中間テストが終わり、宗真のクラスにはどこか緩んだ空気が漂っていた。
「今日から体育祭の準備を始めます。まずは体育祭実行委員を男女それぞれ一人ずつ決めて、その二人に競技希望の取りまとめをお願いしましょう」
(別にそんなめんどくさいことやりたくないんだけど
……って、オレって男女どっち枠なんだ?)
「はいはいはーい!女子はあたしがやりまーす!」
(あー、よかった、ちなつがやってくれた
……って今、オレ自分で女子枠扱いしてたな)
宗真がセルフツッコミをしている間に、男子の実行委員も決まった。男子のほうの代表
――河口というが、覚える必要はない
――を見定めるようにゆきがじっと見つめていたが、彼はそのことに気づいていない様子だった。
(まあ、あの子ならちなっちゃんには何もしないだろう
……)
「はーい!じゃあ、皆さんはリレー以外の出たい競技を考えておいてくださーい!先にリレーの選手を発表します!」
河口が黒板に「騎馬戦、玉入れ、借り物競走
……」と書き込んでいく。
「リレーは100m走のタイム順で、男女それぞれ上位2人と補欠2人。男女それぞれ4人ずつね〜。では男子の代表が○○くん、○○くん
……で、女子があたしと、月城さん。補欠が
……」
(えっ
……リレー?めんどくさ
……)
「あのさ、ちなつ。オレって女子枠でいいのか?」
「当たり前じゃん。タイム測った日も女の子だったでしょ?
……もしかして体育祭の日は男の子の日とか?」
「いや、たぶん違うと思うけど
……」
宗真は生徒手帳を開き、カレンダーを確認した。新月の日には、以前から念のため静乃に丸をつけてもらっている。
体育祭当日と予備日も含めて見直したが、新月とは被っていないようだった。
「そっか。じゃあ月城さんは女子枠で決めたいと思いまーす!」
その瞬間、教室の男子たちがざわっと色めき立った。
「
……なんでお前ら、そんな嬉しそうなんだよ」
「可愛い女子は一人でも多いほうがいいだろ!目の保養だよ、目の保養!」
(最近、男のオレの扱いどんどん酷くなってないか
……?もし何かのきっかけで呪いが解けたらって考えると、逆に怖くなってきた
……)
「あと、競技とは別なんだけど〜。応援合戦やりたい人ー!女子はチアダンスだよっ!」
勢いよく手を挙げたのは、ちなつ一人だけだった。
「
……あれ?可愛い服着て踊れるんだよ? あともう一人、いけない?」
「スカート短いでしょ?私太ってるから、足出すの恥ずかしい
……」
「ダンスとか苦手で
……」
「じゃあ、ゆきは?」
「私もダンス下手だから
……ごめんね。でも、動画は撮るから」
「うーん
……一クラスから二人出さないといけないんだよね
……宗真とか、ダンスできないかなー?」
そう言って、ちなつはちらりと宗真を見る。
(まあ
……ちなつも困ってるし、身体動かすのは嫌じゃねえし
……可愛いっていうチアの衣装も、ちょっと気になるけど)
そう考えた瞬間、宗真に向けて、男子たちの視線が露骨に集まった。
「なあ
……チアってさ
……ジャンプしたりするよな?」
「スカート短いんでしょ?動いたら結構
……その
……見えたりしない?」
「でも月城なら元男子だし、その辺気にしないよな?」
どれも冗談めいた口調だった。笑っているし、悪気がない“つもり”なのも分かる。
でも
――
(
……うわ)
胸の奥が、すっと冷える。
(なんだよ、その聞き方。オレの動きとか、応援とかじゃなくて
……最初から、そこ見てんのかよ)
「応援席近かったらさ、テンション上がるよなー。男子全員」
(
……無理。このタイミングで手を挙げたら、こいつらを喜ばせるためにやるみたいじゃねえか。ていうか
……この目線、キモい)
さっきまでぼんやりしていた違和感が、はっきりとした形を持って、胸に引っかかる。
(ヨツダや海成はこんな見方、しないのに。あいつらは、オレが何するかより先に、オレそのものを見てた。でもこいつらは違う
……なんか、オレじゃなくて
……手の届きやすい「女」ぐらいに思ってるような、イヤな感じ)
教室のざわめきの中で、宗真は、無意識のうちに肩をすくめていた。
その空気を察したのか、ゆきが一歩前に出た。
「
……ねえ。月城さんがやるかどうかは、本人が決めることでしょ」
教室のざわめきが、すっと静まる。
「“元男子だから”とか、そういう理由で囲むの、ちょっと違うと思う」
「え、いや
……そんなつもりじゃ
……」
「でも、今の言い方は月城さんが嫌がると思う」
ゆきはそう言って、ちらりと宗真を見る。責めるでもなく、探るでもない、ただ確認するような視線だった。
「体育祭はクラスの行事なんだから。やりたい人が、納得してやるのが一番でしょ?」
「
……確かに」
男子たちは気まずそうに視線を逸らし、先ほどの熱は少し引いていた。
(
……助かった。ゆき、こういうとこ本当に鋭いんだよな
……)
宗真の胸の奥にあった、言葉にできないモヤっとした感覚が、少しだけ輪郭を持った気がした。
宗真は、少しだけ間を置いてから、ゆっくりと手を挙げた。
「
……オレ、やるよ」
「えっ!?本当!?やってくれるの!?ありがとー!助かるー!」
ちなつは喜んだ。河口が応援合戦の下に「月城」と書いた。
「
……言っとくけど、お前らのためじゃないからな。オレがやりたいって思っただけなんだからな!」
(古のツンデレ
……?これはこれでアリ
……!)
