A4
2026-03-16 02:37:47
1686文字
Public
 

いかにして準備が整えられたか

紅豆と兄の会話

ひとりでアキラが昼食を取っていると、テーブルに紅豆がやってきた。彼女はポットに差し湯をすると、腰に手を当てて苦笑いする。
「アキラくん、最近よく来るね。ありがたい限りだけど」
「ここの料理は絶品だよ」
「またまた。播さんのご飯があるでしょ?」
「そうなのだけれど」
アキラは紙ナプキンを取って口の周りを拭いた。
「人と食事をするのになれていないのかもしれない」
「へえ?」
「ずっと、リンと一緒で、たくさんの人がいる中で話しながら食べるってことがなかったんだ。食堂みたいなところ……ここもそうだけど、知らない人が周りにいるのはいい。でも、親しい人が大勢いて食べるというのは、あまり経験がなかった」
「だからひとりで食べに来てるってわけか」
「リンはうまく順応してるみたいだ。僕は逃げ出している」
「どっちがいいってこともないから、いいんじゃない?うちとしては、大歓迎だからね。余計なことを聞いて喋らせてしまったお詫びに、クーポン券をあげるね」
「別に気にしてはいないよ。でも、もらっておこうか」
紅豆が渡した手のひらサイズのチラシには半額クーポンがついていた。
「2人前からなんだけど、常連のアキラくんは1人でも使えるように言っとくよ」
「二人でも使っていいのかい?」
「リンちゃんとでもいいよ」
「あ、いや、別の誰かなんだけれど」
アキラの頭には真っ先にライトの顔が浮かんできたのだが、紅豆になんと言っていいかわからず、言葉を濁してしまった。
ライトはなんなのだろう。
友人。仕事仲間。取引先。
恋愛感情はないが肉体関係がある場合、やはり友人になるのだろうか。それとも、付き合いとしてとらえるなら、仕事仲間とか?
彼の立ち位置を表現する言葉を探していると、紅豆はニヤッと笑った。目を細めて口を釣り上げて、まるで猫のようだ。
「いつもの色男だ」
「え、誰?」
「郊外から来てる男の人だよ!よく食べに来てるでしょ」
「そう。ライトさん」
「あのひとってアキラくんのいい人なの?」
紅豆は単刀直入に尋ねてきた。
「うーん」
アキラは腕組をして首をひねる。
「いい人か……
「え、いや、やってんでしょ」
「店の中で、まだ昼日中だ」
「はいはい、夜になったら聞くことにするわ」
……わかるものなのか」
「私の接客経験では、そう見えるってだけ。違ってたらゴメンね」
「いや、あっている」
「やっぱやってんじゃん!」
紅豆は芭蕉扇で自分の太ももを叩いた。本当はアキラの頭を叩きたかったに違いない。
「どうぞどうぞ、ぜひそのクーポン使って。あのひとたくさん食べてくれそうだし」
「大食漢というわけではない」
「アキラくんよりは食べるでしょ」
「その通りだ」
アキラはチラシをポケットにしまった。期限までにライトがこちらに来れるかどうか聞いてみよう。彼のことなので、アキラが頼めばすぐに調整してくれそうだ。
紅豆はしばらくアキラの顔を見つめていたが、腰を屈めてアキラの耳元でささやいた。
「部屋、用意してあげようか」
「予約ってこと? まだ日が決まってない」
「んー、お食事じゃなくて、二人でいいことができるとこ」
紅豆の顔をまじまじと見返す。
彼女は口元にのみ微笑みをたたえていた。
「そんな斡旋もやっているとは。かなり手びろいんだね、飲茶仙は」
「昔の名残。お茶屋さんの2階って、そうでしょ」
「新エリー都では御禁制だよ」
「デートするのも困るでしょ? 安く貸すよ」
「タダではないのか」
「あ、盛り上がりそうな服とかも貸してあげるよ」
紅豆は面白がっていた。
盛り上がる、か。アキラは独り言ちる。
これまでの経験で、ライトが非日常あるいは普段とは違う装いに興奮するらしいことはわかっているので、喜んでもらえるかもしれない。
ライトにメッセージを送る。
すぐに返事がくる。
日が決まってそれを告げると、紅豆はにこにこした。
「色男を案内するのが楽しみ」
人の情事をお膳立てするのを嬉しそうにしている。これも接客業のおもてなしのひとつなのだろうか、とアキラは考えるのであった。