あさぎ七瀬
2026-03-16 18:04:02
4187文字
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0705の個人的解釈まとめ

文章としてはまとまってないですが、鍵垢やブルスカで呟いていたことをただまとめただけです


作品初期から心に傷を抱えて妻ないし恋人を失った者同士の傷の舐め合いカプであることはずっと変わらないんだけど、シドウの恋愛感情と1番の愛は妻と家族以外に向けられないというのが確固たるものになって。それありきでカズイへの気持ちは恋愛ではないけれど友情と信頼というだけでは収まりきらないし湿度があるから「限りなく恋愛に近いけど絶対そうじゃない別の色の愛」で私の中では腑に落ちていているんですよね。

ただそれはシドウからしてみたら「今与えることができない妻や子供へ向けた愛の『残滓』のようなもの」で、信頼関係は確かだけれど体の関係だったりそばにいることはそれで「椋原さんが自分がそばに居ることで生きていられるなら」っていうもので自尊心や1度崩れた大義名分を繋ぎ止めている感じに近いというか。

カズイもそれをわかった上で「ありのままの自分を受け入れてくれるという望んだ愛を与えてくれるのはこの子だけだから」で一緒にいて、ある意味お互いが自分がなんとか立っていられるように相手を利用している部分がある。その自覚もある。だから「共犯」でもあると思ってる。

それでも、そんな気持ちを自覚があって口には出さなくても利用しあっていることもわかっていて、だけど利用し合うことで自分も相手もなんとか立っていられる、生きていられる、そう感じられる相手は今は他にいない、だから一緒にいるし、一緒にいて苦痛でもなく逆に楽。恋愛感情とか恋人とかっていう枠に当てはめないからこそ楽な関係というか、成立している関係だなぁと思っているんですよね~。可愛いとかここ好きだなと思ってるところは本心。

というかシドウが妻以外に恋愛感情向けると「桐崎獅童」っていう人物が破綻するしシドウである必要がないなと思っているので…………


私の中のカズイ×シドウ「お互い唯一信頼のおける友人だと思っていて恋愛感情はないけれど体の関係はある」「体の関係は確かにあるのにあくまで友人の域からは本人たちは出てなくて、恋人にもならない。でも限りなく恋愛に近いような別の愛」っていう感覚


シドウの「救い」ってなんなんだろうな。おそらく救いであり幸せは「愛する家族と変わらない日々を送ること」なんだけど、それが叶わなくなった今、彼は何を救いとするんだろう
個人的にシドウは誰かのために何かをして満足感を得るというか、与えられるより与えたい人だと思ってるから誰かのために動いていることが救いになってるのかなぁとは思うんだけど、仮にそうだとしても一時的に「誰かのために何かをしている」とか「治療に勤しむ」だとふとした時にそれは途切れてしまうわけで。
そうなるとやっぱ残りの生涯をかけて自分がそばにいなきゃいけないと思える人と共にいることになるのか?え?カズイ?になるんだけど


カズイってきっと、私の中のカズイ×シドウが成立している世界線でいくらシドウに全てありのままで受け入れて貰ってもずっとどこかで自分のことは好きになれないし「シドウくんを自分なんかに縛り付けてしまっている」と思ってるとこあるんだろうなって考えてるんだけど
ある日ふと「君は、俺なんかと一緒にいる選択をしなくてもよかった。君ならまた誰かと新しく家族を作ることだってできただろう」とか言うんだけどシドウは「……俺は、今でも妻と息子たちを愛しています。ずっと変わらない。あの日々が俺にとって全てだったんです。そして『俺の』家族はその3人以外にいない。他の人なんて考えられない。そこには他の誰も置けないんです」
そう返されて「なら、どうして俺と一緒にいてくれるの」って聞いたら「俺は、1番救いたくて守りたかった家族を救うことはもうできません。でも、誰かのために生きるなら……あなたのためがいい」「あなたが俺を必要としているから。俺がいなければ、あなたは独りで壊れてしまうから……それが、俺がこの世界で、まだ『桐崎獅童』という人間でいられる唯一の理由なんです。だから、これは俺の我欲なんですよ」って言いそうだなって……思った……
自分がそばに居ることであなたが壊れないのなら、あなたの為に俺は生きたい。
恋愛感情ではない、でも深い愛情が確かにある。お互いの我欲にまみれていてもお互いの存在で生きていられる


カズイ×シドウは可愛いおじさん攻め×美人包容力受け
シドウはカズイに対しては尻で抱くタイプの受け


個人的にシドウがカズイ相手にも他キャラに対しても攻めにならない理由も私の中ではちゃんとあって。

①シドウは奥様と息子たちを本当に愛していること。
これは公式からの情報を読み間違えない限りは共通の認識だと思う。それは家族が亡くなってからも変わらなくて、ずっと一番恋愛感情として愛しているのは奥様であり、家族愛は息子たちが1番だから。そんな愛妻家が奥様以外を抱くわけがなかろう。というのがひとつ。