宗真はツンデレのつもりなどまったくなく、本心を言っただけだったのだが、男子たちはどこまでもおめでたい連中だった。
そしてリレー以外の競技決め。宗真は本当は障害物競走に出たかった。途中でマシュマロが食べられる、というなんとも子供じみた理由からだ。
しかし希望者が多く、競争率は高い。渋々決まったのは
――借り物競走だった。
「ちなみに借り物競走のお題は、体育祭実行委員が集まって出し合いまーす!楽しみにしててね〜♪」
「
……なんか、嫌な予感すんなぁ」
ホームルーム中、話し合いが一段落した頃。担任が、宗真に声をかけてきた。
「あのね。美術部の進藤先生からの伝言なんだけど。忘れてるかもしれないけど、今日からモニュメント作りだから。部室、来てくれる?」
「あっ
……そうでした」
(完全に忘れてた
……リレーに、チアに、モニュメント作りに、借り物競走
……体育祭、オレの身体、足りるのか
……?)
そして、休み時間。
「ゆき、ありがとな。正直、興味はあったんだけどさ
……あの流れで自分から言うの、ちょっとキツくて」
「ううん。ちなっちゃん困ってそうだったし、宗真も本当は興味あるんじゃないかなって思って
……一か八か言ってみただけ。それより
――」
「?」
「うちのお父さん、カメラ好きでね。家に結構いいのがあるんだ。何Kとか、そういうやつ」
「
……???」
「本番はそれで、ちなっちゃんも宗真もバッチリ撮るよ。お父さんと2カメ体制で撮るから。録画、楽しみにしててね」
「た、頼もしいな
……」
放課後の美術室。
宗真は、約ひと月半ぶりにその扉を開けた。中に足を踏み入れた瞬間、鼻先をくすぐるのは絵の具と木材の匂い。部室の空気は、記憶していたまま少しだけ雑然としていて、あちこちからオタクトークが飛び交っているのも相変わらずだった。
ただ一つ違うのは、部員たちが全員ジャージ姿で、木材を運んだり、ノコギリで切ったり、いかにも「作業中」といった動きをしていることだった。
「あー、月城だー! 久しぶり!」
「よ、よお
……」
懐かしさと気まずさが半々になったような返事になる。
「最近全然来ないからさ、辞めちゃったのかと思ったよ〜。そうだ、ジャージ着てきた方がいいよ。準備室、今誰もいないし。着替えに使っていいから。
……あ、誰も覗かないから安心してね」
「んな心配してねぇよ!」
反射的にツッコんでから、宗真は言われた通り準備室に向かい、ジャージに着替えた。制服を脱いで、ジャージに袖を通す。鏡に映る自分を一瞬だけ見て、すぐ視線を逸らした。
(
……こういうとこ、前より気にするようになってんな)
再び美術室に戻ると、木材のぶつかる音と、誰かがラジオ代わりに流しているスマホの音が混ざっていた。
「
……で、何手伝ったらいいんだ?」
「んーとね
……とりあえず、この絵の具で、この板を一面塗りつぶしてもらっていい?」
差し出されたのは、大きなベニヤ板と、たっぷり入った絵の具のバケツ。体育祭のモニュメント用らしく、下地作りの段階のようだった。
「よし、わかった!」
宗真は迷いなく刷毛を手に取る。単調な作業だが、考え事をするにはちょうどいい。刷毛を動かすたび、板の上に色が広がっていく。
(
……なんか、落ち着くな)
美術室の隅で、宗真は黙々と板を塗り続けていた。
宗真はベニヤ板に色を塗りながら、先ほど教室で起きた出来事を思い返していた。刷毛を動かすたび、乾いた木の色がゆっくりと塗り替えられていく。
(チアかあ
……練習は明日からみたいだけど
……オレにできるかな)
単純な動きの繰り返しは、考え事を呼び寄せる。
(そういえば、美術部に入ったのも、友達ができなかったからだったな。
……でも、結局なんとかなったし)
刷毛先を揃え、できるだけムラが出ないように、丁寧に塗りつぶしていく。板の色は、少しずつ、確実に変わっていた。
(あの頃は、女子の輪にも男子の輪にも入れなくて。男子のバスケに、無理やり混ざったりしてたっけ)
ふと、教室で向けられた視線を思い出す。
(
……なのに今は、あいつらに「かわいいオレ」を求められるのが、なんか無理になってきてる)
理由はうまく言葉にならない。ただ、胸の奥に小さな拒否感だけが残っている。
(なんでだ?ヨツダや海成には
……むしろ、見てほしいって思うのに)
刷毛はもうほとんど同じ場所を行き来している。塗る必要はないのに、手だけが止まらなかった。
(これも
……女心ってやつなんだろうか?オレ、このまま
……心まで本当に女みたくなっていくのかな?でも、身体がそうなんだから
……別に、問題はない
……のか?)
