2026-03-16 18:49:43
4154文字
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思案の外(R-18)

性的興奮が苛立ちに似ているタイプの黒様と戸惑うファイさん

 男の眉間にぐっと音がしそうなほどしわが寄った。どこからどう見ても苛々しています、という顔だ。そもそも不本意に始まった旅の最中に、得体の知れない魔術師がわざとらしくべったりとくっついてきたのだから当然だろう。その魔術師本人であるファイは、他人事のように分析しながら自分より大きな身体に寄りかかった。すぐに引きはがされるかと思ったが、予想に反して腕を組んだ黒鋼は不機嫌そうに黙りこんで動かない。内心首を傾げつつ、身を預けたままにする。
 当初の振る舞いこそ粗暴な一面が見えたが、彼が冷徹な男というわけではないのは確かだった。とはいえ子どもたち、特に小狼に比較的配慮がある対応をとっているのは、あの少年の純粋さを早々に真正面から浴びた例外と言っていい。たとえ目的があって作られた存在でも、誰かから預けられた心でも、彼自身の誠意が黒鋼を動かした。それだけの話だ。
 物言いこそ物騒だが、たびたび祖国への帰郷および主君への忠誠を口にするところを見るに、自身が認めた存在への帰属意識が強い性質のように思う。要するに一度懐に入れた存在には情が深い。そして行動を共にするにつれ、あの二人と一匹もおそらくその範疇に含まれつつある。

 少々想定外だったのは、明らかに異分子であるファイにも存外注意深く、そのうえ寛容だったことだ。行動を共にする以上、敵対心を露わにされるのは避けたい。単純にやりにくいし、子どもたちにも気を遣わせてしまう。ただ二人きりのときですら、意外にも鷹揚かつ率直な姿勢が崩れないのは正直困ってしまった。
 ファイにとって黒鋼は、出会う前から自身の手で殺める可能性があると知らされていた男だ。たとえその選択肢を取らずとも、道が別たれることは間違いない。彼に、彼らに情が湧いているのは否定しないけれど、ファイが「ファイ」の手を離せるはずもない。だからこそ身勝手とは知りつつも、この人にはファイを信頼しないままで居てほしかった。終わりのときにはいっそ憎んでくれたっていい。
 不満を表に出しつつも乱暴に突き放す真似をしないのは、子どもたちの目があるからだろうか。少し先で笑い合う彼らを見つめる。相手の体温が移ったころ、黒鋼の紅い瞳がじっとこちらに向けられていることに気づいた。動揺を押し殺しながらいつものように笑顔を作る。わかりやすく苛立っています、という顔は変わらない。この表情が浮かんでいる限り、黒鋼は適度に自分を厭うてくれるはずだと小さく安堵した。





 そう思った、はずだったのに。
「ひ、うっ」
 体内に入り込み同じ場所を絶え間なく弄っていた指先が、突然浅い部分を引っかけるように動いた。思わぬ刺激に声が漏れる。この行為を始めたばかりの頃は肉が引き攣れる感覚しかしなかったのに、すっかり違和感以外を覚えている自分に泣きたくなる。
 内部を広げるように動かされて、むずがゆさに腰が浮きそうになるのを必死で抑えた。でもさっきまでの場所も嫌だ。途中から探り当てられた弱いところをぎゅうと押し込まれると、途端に何も考えられなくなってしまう。
 反応した性器と一緒に刺激されるともっとだめだった。触られているのは身体のほんの一部なのに、全身が全く言うことを聞かない。一度精を吐き出しても肌に触れる手は止まらなくて、間を置かず再び絶頂させられたときは新手の拷問かと思ったほどだ。
「ぁ、んん……、やだぁ」
 濡れた手が時折腹を撫でるのもよくない。いずれここに入るための準備だということを、ありありと実感させられる。そもそも尻に当たる無視できない質量のそれを、できるかぎり意識しないようにするだけで精一杯だというのに。
……あっ♡」
 性器から離れた指先に平らな臍の下を柔く叩かれて、ファイはまた小さく悲鳴を上げた。

 何よりも不可解なのが、脇目も振らずこちらを見下ろす黒鋼が苛立ったような顔をしていることだ。いくら自分たちとはいえ、初めて行為に及ぶのにその顔はどうなのかと一言物申したくなってしまう。そのくせおそらく恐ろしいほど丁寧に、根気強く身体を開かれている。どんどん押しつけられるような形になっている彼の性器を見るに、興奮を覚えていることも疑いようがなかった。この期に及んで彼の心を怪しむ気はない。だが今でも男の表情には不機嫌に似た色が見てとれる。
「う、うぅ゛~っ♡」
 手前のあたりをばらばらに動いていた指が、揃って奥まで入ってきた。とん、とん、と緩く規則的に動かされると、下腹部がじんわり疼くのがわかる。汗が浮いて視界がにじんだ。もう出せないと思うのに性器が勝手に兆しだして、背筋がぞわぞわと落ち着かない。
「あ、あっ♡ あぅ……
 奥を刺激されるたびに甘ったるい声が出てしまう。ぼやけた視界で男が眉を寄せるのが見えたので、ぐっと唇を引き結んだ。にもかかわらず、すぐに咎めるように口を塞がれる。
 唇だけでなく口の中までいいように舐められて、ファイにできるのは肩で息をすることだけだった。見上げた黒鋼の唇も唾液で濡れており、今更ながらに恥ずかしくなる。

