ポほ
2026-03-17 23:13:03
4027文字
Public 跡取り息子、やめました!?
 

部活どうしようかなぁ

第4話

 宗真が入学して数日。トイレに行くのも、ようやく「なんとかなる」くらいには慣れてきた、そんな日の朝だった。
 ホームルームの終わり際、担任が教卓から告げる。
「今日から一週間、部活の仮入部期間が始まります。放課後、気になる部活の見学に行って、入りたい部活を決めてきてください」
(部活か……
 宗真自身は帰宅部でもよいと思っていたが、姉たちは、口を揃えて「入るなら文化部がいい」と言っていた。
(まあ、見るだけなら問題ねえか)
……とはいえ。
 この中学の文化部は、吹奏楽部、美術部、演劇部、科学研究部――の四つだけだった。
(吹部はキツいって言ってたし……演劇部は……
 一瞬、頭をよぎるのは新月のこと。
(もし新月で男に戻ったら、衣装とか入らなくなって大変そうだな……
 自然と、次が消える。
(科学は……別に研究したいわけでもねえし……
 残る選択肢は、ひとつ。
……消去法で、美術部……か?)
 こうして宗真は、やや消極的ながらも、美術部の見学に向かうことにした。
 放課後。美術室の扉を開けた瞬間、宗真は足を止めた。部屋の中には、女子生徒がずらりと集まっている。しかし、イーゼルに向かって黙々と描いている者は少なく、話題はもっぱら漫画、アニメ、ソシャゲの話。
 そして――
……メガネのやつ、多くね?)
 文化部という言葉からぼんやり想像していた世界と、現実とのギャップに、宗真は早くも面食らっていた。
――果たしてここは、宗真の居場所になり得るのか。仮入部初日から、早くも不安の種は尽きなかった。
「あなた、仮入部の子?」
「は……はい」
「もしかして噂の、男の子から女の子になっちゃったっていう……あの子?」
(う、噂!?)
「ええと……はい」
 
 美術室は、放課後特有の絵の具と木の匂いが混じった空気に満ちていた。窓際に置かれた椅子の上で、月城宗真は不機嫌そうに腕を組んでいる。
……なんでオレがモデルなんだよ」
「いいじゃんいいじゃん、暇そうだし」
「てかさー」
 鉛筆を走らせながら、美術部員のひとりがちらっと顔を上げる。
「ぶっちゃけ、美人って描きやすいんだよね。線がさ、最初から整ってる感じで」
「それな」
 別の部員も軽く相槌を打つ。
「しかも月城ちゃんって元々男じゃん? なんか雑に扱っても大丈夫そうっていうか」
「お前らオレのことなんだと思ってんだよっ!」
 宗真が椅子の上で身を乗り出すと、数人が「動かないでー」と一斉に声を上げた。
「はいはい、モデルは黙って」
「ほら顎ちょい上」
……チッ」
 そのまま数分が過ぎた頃、今度は別方向からの視線が刺さる。
「ねえ月城ちゃん」
  部員のひとりがにやにやしながら言う。
「ガールズトークなんだけど……下着とかも全部女物なの?」
「は?」
 宗真の眉が一気に吊り上がる。
「そういうのはプライバシーだろ! 今の時代、女同士だろうと普通にセクハラだからな!?てか、オレ女じゃないから尚更か!?」
 一瞬、室内が静まり返る。
……マジで返された」
「結構知恵回るんだね」
「当たり前だろ……
 宗真がむすっとそっぽを向いた、そのタイミングで。
「みんな、描けたー?」
 明るい声と一緒に、美術室の扉が開いた。顧問の女性教師が、作品を覗き込みながら歩いてくる。
「うん、いい感じね。線も安定してるし」
「先生〜」
  宗真が一気に甘えた声に切り替える。
「みんなオレのことおもちゃみたいにするんですぅ〜」
「あはは」
 顧問は軽く笑っただけだった。
「美術部も結構大変だったみたいね」
 そう言って、肩の力を抜いた口調で続ける。
「でもうち、別にコンクール目指してるわけじゃないし、 好きにデッサンしたり、自由にやってるだけだから、来たい時に来ればいいわよ」
……じゃあ二度と来ねえわ)
 宗真が心の中で即答した、その瞬間。
「ただし!」
 ぴしっと指が立つ。
「体育祭と文化祭に飾るモニュメント作りは絶対参加ね。人手足りないから」
……はーい……
 気の抜けた返事をしながら、宗真は椅子から降りた。
(ゆるいと思ったら、要所だけガチなのなんなんだよ……
 美術部は、やっぱり思っていたよりも油断ならない場所だった。