その瞬間。
「つ、月城!はみ出てる!」
「え!?あ、やべっ!」
気づけば刷毛は板を越え、床にまで色を伸ばしていた。宗真は慌てて雑巾を取り、床の塗料を拭き取る。
「もう、気をつけてよねー」
「わりいわりい
……」
軽く謝りながらも、宗真の胸の奥には、まだ拭いきれない考えが残っていた。
17時50分。部活の時間が終わった。宗真が昇降口へ向かうと、ちょうど靴を履き替えていた海成と鉢合わせる。
その顔を見た瞬間、宗真の表情がわずかに緩んだ。
「あ、海成。今帰りか?途中まで一緒に帰ろうぜ」
「うん!今日は図書委員の日だったから」
そう言って、二人は並んで歩き出す。夕方の校舎は静かで、昼間のざわつきが嘘みたいだった。
「宗真くんも、今日は遅いね?」
「オレ一応、美術部だからさー。体育祭で使うモニュメント作んないといけないんだ」
「そっか
……体育祭の準備、か」
「ん?なんか元気ない?」
海成は少し間を置いてから、視線を前に向けたまま答えた。
「僕、運動苦手だからさ。徒競走も、いつもビリだし
…競技で、足引っ張らないか心配で」
「そっか
……」
少し考えてから、宗真はいつもの調子に戻る。
「でもさ、当日はオレのかわいいチアダンス見て元気出してくれよな!」
「え?応援合戦の
……宗真くん、やるんだ」
「クラスでやりたいやつ少なくてさ。ちなつと一緒に出るんだ!チアの衣装、可愛いらしいぜ?」
「そうだったんだ
……宗真くんが応援してくれるなら
……僕も、頑張れるかも」
「まあ、オレは赤組で、お前らは黄組だけどな!かわいいオレの応援なら、敵同士とか関係ねえだろ?」
「
……うん」
その返事は小さかったけれど、どこか安心したような響きがあった。
(やっぱり
……海成は、クラスの男どもとは違うな)
夕焼けの中、二人の足音だけが、静かな通学路に続いていた。
翌日、放課後。宗真はチアダンスの練習のため、ちなつと一緒に集合場所の体育館に来ていた。体育館には、すでに数人の生徒が集まっている。その中で前に立ったのは、いかにも慣れていそうな三年生
――高砂だった。
「じゃあ、まずはお手本ね。通しで一回、踊ってみるから見てて」
音楽が流れ、高砂が動き出す。腕を大きく振り、足を高く上げ、テンポよくステップを踏んでいく。
(なかなかハードそうだな。ていうか、結構足上げてるけど
……あれ、下から見たら普通に見えないか
……?
……あ、そうか。このときも見せパン履くのか)
曲が終わり、高砂が軽く息を整える。
「どうだった?ちょっと難しそうに見えたかもしれないけど、同じ動きの繰り返しも多いからね。まずはゆっくりやってみよう」
「はいっ!」
「ここまでで何か質問ある人?」
少しの沈黙。宗真は、ふと手を挙げた。
「あの
……」
「はい、どうぞ」
「チアの衣装って
……見せパン、履きますか?」
ずこーーーー!体育館中の空気が、一斉に崩れ落ちた。
「そこ気にするとこ!?」
質問を受けた高砂は一瞬きょとんとしたあと、苦笑いする。
「もちろん履くよ。安全対策はちゃんとしてるから安心して」
「
……ですよね」
(よかった
……いや、別に何でもないけどさ
……)
周囲の視線を浴びながら、宗真は小さく肩をすくめたのだった。
音楽が、もう一度流れ始めた。
「じゃあ、今度はみんなでやってみよう。最初は振りを追うだけでいいからねー」
宗真は、前列の動きをじっと見つめる。腕の振り、足の運び、重心の移動。
(順番は
……こうか)
頭で考えるより先に、身体が反応していた。稽古で培った感覚が、言われた動きをそのままなぞっていく。
動きはまだぎこちないが、止まらない。テンポにも、意外とついていけている。
「
……え」
横で踊っていたちなつが、ちらりと宗真を見る。
「すごっ!なにそれ、あたしより踊れてるじゃん!」
「え、マジ?」
自分では必死に真似しているだけのつもりだった。だが、鏡に映る動きは、周りと大きくズレていない。高砂は少し目を細めて、宗真の動きを観察していた。
「ほんとだね!月城さん、筋がいいよ」
「え
……?」
「言われた動きをそのまま再現するの、得意でしょ?」
「
……まあ、割と」
高砂は頷いてから、軽い調子で続けた。
「小柄だし、動きもはっきりしてるし
……どうせなら、センターやってみる?」
その言葉に、宗真とちなつ、そして周囲が一斉に固まる。
「センター!?」
「え、ちょ、ちょっと待ってください!?」
(なんでそうなるんだよ!?)