……ね、ねぇ、くろたん」
「どうした」
 低い声はこちらへの気遣いが隠しきれていなかった。ありがたくはあるが、ファイが今知りたいのは彼の優しさではない。わずかに体勢を変えると、未だに指を咥えこんだままの場所がぐちゃりと鳴った。
「ぁ、えっとー……、まだ途中なのはわかってるけど、オレ、うまくできてる?」
 ファイの懸命な問いかけに、黒鋼はしばしの沈黙ののち深々と息を吐いた。思わず言い返そうと出した声が、嬌声に取って代わる。口を噤んだままの男の両手が、性器と腹の奥をそれぞれ追い立て始めたからだ。
「なっ、なんでぇ……、あっ♡」
 耳を塞ぎたくなるような音がする。受け止めきれない快楽から逃れようと脚を動かしても、シーツを乱すことしかできない。
「余計なこと考えんな」
「よけいなことじゃな、い……、ぁ、や、やだやだ! 黒様、やぁ、……あぁ゛っ♡」
 強く瞑った瞼の裏でちかちかと火花が散ったみたいだった。まるで心臓がそこにあるかのように耳元で心音を感じる。自らの呼吸がうるさい。許容値を超えたことを示すように、性器からは勢いのない精液が流れ出ている。経験したことのない疲労が全身に纏わりついて、このまま意識を失えたらいつになく深く眠れるだろうなとぼんやり考えた。

……おい」
 怒ったような焦ったような声が降ってくる。ファイは数度瞬きをしてから、なんとか瞼を持ち上げた。してもらってばかりなのがよろしくないのはわかっているが、この倦怠感はどうしようもない。そもそも自分をこうしたのは黒鋼だろうという、ある意味八つ当たりのような思考すら浮かんでいた。
 力の入らない身体がゆっくり動かされる。「いいか」と耳元で囁かれて、ファイはよくわからないまま頷いた。始める前、今日だけで最後までできるとは思っていないと苦虫を嚙み潰したような顔で言っていたはずだが、一体何の許可を取られたのだろう。泥濘のような記憶を探っていると、ぐちゃぐちゃに濡れて火照った脚の間に更に熱い肉が触れた。
 ファイの太腿を汚す黒鋼の性器は、自分と同じものとは思えないほど赤黒く膨れ上がっている。ぷくりと浮き出た太い血管が生々しい。なんとか息を整えていると、脱力した両脚を難なく持ち上げられた。
 黒鋼が望むように扱われるのは一向に気にならないが、自身が何をすべきかがわからない。小さな声で尋ねると、いつも以上に端的な説明が返ってきた。教えられたように脚に力をこめて黒鋼の律動を受け入れる。少ししてから、挿入こそないものの疑似的な性行為であることに気づいた。散々高められた身体は肌が触れ合うだけで気持ちがいい。達するほどの刺激ではないけれど、敏感なところが擦れるとつい声が漏れた。重たくて温かくて安心する。

「ふぁ……、ん、ん……♡」
 珍しく黒鋼の額に汗が浮いている。腕を伸ばして拭うように撫でると、太腿あたりを掴む力が強くなった。彼が自分に反応して気持ちよくなっているのだと改めて意識してしまう。
「んぁ……♡ ぁ、くろさま……
……っ」
 身体が熱い。
 あの苛立った表情にはファイへの愛着も含まれている、らしい。いささか釈然としないが、状況から察するにおそらくそう考えるのが自然だった。力強く触れる手やひたむきに向けられる情が、どうしてあの表情から生まれるか見当もつかない。愛想がいいわけではないけれど、喜怒哀楽はそれなりに豊かな人だ。たまに少年のような顔で感情を表に出すこともあるから、余計に不思議だった。
 かつて彼と距離を取っていた頃の記憶を辿る。あのときの黒鋼は純粋にこちらの言動へ腹を立てていただけだろうが、この顔をしているうちは大丈夫というファイの想像は、ものの見事に外れていたというわけだ。
 大きな身体が覆いかぶさってくる。他人の荒い息遣いと重みを感じる接触が、こんなに胸を苦しくさせるだなんて知らなかった。吐息混じりの声と肌に掛かった熱い飛沫に、黒鋼が達したのを知る。扱いに慣れず持て余し気味の愛しさを少しでも伝えたくて鼻先に口づけると、拗ねたようなそうでないような、妙な顔をされてしまった。

 世間一般で言うところの「最後」まではできていないけれど、なんとか彼の相手をやり遂げられたと考えていいのではないだろうか。ひとまずほっと胸をなでおろす。心地良い達成感に浸りながら意識を手放しそうになったファイを引き戻したのは、未だ瞳を剣呑に輝かせた黒鋼だった。
 結果としてこの見通しが完全に外れていたことを知るのは、すぐ後のことである。

 彼を宥めるにはあの一回程度では到底足らず、ファイはちょっぴり本気で泣いた。それを見た黒鋼が、目を物騒に光らせたまま顔を顰めたのもまた恐ろしかった。抗議する気力さえ残っていれば、「オレはどうしたらいいの!」と大声を上げたかったくらいだ。
 もっともそんな余裕はこれっぽっちもなく、実際のファイにできたのはただひとつ。絶え間なく甘く掠れきった不明瞭な声を零し続けること、それだけだった。