ポほ
2026-03-18 00:00:30
4661文字
Public 跡取り息子、やめました!?
 

オレん家来る?

第10話。吉田もちょっとおかしいのでは?

 次の新月の日の放課後。海成とヨツダは、月城家の門の前に立っていた。なぜ新月かというと、宗真の「男筋」を鈍らせない為に、男子会をしてみたいというたっての希望からだった。
……宗真くんの家って、大きいんだね。勉強会の時はバタバタしてたから、あんまり見れなかったけど」
「ああ。テスト前あの時は余裕なかったもんな。敷地内に道場もあるし」
 ヨツダがインターホンを押す。
「よっす!」
(僕と初めて会った日の……男の子の方だ)
「なんだ? 女の子じゃなくてガッカリか?」
「い、いや、その逆……あ」
「それはそれで、なんかヘコむな……
「ご、ごめん! そんなつもりじゃ……!」
「おい、江沼にダル絡みすんな」
「お前、なんかツッコミキャラになってきたな?」
「いや、お前がボケすぎてるだけだから」
「はは……二人とも面白い。漫才みたいだね」
(江沼って、結構天然なのか……?)
 
 まだ姉たちは帰ってきていないようだった。
「じゃー、お前らソファ座って座って。おやつ出すから、ちょっと待ってなー」
「あ、手伝うよ!」
「お客さんは座ってていいって〜」
 宗真は機嫌よく冷蔵庫を開け、用意していたシュークリームの箱を取ろうとする。しかし、それは宗真の手が少し届きにくい位置に置かれていた。
「よっ…………届かな……!父ちゃんだな、こんな不親切な場所にしまいやがったのは!」
 苦戦しているところを、横からひょい、と海成が箱を取ってくれる。
「取りたかったのって、これで合ってる?」
「ああ!合ってる合ってる!助かったわ、ありがと!」
「へへ……宗真くんの役に立てて、僕も嬉しいよ」
 そのやり取りを、ヨツダは微笑ましげに眺めていた。
(やっぱオレって背、低いんかな……早く伸びねえかな)

 そしてシュークリームを食べ始める3人。
「これ、あの店のやつじゃないか? 国道沿いの……
「そうなんだよ。父ちゃんが仕事帰りに買ってきてくれてたんだー。オレ、ここのシュークリーム好きなんだよなっ」
……ほんとだ。美味しいね」
「あれ、海成。シュークリーム逆さに持ってない?」
「お、お行儀悪かったかな……? こうすると、クリームがはみ出にくくなって食べやすいから、僕はいつもこうやってるんだけど……
「俺もやってみよ……お、確かに食べやすいわ!やっぱ江沼、物知りだな」
「そ、そんなことないよ……!」
「へー!じゃオレも……やるほど、もう残ってなかったわ」
「お前既に口の周りクリームだらけだし……きったねえな!」
 その場で何となく笑う3人。そしておやつを下げた後。
「なあ、なんかゲームでもする? 上の姉ちゃんがさ、バイトしてお金貯めて買ってくれたんだ!」
「お前ん家、前は稽古があるとかで、ゲーム機なんて全然置いてなかったよな。今はもう解禁されたんだ?」
「まーな。オレが跡取りじゃなくなったから、父ちゃんもちょっと甘くなったんだ。その辺は、女になってよかったって思うよ。ホント」
「そうだったの? ……じゃあ、それまでは家で何してたの?」
「えー?一に稽古、に に稽古、って感じかな……まあ、実際は逃げ回ってる時間の方が長かった気もするけどさ」
「そうだったんだ……
「だからさ、こうやって家に友達呼ぶのも、実は滅多にできなかったんだよ。ヨツダだって、勉強会の時より前にうち来たのって小5とかその辺だもんな」
「ああ……そのくらいかもな」
(宗真くん……昔は、結構苦労してたのかな)
 そのまま三人はマリオカートに興じた。意外にも一番上手かったのは海成で、次にヨツダ、ビリは宗真だった。
「くそっ!オレも、もうちょっとゲームできたらなぁ……
「こういうのは、時間かければかけるほど上手くなるから。宗真くんも、すぐ上達すると思うよ」
 そんな話をしていると、玄関の方から物音がして、静乃が帰ってきた。ちなみに響は、帰宅するとそのまま道場に向かったらしく、この後もヨツダたちと顔を合わせることはなかった。
「ただいまー」
「静姉、おかえり!今、友達来てるから」
「おじゃましてます!」
 ヨツダが頭を下げた。
「こんにちは。吉田くんと……もう一人は?」
「あ、江沼海成といいます! あの、宗真くんとは中学から知り合って……
「ああ、あなたが江沼くんね!宗真から話は聞いてます!宗真の姉です。いつも宗真と仲良くしてくれて、ありがとうね。こんな家だけど、ゆっくりしていって」
「は、はいっ!」
 (宗真くん、お姉さんに僕のことなんて言ってるんだろう)
 そう言うと、静乃はそのまま自室へと入っていった。
「今の人が……お姉さん?」
「うん。上の静乃姉ちゃん。オレは『静姉』って呼んでる」
「静乃さんか……優しそうな人だね」
「どこが!?オレ、静姉に叱られてばっかだぞ?人間の形をしたオーガだよ、姉ちゃんは」
――聞こえてるからねー!」
「し、失礼しましたっ!」
 海成とヨツダは、その姉弟のやり取りを見て、思わず苦笑した。