体育館の中央で、宗真の心臓だけが、少しだけ速く鳴っていた。
「いいじゃん!」
間髪入れずに、ちなつが声を上げた。
「センターとか、めっちゃ目立つしさ!宗真、動きもきれいだし、絶対映えるって!」
「いや、待て待て
……!」
思わず一歩引く。頭に浮かんだのは、教室で向けられた、あの視線だった。
(センターってことは、もっと見られるってことだよな
……)
体育館の真ん中。四方から集まる視線。昨日感じた、あの居心地の悪さが胸をよぎる。
「
……それは、ちょっと
……」
言いかけた、そのとき。
――昨日の帰り道が、ふと脳裏に浮かんだ。
『宗真くんが応援してくれるなら
……僕も、頑張れるかも』
夕焼けの中で、少し照れたように言った海成の声。
(
……そうだ)
さらに思い出す。
『本番はそれで、ちなっちゃんも宗真もバッチリ撮るよ。お父さんと2カメ体制で撮るから』
ゆきの、当たり前みたいな顔。
(オレが踊るのって
……クラスの男どもに見せるため、じゃないよな。海成とか、ゆきとか
……ちゃんと分かって見てくれるやつらが、楽しんでくれたら、それでいい)
胸の奥にあった引っかかりが、少しずつ形を変えていく。宗真は、もう一度前を見る。
「
……センター」
「ん?」
「やるなら
……ちゃんとやる。でも、“注目されたいから”じゃねえからな」
ちなつは一瞬きょとんとしてから、にっと笑った。
「はいはい。身内限定サービスってことね?」
「うるせ」
高砂は、宗真の表情を見て小さく頷いた。
「うん。いい顔してるね。じゃあ、仮でセンター。様子見ながら決めよっか」
「
……はいっ!」
体育館の真ん中に立つと、さっきよりも少しだけ、床が広く感じた。
(大丈夫だ。これは
……オレが選んだ場所なんだから)
音楽が、再び流れ始めた。
そして練習を終え、解散となった。
「いやー、踊ったねー! コンビニでアイス食べてかない?」
「お、いいな!ハロハロ食いてー!」
二人はそのままミニストップへ寄り道し、イートインの列に並んだ。運動後の身体には、冷房の効いた店内と甘い匂いが心地いい。席について、向かい合ってアイスを口に運ぶ。
「やっぱ王道のラムネだよなー」
「あたしはメロン! それにしてもさ、早く衣装着て踊りたいよね〜」
「だなー。体操着だと雰囲気出ねえし
……あれ?」
ふと視線を上げた先、レジ前に見覚えのある横顔があった。
――ヨツダだ。ただし、今日は一人ではなく、サッカー部の仲間たちに囲まれている。笑いながら、肩を組まれ、男子特有の距離感でじゃれ合っている姿。
(
……あ)
それを見た瞬間、胸の奥で小さく何かが引っかかった。
(今オレが声かけたら
……周りのやつらに冷やかされたり、変にからかわれたりするかな
……)
そんなこと、少し前まで考えたこともなかった。見つけたら声をかける。それが当たり前だったのに。
宗真は、スプーンを持つ手を無意識に止めていた。
「あー、吉田くんじゃん!チアのセンターやるんだーって教えてきたら?」
「いや
……サッカー部のやつといるし、いいかな」
「えー、いいの?」
「うん
……ハロハロ溶けるし」
「そんな早く溶けないって〜。ま、いいや!ハロハロうま〜」
ちなつは気にした様子もなく、アイスを頬張る。その明るさが、少しだけ眩しかった。
(
……そうだよな。オレにちなつやゆきがいるみたいに。ヨツダにも
……男の、同性の友達がいるのは、全然おかしくない)
それは当然のことだ。なのに、自分はなぜか一歩引いてしまった。
(前だったら、気にせず声かけてたのに。なんでオレ
……引っ込んじゃったんだろう?)
