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ayashigure
2026-03-17 19:49:02
5378文字
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昼下がりにて
キィアハ。擬アハ注意。
依頼でスメールの砂漠に行っていた二人は久しぶりにナタの自宅に帰ってきていた。
そんな時、アハウはキィニチに角の手入れを命じる。
既に体の関係がある二人の話です。
キィニチは自宅横にある大きな木の下へと腰かけ、晴れ渡った空を見上げた。
ここのところ、依頼でスメールの砂漠地帯にまで足を延ばしていたせいか、ナタの空を見上げること自体が久し振りだ。
スメールの砂漠地帯はあまりにも日差しが強く、暑さになれているキィニチでも疲弊した。
しかも衣服の中や頭皮にまで砂が入り込んでしまい、大分心地悪い経験もしている。
広大な砂漠は見る者を圧倒させるものだったし、ところどころに見られるキングデシェレト王朝の建造物も心躍るものがあった。
それでも、やはり帰ってきてみればナタの景色が一番居心地良い。
キィニチはターコイズの両手剣を取り出すと、に付着している砂を丁寧に取り払っていく。
いくら丈夫にできている武器とは言え、細かな砂粒は鉱石や金属にとっては天敵だ。
こうして木漏れ日の下でただ作業に没頭する時間がキィニチは好きだった。
彼がある程度武器の手入れを終えたところで、ふと一つの影が日差しを遮る。
溜息交じりに顔を上げると、そこには何かを企んでいるような面持ちのアハウが立っていた。
「キィニチ、汝に我輩の角を手入れする栄誉を与えよう」
どこか形式ばった口調をしつつ、得意そうに胸を張って見せるアハウにキィニチはもう一度溜息をつく。
人型の姿になったアハウの頭には二本の立派な角が生えている。それは確かに手入れが必要なものだ。
何より龍達は自分の角をとても大事にしていて、普段から手入れを欠かすことはなかったらしい。
「急にどうした? いつもは自分でやっているだろう?」
アハウは身の回りのことをあまり自分ではやらない。
というよりも、身の回りのことを自分でやるという発想がなかった。
ほとんどのことはキィニチに任せているのだが、何故か角の手入れだけは自分でやっている。
アハウ自身に何かこだわりのようなものがあるようなのでキィニチも今まで特に手を出さなかった。
何より自分の仕事が一つ減ることは好ましい。
「栄誉だ栄誉。ありがたく思って手入れしやがれ」
「面倒事を増やさないで自分でやってくれ」
「なんだよ、オレ様がせっかく角の手入れをさせてやるって言ってるのに」
アハウはキィニチの隣に腰を下ろすと、どこか拗ねたような表情で彼を見た。
「なぁ?」
キィニチの肩に寄りかかり、どこか甘えるように頭をぐりぐりと押し付けてくる。
竜達にも見られる甘えの仕草なのだが、アハウも時折この仕草をしてくることがあった。
ただ竜達よりも角が立派なせいでごつごつとした感触が痛いことは難点だ。
それに目をつぶればアハウにしては珍しく可愛げのある行動とも言える。
「はぁ
……
分かったから角を押し付けるな。ほら、ここに座れ」
自分の目の前に座るように促せば、アハウは大人しくそれに従って機嫌良さそうな顔をした。
そして角の手入れのための道具らしき物を広げる。
刷毛と手触りが良さそうな布、そして何かが入っている入れ物が目の前に置かれた。
キィニチはそれをやや興味深そうに眺める。
こうして角の手入れをするための道具を目の前で見るのは初めてだ。
「まずはこの刷毛で細かい汚れを取って、それで布で磨くんだ。分かったな」
「あぁ」
手順としてはそう難しいことはないのだろう。
刷毛を手に取って、その毛を少し確かめるように指先で触れたキィニチはアハウの角を見た。
改めて見るとアハウの角はナタの竜達とは大分質感が違う。
幾重にも走った溝が複雑な模様を描いており、ややごつごつとしているように見えた。
だが、角自体はそれほど荒い手触りではなく滑らかさを持っている。
テイワットの上流階級の人間には、密猟されたナタの竜の角をコレクションしている不届きものもいると聞く。
そんな連中の目に留まれば狙われてしまうだろうくらいに、その角は美しいとキィニチは感じた。
今回は依頼のためにアハウが人間の姿へと擬態することを許可したが、やはりこの姿であまり外に出すべきではないのかもしれない。