 ゲームもひと段落して。
「姉ちゃんも帰ってきたしさ、オレの部屋で遊ぶか?まあ、テレビはないんだけど」
「そういえばお前の部屋に入るの、初めてかも」
「え、吉田くんも初めてなんだ!?そういえば、この前も居間にしかいなかったしね。ちょっと……緊張するね」
「何構えてんだよ。別に、何の変哲もない部屋だぞ?」
――と、本人はそう言ったが。
 三人が部屋に入る。ハンガーラックに掛かっている服は、学ランを除けばすべて女物だった。
 一瞬、妙な緊張感が走る。
(何の変哲もないって言ったけど……なんか、男のコイツらに女物の服見られるの、急に恥ずかしくなってきた……
 そしてその時、あるものが視界に入った。――箪笥に片付けたつもりでいたブラジャーが、あろうことか床に落ちていた。
……や、やべぇ!)
 宗真は慌ててそれを拾い上げ、素早く箪笥に押し込む。二人に見えていたかまで考える余裕はなかった。
(ほ、他になんか、見られたらヤバいもん落ちてねえよな……?)
 自分の部屋のはずなのに。この場で一番落ち着いていないのは、宗真本人だった。

「か……かわいい服、ばかりだね?」
「まあな。男の時から着てるやつもあるけど」
……この服って全部、自分で選んでるの?」
「うーん、選んではいるんだけどさ。姉ちゃんたちと買い物行くと、『それじゃキマワシがきかない』とかなんとか言われて、却下されることの方が多いかな。ファッションって、マジでムズいんだよ」
「でも……お姉さんたちのセンスって、きっと素敵なんだろうね。どれも可愛いし……宗真くんが女の子の時に着たら、すごく似合うんだろうな……
 海成はうっとりとした口調で語った。
……おいおい、マジかよ、こいつ)
 ヨツダは少し引き気味だった。
「ほ、ほんとかっ!?じゃあさ、新月終わったら、めちゃくちゃオシャレして真っ先に海成に最高にかわいいオレを見せに行こうかな〜♡」
「えっ!?あ、あんまり刺激が強いのは……やめてもらえると……!」
 耳まで赤くする海成に宗真は楽しそうに笑っているが、ヨツダだけは、その空気に一歩遅れて、じっと宗真を見ていた。
……お前さ。そういうのって、どこまで本気で言ってるんだ?」
「どこまで本気かって……そのまんまの意味だろ?かわいいオレを、こいつに見せたいって。それ以上でも以下でもねーっていうか……
「それってさ。例えば、お前の女友達に好きな男がいて、デートするってなったとする。その日のために、その子が張り切ってオシャレする――その構図と、何が違うんだ?」
 宗真は、ヨツダの例えをちなつの姿に置き換えて想像し、しばらく考え込んでいた。
「たぶんさ、そこがもう違うんだと思う。その子は“相手にどう見られるか”が先にあるだろ?嫌われたくないとか、可愛いって思われたいとか。オレは逆。まずオレが可愛くなってテンション上がって、その勢いで仲良いやつに『見ろよこれ!』ってやりたいだけ」
(ネコが獲物を飼い主に見せに来る、みたいなアレか……?)
「評価されたいんじゃなくて、完成品を見せたいだけっていうか……。だから海成でもヨツダでも、ちなつでもゆきでも、『一番近くにいるやつ』に見せたいんだよ」
 宗真は少しだけ視線を逸らし、照れ隠しのように笑った。
「海成のことは好きだけど、それは“友達として”だし。ヨツダが言ってるようなのじゃねーから」
「友達……!」
 面と向かって友達と言われた海成は心底嬉しそうにする。