視線の先で、ヨツダが仲間に何か言われて笑っている。その輪の中に、今の自分が入る想像が、うまくできなかった。
溶け始めたラムネ味の氷をすくいながら、宗真は、自分の中に生まれつつあるその違和感を、まだ言葉にできずにいた。
翌日の放課後は、リレーの練習だった。
校庭に集まると、宗真はここでもちなつと並ぶ位置になっていた。気づけば、ここ最近はいつも一緒だ。
「オレ最近、ずっとちなつといる気がすんなぁ」
「あたしも。ゆきが妬いちゃうかもね〜、あはは!」
その言葉を聞いた瞬間、宗真はぞくりと背筋が寒くなるのを感じた。
(き、気のせいだよな
……?)
頭に浮かんだのは、にこにこしながらこちらを見ているゆきの顔。何も言われていないのに、なぜか「見られている」ような気がして、宗真は無意識に視線を逸らした。
宗真たち一年三組は赤組。縦割り編成で、同じ赤組の二年、三年と合同のチームになる。走者は男女二人ずつ、補欠を含めて計十二人。走順は男女交互に設定されていた。配置を確認して、宗真は小さく息をつく。
ちなつとは、バトンの受け渡しができない並びだった。
(ちなつと練習できたら気楽だったのに
……)
自分の前後を見ると、そこにいるのは二年生の男子。
名前も、話したことも、ほとんど知らない先輩だった。
(しかも、二年の男の先輩にバトン渡すのか
……)
胸のあたりが、きゅっと縮む。
(なんか
……緊張する)
美術部では、学年の上下はあってないようなものだった。オタクトークで盛り上がって、作業をして、いつの間にか同じ目線になっている。
そこに「男だから」「女だから」なんて意識は、ほとんどなかった。
(でも、リレーはそういうわけにはいかないよな
……)
宗真は無意識に、ジャージの裾を握っていた。
(オレ
……前より、こういうの気にするようになったよな)
ただ走るだけのはずなのに、その「間」に立つ自分の立場が、やけに意識に引っかかっていた。
しかし、その二年生の男子
――郡司というらしい
――は、宗真の想像とは違って、穏やかで優しい先輩だった。
「月城さん、運動部じゃないのにリレーの選手なんてすごいね。何かスポーツやってるの?」
「え、オレ
……いや、私ですか?今はそんなにやってないんですけど
……」
一瞬言葉に詰まる。呪いのこと、性別が変わること。
まだ親しくない相手に話すには、どうしても躊躇があった。
「
……うち、剣道の道場をやってて。父親に小さい頃から叩き込まれてたんで、基礎体力だけは、そこで鍛えられてて
……」
無意識のうちに、一人称が整っていた。“オレ”ではなく、“私”。距離を測るための、無意識のブレーキ。
「へえ、すごいね。
……あ、もしかして、月城流剣道教室?」
「あ、はい」
「やっぱり!イオンの近くの、あの看板の?」
「そうです!」
会話は自然と弾み、バトンの受け渡しも何度か繰り返すうちに、すっかり息が合ってきた。宗真が抱いていた不安は、拍子抜けするほどあっさりと消えていく。
(
……なんだ。全然、怖くなかったな)
ちゃんと距離を保ってくれる視線。必要以上に踏み込んでこない態度。宗真は、胸の奥が少し軽くなるのを感じていた。
――その様子を、少し離れたグラウンドの端から見ている人物がいた。
サッカー部のパス練習中の、ヨツダだった。視線の先には、笑いながら先輩と話し、バトンを渡す宗真の姿。
(
……あいつ、男の先輩と、あんなふうに話すんだな)
胸の奥が、ちくりと痛む。
(
……って、別に。俺には、なんも関係ないじゃん)
自分に言い聞かせるように、ヨツダは視線を切った。
「おい吉田!どこ蹴ってんだよ!」
「あ、悪い!」
転がっていったボールを追いながら、もう一度だけ、無意識にグラウンドの向こうを振り返り
――すぐに、首を振ってパス練習に戻った。
宗真は気づかない。ヨツダが見ていたことも、その胸に生まれた、名前のつかない違和感のことも。
すれ違いは、まだ静かで、だからこそ、誰にも気づかれないまま、少しずつ広がっていった。
翌朝。
登校途中、少し先を歩くちなつの背中を見つけて、宗真は小走りで追いついた。
「ちなつー!おはよっ」
「おー、宗真。おはよっ!ほんとあんたの顔、見飽きた〜」
「オレも。あははっ」
軽口を叩き合いながら歩いていると、後ろから少し控えめな声が聞こえた。
「ちなっちゃん、宗真
……おはよ」
ちなつは振り返るなり、迷いなく一歩踏み出して
――
次の瞬間、ゆきをぎゅっと抱きしめた。
「ぎゅ〜〜〜っ!」
「えっ!?ち、ちなっちゃん、なに!?」
突然のことに、ゆきの顔がみるみる赤くなる。
「最近さ〜、ゆき分が不足してたから。充電的な?」
「な、なにそれ
……」
「ゆきも、ちなつ不足でしょ?」
「なんだそれ。鉄分じゃねーんだから
……」
そう言いながらも、宗真は二人の様子をどこか落ち着かない気持ちで見ていた。
「ほらほら、宗真も。ぎゅーしたげなよ。最近、ゆきと一緒にいられてないんだからっ」
「えっ、いや
……」
背中をぐいっと押され、逃げ場を失う。渋々、そしてどこか遠慮がちに
――
「
……ぎゅ
……」
ほんの一瞬、触れただけのはずなのに、ゆきの体温と柔らかさが、妙にはっきり伝わってきた。
(いや、なんだこれ!?ていうか
……ゆき、意外とスタイル良いのな
……って、ちがうだろオレ!?)