 美術室を出た宗真は、廊下の角で誰かとぶつかった。
「うおっ!」
「わ、わり……
 顔を上げた瞬間、相手が一瞬だけ言葉に詰まる。
……あ、宗真か」
「ヨツダかよ」
 ヨツダ――よし いつき。中一男子の平均身長くらいで、今の“女の子の宗真”よりも十センチほど高い。
 視線が一瞬だけ、宗真の顔から胸元に落ち、すぐに逸らされる。
「仮入部中だったか?」
「ああ、美術部な。聞いてくれよ、モデルやらされて最悪」
「あー……お前ならありそう」
「まーな。今のオレ、どう見てもかわいい女の子だしっ」
「いや、俺はそう思えない」
 ヨツダは即答だった。
「どう見ても“宗真”って思っちゃう。あの悪ガキ顔が透けて見えるもん」
「な、なんだとお〜!?」
 宗真は舌打ちしそうになるのを、ぎりぎりでこらえる。
「で、ヨツダは部活決めたか?」
「サッカー部にしようと思う。ここには忘れ物取りに来ただけ」
「へー。ヨツダってばうっかり屋さん☆」
「お前が言うな」
 廊下を通り過ぎる生徒たちは、ちらちらと宗真を見ては、「女の子と男子が仲良く喋ってる」。それくらいの認識で通り過ぎていく。
 そこへ。
「月城ー!」
 美術部員のひとりが、廊下の向こうから手を振った。
「今日のデッサン助かったよ〜」
「また来てよね!」
……気が向いたらな」
 素っ気なく返す宗真。
 その部員はその隣に立つヨツダに気づき、一瞬だけ動きを止める。
「あれ? 彼氏さん?」
「違うっ!」 「違う」
 二人の声が、見事に重なった。
「幼なじみっていうか、小学校が同じだっただけ」
 ヨツダが淡々と言う。
「へえ〜」
 部員は宗真を見て、意味ありげに笑った。
「じゃあ、“元の月城”も知ってるんだ?」
……知ってる」
「ふーん……今度教えてね?吉田くん」
 そう言い残して、彼女は去っていった。少しの沈黙。
……なあ」
 ヨツダが口を開く。
「さっきの、そんなに嫌だったか?」
「何が?」
「女扱い、しなかったこと」
 宗真は一瞬だけ言葉に詰まり、視線を逸らす。
……別に。男のオレをよく知ってるヨツダからしたら、まあしょうがないだろうし」
 ヨツダは肩をすくめた。
……悪いけどさ。俺、お前のこと女だと思って話そうとすると、気持ち悪い感じするんだよ。だから今まで通りで行くわ」
 宗真は少しだけ目を見開いてから、鼻で笑う。
「あっそ。……あ、そうだ!それならヨツダだけは“宗真を宗真扱い”キャラで行けよ。お前地味なんだから、それだけでもキャラ立つぞ」
……地味は余計だ」
 二人は並んで歩き出す。廊下のガラス窓に映るのは、
どう見ても「小柄な女の子」と「男子生徒」。
けれど――
 中身だけは、宗真が呪われる前と、何ひとつ変わっていない……ように見えた。
 
……あれ?ヨツダは「今まで通りで行く」って言ってくれてんのに、なんでオレ、さっき舌打ちしそうになったんだ?女扱いされなかったから?それとも――
 宗真は歩きながら、無意識に自分の指先を見た。
 細くなった手。短く切りそろえられた爪。
……オレ、女の子のままでいたい……とか?まさかな)
 そう思った瞬間、胸の奥がきゅっと縮む。
 答えは出ないまま、その違和感だけが、静かに残った。

 そして翌日。宗真は、美術部への入部届を提出した。
(まあ……クラスじゃ腫れ物みたいな扱いだし、暇つぶしにはなるか)
 相変わらず教室では距離を測られている感じが否めない。それに比べれば、美術部の連中は――
(あいつらが雑に扱ってくるのも、たまに行く分にはいっか……
 行事のとき以外は、無理に顔を出さなくてもいい。そう割り切れば、案外気が楽だった。
 
 放課後の月城家。台所では、静乃が餃子の皮を広げ、具を包んでいる。宗真も向かいに座り、同じ作業を手伝っていた。
「部活入って、友達できた?」
……まだできてないな」
 皮をつまむ手を動かしながら、ぽつりと答える。
「クラスのみんなは相変わらず、オレに何話していいかわかんないって感じでさ。美術部のオタクどもは逆に、オレのことおもちゃにしてる感じだし……極端っつーか……
 静乃は手を止めずに、ちらっと宗真を見る。
「あんたさ。女だからどうこう以前に、受け身すぎじゃない?」
「え」
「たまには、自分から話しかけてみたら?」
 その言葉に、宗真は一瞬黙り込んだ。
「あ……確かに」
 少し考えてから、正直に続ける。
「オレ、周りにどう思われてるかばっかり気にして……自分からは、何もしてなかったかも……
 静乃は、宗真の作った餃子を一瞥し、続けた。
「ま、不器用なあんたのことだから、どうなるかはわかんないけどね」
「むー……ひどいな、静姉は〜」
 文句を言いつつも、その言葉は胸の奥に残った。

 そして、その夜。布団に入って、天井を見つめる。
(明日、どうやって話しかけたらいいんだろ……
 目を閉じても、頭が冴えてしまう。
(ていうか、布団に入ってんのに、全然眠れねぇ……
 寝返りを打ちながら、理由を探す。
……なんでだ?)
 少し間を置いて、答えに辿り着く。
……それだけ、不安……なの、か……
 自覚した途端、胸の奥がじわりと重くなる。結局、すぐには眠れなかったが――
 それでも宗真は、いつの間にか浅い眠りに落ちていた。翌日からの中学生活が、少しだけ変わるかもしれない。
 そんな予感を、まだ言葉にできないまま。