「まあ……悪気があってやってるわけじゃないのは、分かったよ。ただ、お前のそういうムーブで、江沼が顔真っ赤にして困ってそうだったからさ。ちょっと釘刺しとこうと思っただけだ」
「心配してくれたんだ……ありがとう、吉田くん」
 しかし、海成は続けた。
「でも……僕は、宗真くんが僕のこと……友達だって思ってくれてるのがわかって、むしろ嬉しいよ」
「ほんとかっ!?じゃあさ、明日はとびきりオシャレしてくからな!」
「え、えーと……で、できれば……控えめでお願いします……
……こいつはこいつでどうなんだ)
…………
(でもな、こいつの行動に、本当に困惑してるのは、江沼じゃなくて……俺の方だ。わざわざ江沼を庇うふりなんかして、小さいヤツだな、俺は。まだコイツはお子ちゃまなんだ……全部、杞憂だったってことにしとくか)

 その後、玄関まで二人を見送るために立ち上がった宗真は、いつもの癖で無意識にヨツダのすぐ隣に立った。
「じゃあな。次は新月じゃなくてもいいんだな?また連絡するからさ」
 言いながら、宗真は自然な動作でヨツダの肩越しに手を伸ばし、靴箱の上に置いてあったスマホを取る。
距離が、やけに近い。……いや、男だったら別になんてことはないはずの距離なのに。
……近っ)
 肩が触れるか触れないか。ほんの一瞬、宗真の袖がヨツダの手首にかすった。それだけのことなのに、ヨツダの胸が、わずかに跳ねた。
……は?)
 男の宗真のはずなのに。「女の宗真は男にしか見えない」と、常に自分に言い聞かせていたはずなのに。
 なのに――頭の奥に、さっき見た部屋の光景が蘇る。
 ハンガーラックにかかっていた、女物のワンピースやスカート。机の上に置かれていたコスメやヘアピン。“学校の宗真♀”のための道具が、当たり前みたいな顔でそこにあった。
(あいつ、あれで学校行ってんだよな。女子と一緒に、普通に喋って、笑って……あの姿で)
 それは“変身”じゃなくて、もう一つの生活だった。あれは、宗真の部屋から続いている宗真だった。
 だから今――男の姿で、こんな距離で立たれると。
……わけわかんなくなるだろ)

 宗真は何も気にした様子もなく、あっけらかんと笑う。
「じゃ、またな!ちゃんと気をつけて帰れよ」
……ああ」「また学校でね」
 海成と共に返事をしながらも、ヨツダは一歩、無意識に宗真から距離を取っていた。
(女の時は、男にしか見えないって言い張って。……なのに。男の時の方が、……なんでだよ)
 男の宗真だからこその無防備さ。男同士だから許される距離。
 それが、逆に――ヨツダの意識を、必要以上に揺らしていた。
……ずりいな、こいつも)
 宗真は何も知らない顔で、ドアを閉めた。