一気に顔が熱くなる。
「もう
……ちなっちゃんも宗真も、朝から恥ずかしいって〜!」
そう言いながらも、ゆきは困ったように笑っていて、ちなつは満足そうに腕を離した。
「はい、充電完了〜!」
宗真は咳払いをひとつして、少し視線を逸らした。
(
……なんか最近、人との距離感、いちいち意識するようになってきたな)
何気ない朝のやり取りのはずなのに、胸の奥に、小さなざわつきが残っていた。
ホームルームの終わり際、担任が黒板に向かったまま告げた。
「来週から衣替えなので、ちゃんと夏服を準備してきてくださいね」
(そっか
……もう、そんな時期か)
季節が一つ進む、その事実を噛みしめる。宗真の頭の中に、自然と“夏服の自分”の姿が浮かんだ。冬服とは違う、軽やかな印象の水色の襟のセーラー襟。紺色のスカーフが胸元で揺れて、袖も短くなる。
地元の公立中の中でも「可愛い」と評判の制服。
(へへ
……)
ただ着るだけなのに、少し背筋が伸びるような気持ちになる。鏡の前でくるっと回って、「どうだ?」なんて、誰かに見せに行く自分を想像する。
(それで、ヨツダとか海成のやつに見せに行って
……)
――そこまで考えて、ふと、胸の奥が引っかかった。
思い出されたのは、放課後のコンビニで、サッカー部の仲間と談笑するヨツダの姿。楽しそうに笑って、
同じユニフォームを着た“男同士”の輪の中にいる彼。
「もう、その距離感じゃないだろ」と誰かに言われたような気がした。自分が男子だった頃のように、何も考えず、面白半分で、軽いノリで近づくこと。
それが、もう許されない
――そんな、根拠のない感覚。
(
……見せに行くのは)
少しだけ、視線を落とす。
(海成だけに、しとくか)
決めたわけでもないのに、自分で自分に線を引いたような気持ちになった。その線が、守りたいものなのか、それとも、臆病になっただけなのか
――
宗真自身にも、まだ分からなかった。
六月最初の登校日。宗真は鏡の前で、髪をきゅっとポニーテールにまとめた。肩口が軽くなり、首筋に風が当たる感覚が新鮮だ。そしてそのまま、夏服のセーラーに袖を通す。
鏡の中の自分は、どこか少しだけ“よそ行き”に見えた。
「なーなー、夏服のオレ
……どう?」
声をかけると、静乃はちらりとこちらを見て、肩をすくめる。
「どうって、別に
……可愛いと思うけど?」
「別にってなんだよ」
「あんたにしては珍しいわね。今までなら、黙ってても
『夏服可愛いだろ〜』とか言いながら見せに来てたでしょ?」
「
……うるさいな。今は、そういう気分じゃないの!」
少し拗ねたように言ってから、すぐに言い足す。
「でも、静姉のお墨付きならそこは安心か〜」
そして、もぞもぞと腰回りを気にする。
「にしてもさ
……見せパン履いてると暑いんだけど。履かなきゃダメ?」
「ダメに決まってるでしょ。薄着だからって油断しないの」
即答だった。
「あ、でも
……涼しいのがいいなら」
そう言って、箪笥の引き出しを開け、何かを取り出す。
「ほら。接触冷感素材のペチパンツ。
こういうのなら、そんなに暑くないでしょ?」
「おーっ!」
受け取って目を輝かせる。
「暑さガード装備って感じ!?いいねこれ!」
(
……ブレワイか)
静乃は小さくため息をついた。
「見せパンだからって、また吉田くんとかに見せに行かないでね?」
「い、行かねーよっ!」
反射的に声が裏返る。
「ほら、さっさと出なさい。遅刻するわよ」
「は〜い」
玄関に向かいながら、宗真は無意識に、スカートの裾を整えた。
(
……ほんとに、行かねーし)
言い聞かせるように、心の中でそう呟く。夏服は嬉しい。可愛いと思われるのも、嫌いじゃない。
――でも、「誰に」「どんなふうに」見せるかは、
もう、前みたいにはいかない気がしていた。
ドキドキしながら夏服に袖を通した、あの朝。
何かが変わる気がしていた。
――視線とか。
――距離感とか。
――自分の気持ちとか。
けれど現実は、そんなに都合よく転がらなかった。体育祭準備に追われる毎日。宗真の放課後は、すっかり予定で埋まっていた。
モニュメント作り。チアダンスの練習。そして、選抜リレーの練習。気がつけば、息をつく暇もない。
(忙しすぎだろ
……)
期待していた“夏服イベント”も、誰かに改めて見せる余裕すらなく、流れていった。
結局
――海成に、ちゃんと夏服姿を見せることもないまま、何事もなかったように日々は過ぎていった。
(
……まあ、こんなもんか)
自分で言い聞かせるように、そう思う。
そんな慌ただしい日常の中で、ふと、別の不安が頭をもたげた。
「なあ、ちなつ。借り物競走のお題ってさ、事前に分かったりしねーの?リハーサル的な
……」
「あー、ダメダメ。あれは当日のお楽しみだから、予行演習でもやんないの!」
「えー
……」
「実行委員が考えたってことはさ、ちなつのやつもあるんだよな?」
「うん、もちろん!」
即答だった。
「まあ、宗真に当たるかは分かんないけどね。でも、当たったら
――きっと面白いことになるかも!」
「おい。嫌なフラグ立ててくんな!」
ちなつは楽しそうに笑っている。
(やめろ
……!)
