訪れない。そんな馬鹿な。慧人を見ると彼は動揺した様子もなく、ただ微笑んでいた。今は心中シーンだ。苦しむ素振りを見せ、慧人に縋り、二人でその場に倒れ伏す。もちろん演技だ。物言わぬ屍となった重なり合う二人に再度スポットライトが当たり、静かに幕は降りた。
 観客から割れんばかりの拍手が湧き起こる中、舞台袖で慧人に詰め寄る。
「ちょっと慧人!? 何あれ、というか、毒は、」
「ごめん。それ遅効性、かも」
 申し訳なさそうに慧人は申し出る。
「馬鹿なの?」
 呆れた。舞台上で死ねなかったではないか。
「いつ毒が回るかわからないからさ、早く家に帰ろう。翠の家でいい?」
「はぁ。もう、わかったよ」

 帰宅後、まだ俺達は生きていた。いつ死んでもいいようにベッドに潜りながら話をする。
……そういえば、最後の、あれ何。練習じゃあんなことしなかったのに」
 あんなこと、とは口移しの件だ。
「なんでだろうね。最後だったからかな」
「答えになってない」
 そんな軽口を叩きつつ毒が回るのを待つ。
 時計の針は日付が回る五分前を指していた。あと五分以内に本当に死ぬのだろうか。

「ねぇ慧人」
「なに、翠?」
「ありがとう、一緒に舞台に立ってくれて」
「それを言うならこちらこそ」

 そんな別れの言葉も軽く交わし。あと三分。

 そしてついに──二つの秒針が十二のところで重なった。日付が変わったのだ。二人で顔を見合わせる。

……嘘、生きてるんだけど」
「翠……生きてる」
 慧人は感動するように声を震わせる。
「毒、さすがに回るの遅くない?」
「ごめんね、翠。あれ、毒じゃないんだ。ただの甘いシロップ」
…………は?」
 告げられた言葉の意味がわからず思わず間の抜けた声が出る。
「日付が変わるまで、怖くて言えなかった。本当に死んでしまうんじゃないかって」
「舞台は滞りなく進んだ。帰宅も無事にできた。だから、あとは日付を超えるだけだった」
「こんな簡単なことなのに、俺は、ずっと失敗し続けて、」
「でも、翠。生きててくれてありがとう。俺達、運命に、打ち勝ったんだよ」
 慧人に優しく抱きしめられる。腕の中で体温を感じ、自分が生きていることを実感した。
……君って本当に、どうしようもない奴」

 舞台心中は失敗したけれど──まぁ、それは今じゃなくてもいいか。
 気が抜けたのか安心したのか眠気が襲ってくる。目を閉じ、二人で眠りについた。