ヨツダの家は、駅から少し歩いた場所にあるごく普通のマンションだった。別になんて事はない。先に到着していた宗真の前に、エントランスからヨツダが降りてくる。
「そういえばさ、ヨツダの家に来るの初めてだな。小学校の頃は稽古漬けだったし、放課後遊び行くとかも無理だったもんなー。にしてもマンションってすげーな!」
「……別に、なんてことない普通の家だろ」
「えー?そうか?オートロックとか普通にかっこよくね?なんか未来って感じするし」
(オートロックなんて昔からあるだろ。ていうか敷地内に道場がある一軒家の方がどう考えてもすごいと思うけど。しかもお姉さんたちとこいつの部屋もちゃんとあって……何LDKなんだ、あれ)
ヨツダは口に出しては突っ込むこともなく、オートロックを解除する。
エレベーターに乗り、吉田家に入った。
「お邪魔します!」
「……ここ、俺の部屋。ちょっと座って待ってろ。飲み物とか取ってくるから」
「おー、ありがと!」
部屋に通され、宗真はベッドの端に腰掛ける。男子中学生らしい、少し散らかった部屋。机の上には教科書とゲーム機、壁には地元のサッカーチームのカレンダー。
(へー……意外と普通だな。……ていうか、こいつもお年頃だし……なんかこう、隠してるモノとかあったりすんのかな)
視線が、無意識に棚や引き出しの方へ向く。
「……。
(いやいやいや!勝手に物色するのはダメだろ!そもそもあったとしても、見つけたら気まずいだけだし!)
そう自分に言い聞かせて、慌てて視線を戻す。その時、ドアの向こうから声がした。
「おい、宗真。麦茶でいいか?」
「あ、うん!」
(……なんか、初めて行く人んちって緊張するよな。ヨツダの家だってのに)
宗真は落ち着かない様子で、ベッドの上に置かれたクッションを軽く叩く。するとヨツダがキッチンから戻ってきた。
(……こいつ、俺がいない間に勝手に部屋のもん漁ったりしてないだろうな……)
そんな不安を抱えながら。
「悪い。麦茶なかったから…飲み物、ペットボトルだけど……これでいいか?」
手にはジュース、お茶などの500mlのペットボトルが数本。それに、コンビニの袋からチョコパイも出してテーブルに置く。
「うん、いーよいーよ!いただきますっ!……あっ、そうだ。オレもお菓子持ってきてたの、出すの忘れてた!」
そう言って宗真が差し出したのは、国道沿いにある、地元では有名な店のシュークリームだった。
「おー、ありがとう。これ美味いよな。じゃあ、皿出してくるからちょっと待ってろ」
再び部屋を出ていくヨツダを見送りながら、宗真は無意識に部屋を見回す。
(なんかほんと……普通の部屋だな。……ていうか、面白いものとか置いてないのかな……)
一瞬、棚や引き出しに視線が向きかけて、すぐに思い直す。
(いやいや。オレの部屋漁られたら嫌だしな……。まあ、ヨツダは絶対そんなことしないけど)
一拍置いて、ふと考える。
(そういえば女の部屋って、なんかタブー感あるのに……その点、男の部屋って気安いっていうか。すぐ「エロ本あるかな?」とか考えちゃう感じ)
少し眉をひそめる。
(……よく考えたら、それも変な話だよな)
そんなことを考えているうちに、ヨツダが皿を持って戻ってきた。
「ほら。じゃあ、食おうぜ」
「おー!」
テーブルを挟んで向かい合い、ペットボトルを開ける音が重なる。他愛もない時間が、ゆっくりと流れ始めていた。
「シュークリームうめー!チョコパイも安定の美味さだなっ」
「……俺の部屋、面白い物あったか?」
ぎくりとする。
「な、なんでそんなこと聞くんだよっ!?なんか恥ずかしいもんとかないかなー、とは思ったけどさ!言っとくけどわざわざ漁ったりはしてねーからな!」
「……なんとなく聞いただけなのに、全部白状するじゃん」
「き、汚ねーぞっ!ヨツダのくせにオレを罠に嵌めるなんてっ」
「お前、単純だからな」
(……でも、勝手に漁ったりはしてないって意味では、意外と良識あるよな。こいつ)
「まあ別にさ、仮に恥ずかしいもんがあったとしても、変だとは思わねーよ」
「……え?」
「だってオレだって、そういうのに全然興味ないかって言われたら……言い切れねーし。今の見た目はこんなんだけどさ。でも女だからって中身まで急に清らかになったわけでもねーし」
ヨツダは黙ったまま、宗真の方を見ている。
「だからさ、もしヨツダの部屋にそういうもんがあっても引かねーよ。別に普通だろ?」
「いや、勝手に『ある』前提で話すなよ」
少し間が空いた。ヨツダはチョコパイを一口かじり、視線を逸らしたまま口を開く。
「……お前、変なところで妙に大人だよな」
「へ?どのへんが?」
「いや……そのまんまの意味」
(人の部屋漁って「ヨツダの部屋にエロ本があった」とか大騒ぎしそうな顔してる癖に、意外とそうでもないんだよな。一応、本当に見られたくないものは隠してるけど)
「つーかさ、ヨツダ」
「……ん?」
「オレのこと、今どう思ってんの?」
ヨツダは一瞬言葉に詰まる。
「最近さ、みんな『もう女子だよね』みたいな扱いしてくるからさ。ヨツダはどうなのかなーって。まさか、まだ男に見えてんのか?」
少し考えてから、ヨツダは正直に答えた。
「……女のお前が何してても、男だった時のお前の顔が、どうしてもチラつく。あと正直、前より距離感はわかんなくなった。でもさ……お前はお前だろ。変わってるようで、変わってない。……と、思う」
宗真は一瞬きょとんとして、それから照れ隠しのように笑った。
「なにそれ。ちょっとカッコいいこと言ってんじゃん」
「うるさい」
(……なんだよ。変に気まずくなるかと思ったのに。こうやって普通に話せるの、やっぱ楽だな)
と、宗真は思う。
「なあ、次はまたオレの家来る?」
「……いいのか?」
「いいに決まってんだろ。あ、オレの部屋、勝手に漁ったりするなよ?」
「しねーよ」
二人は顔を見合わせて、同時に吹き出した。夏の午後の、なんてことない時間。けれどヨツダにとっては、宗真との距離が――ほんの少しだけ、変わった気がした。
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