そんなことを考えながら、キィニチは溝の中に入り込んだ細かな汚れを刷毛で掻き出していく。
「意外と砂が入り込んでいるな」
「なんか違和感あったのそれか。自分じゃ見えねぇからな」
砂漠の名残を丁寧に掻き出していきながら、キィニチはアハウが嫌そうな素振りすら見せないことに気付いた。
「お前が人に角を触らせるなんて珍しい」
「まぁな」
「昔、俺が興味本位で触ろうとしたら酷く怒った上に一週間口さえ聞かなかっただろう?」
「あー
……
そういやそんなこともあったか?」
まだ契約して間もない頃にその角をほんの少し触ろうとした瞬間、アハウは烈火のごとく怒り始めたことがある。
更に腕輪に閉じこもり、キィニチを完全に無視してしまったのだ。
結局一週間後にはある程度怒りが収まったらしく、龍にとっての角がどういうものなのかひたすら聞かされた。
それ以来、キィニチが自分からアハウの角に手を伸ばしたことはない。
共に生活していく中でアハウの方から角を押し付けてくるようにはなったが─。
「人慣れしてるテペトル竜やライノ竜だってそう簡単には角に触らせたりしねぇだろが」
人間と共に暮らしている─特に集落で暮らしているような竜達は基本的に人懐っこい。
それでも心を許した相手にしか角は触らせないし、そこに行くまでにかなり苦労をするものだ。
だから竜と共に暮らしてきたナタ人は、竜の角には自らあまり触ろうとはしない。
それはキィニチもよく知っているし、キィニチだって竜達の角にはそう触ろうとは思わない。
「それは分かるが」
「それと同じだよ。お・な・じ」
あくまで得意げに、そして自分の角には触れられることは光栄なことなのだとアハウは強調してきた。
だが、そこにあるのはアハウがキィニチにそこまで気を許しているという事実だ。
しかしアハウはそれを正面から言おうとはしないし、なかなか認めようともしない。
「お前は本当に素直な言い方ができないな」
「うるせぇ
……
だから栄誉って言っただろうが」
キィニチの言葉を聞いて、アハウの尖った耳が少しだけ赤くなったのが分かった。
どうやら彼にとって自分が誰かに好意を持っているということを認めるのは、それほど難しいことらしい。
微笑ましいと思わなくもないが、難儀な性格だと少しだけ同情することもあった。
こういう面倒ならばキィニチも悪くないと思える。
普段の高慢な態度に比べれば幾分可愛げもあるというものだ。
「キィニチ、もっと優しく拭けよ」
「このくらいか」
「ん、丁度いいぜ」
満足そうに告げるアハウの喉がくるるると音を立てているのが分かる。
竜達の甘え鳴きに似たそれを聞くことは、キィニチの気分を少しだけ心地良くしてくれるものだ。
アハウは気分が良い時、本当に稀にだが喉を鳴らすことがある。
二人きりの時に限られる上に、本当に気分が良い時でないと聞くことはできない。
だからアハウのこの鳴き方を聞いたことがあるのはキィニチだけだった。
ある意味、普段から世話をしている者の特権とも言えた。
「そんな気持ちがいいものなのか?」
「へ?」
「喉が鳴っていた」
「っ
…
! 忘れろ!」
どうやら無意識だったらしいアハウは、キィニチの指摘に慌てた様子を見せる。
羞恥と葛藤で真っ赤に染まった顔ですごまれたとしても、威厳もなければ迫力どころではない。
「お前の下手くそな手入れなんて気持ちよくもなんともねぇし!?」
挙句に拗ねた子供のように顔を背けられてしまえば、微笑ましい光景が目の前にできてしまう。
時折、キィニチはアハウの行動を見ていると決して追いつけないほどに年上なことを忘れてしまうこともあった。
かつての自分の性質を考えれば、そんなアハウだからこそここまで打ち解けられたのかもしれないと思う。
だからと言って、自らを知恵の祖だとか高貴なる存在というアハウがここまで子供っぽいのもどうかと思わなくもない。
せめて他者に対してはその高貴な部分を見せてほしいと心から思うことがあった。
主に、トラブルに発展させないためが理由ではあるが。
「分かった分かった。ほら、続きをするぞ」
アハウの羞恥と葛藤を受け流すかのように告げれば、その目がじっとりと恨みがましげに見つめてくる。
それすらも少し可笑しくてキィニチは笑ってしまった。
プライドの高さが邪魔して好意すらも素直に表せないアハウをどこかで愛しいと思う自分がいる。
キィニチもそんな自分のことは見て見ぬフリをしているのだから、ある意味似た者同士なのかもしれない。