胸の前で、こっそり手を合わせる。
(当たりませんように!できれば、平和なお題でお願いします
……!)
体育祭はまだ先のはずなのに、宗真の胸の奥には、
じわじわと嫌な予感だけが積もっていった。
――どうせなら、何も起きないまま、終わってくれればいいのに。
そう思うほど、何かが起きる予感だけが、やけに現実味を帯びていた。
そして本番一週間前。美術部のモニュメント作りもひと段落し、放課後の予定に少しだけ余白が戻ってきた頃
――
ついに、チアの衣装が体育館に運び込まれた。今年度から新しくなったらしい。
赤・青・黄、それぞれの組カラーで統一されたデザイン。ノースリーブに、ふわりと広がるミニスカート。
派手すぎず、露骨すぎず、けれど“可愛い”を前面に押し出した、健康的なチアガール衣装だった。
宗真たちは赤組。手渡されたのは、ピンクを基調にした一着。衣装が見えた瞬間、参加メンバーの女子たちが一斉にざわつく。
「えっ、もうこれ着ていいんですか!?」
「うん。サイズも確認したいし、動きやすさとかもチェックしたいからね。今日はこれ着て、通しで踊ろうか?」
「はーい!」
着替えを終え、鏡の前に立つ。ノースリーブから伸びる腕。スカートの丈は短いけれど、思ったほど落ち着かない感じはしなかった。むしろ、動きやすさを前提に作られているのが分かる。
「宗真、めっちゃ似合ってるじゃん!」
「そ、そうか?ちなつもな。これ、ゆきが見たら絶対喜びそう」
「あ、それいいね!写真撮って送らない?」
すぐに周囲を見回す。
「せんぱーい!皆さんの写真撮ってもいいですか?」
「えー!ありがとう!」
まずは二年生たちの写真を撮り合い
――
「じゃあ今度は、櫻井ちゃんたちも撮ってあげるね〜」
「あざーっす!」
(さすがちなつ
……この流れ、自然すぎるだろ)
コミュ力の塊のような動きに感心しつつ、宗真は言われるがまま、ちなつの隣に立った。
シャッター音。画面の中には、ピンクの衣装に身を包んだチアガールが二人。その写真は、すぐに送信された。
一方その頃。ゆきは放課後の図書室にいた。体育祭準備で特に役割もなく、部活にも入っていない彼女の居場所はここだった。
もっとも
――読んでいるのは小説ではなく、ファッション誌だったが。
「
……」
ページをめくっていたその手が、スマホの振動で止まる。
「ん?ちなっちゃんから
……」
画面を開いた瞬間。
「
……っ!?」
そこに映っていたのは、チア衣装に身を包んだちなつ
――そして宗真。
(チ、チア姿のちなっちゃん
……と宗真!?)