②シドウ自身の自罰感情。
自分のやった事を悔い、処刑を求めていた彼が、男同士での行為で相手に負担を強いる役割を任せるだろうか?
シドウは自分でいいなら、と己が負担の大きい抱かれる側になり苦痛を受け入れると思う。そしてそれは自分への罰のひとつであり、これを相手が体験しなくてよかった、そう思うだろう。どちらかと言えば自己犠牲精神が強いと思うので。
シドウにとって男同士の性行為で受けることはおそらく自分への罰としても捉えている。そう思っている。

③仮にカズイを抱いたら、本当にそれで解決するのか?
カズイの望みは「男性に抱かれること」だっただろうか?また、それをされることが彼にとっての「愛」だっただろうか?
カズイの望みは「猫みたいに愛して欲しかった」そしてカズイにとって愛とは「ありのままでいられること、それを受け入れてもらえること」
猫は気ままでありのまま生きる生き物だ。どんな姿を見せても可愛がってもらえる存在、という印象が強い。だから「猫のように愛されたい」は「どんな姿の自分を見ても「俺」として愛してほしい」という捉え方もできる。
そこから「はたしてカズイを性的ポジションで受けにすることは本当に本人の望みなのだろうか?」と思ってしまう。
と、いう理由の数々があります。


カズシドは個人的にお互いへの感情って絶対に恋愛感情にならないんですよね。
ただお互いにすごく大事だし、一緒にいないと生きていけないかもって思うけどこれは恋愛じゃなくて共依存で、その根っこには信頼と親愛があるわけですよ。
でもその依存と信頼の上でセックスはする。カズシドにとってのその行為は、単に傷の舐め合いというだけではなく、そうすることで互いの存在と温度を確認するための行為だから。


カズシドは妻、子供、本命の人とお互いに一番愛している人は別にいて、そのポジションに相手を置くことは絶対にないけれど、似ているところと真逆なところ、埋め合うようにそばにいて一緒にいて、確かに愛はあるが恋愛感情とはまた別の色の愛情を持っているんだろうなと思っています。恋愛感情に限りなく近いけど絶対にそれにはならない、だから恋人やカップルと言われるとピンと来ない、みたいな。
でも気が付いたら離れることが出来なくなってて、相手なしでは生きられなくなってて。心の距離を近付けたい、安心したい、罪悪感を覚えたい、自分を傷つけたい、自分を許容してほしい、そんな理由から体は重ねる。


カズシドはお互いの事を「最愛の人」のポジションには絶対に入れないし「恋人」にもならない。でもお互いに妻や家族を亡くしているという似た傷を持ち歪に心に隙間があって、それを埋められるのも似た傷を持つお互いだけ、そのための行為が体を重ねることで。気が付けば何も言わずとも受け入れてくれる相手から離れられなくなってて。そうした「いけないこと」をどちらからともなくし始めたこと、離れられなくなっていたのも含めて共依存で共犯だなって思ってる。


カズシドってカズイが「愛されたい/与えられたい人」でシドウが「愛したい/与えたい人」だと思うんだよね。そこでもう需要と供給が一致してるので相性バッチリ。
で、何故この解釈なのにカズシドでシドウが受けなの?と言われると理由はシンプルで「シドウは妻以外抱かないから」
「じゃあ愛されたくてネコ希望だったって意見がたくさん出てるカズイが攻めなのおかしくない?」と言われると、本当に公式でそうであれば否定はしないけど、シドウが「妻以外抱けない」と言った時に自分のわがままを通すだろうか?と考えたらNOというのと、仮にそれを通してした愛のない行為は彼の望みを叶えたことになるのか?と考えると違うよな~抱かれたい、が望みじゃなくて「愛されたい」が望みだもんな~って思うのでカズイ×シドウなんですよね……
なによりカズイって「ありのままの自分を受け入れてもらうこと」を愛だと思ってるのでシドウを抱いててどんな自分を見せても受け入れてくれるシドウに愛されてるって感じるようになるんじゃないかなって思ってるので……

カズイにとっての「愛」は「ありのままでいれること。それを受け入れてもらえること」と公式でお出しされているわけですけども
推しカプ贔屓目なしで見てもこれができるのはシドウだけなのでは……?といつも思ってしまう……
カズシド2人にとって、自分たち以外の監獄の子達は「子供」であり「守る対象」だけど、お互いだけは唯一対等で居られる立場で。
シドウもたぶん「人が人を愛することは素晴らしいこと」系の思考の人だと思ってるので性別がどうとかなさそうだし、ありのままのカズイをちゃんと受け入れてくれそうなんだよね……カズイが愛だと思うもの……そこにあるんじゃないかな……
その「愛」は「恋愛感情」ではないけど、言ってしまえば「恋愛」ではないだけで「愛」でも「情」でもあって、恋愛とは違う色の愛ではあると思ってるんですよね……愛はなにも恋愛である必要はない、色んな愛の形があっていい。周りから理解されなくても、2人だけがわかる愛の形と関係であればいいと私は思うんだ……カズシドもそうあって欲しい……恋愛じゃなくてもお互いが隣にいることが幸せだと思って生きて欲しい……