「最後にこれを塗るんだ。掌で温めて、ゆっくり塗り広げてくんだぜ」
そう言ってアハウは器の中に入っているクリーム状の物を見せた。
油脂か何かでできているのだろう。
少しの量でも保湿効果の高そうなそれの匂いを嗅いでみると、少しだけ甘い香りがした。
「注文が多いな」
「角の手入れっていうのはちゃんとしなきゃダメだからな」
やはり角の手入れに関してかなりこだわりがあるらしいアハウは、また得意げな顔をして見せる。
キィニチはグローブを外すと言われた通りに掌でクリーム状のそれを温めた。
じんわりと熱で溶けて滑らかになったそれを、アハウの角へと丁寧に塗りこんでやる。
しばらくそれを続けているとアハウの角は独特の艶を増して更に美しく立派に見えた。
手入れを始める前はそれほど違いがあるのか分からなかったが、こうして見るとかなりの差が見て取れる。
古龍が角という部位を大事に思い、手入れするのもよく分かるほどに印象が違った。
言ってしまえば人間が髪を手入れするような行為に近いのかもしれない。
「ほら、終わったぞ」
「ん、くるしゅうない」
相変わらず偉そうなアハウの態度も気にならないほどには、キィニチは面白いことを知れたと思った。
だが、それはそれとして何らかの対価はアハウから与えられるべきではないだろうか。
日差しはまだ温かいが、角の手入れをしているうちに風は少し冷たさを感じるようになっていた。
それなりの手間と時間をかけたのだから、自分から何か要求をしてもいいはずだ。
キィニチはそう思って背後からアハウの耳元に唇を寄せる。
「それで? 頑張った従者に褒美はないのか?」
いつもより低めの声で囁けばアハウがうんざりしたような表情で振り返った。
キィニチが何を要求しているのかを悟った顔だ。
お互いに相手がどんな感情や要求を抱いているのか、すぐに分かってしまうことが少しだけ可笑しい。
「オレ様の角を手入れさせてやる栄誉じゃ足りないってのか? 強欲だな」
「人間はそういうものだろう」
「ちっ、仕方ねぇな」
アハウは溜息交じりにキィニチへと向き合い、人差し指でキィニチの顎を掬ってみせる。
赤色の瞳が細められ、なんとも言い難い甘ったるい色彩に染まった。
「今夜は存分にオレ様を堪能させてやるから、いい子にして待ってろよ」
どこか妖艶で挑発的な笑みを浮かべるアハウの表情は、普段の子供っぽい言動からは想像できないようなものだ。
その表情のギャップからか、背筋にぞくりとした感覚が走るのを止められない。
いつの間にこんな表情をするようになったのかキィニチは知らなかった。
「そんな誘い方どこで習ったんだ?」
落ち着かない気持ちで告げられたキィニチの言葉には困惑と情欲が混ざっている。
キィニチは年齢にしてみれば落ち着いた性質をしているが、だからと言ってこんな誘い方をされて何も思わずにいられるほど朴念仁でもない。
彼もそれなりに年頃の少年らしさは持っているのだ。
アハウもそれが分かっていて、わざとこのタイミングで誘い言葉を告げた。
普段は落ち着いていて、冷静な判断力を持つ少年が自分の言動一つで思考を乱されるのが面白くて仕方ない。
それがアハウの正直な気持ちだ。
「別にこのくらい普通だろ。お前、オレ様が超が百個付くほど年上なこと忘れてんだろ」
「忘れてないが
……
」
呆れたように告げるアハウに、キィニチはやはりどこか納得がいかない表情をしている。
もしかしたら誰かに吹き込まれたのかとも思ったが、この言い方では元々知っていたようにも聞こえた。
まさかとは思うが、過去に同じように誰かを誘ったことがあるかもしれないと考え、頭の芯が熱くなるような感覚に襲われる。
それは絶望であり嫉妬でもある。
だが、キィニチの感情の変化にも気付かずにアハウは得意げに続けた。
「どうだかな。ともかく、お楽しみは後に取っておこうぜ?その方が、ながぁく楽しめるからな」
キィニチのことを煽るように、そしてどこかからかうかのように告げられた言葉が遠く聞こえる。
長く楽しみたいとアハウが言うならばその通りにしてやるのがいいだろう。
アハウが自分の言葉を後悔するまで、本当のことを聞き出すまで、キィニチは手を抜かないことを密かに誓う。
─その夜、アハウがどれほど否定しても泣いてもキィニチが止まることはなかったと言う。
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