フリンズさんの服装が少し違ってた話


『明日は僕と、デートしませんか?』

 そんな直球のお誘いを受けた私は、待ち合わせ時間のかなり前からナシャタウンの一角で待機していた。フリンズさんはいつも早めに来て待ってくれていることが多いので、たまには私が早く着いておこうと思った。デートと宣言されたからには、少しは気合い入れて頑張らねば……という乙女心が前へ出てしまったのだ。体感ではそろそろ時間かな?と思っていたところで、背後からよく知っている大好きな声が聞こえた。

「お待たせしてすみません。――今日は僕が後でしたか」

 後ろを振り返りながら「いえ、たまには私が早く――」と途中まで答えたのだが、二歩ほど離れた先で視界に映ったフリンズさんの姿に、私は目を見開いて固まってしまった。予想していたいつもの黒服と銀装束――ではなく、彼は白い服装で現れたのだ。思わず彼の頭から爪先までを何往復も眺めていると、フリンズさんが声をかけてきた。
……そんなに見られては、僕に穴が空いてしまいます」
「え、あ、ごめんなさい! ちょっと驚いてしまって……
「いえ、気を悪くしたわけではありません。今日は、ホワイトデーと言うのでしょう? たまには白い装いも良いかと思ったのですが――いかがでしたか?」
「とってもお似合いです‼︎ 元々の色白の肌に白い服が映えますね。いつもの銀装束はそのままで、黒主体の生地じゃなくてもこんなに合うなんてビックリしました!」
 勢いで思い付いた全部の感想を伝えてしまい、我に返った私は恥ずかしくて顔から火が出そうな気持ちになった。いや、違う、伝えたかったのはこの言葉ではないのだ。
――つまり、フリンズさんは今日も格好良いです‼︎」
「ふふっ、ありがとうございます。貴女にそう言って頂けて何よりです」
 ニコリと笑うフリンズさんの笑顔に安堵した私は、思わず深い息を吐いた。この数分は何やら緊張してしまって、呼吸もままならなかったようだ。
 ちなみに、「同じ形状の白い服も持っているのですか?」聞いてみたいところ、「少し頑張って、色だけ変えてみました」とだけ言われた。妖精さん――フェイって、そんなことも出来るの?

「それでは改めて――デートしましょうか、お嬢さん」
……はい!」
 フリンズさんが私へ右手を差し出したので、私は左手を添えて答える。すると自然と指を絡める――いわゆる恋人繋ぎをしてくれるので、嬉しさと照れくささが同時に来る。いまだに慣れないこの手繋ぎにドキドキしながらも、私も指を絡めてほんの少しだけキュッと握り返す。並んで歩き出した所で、フリンズさんが少し屈んで私の耳元で呟く。
「今日は、貴女も一段と可愛らしい格好をされてますね。その可愛らしい髪型と服装、そして指先を彩る鮮やかなマニキュアも、どれも素敵ですよ」
――はい、少しだけ頑張りました!」
「僕のために頑張ってくださったのですよね。……とても嬉しいです」
 フリンズさんは私がどんな格好をしていても、毎回褒めてくれるのだ。そんなことされたら、次も可愛い格好を頑張ろうかな……と思えてしまうので不思議だ。よし、次のお出かけも頑張るぞ!と、今から気合を入れておく。


――こちらですね」
「わぁ、可愛いお店ですね」

 最近できた評判の良いカフェが、ホワイトデー限定メニューを出しているとのことで、耳が早いフリンズさんに誘われたのだ。一体どこでそんな情報を仕入れているのだろうか……
 お店の前の看板を見ると、確かに『カップル割 ホワイトデー限定メニュー!』などと書かれていた。なるほどなるほど、……ん?
「フリンズさん、ここ見てください」
「ふむ……おや、そんな企画まであるのですね」
 看板の一番下には、『白い服の場合は更に割引‼︎』と書かれていたのだ。これは是非あやかりたい……と思ったのだが。
「私、今日は白い服じゃなかったです……残念」
 事前に知っていればそれも考慮できたが、この様子ではフリンズさんも知らなかったのだろう。そこは諦めて、お店のドアに手をかけたところで、「少しお待ちを」と止められる。振り返ると、彼が自身の白いケープコートを脱ぎ始めていた。
「こちらを貴女が着ていけば、条件が通りそうではありませんか?」
 そう言って彼は、ケープコートを私の肩に掛けてくれた。銀の装飾が揺れてカチャっと音が鳴る。
「もしかして、ですが……
「はい」
「今月、何かお目当ての宝石を手に入れましたか?」
――気づかれてしまいましたか」
 私が笑いながらそのように伝えると、彼は眉を下げて困ったように微笑んだので、「バレバレですよ」と返しておいた。


 ***


 カフェのホワイトデー限定メニューを、カップル割と白い服装の割引を使ってお得に美味しく楽しむことができた。ケーキと紅茶のセットに舌鼓を打ち、最高のカフェタイムだった。
 もうお店を出たので、彼の白いケープコートを返そうと脱いで手に持つ。先を歩く彼を見上げて、目に入った姿に「……あっ」と思わず呟く。
「どうかしましたか?」
……えっと、その……
「なんでしょう」
 私が言い淀んでいると、フリンズさんが数歩戻って向き直り、言葉の先を促してくる。
「あの、その格好――コートを脱いだ白いジャケット姿を遠目で見て、なんだか結婚式の新郎さんみたいだなって、思って……
 思い浮かんだことを説明しながら、私は何を言っているんだ……と少し恥ずかしくなって来た。だってそう見えたのだから、そう伝えるしかなかった。言葉にしながら自然と目線を下げてしまっていたので、もう一度フリンズさんを見上げると、彼は目を丸くして驚いていた。やがて目を細めて微笑んだ。

 いきなり彼は私の手首を掴み、人通りの少ない路地へ引っ張っていく。少し強引な行動に転けそうになりながら着いていくと、彼はまたいきなり立ち止まった。
 人の目がないことを確認してから、フリンズさんは手に蒼炎を生み出し、その炎を薄膜のように大きく伸ばす。ふわっと浮いた半透明の布地はそのまま私の頭上から肩に掛けられ、私の上半身はそれに覆われてしまう。何事かと目を瞬いていると、掛けられた布地を額まで捲り上げて、私の顔を出してくれた。
 
「僕が新郎役であるならば、貴女が花嫁――ですね」
 
 私の顎に手を添えて上を向かせて、目線を私に合わせた彼は、少し屈んで花嫁役にキスを一つ落とす。
 ――それはまるで、ヴェールに隠された花嫁との誓いのキスのようだった。


 
『僕のお墓は、式場には向かないかもしれませんが』