一瞬、思考が止まる。
(え、待って
……これは
……クラウド保存は当然として、物理メディアにも
……)
指が無意識にスクリーンショットを取っていた。
「
……藤枝さん?」
声をかけられて、ゆきはびくっと肩を跳ねさせる。
「あっ、江沼くん!?なんでここに
……?」
「放課後からずっといるよ。僕、図書委員だからさ」
「そ、そうなんだ
……」
少し気まずそうにスマホを伏せる。
「江沼くんは
……体育祭、何に出るの?」
「障害物競走。あんまり運動神経関係なさそうだし、足引っ張らなそうだから」
「
……わかる。私も運動苦手だから、そうした」
「藤枝さんも
……?」
意外そうな表情でこちらを見る海成に、ゆきは小さく笑った。
「うん。見る専門、かな」
そう言いながら、スマホの画面の中のチア姿を、もう一度だけちらりと盗み見る。
体育祭はまだ少し先。けれど、それぞれの場所で、それぞれの想いが、確実に“本番”へ近づいていた。
(宗真のチア姿の写真
……江沼くんにも見せたほうがいいのかな?でも、本番でどうせ見ることになるだろうし。なんなら宗真のほうから勝手に送ってそうだし
……別にいっか)
「最近、宗真くんに全然会えてないんだけど
……元気にしてる?」
「うん、元気だよ。体育祭の準備で結構忙しいみたい。ちなっちゃんも同じ感じでさ、私だけヒマしてるんだ」
「そっか。
……なんか嬉しいな」
「え?」
「僕も体育祭でやることなくて、ちょっと暇してて
……。こういうの、僕くらいしかいないと思ってたからさ。今、藤枝さんと話せて、ほっとしたかも」
「ふ
……ふーん? 私たち、インドア仲間だね?」
「はは、そうかも」
「あ、そうだ!宗真くんたちに差し入れ
……とか、できないかな?」
「あー、いいね!じゃあ、ちょっとスーパー行こっか?」
そうして二人は連れ立って、個包装のお菓子と飲み物を買いに行った。
十八時頃。宗真とちなつはチアダンスの練習を終え、軽く息を整えていた。
「お疲れ様ですっ!」
(チア衣装の宗真くん
……か、可愛い
……!)
「差し入れ、持ってきましたー!」
ゆきと海成が、差し入れを持って体育館に来た。
「わー、ありがとう!疲れてたから嬉しい〜!」
「チョコの甘さが染みる〜!」
喜ぶ上級生たち。
「っていうか、しれっといるけど江沼くん黄組じゃん!この裏切り者〜!」
ちなつが海成に突っ込む。
「あはは
……」
「てかさ、ゆきと江沼くんって組み合わせ、レアじゃない?」
「うん。図書室で一緒になって、それで差し入れ持ってこっかって話になってね」
「へーえ。宗真どうしたの?早く取らないとなくなっちゃうよー?」
「え!?あ、ああ
……ありがとな、海成、ゆき
……」
(
……ゆきと海成が、二人きりでこれ用意してたんだ)
一瞬、胸の奥がきゅっと縮む。
(いや、別に。それだけの話だろ。オレが忙しくて、海成とちゃんと話せてなかっただけで
……ヨツダみたいに避けてたわけでもない)
それでも、「知らないところで、二人の時間が積み重なってた」その事実だけが、妙に距離を感じさせた。
「てかさ、せっかくこんな可愛いチア衣装なのに、江沼くんにもっと見てもらわなくていーの?いつもならさ、『どう?可愛いだろ!』って見せに行くじゃんっ」
「
……っ」
「ちょ、ちなっちゃん!?今その話いいでしょ
……!」
(
……前みたいに、軽いノリで近づいていいのか。それとも、もう一歩引いたほうがいいのか)
宗真は笑うことも、強がることもできないまま、手に取ったペットボトルのキャップを、ぎゅっと握りしめた。
(海成の前で
……オレ、どんな顔してたっけ。男だった時みたいに雑に話していいのか、今の“オレ”として普通に接していいのか
……わかんねえ
……!)
ゆきと海成が並んで立っているのを意識した途端、頭が真っ白になる。笑顔を作ろうとしても、どこか引きつっている気がして、身体までぎこちなくなる。
そんな宗真が、完全に固まってしまっているところに
——海成が、おずおずと声をかけた。
「そ
……宗真くん!」
「は、はいっ!?なんですか!?」
(だああ!?なんでオレ、敬語になってんだよ!? 完全に挙動不審じゃねーか!!)
自分でも情けなくなるほど声が裏返る。逃げ場のない恥ずかしさに、宗真は思わず視線を逸らしかけた。
しかし。
「その衣装
……すごく可愛いね。本番、楽しみにしてるよ」
一瞬、時間が止まった気がした。宗真は、かっと顔を赤くする。心臓が跳ねて、胸の奥がじんわりと熱くなる。
……でも、不思議と。
その一言で、さっきまで絡まっていた思考が、すっとほどけていった。
(
……ああ、そっか)
距離感がどうとか。ゆきと一緒にいたとか、いなかったとか。
――今は、そんなことを気にしてる場合じゃない。
「ああ!オレ、ど真ん中で踊るからなっ!オレから目、離すんじゃねーぞっ!」
そう言って、両頬に指を当てて、わざとらしく“かわいい”を強調するポーズ。ぎこちなさも、迷いも、今は全部どうでもいい。
ただ
——
(今のオレ、最高に可愛いよな?
……だから、それをちゃんと見てほしい)
その想いだけは、はっきりしていた。