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い
2026-03-15 23:49:32
2829文字
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ばんりさんゆめ/夢主名前有り
「友達と飲むとは聞いてたけど
――
」
朝までいることないんじゃないの。歩いて帰れる距離だったんだし。
続いたはずの文句は言われる前に察した。次の瞬間にはもう勝手に口が開いて、反撃と防御のための言葉が自動的に組み立てられる。
「でも、ずっと連絡取ってたじゃないですか」
「ずっと連絡取れてたからだよ」
わたしなりの正統性は、言い訳としてみっともなく影に落ちた。付いた火を捻って消されるまでもなく。それらが理屈を模した激情の塊でしかないとわかっているのは、多分わたしではなく万理さんのほうだった。
「そうですよね。取れてましたよね? そしたら心配しないかなって思ってたんですけど」
「
……
だから、そうじゃなくて」
見下ろす顔が僅かに歪んだ。もういいよ、と手を離される想像に怯えて初めて、自分の発言のバカバカしさを自覚していた。
かじかんだもう片方の指で万理さんのコートを握って掴む。そのまま追い立てられるように前髪ごと額を押し付けるわたしを、万理さんは身じろぎひとつせずに受け止めた。
「俺はさ、いつ迎えに来てって言われるのかと思って待ってたんだよ。わかるでしょ」
万理さんの声に滲む、呆れではない、不安に近い感情がわたしを揺さぶって涙腺を容赦なく刺激した。罪悪感から生まれる息苦しさで喉が詰まる。込み上げてくる吐き気や嗚咽を、謝罪ごと殺して飲み込む。
楽しかった気持ちはとっくに失われていた。ただ謝って済む都合の良さに甘えたくはなかった。
握り直された両手は優しいけれどぎこちなくて、自分がどれだけこの人を傷付けたのかを思い知る。自分の身体に安堵だけが残っていることに、それでも安心さえして頷いた。その安寧にわたしの悪があると気付いていながら。
「
……
これからは、連絡します」
「なんてするの」
「むかえにきてほしいって
……
」
自分の内にあるものをひとつひとつ手繰る。
万理さんが欲しがっているだろう正解を今でも探してしまう自分が意地汚くて情けない。けれど、何ひとつ装飾せずに出すことの意味はもうわかっていたから、ないものとしていた本音を不格好でも拾って集めた。
「うん。もし寝ちゃってても、電話してくれれば起きるよ。いつきちゃんはいつも勝手に色々気にしてるけど
……
もう、そういうのいいから」
ん、ともう一度頷いて、繋がれた指先を見る。
「ばんりさん」
「うん」
返事があることが嬉しかった。また野暮だと言われるだろう質問を投げようとして、逡巡する。そんなわたしの様子を見てか、「言っていいよ」と梯子をかけてくれた万理さんの言葉に釣られてそのまま尋ねた。
「心配、してたりしました?」
「してないと思うの?」
今度こそはっきりと不機嫌が顔を見せる。
万理さんが言っていいって言ったのに、とは、思ったけれど口には出さない。代わりにうん、と頷くと、手を強く引かれてわたしが万理さんの身体に飛び込むような形で抱き寄せられる。背中に腕が回ると、アルコールが抜けて夜気に冷え切った全身がじんわりと温められた。
「心配するよ。当たり前でしょ。いつきちゃん、そもそもそんなにお酒強くないんだし。それだけじゃなくて、また体調悪くしてるのに、俺に迷惑かけないようにって隠してるんじゃないかなとか」
「うん
……
」
心配されるかもと考えなかったわけではない。ただそれ以上にわたしのことなんてそこまで気にしていないだろうと、していたとしても連絡さえ取れていれば大丈夫だろうと軽く考えていたのは確かだ。
さっきまで真っ暗だったはずの空は濃紺に染まっていた。万理さんの首元に顔を埋めて、間もなく訪れるであろう夜明けを瞼の裏に想像する。
心配してくれているという当たり前のことすら、こんなにちゃんと言ってもらえないとわからない。そしてわからないことは尋ねるしかできない。それは正攻法かもしれないけれど、それしかやり方を知らないでいるのはただの甘えと愚かさでしかないのだとこの人といるとよくわかる。
「いつきちゃんが本当は俺になんて連絡したかったのかも聞かせてよ」
「ええ?」
「俺もわかんないから」
万理さんがわざとらしく軽く笑う。
嘘つき、なんて言う権利はなかった。背中に回ったままの手は逃がさないように捕まえるためではなく、支えるみたいにある。わたしが口を開くまで、万理さんが待ってくれているのがわかる。だから絡まり、硬直した思考を解くことだってできた。
携帯を片手に、友人たちの空けたメガジョッキを眺めていた時間を思い出す。適当に送ることもなくなって、スタンプだけを押した自分のこと。
「
……
ばんりさんに、会いたいなーって」
「他には?」
「迎えに来てくださいって言ったら、ほんとに来てくれるのかなって。来てくれるなら言いたいなって」
「うん。ちゃんと行くよ」
「あとはー、一緒に帰って、一緒にお風呂入って、一緒に寝たいなーって
……
、思ってました」
顔が寄せられて頬同士がくっつく。万理さんには似つかわしくない子供のようなスキンシップに思わず笑うと、頑なになっていたものがやっとほどけた感覚があった。互いの長い髪の間で熱がこもる。キスされるかと思ったけれど、わたしの期待に背くように顔が離れた。
「あ」
「ん?」
「キスしたいです」
「それは、素直に言うんだ」
からかうように笑われる理由がわからない。んー、と万理さんが考えるみたいにわたしの首元を触って、そのまま輪郭に沿って手のひらごと指が這う。したくないのかな、と考えてから食べたつまみや飲んだアルコールの量が気になって、やっぱりいいです、と目を逸らす。
「いいの?」
「や、お酒くさいかなって
……
。途中から飲んではなかったんですけど」
「うん、べつに気になんないよ」
「
……
なら、やっぱりしたいです。してもいい?」
言うと、驚いた顔をされて嬉しくなった。うん、と返されてすぐ、その瞼が閉じられたことを確認する前に踵を浮かして唇に触れる。一回はなして、もう一度角度を変えて数秒押し当てたままでいた。
満足して離れると、万理さんから恋人繋ぎになるよう一本一本の指が絡められる。真っ直ぐ続く道はすっかり明るく照らされていて、足元に落ちた枯葉の一枚もよく見えた。舗装され、敷かれたばかりの煉瓦の温かみのある色合いが綺麗だった。
未だ残る冬の空気は、澄んでいて気持ちが良かった。
「それじゃあ、一緒に帰って、一緒にお風呂入って、一緒に寝よっか」
「はい。うれし
……
」
ひび割れそうに乾いた世界のなかでも、万理さんの言葉だけは柔らかくわたしに届く。わたしも同じように思ってもらいたかった。それができる自分になりたいと願う。万理さんが安心して笑ってくれることが、わたしにとって一番嬉しい事柄なのだと、こうして何度も再確認して。
手を引かれるのではなく、取り合って、並んで歩く。
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